ルカバーク
ルークと別れてから、私たちは残りのオーブを探すために情報を集めることにした。
とはいえ闇雲に探し回っても、この広い世界では一体いつまでかかるかわからない。
そこでユウリが次の目的地の候補と提案したのが、かつてのスー族の里であり、ルカが発展させようとしている町であった。
「商人が集まっているのなら、それだけ色んな情報も集まりやすいはずだ。……それに、ルカのことも気になる」
船内の食堂でテーブルを囲んだ私たちは、広げた地図に目を落としながらユウリが言った提案に皆一様に頷く。
「さんせーい! ていうかユウリちゃん、単にるーくんのことが心配なだけだよね?」
素直に言えばいいのに、とぼそりとシーラが呟くと、ユウリは何か言いたげな顔をしながらも無視を決め込んだ。
「まあ確かに、オレもルカのことは気になるな。何しろ一年近くも会ってないし」
ナギもユウリの提案に同意した。振り返ってみると、ナギたちと再会してから一度ルカのところには行ったが、色々あってそれ以降は立ち寄っていない。イザベラさんとのところで聞いた行商人の話もあり、私も皆と同じようにルカのことは気になっていた。
「なら話は決まったな。次はルカの町に向かうぞ」
そう言うとユウリは広げた地図をくるくると巻き取ると、懐にしまった。そしてようやく、私が一言も発言していないことに気づく。
「あれ? そう言えば私の意見は?」
「お前は言わなくても顔に書いてある」
真顔できっぱりとそう言われ、図星をつかれた私はポカンとした。何も言わなくてもユウリには私の気持ちがわかってしまうのか。
――はっ! そしたら私のユウリに対する気持ちも、いずれは気づかれてしまうんじゃ!?
「ミオちん、どうしたの? もうユウリちゃん行っちゃったよ?」
一人さっさと食堂を出るユウリをよそに、私は今後の身の振り方について悶々と考えていたのだった。
「これ……、ホントにルカたちがいた場所?」
何日もかけてようやくルカたちのいるスー大陸にたどり着き、船を降りた私たちを待っていたのは、信じられない数の建物と、その間を行き交う多くの人々であった。
以前来たときは簡易的な港と、ルカが経営する店、少し離れたところにグレッグさんのスー族特有の住まいがあったはずだが、今はそれがどこにあるのかすらわからない。さらに目につくのはスー族のテントのような住居ではなく、ロマリアやポルトガで見かけるような、立派な木やレンガでできた家や店ばかりが建ち並んでいることだ。
さらに建物の間には人が歩きやすいよう道が綺麗に舗装されており、様々な旅装束を着た冒険者や旅商人などと絶えずすれ違う。
「次にオレたちが来たときに色々用意するとか言ってたけど、極端すぎじゃね?」
以前ルカが言っていたことを思い出したのか、冗談交じりにナギが呟く。
だが実際極端に変わったのは事実だ。港に船を停めたときも、以前は急拵えで作った簡素な波止場だったのが、今回は大型の船が何隻も停泊出来るほど整った設備環境に変わっている。もちろん港の管理者らしき人たちもおり、彼らに聞くとこの町の町長に雇われてここで働いていると言っていた。
「町長って……、ルカのことだよね? あ、それともグレッグさんかな?」
この町の立案者はスー族のグレッグさんだ。かつてこの場所にあったスー族の町を再興させるために、ルカと協力して町を作り始めたのがきっかけだ。けれどこの街並みを見ると、本当にあの二人が手をかけたものなのかと首を傾げてしまう。
「とりあえず二人が以前いた店に行って話を聞いてみるぞ」
ユウリの提案に頷いた私たちは、以前訪れたルカのお店まで向かうことにした。
……のだが、今までほとんど何もない平野だったのが、すっかり大きな街へと変貌しているのだ。場所は覚えていても、そこに行くまでの道程がわからなければ、店にたどり着くことなど出来ない。街に入った瞬間、私たちは路頭に迷うことになってしまった。
