イザベラさんのアジトから船に戻った後、ルークは皆との旅を辞め、サマンオサに帰ることを話した。当然皆は驚いていたが、ユウリだけはいつもの無表情で、無関心な相槌しかしなかった。
「なんだよ、ルーク!! オレはてっきり一緒に魔王を倒してくれるのかと思ってたぜ!」
心底がっかりしたように話すナギに、ルークは困ったように笑う。
「もともと僕は魔王を倒すためにこの旅に参加したわけじゃないよ。ミオが魔王を倒せるくらい強くなるまで指導するためについてきたんだから」
「でもるーたん、ユウリちゃんに負けず劣らず強いのに、このまま帰っちゃうなんて残念すぎるよ!」
シーラもルークには残ってほしいのか、納得できない様子でルークに詰め寄る。
「ごめん二人とも。そもそも僕は君達や父さんと違って、魔王を倒したいっていう強い意志が持てない。君達のフォローはするけど、先頭に立って戦うのは正直僕には向いてないって今回の旅でわかったんだ」
ここまできっぱり言われてしまっては、二人もこれ以上何も言えない。やがて説得を諦めたのか、二人はため息を一つついた。
「……そこまで言うんじゃ、無理強いできねえよな。でも、今までありがとな。お前との旅、楽しかったぜ」
「あたしも楽しかったよ☆ やっぱ旅は人数多いほうが楽しいもんね♪」
そう言うとナギとシーラは、ルークと互いに握手を交わした。
「……」
それでもユウリだけは、いつもの仏頂面を崩すことなく、黙って話を聞いていたのだが。
それから数日後。ルークとの船旅の終着点であるポルトガの港が目の前に迫る中、私は甲板の船縁にもたれながら一人、深い溜息をついていた。
私がユウリのことを好きだとルークに伝えてから、私とルークの間にはほんの少しのよそよそしさが生まれるようになった。とはいえお互い普通に会話はするし、ノリも以前と変わらない。違っているとすれば、私に向けられるルークの視線が以前より少なくなったくらいだ。
その代わり、ルークは前よりもナギと一緒にいることが多くなった。というのも以前から釣りが得意なナギに、ルークが興味を示して教わるようになったらしい。サマンオサ周辺には海がないので、あまり釣りをした経験がないらしく、試しに一度やってみたら思いの外楽しくなって、以来頻繁にナギに教えてもらっているという。教えているナギもまんざらではないようだ。
逆にユウリとは、前よりもお互いに避けるようになってしまった。元々仲がいいとはいえなかったが、イザベラさんのアジトでの一件以来、一層ギスギスした空気を漂わせている。
「ミーオちん♪ やっほ〜」
「シーラ。……やっほー」
ルークとの別れが近づくうら悲しさからか、覇気のない感じで挨拶を返したら、案の定シーラの表情が曇った。
「もうっ! ミオちんつれない〜! るーたんとさよならが近いからって、そんなどんよりした顔してちゃあ駄目だよ!」
「う……、ごめん」
「もしかして、るーたんと何かあった?」
「っ!!」
鋭いシーラには、何もかもお見通しだ。言おうかどうか迷ったが、結局私はシーラにルークとのことを打ち明けた。
「……そっかあ。じゃあ、ミオちんの本当の気持ちをるーたんに伝えることができたんだね」
「……うん」
「そんで、ミオちんはユウリちゃんのことが好きだってことも自覚したんだ」
「うっ!? そ、そういうことになるかな」
改めて他人に言われると恥ずかしい。シーラだからまだ耐えられるのだけど。
「それで、ユウリちゃんにはミオちんの気持ち、伝えるの?」
「えっ!? つ、伝えるわけないよ!! だってユウリは、私のことそんな風に思ってるわけないもの!!」
それどころか、信用に足る仲間かどうかも怪しいのだ。そんな自分に好意を向けられていることを知ったら、果たしてユウリはどう思うのか。もしかしたら余計嫌われてしまうのではないだろうか。そんなネガティブなイメージばかりが頭をもたげてしまい、自然と『気持ちを伝える』という選択肢が頭の隅に追いやられていた。
「――うーん。あたしがどうこう言える立場じゃないけど、そういう気持ちって、なかなか隠しきれないもんなんだよね。だから、ミオちんはミオちんなりに、正直な気持ちをユウリちゃんに伝えたほうが良いと思うな」
「……そういうものなのかな」
