「うわあ、すごい広ーい……」
思わず間抜けな声を上げてしまうほど、劇場の中は広くて豪華絢爛だった。
天井にはいくつものシャンデリア、壁には金の額縁に入れられた絵画や装飾品が、これでもかと飾られており、とにかく派手だった。アッサラームの舞台と似ているが、お金の掛け方は明らかのこちらのほうが上だ。手前にはテーブルを囲んだ観客席がいくつもあり、そのほとんどが埋まっている。そして奥には踊り子さん達が踊るであろうステージが設置されており、大小さまざまなランプが吊り下げられ、さらには至る所に宝石などのきらびやかな装飾が施されていた。
「劇場内では、食べ放題、飲み放題となっております。ご注文される際は、あちらのスタッフにお申し出ください」
受付の子とは別のメイド姿の女の子が、笑顔で説明しながらテーブルの方へと案内してくれた。
「もしかして、お酒も飲み放題ってこと!?」
「はい、もちろんです。お好きなお酒があれば好きなだけご注文ください」
『飲み放題』と言う言葉に、すぐさま反応するシーラ。振り向くと、恍惚した笑みを浮かべている。
「嘘みたい……。ここってもしかして天国?」
「シーラ。分かってると思うけど、私たちの目的は……」
「だいじょーぶだって☆ ちゃんと弁えてるから」
本当に『だいじょーぶ』なんだろうか……? 一抹の不安を感じていると、いつの間にか席に座っているナギが、メイドに尋ねていた。
「なあ、ステージはまだ始まらないのか?」
「もう間もなく始まりますので、少々お待ち下さいね♪」
「あのー、とりあえずワイン五杯とウイスキーをボトルで二本お願いしまーす!」
「かしこまりました!!」
ナギの隣に座り始めたシーラも、ちゃっかりお酒を注文している。
「……あいつらには警戒心てものがないのか?」
「一応、あった気はするけど……」
とはいえ欲望に忠実なのも、二人らしいといえばらしい。とりあえずここに突っ立っているわけにもいかないので、二人の向かい側に座ることにした。そしてユウリも、仕方ないと言った様子で私の隣に座った。
すると、ステージ脇から司会らしき女性が現れ、室内に響き渡る声で高らかに叫んだ。
「皆様、お待たせ致しました! これより当劇場のトップダンサー達によるダンスを披露したいと思います!!」
大歓声とともに、拍手が沸き起こる。程なく派手な音楽が流れ、ステージの奥から続々と、露出の多い衣装を身に纏った美女たちが現れた。
「うわあ、すごい……」
思わず私は赤面する。全員がステージの上に立った途端、妖艶な音楽に切り替わると、女性たちは艶やかな踊りを披露し、この場にいる男の人たちを魅了した。実際、ナギを含め周りの男性客は皆、食い入るようにステージを眺めている。
ひょっとしてユウリもこういうのに興味があるのかな……?
知りたくない気持ちがありつつも、私は無意識に隣に視線を送った。けれどユウリはステージなど見もせず、今しがた来た肉料理を黙々と食べ続けている。拍子抜けした私は、すぐにステージに視線を戻した。
美女のステージが終わったあとは、十人ほどの美男子がステージに現れた。皆似たような顔立ちの男性たちでほぼ区別がつかなかったが、その分踊りは正確で、その完成度に感動すら覚えた。
ダンスが終わった途端、女性客の歓声がそこかしこから聞こえてきた。私も拍手をしながら余韻に浸っていた。
「すごく上手な踊りだったね」
隣にいるユウリに話しかけると、いまだに食事中の彼は、視線だけをこちらに向けたまま答えた。
「お前はああいう男どもが好みなのか?」
「え? 違うよ、踊りがすごく上手だねって話だよ。あの人達の顔の違いなんてわからなかったもの」
「……」
私の一言に、ユウリはそれきり黙ってしまった。何か変なことでも言ってしまったのだろうか?
