俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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初めての嫉妬

 

 アジトの中の熱気と喧騒とは裏腹に、外は夜風がひんやりと冷たい。外に出たユウリを探そうとしたが、何故か近くに人影は見えなかった。目の前にあるのは昼頃イザベラさんが言っていた、別棟の建物のみ。おそらくあれが、重要な盗品が貯蔵されている倉庫なのだろう。

 

「ん?」

 

 そのとき、倉庫の中から一瞬だけ人影が見えたような気がした。もしかして、あの中にいるのだろうか。

 

 ヤヨイさんのときと同じように、こっそり近づいて見てみようか。ユウリに気づかれたら幻滅されるかもしれない。でも、このまま黙って見過ごすわけにはいかなかった。なんとなく、胸騒ぎがしたからだ。

 

 私はなるべく気配を殺し、倉庫に近づいた。倉庫には明り取り用の小さな窓があったが、高いところにあるのでこのままでは届かない。仕方ないので近くの木に登り、ギリギリまで窓に近づくことにした。

 

「あれは……」

 

 小さな窓から見えたのは、人影が2つ。シルエットからしてユウリとイザベラさんだ。二人は倉庫の端のほうに向かい合わせに立っていた。

 

――何か話でもしてるのだろうか。ここからでは二人の会話は聞き取れない。それに、真っ暗な倉庫の中ははっきりと二人の姿を捉えることができなかった。

 

――ああもう、この手前の荷物が邪魔だなあ……。

 

 つるりと磨き上げられた玉のような骨董品がちょうど二人の姿を隠しているので、ものすごく邪魔だった。あれさえどかせればいいのに、仕方なく私は見る角度を変えてみる。

 

――って、あれ!? 玉のような骨董品っていうか、あれってオーブじゃない!?

 

 そういえばさっき山彦の笛も反応してたんだった。だからユウリは倉庫に入ったのか。

 

 だとしたら、ユウリに伝えなきゃ! そう思って、木から降りようとしたときだった。

 

 雲が晴れ、夜とは思えない月明かりが窓の向こうの二人の姿を明るく照らす。その瞬間、私の思考は停止した。

 

「――え?」

 

 私の視界に、二人が抱き合っている光景が映った。

 

 ちょっと待って。今のどういうこと?

 

 まるで外にいる私に見せつけるかのように、イザベラさんを優しく抱きしめるユウリの姿。表情まではわからないが、ユウリに抱かれているイザベラさんは彼を受け入れたかのように大人しく体を預けていた。

 

「……」

 

 今まで体験したことのない衝撃に、口の中が乾く。手が震える。

 

 だって、エジンベアでは、女性は苦手だって言ってたじゃない。なのにどうして今、ユウリはイザベラさんを抱きしめてるの?

 

 わけがわからなくなった私は、荒くなった呼吸を鎮めようと深呼吸する。落ち着け。取り敢えず、この木から降りなければ。

 

 呼吸を整え、ゆっくりと木から降りる。そして私は、倉庫から逃げるように離れた。

 

 だけど、振り払おうとしてるのに、まるで影のようにあの光景が私の後ろをついて回る。それが頭を掠めるたびに、私の心がズキズキと痛みだす。

 

 あんなところ、見るんじゃなかった……。

 

 涙が、溢れ出す。最初の涙が地面に落ちたとき、私はようやく自分の気持ちに気がついた。

 

 私は、ユウリのことが好きなんだ。

 

 好きだから、イザベラさんに嫉妬したんだ。

 

 こんな形で気づくなんて、思いもしなかった。気づかないままでいられたら、どんなに良かっただろう。

 

 私は落ちる涙を何度も拭い、何事もなく皆のところへ戻れるように一人で笑顔を作った。

 

――うん、大丈夫。これなら誰も気づかれない。

 

 アジトに戻ると、未だに宴会は続いていた。シーラは相変わらず飲み比べしているし、ナギは海賊たちと意気投合したのか、肩を組んで歌まで歌っている。そのすぐ側の床には酔いつぶれたルークが横たわっており、誰も私の顔など気にも留めていなかった。

 

 その後私はちびちびと水やジュースを飲みながら、ぼんやりと部屋の外を眺めていた。そして結局二人がアジトに戻ることはなく、いつの間にか私も眠りこけてしまったのだった。

 

 

 