何しろ誰かに恋をすること自体が初めてなので、自分でもどうしたらいいのかわからない。私の場合、エジンベアのヘレン王女のように積極的に相手に好意を伝えるより、相手に嫌われないように振る舞いたいと言う気持ちのほうが強いのだ。
「まあ、ユウリちゃんのことはともかく、るーたんとのお別れでミオちんがそんな顔でいたら、きっとすっごく寂しいと思うな」
言われて私はハッとなる。そうだ、最後くらい、笑顔でいなければ。
「……そうだね。うん、もう大丈夫だよ」
私は精一杯の笑顔をシーラに見せた。
そんなこんなであっという間に船はポルトガ港へと到着した。船を降りてルークは、ヒックスさんや他の船員さん達と別れの挨拶を交わしたあと、早速ユウリの呪文でサマンオサへと飛び立った。
――こんな風にルークと旅をするのもこれで最後なのかという実感が湧いてくると、無性に寂しくなった。
「あれ? ここって本当にサマンオサ?」
サマンオサに到着すると、周囲の様子が以前と変わっていることに気がついた。
前に来たときは何年も放置していたのかボロボロだった城壁が、今や傷一つない立派な石レンガが積み上げられている。町の入口から城へと続く大通りの道は綺麗に舗装されており、立ち並ぶ家や建物はほとんどが修繕されている。
「うわあ、すっごいキレーになってるねぇ♪」
シーラの言う通り、サマンオサの町並みが整っていて、完全に別の町になっている。こんな短期間に街が様変わりするなんて誰が予想しただろうか。これもきっと王様の手腕によるものなのだろう。
皆興味津々で町の中心部に向かうと、前にルークと二人で行った公園が見えてきた。あのときは噴水はおろか花や木もほとんど取り払われ、ほぼ荒れ地の状態だったのだが――。
「ルーク、あれ見て!!」
私が指差す方向にルークを含め皆が一斉に目を向ける。そこで見たものは、色とりどりの花や鮮やかな緑をまとった木々が所狭しと植えられた広場だった。
中央にはかつて跡地だった噴水が設置されている。とめどなく水が溢れ、太陽の光に照らされた雫がキラキラと空に広がっていた。
「……」
この光景を見たルークは、絶句していた。無理もない。生まれてから今まで、こんな風に水と緑に囲まれた公園など一度も見たことがなかったのだから。
「……これが母さんの言ってた光景なのか」
茫然としながら、ルークはただただ公園を眺めていた。
「そう。これが私たちが知ってる至って普通の公園だよ。王様のおかげだね」
私の言葉に、何故かルークは首を横に振った。
「いや、王様だけじゃない。ミオたちが魔物を倒してくれたからこの国は平和になったんだ。……改めて、ありがとう」
今まで魔物を倒して町や村の人にお礼を言われたことは少なからずあったが、身近な人に言われるのは初めてであり、自分が皆を助けることができたという実感がより湧いた。
そうこうしている間に、いつの間にかルークの家の近くまで来た。コゼットさんに挨拶でも、と言いかけたが、
「ここまででいいよ。きっと母さん、皆を家に入れたがるから。そうなると別れが惜しくなる」
と、ルークが立ち止まるなりそう言ったので、私たちも渋々ながらその場で別れることにした。
「それじゃあ皆、元気で」
「ああ。ルークもな」
「また一緒に旅しようね、るーたん」
ナギとシーラがそれぞれ別れの挨拶を交わす中、私は必死に笑顔を繕っていた。
ああ、駄目だ。泣きそうになる。
皆が笑顔で見送っているのに、一人だけ泣き顔を見せるわけには行かない。ぐっと涙をこらえていると、ルークと目が合った。
「ミオ……」
ルークまでそんな悲しそうな顔をしないで。せっかく無理やり止めていた涙が溢れそうになる。
「……」
するとルークの表情が突然変わった。何か覚悟を決めたような雰囲気だ。
そしてルークの次の言葉に、私は耳を疑った。
「……やっぱり君と離れるなんて嫌だ。ミオ、今すぐ結婚しよう」
『は!?』
突拍子もないルークの発言に、私はもちろん他の三人もぽかんと口を開けた。
そして混乱して立ち尽くしている私のそばまで近づくと、突然ひょいと私を抱き上げたではないか。
「るっ、ルーク!?」
「この先に教会があるから、今すぐ式を挙げよう!」
「え、ちょ、な……、待って!? 一体どういうこと!?」
私の訴えを無視したルークは私をお姫様抱っこしたまま、まるで脱兎のごとく皆の前から走り去ったのだった。
――これは一体どういう状況なの!?