すると、再び司会の女性が現れた。この雰囲気だと、もうすべての演目は終わったようだけれど、まだ何かあるのだろうか。
「それではこれより握手会を始めます! 好みの踊り子がいましたら、ステージ前に集まってください!!」
場内の声に、ほぼすべての観客がステージ前に集まっていった。けれど、私たちのテーブルからはステージに向かう人は誰ひとりいなかった。ユウリは言わずもがな、シーラもひたすらお酒を煽ってるし、ナギは期待外れな顔で注文した魚の丸焼きを齧っている。
「はあ、やっぱり踊り子っつったらビビアンちゃんしかいねえよ」
どうやら結局彼のお眼鏡に適う踊り子はいなかったらしい。
「へえ〜? その割にはナギちん、食い入るようにステージ観てたよねえ?」
「なっ……、いいだろ見るくらい!!」
シーラに図星を突かれたのか、動揺するナギ。
その後私たちはひたすら食事を続け(一部は飲酒)、他の観客がいなくなった頃に私たちの食事も終わった。
「腹ごしらえもしたし、そろそろ出るぞ」
最後に食べ終わった皿を積み上げられた皿の山に載せると、ユウリは一足先に席を立った。他の三人もそれに倣って席を立つ。
そして劇場の出口に向かおうとした途端、突然先ほど受付の時に案内してくれたメイド姿の女の子が私たちの前に立ち塞がった。
「お帰りですかぁ? でしたらテーブル席料、観覧料、飲食代、しめて一人5万ゴールドを頂きますぅ♪」
『はぁ!!??』
あまりに法外な値段に、全員の口があんぐりと開いた。
「なっ、なんだよそのボッタクリな数字は!?」
先に反論したのはナギだ。次いでシーラも珍しく怒りを露わにする。
「あたしたちはただご飯食べてただけじゃん!! 割に合わないよ!!」
いや、シーラだけは充分元を取っている気がするけど。あのあとさらに追加で何倍もの量のお酒を頼んでたし。
「ふざけるな。ここの町の町長はそんな馬鹿げた値段設定なんかしない奴だぞ。それともここの経営者が馬鹿なのか?」
「申し訳ございません、お客様。そういったクレームは当劇場では一切お受けしておりませんので、さっさと計二十万ゴールドお支払いしていただけませんか?」
貼り付けたような笑みをたたえたまま、受付のメイドは強い口調でユウリに言い放った。その瞬間、二人の間に火花が散る。
「やっと本性を表したな。最初からここは胡散臭いと思ってたんだ」
そう言いながらユウリは、剣の柄に手を添えた。いつ戦闘が始まってもおかしくない雰囲気に、私は口を挟めずにいた。
「お客様ぁ♪ 暴れるのは結構ですが、その場合は運営側への迷惑料も込みでお支払させていただきますのでご了承くださいね♪」
受付のメイドはにっこりと微笑むと、徐ろにスカートを捲し上げ、太ももに巻かれたベルトに装着している小ぶりのナイフに手をかけた。
「こう見えてわたし、元盗賊なんですぅ♪ 素早さなら誰にも負けないつもりですから♪」
「ふん。お前みたいな雑魚盗賊が受付嬢だなんて、ここの劇場はどうかしてるな」
わざと得物を私たちに見せているのは、威嚇のつもりだろうか。けれど一般人ならともかく、我らが勇者の前では、意味のない行為であった。
とは言えこのまま戦いが始まってしまったら、後で面倒なことになる。なにか穏便に事を済ます方法はないだろうか――。
バンッ!!