「おいバカザル。お前の鷹の目でルカの店を見つけてこい」
「はあ? お前に言われなくてもやるっつーの!!」
「だったら最初からやれ」
店までの行き方がわからない苛立ちからか、ユウリもナギもいつも以上にピリピリしている。それでもナギは持ち前の身軽さで、渋々高い建物の屋根まで登ると、街を見下ろすように鷹の目を使った。
「うーん……。この辺にはルカたちの店は見当たらねえな」
手早く屋根から飛び降りると、がっかりした様子で私たちに報告した。
「ナギちん、こんだけ町が立派になってるんだもん、きっとるーくんのお店も変わってるかもしれないよ」
シーラの一言に、ナギは「確かにそうだな」と納得するように頷いた。そして一人ハッと気づく。
「なら鷹の目使ったの意味なくね?」
そう言ってギロリとユウリを睨みつけた。ユウリのことだから確信犯の可能性もあるが、当の本人は素知らぬ顔で周囲の様子を探っている。
つられて私もあたりをキョロキョロと見回してみると、少し離れた道沿いにやたらと大きな建物が目に入った。
「ねえ、あの建物怪しくない?」
私が指差す方向に皆が向くと、誰もが何とも言えない表情をした。
「うーん、怪しいといやあ怪しいけど、あんなでかい建物にルカ達がいると思うか?」
「う……、そう言われると確かに……」
ナギのもっともな答えに、私はううんと唸ってしまった。
「でもでも、行ってみないとわかんないじゃん♪ ここはミオちんの勘を信じて行ってみよーよ☆」
「まあ、シーラがそう言うなら、行ってみるか」
シーラの一声により、さっきまで微妙な反応だった私の提案はあっさりと受け入れられた。
複雑な思いを抱きつつも、私は皆とともに例の建物へと向かうことにした。ところが、その建物に入る手前で、複数の少年たちに道を塞がれた。
「おっと、お客さん。ここを通りたかったら、通行料として一人200G置いてきな」
私たちの目の前に現れたのは皆、10歳くらいの少年たちだった。服はボロボロで、身なりも整っているとは言い難い。
「は? ふざけるな。なんでこんなところで通行料なんか払わなきゃならないんだ」
不快感をあらわにしながらユウリが言い放つも、少年は少しも動じず自分を見下ろすユウリを睨みつけている。
「ふざけてなんかないさ。ここはおれたちのテリトリーなんだ。このテリトリーに入るからには、通行料を払わなきゃならないんだぜ!」
「そうだそうだ!!」
周りの少年たちも、口々にお金を払えと騒ぎ立てる。その様子を不穏に感じたのか、シーラがユウリに耳打ちする。
「ユウリちゃん。ここは面倒事を避けるためにも、大人しく支払ったほうがいいんじゃない?」
「なんであいつらの言う通りに金を支払わなければならないんだ? 俺が通る道を遮ろうとするのなら、あいつらを退かせばいいだろ」
そう言って例のごとく左手を前に突き出して呪文を放つ動作をしようとするユウリを、私は慌てて止めに入る。
「だっ、駄目だよユウリ!! 相手は子供なんだから……」
ドンッ!!
そのとき、突然後ろから誰かに体当たりされ、衝撃で前につんのめった。
「なっ、何!?」
辺りを見渡すと、私にぶつかってきたと思しき一人の少年が走り去っていく姿が見えた。
「おいミオ!! あいつ今お前の財布抜き取っていったぞ!」
「え!?」
ナギの指差す方をよく見ると、確かに私の財布を手にしている。だけど財布を盗まれたことよりも、あんな小さい子供が他人のお金を盗むという悪事をこの町で行っていることに、私はショックを隠せなかった。
「ミオちん、早く追いかけないと!!」
私が呆然と立ち尽くしているのを見て、切迫した様子のシーラ。けれど私には、あの子を追いかける理由などなかった。なぜなら――。
ひゅるるるるる……、パシッ!!