サマンオサでルークと別れるはずが、なぜか別れ際にいきなりルークにプロポーズをされ、そのまま教会で結婚式を挙げると言われた。
お姫様抱っこをされて身動きが取れない私は、教会に向かって走り続ける彼の腕の中で、ひたすら頭の上に疑問符を浮かべていた。
どうして急にルークはあんなことを言い出したのだろうか。プロポーズは諦めたんじゃなかったの?
文句を言おうとして顔を上げると、真剣な表情のルークの横顔が間近にあった。そのただならぬ様子に、私は思わず言葉を飲み込んだ。
結局私は彼が立ち止まるまで、ただ黙って俯きながらルークの腕の中でじっとしていた。
「着いたよ」
意外にも早くルークの足が止まった。顔を上げると、そこは以前お城の隠し通路を使ったときに通ったお墓のある教会だった。
私はルークの腕から降りると、キョロキョロと辺りを見回した。当然なのだが教会は閑散としていて、到底式を挙げるような雰囲気ではなかった。
「こんなところまで連れてきて、一体何のつもりなの!?」
彼に降ろしてもらったあと、やや強い口調で私は尋ねた。彼に対して怒ることはめったにないのだが、今回に関してはあまりにも唐突で一方的すぎたので、つい文句を言わずにはいられなかった。
「ごめん。どうしても最後に心残りがあって」
どういうこと? と尋ねたが、それきりルークは黙り込んでしまった。
すると、教会に着いてものの数分も経たないうちに、私たちを追いかけてきた人物の姿が目にうつった。
「やっと来たね」
ぼそりと、ルークが呟いた。彼の視線の先にいる人物は、急いで走ってきたのか、私たちの前に立ち止まった途端、息を切らせてこちらをじっと見据えている。その様子を、ルークはまるで人ごとのように冷ややかに眺めていた。
「随分遅かったね。ユウリ」
「……一体何のつもりだ?」
先程の私と全く同じ質問をして来たユウリは、しかし私とは比べ物にならないほど怒気を孕んだ声で尋ねた。
「何って、さっき僕が言ったこと、聞いてなかった? ミオは僕と結婚するから旅なんかやめて、ここで結婚式を挙げることにしたんだ」
いやいや、そんなこと聞いてないから! 私はすぐさま首を横に振る。
「君の目的のために、僕の大事なミオを危険な目に遭わせるわけにはいかない。だからここでずっと僕と暮らすことに決めたんだ」
そう言うとルークは背後から私を抱き寄せた。
「!?」
「ごめん。少しだけ僕に付き合って」
小声でそう私に囁くと、ルークは抱きしめる腕に力を込める。思わず身動ぎするが、それで緩まることはけしてなかった。
「……本当なのか?」
普段の怒りとは違う、重々しい声。今まで聞いたこともないような身震いするユウリの声に、私は恐怖で足がすくんだ。
彼の問いに私が答える前に、ルークは「本当だよ」と素っ気なく返した。
素っ気ない対応は普段のユウリもよくするが、今のユウリはまるで真逆だった。
「お前じゃない。そこの鈍足女に聞いてる」
びしっと私を指差しながら、ユウリが言った。その目はいつになく鬼気迫っていた。
嫌だ。私が好きなのはユウリなのに、これ以上ルークの話に付き合ってしまったら、ユウリに誤解されてしまうではないか。
「ううん、違う! ルークが勝手に言ってるだけだよ!」
精一杯否定して必死にルークから離れようともがくが、彼の腕を振りほどくことはできなかった。
「ミオがなんて言おうと、彼女はこれからずっと僕と一緒に暮らすんだ。魔王を倒すなら、君たち三人でやればいいじゃないか。なんでわざわざ彼女が危ない目に遭わなきゃいけないんだ」
「それは……むぐっ」
私が言いかけようとするのを、ルークが私の口を抑えて止めた。私の意見すら、聞いてくれないなんて――。
目の前にいるユウリは俯いたまま、しばらく沈黙が続いた。そして、何も言わず突然こちらに近づいてきた。
ドガッ!!