すると突然、部屋の隅にある従業員用の扉が勢いよく開かれた。現れたのは、私たちより一回りほど年上の男性だった。顔には傷があり、体格の良い彼は一見戦士にも見えるが、身なりを見る限りこの劇場の関係者でも上の立場の人だとわかる。
「おい、早くお客様にお帰り頂かないと次の公演に間に合わなくなるだろうが!」
「しっ、支配人!?」
なんと、現れたのはこの劇場の支配人らしい。私たちを一瞥すると、わかりやすいくらい眉間にしわを寄せた。いつまで経っても帰らない私たちが邪魔なのだろう。
しかしよく見ると、どこかで見たことのある顔だった。必死に記憶を辿ろうとするが、なかなか思い出せない。
「もっ、申し訳ありません!! お客様が代金を支払おうとしないので、注意をしていたところです!!」
「何!?」
すると男性の怒りの矛先は私たちに向けられた。こちらを鬱陶しげに睨みつけながら、私達の前につかつかと歩み寄ってきた。しかし、口を開く寸前、男性の顔が一瞬にして笑みへと変わる。
「これはこれは、お客様。当劇場のサービスに、なにかご不満な点でもありましたかな?」
あからさまな営業スマイルに、暗に『とっととお金を払って帰ってくれ』と言う無言の圧力がかけられているのが私にもわかる。
「不満なら大有りだ。なんで飲み食いしただけで二十万ゴールドも払わなきゃならないんだ」
目の前にいるユウリの横柄な態度に、支配人のこめかみが引きつるのが見えた。それでも笑みを崩すことなく、支配人は説明する。
「当劇場はステージ鑑賞をメインにしておりますので、たとえお客様が飲食を目的にいらっしゃっても、鑑賞料金は払っていただかなくてはならないのです」
「たとえ鑑賞代を払うとしても、高額すぎるだろ! たかが一回や二回のステージだけでどうして何万もかかるんだ?」
「それはお客様に最高のエンターテイメントをお見せするわけですから、一回のステージに莫大な予算を充てているのです。その代わりお客様には十分満足できる内容となっております。現にあなた方以外のお客様は皆、文句も言わず満足そうに帰ってらっしゃいますよ?」
「そりゃあそんな物騒な受付嬢がいれば、誰も文句なんぞ言えなくなるだろうが」
ちらりとメイドを見ながら、ユウリは殺気を隠すことなく支配人と睨み合っている。まずい、このままだと事態はどんどん大きくなってしまう!
ただの勘だが、私にはどうしてもあの人と敵対する気にはなれなかった。それがずっと抱えている違和感のせいなのは、自分でも気づいている。
絶対にどこかで見たことあるんだけどなあ。ええとあの額の傷……。確かどこかの酒場で……。
「あっ!!」
思い出した!! 以前、シーラたちをダーマまで迎えに行ったときに、神殿の休憩所で職業について教えてくれた元戦士の人だ! あのときはヒゲを生やしていたので気づかなかったが、今は支配人という立場上ヒゲは剃っているのだろう。転職して商人になったと聞いていたが、まさかこんなところで再会するなんて――。
いや、よく考えたらあの時、この男性にここの町のことを勧めたのは私だ。きっと男性は私の言葉を信じ、この場所へと移り住んだのだろう。
「どうしたんだ? ミオ」
ナギが横から私の顔を伺うが、彼に言ってもわからないだろう。この男性を知っているのは私とユウリだけなのだから。
「ユウリ! この人、ダーマの神殿で職業について教えてくれた元戦士の人だよ!」
「は? 元戦士?」
私の言葉にユウリは男性の顔を改めてまじまじと見た。けれどピンときていない様子だ。
「全然知らん」
冗談なのか、本気なのか。いや、他人に対して感心が薄いユウリなら本気と捉えてもおかしくはない。
「……あ! もしかして、あのときの嬢ちゃんたちか!!」
するとどうやら向こうの方が先に、私たちに気がついてくれたようだ。
「そうです! 本当にこの町に来てくれてたんですね」
「ああ、あれから色々あって結局な。……いや、今はこの話は後だ。君、ここはもういいから次の公演の準備と客の案内を頼む」
支配人は戸惑うメイドにそう告げると、私たちを自分がさっきまでいた部屋へと案内した。扉にかけられた看板には、『関係者以外立入禁止』と書かれている。
「おい、どういうことなんだよ」
「しっ、あとで説明するよ」
状況が飲み込めず尋ねるナギに、私は口に指を当てて部屋に入るよう促した。ユウリとシーラもおとなしく従った。