――ここは一体どこだろう。

 

 以前アッサラームでユウリとニ人で立ち寄った露店街だろうか。立ち並ぶアクセサリーのお店や串焼きの屋台など、景色はその通りのはずなのに、何処か違う気がしてならない。

 

 やがて向こうから、ニつの人影が現れた。一人はユウリ、もう一人はイザベラさんだ。二人は仲睦まじく腕を組みながら、こちらに向かって通りを歩いていた。

 

 その後二人は私に気づくことなく、楽しげな会話をしながら通り過ぎていった。私が振り返ると、二人はいつの間にかその場に向かい合って立ち止まり、お互い顔をゆっくりと近づけた。そして二人は――。

 

「うわああああっっっっ!!」

 

 悲鳴を上げるとともに、私は目を覚ました。そこに二人はおらず、代わりに寝息を立て部屋のあちこちに横になって寝ている、海賊たちと仲間たちの姿があった。

 

「なんだ、夢かぁ……」

 

 いや、夢と言っても悪夢の方だ。なんで今このタイミングであんな夢を見てしまったんだろう。壁際で寝ていた私が窓を覗くと、外は朝日が眩しいくらいに輝いている。なのに私の心はいつまでも曇り空のままだ。

 

 そういえば、辺りを見渡してもユウリとイザベラさんがいない。結局昨夜はアジトに戻らなかったのだろうか。

 

――嫌な予感が頭をもたげる。まさか二人だけで、あの倉庫で一夜をともにしたとか!?

 

 いやいや、あのユウリに限って、そんなことありえない。私は自分で言い聞かせるように頭を振る。そう思いたいだけなんじゃないの? と、もうひとりの私の声が囁くように頭の中で響くが、必死に無視した。とはいえ結局二人がどこに行ってるかわからない今、確信を持って否定できる程の情報はない。

 

 とにかく、皆を起こさなきゃ――。重い腰を上げようとした、その時だった。部屋の出入口から、物音が聞こえた途端、私の身体はビクリと反応した。

 

「なんだ、皆寝ちまったのかい」

 

 やってきたのはイザベラさんだった。呆れ顔で海賊たちの顔を眺めると、私の視線に気がついたのかお互いに目があった。

 

「あんたは酔わなかったのかい?」

 

 皆お酒が飲めるという前提で話すイザベラさんに、私はなんと言っていいかわからず苦笑いした。そんな話よりも、あの後ユウリと何をしたのか、今までどこへ行っていたのかを知りたかったからだ。

 

「あんたのリーダーは、ゆうべ遅くに魔物退治に行ったみたいだよ」

 

 そんな態度が顔に出ていたのか、イザベラさんは私に聞かれるまでもなく、自分から話してくれた。

 

「魔物退治、ですか?」

 

「そう。昨日ここでグリズリーの毛皮を見ただろう? ユウリはそれが欲しいって言って、真夜中だってのに一人でグリズリーを倒しに行ったんだ。あたいは見つかりっこないって言ったんだけどね」

 

 一人で、という言葉に、私は無意識に安堵する。それじゃあ、イザベラさんは今までどこにいたんだろう?

 

 とはいえここでイザベラさんの話をするには話に脈絡がなさすぎるので、とりあえず話を合わせてみる。

 

「そんなに見つけるのが難しいんですか?」

 

「あいつは警戒心が強いからね。いくら倒す力があっても、見つけられなきゃ意味がない。けれど、そいつの毛皮は質が良くて、狙ってる冒険者も多いからかなり貴重なものなんだ。見つけるだけでも奇跡だよ」

 

 そうあしざまに言うイザベラさん。別にユウリをバカにしてるわけではないとは思うが、なんとなくユウリの実力を過小評価しているような気がしてついムッとなる。

 

 そんな私の感情など気に留める様子もなく、イザベラさんは近くで寝ている一人の海賊を足蹴にした。起こそうとしてるのだろうが、完全に寝入っているのか全く起きない。

 

「やれやれ、ホントにうちの子分どもはだらしがなくて困るよ。……あんたのリーダーと違ってね」

 

 ちくん、と胸に針が刺さる。やっぱりイザベラさんはユウリのことが好きなのだろうか。

 

「あ、あの……。イザベラさんは、ユウリのことが好きなんでしゅか?」

 

 しまった、肝心なところで噛んだ! しかも本人にド直球な質問をしてしまった!