程なく少年の手から財布が離れ、風を切る音とともに私の手元へと戻ってきた。財布の端には、私の鞄とつながっている細い紐がくくりつけられている。
以前ランシールで同じような目に遭ったので、防犯対策として財布と鞄を紐でつないでおいたのだ。これならもし盗まれても、紐を手繰り寄せれば自動的に手元に戻る。
「おおっ、さっすがミオちん!!」
シーラに褒められ、私は得意げに鼻を鳴らした。視界の端では、ユウリが微妙な顔をしているが。
「くそっ、失敗だ!! 皆、散れ!!」
「あっ、ちょっと!!」
最初に話しかけてきた少年の一言に、私の財布を盗んだ子を含めた他の少年たちが、蜘蛛の子を散らすように一斉に逃げ出した。その動きは、一朝一夕では身につかないほどに統制されていた。
「なんだったの、今の……」
「どうやらあいつら、グルだったみたいだな」
つまり、私たちに通行料を払えと言ってきた少年たちは囮で、その隙に別の少年が財布を盗んだ、と言うことだ。
なんて計画的なんだ。そしてこんなことをしてまでお金が欲しい子供たちがいる町を運営しているのが、他でもないルカとグレッグさんだという現実を、私は受け入れられないでいた。
「これが、ルカが作りたかった町なの……?」
誰もいなくなった路地を眺めていた私の心に、隙間風が吹くのを感じた。
その建物は、一見すると洗練されたデザインの建物だが、窓は少なく入り口の扉は重厚な造りで、なんとなく気軽に入れるような雰囲気とは言い難い佇まいだった。
そして扉の横にある看板には、『ルカバーク劇場』という文字が書かれている。
看板に『ルカ』と名前がついているということは、ルカが町長なのだろうか?
「劇場っていうけど……、もしかしてアッサラームみたいなところかな?」
「うーん、多分似てるかもしれないね♪」
私の考えに隣にいたシーラも頷くと、その話を聞いていたナギの目が輝いた。
「何っ!? もしかしたらビビアンちゃん似の踊り子がいるかも知れないってことか!? よし、早速行くぞ!」
私たちが反応する間もなく、ナギは興奮しながら建物に向かっていった。こういうところは相変わらずである。
そして我先にと扉の前に立ったナギは、普段以上の力を発揮し、思い切り両扉を開けた。その扉の向こうには、華やかな内装の空間が広がっていた。
「いらっしゃいませぇ!! お客様は当劇場は初めてですかぁ?」
『!?』
唐突に私たちを出迎えてくれたのは、私とそう変わらない年頃の可愛らしい顔立ちの女の子だった。お城で見るようなメイド服をアレンジしたおしゃれな服を身にまとい、花がほころぶような笑顔を向けている。
劇場にメイドと言う相反する存在に意表を突かれ、立ち尽くしていた私たちなど気にすることなく、メイドの女の子はユウリとナギに目をやった。そして上目遣いをしながら二人のそばに近づいてきた。
「ちょうど今、当劇場ナンバーワンの踊り子たちのステージが始まるところですぅ♪ ぜひぜひ特等席でご観覧くださぁい♪」
可愛らしい声と仕草で笑顔を向ける姿は、女の私が見てもどぎまぎする。そんな彼女を間近で見た二人の反応はというと――。
「ふん。全く興味がないな」
相変わらずユウリは無対応。そんな彼の態度に、私は内心ホッとした。
「へぇ〜。ナンバーワンの踊り子かぁ。……いや、別に浮気じゃねえし!!」
一方のナギは、ニヤニヤしていると思いきや、蔑むようなシーラの視線に気づいたのか、急に言い訳がましくしていた。
「もちろん、そちらのお嬢様たちにもぴったりな、イケメンが沢山出るステージもありますよぅ♪」
「へっ!?」
私がじっと彼女を見ていたからか、こちらにまで話しかけてきた。いや、そもそも私とシーラにぴったりのイケメンって何!? しかもお嬢様って!?
「え〜? イケメンかあ〜♪ どうするミオちん?」
「いや、どうするって言われても……」
「ふん。こいつらにそんなもの必要ないだろ」
私の言葉を遮るように、ユウリが間に入ってきた。何かを警戒しているような、ピリピリした雰囲気を漂わせている。
しかしユウリの放つ空気に構わず、メイドはユウリの顔をじっと見つめると、意味ありげに笑みを浮かべた。
「なるほど〜♪ お二人共男性としてとっても魅力的ですものね! お嬢様方が他の殿方に目移りしないのも納得です。ですが私ども当劇場の男性陣も、と〜っても素敵な方たちが揃っておりますからね! きっとお嬢様方もご満足していただけると思いますよ♪ さあ、中へどうぞ♪」
「……」
ユウリの顔がさらに不機嫌になる。けれど本人もこれ以上は下手に反論できないと悟ったのか、黙り込んでしまった。
「なんだよ、早く中に入ろうぜ!」
「あっ、待ってよナギ! ……どうする、ユウリ?」
「……勝手にしろ」
投げやりな態度のユウリに苦笑する私。シーラもまんざらでもなさそうだし、ルカたちのことを尋ねるのはその後でもいいのかもしれない。というわけで、四人は『劇場』の中に入ることにしたのだった。