事務用の机と本棚に囲まれた部屋で、支配人はかしこまった態度で私たちに向き直った。
「先程はすまなかった。申し遅れたが、おれはこの劇場の支配人のディランだ。この町を紹介してくれた恩人たちに失礼な態度を取ってしまった。改めて謝罪する」
男性はそういうなり、深々と頭を下げた。先程とは真逆の態度に思わず面食らう。
「ふん。謝罪より、不当な金額設定を改めるべきだろ」
「申し訳ない。おれも薄々わかってはいたんだが、この値段設定はもともと町長の指示なんだ」
『なんだって!?』
意外な言葉に、四人の声が見事に揃った。
「もともとおれは、家族と一緒に安定した生活をするためにここに移住してきたんだ。だけどいざ住んでみて、商人の職業を生かして自分で店も開いてみたんだが、まったく売れなくてな。そんなとき、たまたまおれの店で声をかけてくれたのがルカ町長だったんだ」
「ルカが町長……」
グレッグさんではなく、ルカがこの町の町長になったんだ。なんとなくモヤモヤした感情が渦巻くが、今はディランさんの話を聞くことを優先しなければ。
「あのとき町長が言った言葉を、おれは今でも覚えてるぜ。『今この町に必要なのは人材だ。だから町を豊かにするためには、あなたのような実力のある人の力が必要なんだ』と。そう熱心に語ったあと、町長はおれを引き抜いてくれたんだ」
ルカにそんな情熱的な面があっただなんて。いや、熱中すると周りが見えなくなるほど突き進んでしまう性格のルカなら、ありえなくもない。
「ちょうどそのころ、おれたちが来たときとは比べものにならないほどの数の冒険者や商人が、一気にこの町にやってきた。ここでは規制もなく、自由に商売できると言う噂を聞きつけてきたそうだ。その中でおれは、当時建設中だった劇場の責任者に抜擢されたんだ」
「へえ、るーくんたら、随分思い切ったことをしたねえ」
「ああ。嬢ちゃんの言う通り、商売人としてはヒヨッコ同然のおれを抜擢するなんて無謀もいいところだと思ったさ。けど町長はおれの劇場の支配人としての資質を見抜いてくれたんだ。結果おれはこの劇場の運営に成功し、町で有数の資産家になれた。それもこれも皆、ルカ町長のおかげなんだ」
「へえ、あのルカがねえ……」
あのルカに、人を見る目があっただなんて、ただただ驚くばかりである。それは商人としての気質によるものなのだろうか、それともルカ本人の性格によるものなのか、いずれにせよ幼い頃のやんちゃな彼からは想像もつかないほど、ルカは成長していたのだ。
「けど最近、町長の様子が少し変なんだ」
「変?」
ディランさんが少し声のトーンを落として言うと、ユウリが眉をひそめながら反応した。
「今までは経営に関して、おれの好きなようにしていいと言ってくれたんだが、ここ最近になって、急にチケットの値段を倍にして欲しいとお願いされたんだ」
ディランさん曰く、この一、二ヶ月の間にルカは何度もディランさんにこの劇場のあらゆる物の値段を釣り上げて欲しいと懇願されたそうだ。最初は町長の言う通りなら、と何の疑問も抱かず値段を上げていったが、その要求は日ごとにエスカレートしていったという。
そして今では最初の頃の五倍の値段で設定されているのだとか。さすがの常連客も不審に思いディランさんのところにクレームが来たそうだが、もっともらしい理由と元戦士ならではの気迫、さらにはもともと用心棒として雇っていた元盗賊の受付嬢を前に立て、何とかお客を納得させてきたのだそうだ。
「でも正直、おれも薄々間違ってるなと思ってたんだ。自分の子供とそう変わらない年の町長が必死にお願いしてくれてたから今まで何も言えなかったけど、きっとなにかおれや町の人達も知らない大きな秘密を抱えてるのかもしれない。もし君が本当に町長を心配しているのなら、どうか一度彼に会って欲しい。どうして考えを変えてしまったのか、そして今まで通りに町を運営して欲しいと、説得してくれないだろうか?」
ディランさんは私の手を握りしめると、懇願するように私に言った。その表情は、ルカを本気で心配しているように見えた。
「……わかりました。ルカに話を聞いてみます」
もとより私たちはルカの様子を見に来たのだ。私が了承すると、ディランさんはようやく彼らしい安堵した笑みを浮かべたのだった。