 

 妙な沈黙が流れる。出来ることなら時間を巻き戻してなかったことにしたいが、現実はそんなワガママを許してはくれなかった。

 

「ああ、そうだよ」

 

 おまけに一番聞きたくない答えを聞いてしまった。

 

「……でも、ユウリはあたいのことなんかこれっぽっちも興味がないみたいだった。だから、ユウリを海賊に引き入れるのは諦めたよ」

 

 ……? 海賊に引き入れる?

 

「ええと、ユウリが好きっていうのは、結婚とか、恋愛的な意味では……?」

 

 すると、イザベラさんは意外そうな顔をした。

 

「は!? あたいは結婚なんてするつもりはないよ? そもそも酒の席であんなにおとなしくなる奴が伴侶になるなんて、こっちから願い下げだよ。あたいはユウリを同じ『仲間』として気に入ってたんだ」

 

 ……ええとつまり、イザベラさんがユウリを気に入ってたのは、単に海賊仲間として引き入れたかっただけってこと!?

 

「でっ、でも昨夜外の小屋で二人で抱き合ってたじゃないですか!」

 

 少し声を落として言い放つと、イザベラさんは目を丸くした。

 

「なんだい、あんた見てたのかい!? あれはちょうどあたいが嫌いなネズミが倉庫から出てきたから、驚いてユウリにしがみついただけだよ」

 

 なんてことだ。それじゃあ昨夜のあの光景は好きで抱き合っていたわけではなかったんだ。ホッとして胸をなでおろしていると、イザベラさんは急に鋭い目つきで私をじっと見つめていた。

 

「まさかあんた……、ユウリのこと……」

 

「えっ!?」

 

 見透かすような視線に、私は内心ヒヤヒヤしていた。彼女が気づけば、やがてユウリにも気づかれてしまうのではないか。話を遮るために口を挟もうとするが、その前にイザベラさんが話を続けた。

 

「あんたらのパーティーから抜けるかもしれないと思って、不安になってたのか?」

 

「はい!?」

 

 予想外の答えに、私はぽかんと口を開ける。

 

「心配しなくても、ユウリは魔王を倒すまではあんたらと離れる気はないって言ってたよ」

 

「そ、そうなんですか……」

 

 その言葉に肩透かしを食らった反面、私たち仲間に対するユウリの気持ちに、ほっとしていた。

 

「そういえば、ユウリも外の倉庫の方にいたけど、まさかあんたら、あの中にある宝を狙ってるのかい?」

 

「ち、違いますよ! 私はただ……、あっ!!」

 

 言いかけて、昨夜二人が抱き合っている光景の中に、オーブのような光る玉があったことを思い出した。

 

「そうだ、オーブ!! イザベラさん!! あの倉庫の中に、このくらいの大きさの丸い宝玉みたいなものってありませんか!?」

 

「オーブ? そういえばユウリも光る玉がどうとか言ってたな。だけどあの倉庫の中のものはあたいが生まれる前からずっと大事にしていたものがたくさんあるんだ。流石においそれとあんたらにはやることはできないね」

 

 う……。さすがにそう簡単にはくれないか。だけど、もし本当にオーブだとしたら、私たちの旅には必要不可欠なものだ。何としてでもイザベラさんから手に入れなければならない。

 

「あれ、おかしら……。いつ帰ってたんですかい?」

 

 一人の海賊が起き出して、イザベラさんの興味も私から海賊へと移った。

 

「ついさっきだよ。それよりお前ら、客人をもてなすどころか、一緒に酔いつぶれるなんて情けないったらありゃしないね!」

 

 叱りつけるイザベラさんに、言われた海賊は口を尖らせる。

 

「そういうおかしらこそ、今までどこに行ってたんですか?」

 

「近くの海岸で釣りしてたんだよ! あたいの日課だって、忘れたのかい?」

 

「ああ、すいやせん。飲むと記憶が飛んでっちまうもんで……」

 

「それより、早く他の奴らを叩き起こして朝食の準備をしな! あたいは腹が減ってんだよ!」

 

「あっ、アイアイサー!!」

 

 イザベラさんの威圧に負け、海賊は慌てて他の海賊を起こし始めた。そのうちにシーラやルークも起き出し、静まり返っていたアジトの中は一気に騒がしくなった。

 

 それにしても、なんて恥ずかしい勘違いをしていたんだろう。だけどイザベラさんは今まで釣りに行ってたみたいだし、二人の間に何もなかったみたいで良かった。

 

 あれ? じゃあ結局ユウリは一体どこに行ったんだろう?