「!!??」
ドサッ、とルークの体が後ろに倒れた。ユウリがルークを殴ったのだ。
ルークの頬にはユウリの放った拳の跡が、くっきりと刻まれている。
「お前の独りよがりな考えで、ミオを巻き込むな!」
倒れたルークを見下ろすユウリの表情は、怒りに満ち溢れていた。
「ミオは俺の大事な仲間だ。お前がなんと言おうと、彼女は渡さない!」
「!!」
――ミオは俺の大事な仲間だ――
それは彼と一緒に旅をしてきて、一番聞きたかった言葉だった。
その言葉に嬉しくて思わず、目が潤んでしまう。
すると、殴られた頬を押さえながら、ルークがむくりと起き上がった。そんな彼を、今度はユウリの方が冷ややかな目で見下ろしている。
「……その言葉が聞けて安心したよ」
何かを呟きながらルークはゆっくりと立ち上がると、ユウリの目の前まで近づき、彼の胸ぐらをつかんだ。
「これからは僕の代わりに、君がミオを大事にしてあげてくれ。……本当は不本意だけど」
「ふん。言われなくても……」
言い終わるなりルークはぱっと手を離すと、今度は私の方に向き直った。
「そういうわけで、今までのは全部冗談だから」
「……へ?」
状況の整理が追いつかず、私は思わず間の抜けた声を発した。
「ミオ、今までありがとう。君たちと一緒に旅ができて、本当に楽しかったよ」
一方的に話し続けるルークに、たまらず私は待ったをかける。
「え、ちょっと待ってよルーク。話が進みすぎて置いてけぼりなんだけど!」
「父さんの代わりに、魔王を倒してくれ。そして、皆無事に戻ってきて欲しい」
駄目だ、全く会話が噛み合ってない。話が止まらないルークに、ユウリも動揺を隠せない。
「おいこら色ボケ男! どういうことかせめて俺たちの話を聞いてから……」
「ユウリ! 君はもうちょっと素直になった方が良いよ。でないと、また僕みたいな男が現れるかもしれないからね」
「は!? 何を言って……」
「本当は最後に一発くらい殴ろうかと思ったけど、ミオが悲しむからやめとくよ」
「殴るって……、おい! 勝手に去ろうとするな!!」
「それじゃあ二人とも、ナギとシーラによろしく!!」
最後まで一方的だったルークは言いたいことだけ言うと、私たちに背を向けて颯爽と私たちの前から去っていってしまった。あまりに唐突な別れに、悲しむ暇すら与えてくれなかった。
「なんか……よくわかんないまま行っちゃったんだけど」
結局あのプロポーズは冗談だったということで、ひとまず私はホッとした。
「あのボケ男……。言いたいことだけ言って逃げやがって。今度会ったらベギラマ100発ぶち込んでやる」
ルーク……。どうやら一部の人間には遺恨を残してしまったようである。
その後私とユウリは二人のところに戻った。私たちがここに戻ることを見越してずっと待っていたようで、合流するなりシーラはユウリの顔を見てニヤニヤしていた。
「どうだった? その様子だと無事にミオちんを連れ戻すことができたみたいだけど」
シーラは心配して言ってくれた言葉だったが、ユウリにとっては逆鱗に触れたようで、返事の代わりにシーラの両頬を引っ張った。
「ひはいひはい!!」
「その言い方だとまさかお前、あいつに余計なことを吹き込んだのか?」
「ひはうひはうぅぅ!!」
「ストップストップ!! シーラ痛がってるよ!」
ユウリの暴挙を止めるため、慌てて私は二人の間に割り込む。
「なんか良くわかんねえけど、ルークとはもう挨拶を済ませたのか?」
「あ、うん。二人にもよろしくって言ってたよ」
と言うか、それ以上のことしかナギに伝えることが出来ない。私だって良くわかんなかったのだから。
だけど、一つだけわかったことがある。
「ユウリ! あのさ、さっきのことだけど」
「? なんだ」
シーラから手を離し、私を振り返るユウリ。私はまっすぐ彼を見つめ、思ったままに伝えた。
「ありがとう。私のことを仲間だって言ってくれて」
嬉しかった。私を引き留めてくれたことが何よりも嬉しくて、今までの不安が全部吹き飛んでしまったほどだ。
「お前は俺の仲間なんだから当然だろ。……それに、お前が俺を信じるって言ってくれたからな。魔王を倒すまではお前がそばにいてくれないと困る」
私がカリーナさんの家で言った言葉を、ユウリは覚えていてくれた。それだけで、胸がいっぱいになる。
そんなユウリの横で、なぜか遠い目をしながらルークを見送るシーラ。
「ユウリちゃん……。るーたんに感謝しないとね」
「は!? なんであいつに感謝しないといけないんだ!!」
しみじみと話すシーラの言葉が理解できず、ユウリはただ激昂するのであった。
ここで第3部、一区切りつきました。なんとなく恋愛要素多めのつもりでしたが、次からはまた変わったり変わらなかったり。
ミオが自覚したのでやっぱり多くなるかもしれません。
そしてルークさん、離脱です。作者お気に入りのキャラなので、もしかしたら違う形で登場するかもしれません。
次はようやくあの町を舞台にします。