茜色の空が、町を朱く染め上げていく。それでもこの通りは人が多く、周りを見渡せば絶えず人々が行き交い、通りに並ぶ店の前では買い物を楽しむお客で賑わっている。
しかしそれは裕福な人に限ったことだった。店に並んであるほとんどの商品が、他の町よりも数倍高い値段で売られている。これでは他の町からやってきた冒険者や一般人には、到底手が届かない。
私たちが目にしたのはそれだけではない。大通りから少し離れた裏路地を覗き込むと、路頭に迷う者やお金に困った子供が地面に座り込んでいた。当然犯罪のない町など存在しない。町の中心にいればスリや万引きに遭う人にも少なからず目にする。けれど、身内が作った町ならもっと人々が幸せに過ごせるようにしてほしいと願うのは、ただの理想論だろうか。
先程通行料を取ろうとした少年たちも、余程お金に困っていたのだろう。パン一つ買うにも信じられないくらいのお金がかかっているのだと思うと、なんだかやりきれない思いだった。
「ねえ、ユウリ……」
「俺たちは何も間違ってない」
ユウリがはっきりとした口調で答えた。
「あいつは何もわかってない。だからグレッグはあいつの元からいなくなったんだ」
険しい表情ではあるが、その言葉からは怒り以外の感情も含まれているように感じた。
「ユウリの言うとおりだぜ。きっとルカは今全速力で突っ走ってて、周りが見えてない状態なんだ」
ナギの例えに、私は妙に納得した。確かに今のルカは頑張りすぎるあまり、前しか見ていないような気がする。
「なあ、シーラもなんか言ってやれよ。……シーラ?」
振り向くと、彼女は心ここにあらずといった様子でぼうっと空を眺めていた。私たちの視線に気づくと、慌てふためいた。
「ご、ごめん!! るーくんのことだよね!? ……あたしは少し、るーくんの気持ちがわかるかな」
「え!?」
てっきり私たちと同じ考えだと思っていたので、彼女の反応はあまりにも意外だった。
「あたしもるーくんよりもっと小さかったときに、家のことで気持ちに余裕がない時があったから」
「あ……」
そうだ。シーラはダーマ神殿の大僧正の娘であり、後継者として厳しく育てられていたんだ。
「きっとるーくんは、頑張りすぎて自分を大事にできるほどの余裕がないんだよ。自分を蔑ろにしてるときほど、他人の好意にも気づきにくいの。だから、本当はるーくんも、ミオちんと仲直りしたいと思ってるはずだよ」
ハッとする私をよそに、シーラは取り繕ったような笑みを浮かべた。
「今まで頑張ってきた自分を否定されるのって、結構辛いんだよね。まあ、あたしの場合、一人で頑張って空回りした結果、弟があとを継いじゃったけど」
体の中に鉛を落とされたような気分だった。ルカの気持ちをわかってない自分への無力さにショックを受けているのか、それとも姉の私ではなくシーラのほうがルカのことをわかっているという悔しさか――。あるいはその両方なのかもしれない。
「悪い。やなこと思い出させちまったな」
「違うよ。あたしが勝手にそう思っただけなんだから」
申し訳無さそうにナギが言うと、シーラは首を横に振り、これ以上何も言わなかった。
「ひとまず、グレッグを探して事情を聞こう。ルカをこのまま放って置くわけには行かないからな」
「ユウリ……」
口ではああ言っていたユウリだったが、やっぱり本当は彼もルカのことを心配しているのだ。
「うん、そうだね。急いでグレッグさんの居場所を探そう!」
私はすぐに頷いた。ナギやシーラも賛同すると、早速グレッグさんのいそうな場所を中心に捜索し始めた。
とはいえ、スー族のグレッグさんが行きそうな場所に思い当たるものが見つからず、結局しらみ潰しに探すしかなかった。ちなみに以前住んでた家は取り壊してしまったのか、どこにも見当たらなかった。