 

 イザベラさんにユウリのことを尋ねようと思ったが、彼女はいまだぐっすりと寝ているナギの方に目を向けていた。

 

「へえ、これだけ騒いでるのに、あいつだけは起きないんだね」

 

 感心するイザベラさんが言うあいつとは、部屋の隅でカーテンを体に巻き付けて寝ているナギのことである。とんでもなく寝相の悪いナギは、他人の家であるカーテンを引き千切り、床によだれを垂らしながら爆睡していた。そんな彼を怒るどころか、イザベラさんは惚れ惚れするように見つめていた。

 

「旦那にするなら、これくらい肝が座ってる男がいいねえ。なあミオ、ナギは恋人とかはいないのかい?」

 

「えっと、いないと思います」

 

 恋人は(多分)いないが、彼はビビの熱狂的なファンである。言おうかどうか迷っていたが、

 

「まあいてもいなくても、あたいが本気を出したら横から掻っ攫うけどね」

 

 なんて男顔負けのかっこいいセリフを吐いたので、すぐに言葉を飲み込んだ。

 

 室内のほとんどの人が起きだした中、外から扉を開ける音が聞こえた。入ってきたのは、疲れた顔を見せたユウリだった。

 

「ユウリ……!!」

 

 うう……、ユウリに対する気持ちを自覚したからか、顔を合わせづらい……!

 

「あっ、ユウリちゃん、お帰りー! ……って、きゃああああああ!!??」

 

 出迎えたシーラの絶叫が室内にこだました。私とルークもシーラの視線に合わせるようにユウリを見ると、彼が背中に背負っているのはここのアジトにもあるグリズリーの死体だった。

 

「ゆっ、ユウリ!? なにそれ!? 何で魔物の死体なんか担いでんの!?」

 

 ぎょっとして思わず声を上げる私の問いに、ユウリは平然と答える。

 

「死体からはぎ取った毛皮だ。昨夜自主トレがてらこいつらを倒してきた」

 

 ついでのように魔物の死体……いや毛皮を持ってくる勇者の行動に、私たちだけでなくイザベラさんたちも唖然としていた。グロテスクなものが苦手なシーラなんかは、衝撃のあまり腰を抜かしている。

 

 さらにユウリは、背負っていたグリズリーの毛皮を床に放り投げた。驚いたのは、一体だけではなかったことだ。全部で五体分の毛皮がイザベラさんの前に置かれている。

 

「これを全部お前らにやる」

 

「なんてこった……。これだけグリズリーの毛皮があれば一生食うに困らないね」

 

 呆けた表情のまま、イザベラさんが呟いた。私には魔物の毛皮の価値はわからないが、昨日のイザベラさんと商人のやり取りを見る限り、本当に一生分なのかと疑ってしまうところではある。

 

 ユウリはさらに懐から、なにかの牙のようなものをいくつも取り出した。

 

「これがコングの牙。外にはガメゴンの甲羅もある。どれも武器や防具の素材に使われるものだ。ふっかけても高値で買い取ってくれるだろう」

 

「……もしかして、あんた……」

 

 何かを悟ったのか、乾いた声でイザベラさんが呟く。

 

「その代わり、お前ら海賊が大事にしているオーブを、俺達にくれないか?」

 

「!!」

 

 おそらくユウリは、昨夜山彦の笛を吹いて、ここにオーブがあることを知った。けれどイザベラさんに断られてしまったので、別の方法でオーブを入手する方法を考えた。つまり、ユウリが取って来た貴重な魔物の素材とオーブを交換することにしたのだ。

 

「ははっ、やっぱりあんたのそういうところ、嫌いじゃないよ。わかった、オーブとやらはあんたらにくれてやる。どうせあたいらには価値がわからない代物だ。必要としている奴に渡すのが道理ってもんだろ」

 

 そう言うとイザベラさんはユウリに歩み寄ると、彼の手を握りしめた。ユウリも彼女の手を握り返す。それが商人同士の契約成立の挨拶なのだと知っていた私は、二人のやり取りを素直に喜んだのだった。

 

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