かれこれ小一時間は町の中を探し回っただろうか。外はもう日が沈みかけており、闇に溶け込みそうな夕暮れの光が名残惜しそうに空を赤く彩っている。
ずっと歩き回って疲労が溜まる中、体力の少ないシーラが息を切らしながら、ふと目の前にある小さな公園に目をやった。
「もしかしたらさ、自然がたくさんある場所にいるんじゃない?」
確かに、自然を大切にするスー族の人なら、都会的な建物や人の多いところより、自然が多く人の少ない場所にいる可能性は高い。
「一理あるな。さっき通り過ぎた公園も含めて、緑が多い場所を片っ端から探していくぞ」
すぐに決断したユウリは踵を返すと、シーラが目に留めた公園へと真っ先に向かった。
けれどこういう大きな町になると、なかなか緑のある場所というのは見つからないものだ。最初にシーラが見つけた場所にグレッグさんは見つからず、別の場所を探そうとしたが、周りにあるのは整然と並んた住宅地やお店ばかりで、葉っぱ一枚すら見つからなかった。
「ルカの奴……。なんでもっとグレッグさんが喜ぶような場所を作らなかったんだよ……」
歩いていた足を止め、息を吐きながらナギが呟く。
「バカザル。もう一度高いところに登って鷹の目を使え」
ユウリの言葉に、ナギはわかってたとばかりに苦い顔をした。
「お前に言われなくてもやろうとしてるよ! けど、この辺りって背の高い建物が少ねえんだよ。低いところから見渡しても、町全体は見通せねえぜ」
「別に一度に全体を見通さなくてもいいだろ。少しずつでもいいから隅から隅まで調べてくれ」
「簡単に言うけどな、連続で鷹の目を使うとどんだけ疲れるか、お前知らねえだろ!!」
「倒れたらバシルーラで宿屋まで飛ばしてやるから安心しろ」
「……あー、くそっ!! わかったよ!! ちょっとでもお前に期待したオレがバカだったよ!!」
ユウリに無理やり説得され、ナギはぶつくさ言いながらも目の前にある建物を、屋根を伝いながら軽々と登っていった。今更ながら、建物の住人に何か言われないかと心配になる。
それにしても、グレッグさんは一体どこにいるのだろう。一人でルカの家を出ていったと言うが、どこかアテがあるのだろうか?
「ナギちーん!! 見つかった?」
シーラの呼びかける声に私は上を見上げるが、ナギは未だに鷹の目で町を観察していた。
「おい!! 何かあったのか!?」
なかなか降りてこないナギに、痺れを切らしたのか不機嫌になるユウリ。ややあって、ようやくナギが屋根から降りてきた。
「どうしたの? 随分時間がかかってたけど……」
「あの角の建物の向こうに、グレッグがいる」
「えっ!?」
「本当!? ナギちん!!」
「なんでさっさと言わないんだこのバカザル!!」
「悪い、人が群がってたからよく見えなくてよ。ていうか、そいつらとグレッグが、なんか揉めてるみたいなんだよ」
『!!??』
いったい何があったのだろうか。私たちは顔を見合わせると、すぐにナギがグレッグさんを見つけたという場所に向かうことにした。
「グレッグさん!!」
薄暗い路地の隅で数人の男性が一人の老人を取り囲んでいる。先にナギとシーラが駆け寄ると、それに気づいた一人がこちらを振り向くなりぎょっとした。
「おい、あんたら、何してんだ!?」
「大人がよってたかってか弱いおじいさんをいじめるなんて、ヒドイんじゃない!?」
「ちっ、違う! おれたちは……」
「しっ!! 余計なことを言うな!!」
先に気付いた男性が何かを言いかけたが、隣にいた別の男性に止められる。
「とにかく、そういうことだから……。改めなければ、こっちにも考えがありますんで」
意味不明なセリフを吐きながら、男性たちは居心地が悪そうに、ぞろぞろとグレッグさんから離れていった。
人が捌けていき、残ったのはもちろんグレッグさん。グレッグさんは私たちに気づくと、目をまん丸にした。
「あ、あんた方は……」
「久しぶりだな、グレッグ」
声を掛けるユウリを前に、グレッグさんは驚いているのか声も出せずに口をぱくぱく動かしていた。およそ一年ぶりに見るグレッグさんは、どこかやつれていた。若い頃はスー族の屈強な戦士だったそうだが、今やその面影はほとんどなかった。
「ルカの元を出ていったそうだが、何があったんだ?」
「……」
なぜか答えないグレッグさん。堪らずナギも「どうしたんだよ、じいさん!?」と声をかけるが、グレッグさんはなぜかいきなり頭を下げた。
「すまなかった!! わし、ルカのこと任せる、言った!! なのにわし、ルカのこと、止められなかった……」
「どういうこと? おじいちゃん!」
「ルカ、たくさんお金作ろうとしてる。でも、この町のため、だけじゃない。ルカ、何かを買うためにお金たくさん貯めてる」
「何かを買う? 一体どういうことだ、説明してくれ」
詰め寄る私たちに圧倒されたのか、グレッグさんはたどたどしい言葉で事の経緯を話した。
「二ヶ月くらい前、ルカのところに、男がやってきた。男はルカと話した。そのあとルカ、急にお金たくさん稼ぐようになった」
『……』
グレッグさんの説明だけでは内容が不十分だが、要するに二ヶ月前にやってきた男の人がルカと何かしらの話をして、お金が必要になったということだろうか。
「その男の人って、ルカと同じ商人なのかな?」
私が考えを話すと、ユウリも小さく頷いた。
「俺も同じことを思っていた。そいつとの商談の際、どうしてもそいつが売っているものが欲しくて金が入り用になったのかもしれない」
「でも、町の経済を変えるくらい欲しいものってなんだろ? やっぱり町を大きくするために必要なものかな?」
「うーん……。そこまでする必要あるかなあ。町の不満も少ないわけじゃないし……」
シーラも指を顎に当てて考え込んでいる。聡明な彼女でも、ルカの意図は判りかねるようだ。
「わし、町を大きくするの、賛成。でも、町の人達、不満持ってる。それを見るの、わし辛い」
グレッグさんは今にも泣きそうな顔で言葉を続けた。
「わし、本当はスー族の都、作りたい。でも、ルカが手伝ってくれる、とてもありがたいこと。だからルカのやってること、口出さなかった。でも、最近のルカ、ちょっと変。わしの声、聞いてくれなくなった。だからわし、ルカと喧嘩して、家出した」
グレッグさんが家出をしたのは、ルカと喧嘩をしたからだという。けど、元々はルカがグレッグさんの言葉を聞き入れなくなってしまったからだ。ということは、ルカに原因があることになる――。
私は意を決すると、グレッグさんに向き直った。
「グレッグさん。やっぱり一度、ルカと話し合ってみましょう。私も一緒についていきますから」
「話し……合う?」
姉として、弟が間違った道を進もうとしているのなら、止めなければならない。いや、私だけじゃない。私の家族なら、きっとみんな同じことを思うだろう。
「水くさいぞ、ミオ。『私も』じゃなくて、『私たちも』だろ?」
「ナギ!?」
「バカザルの言うとおりだ。ルカは一時とはいえ、俺たちの仲間になったんだ。仲間が間違ったことをしていたら、正してやるのが当然だろう」
「ユウリ……」
「そうだよミオちん! あたしも同じ弟を持つ姉として、るーくんには一言言っとかないと気が収まらないんだよね」
「シーラ……。皆、ありがとう」
私はこれほど仲間に恵まれていると感じたことはなかった。私はこみ上げそうになる涙をぐっとこらえ、三人に心からお礼を言った。
「行きましょう、グレッグさん。ルカの家へ」
「あ……、ありがとう……。皆、申し訳ない……」
何度も頭を下げて涙を流し続けるグレッグさんを宥めながら、私たちは再びルカの所へ向かうことにした。