私たちがルカの家に向かおうとしている頃には、すでに夜の帳は降りており、人気も明かりもない路地は真っ暗だった。
グレッグさんもいるので、ユウリは鞄に入れておいた松明にメラの呪文で火を灯した。ぼんやりと照らされた夜道を、私たちはルカの家へ向かって小走りに歩く。
すると少し進んだところで、どこからか話し声が聞こえてきた。
「……してしまうのはどうだ?」
「いや、それじゃあまりにも……」
「だが、このままルカ町長の言うことを聞いてしまえば、この町は大変なことになる!!」
――ルカ町長!?
私は思わず、声のした方を振り向いた。
「どうしたの? ミオちん」
どうやらシーラには聞こえてなかったらしいが、たしかに今、『ルカ町長』とはっきり聞こえた。
「ミオ、お前も聞いてたのか」
「もしかして、ナギも?」
「ああ。なんかよくわかんねえけど、嫌な予感がするぜ」
「どうしたんだ、お前ら」
立ち止まって話し込んでいる私たちに気づいたユウリが、少し苛立ちを見せながら戻ってきた。
早速私とナギは今聞いた話の内容を三人に伝えた。すると、突然グレッグさんが泣き出したではないか。
「ああ……! やはりわし、間違っていた! 町の者、ルカを捕まえて牢に入れる、言っていた! わしがルカ、止めなかったのが悪い!」
そこまで聞いて、私はハッとなる。
「もしかして、さっきグレッグさんの周りにいた男の人達って……」
予想通り、グレッグさんはこくこくと頷く。
「ルカを捕まえようとする町の者たち、ルカに忠告しろとわしに言った。でも、わし、ルカを止めること出来ない、言った。こうなったの、全てわしのせい……」
「しっかりしろよ、じいさん!!」
肩を震わせてすすり泣くグレッグさんを、ナギが肩を掴んで一喝する。
「自分のことを責めてる場合じゃないだろ!! ルカがそんな目に遭うってわかってんなら、こんなところでグダグダ言ってねえで、何としてでも止めるんだよ!!」
「うう……、うう……」
なおも泣き崩れるグレッグさんに、ナギは小さく舌打ちをした。そこへユウリが割って入る。
「二手に分かれるぞ。今からオレとバカザルでルカを助け出すから、お前らは今話していた連中を止めるんだ」
「わ、わかった!」
私が頷くとユウリは私に松明を渡し、すぐにナギとともにルカの家へと向かった。二人を見送ったあと、私とシーラ、そしてグレッグさんは、先程の声がした方へと、来た道を戻ることにした。
「グレッグさん、もうちょっと頑張って!」
老齢のグレッグさんに合わせて走らなければならないのがもどかしい。私はなるべく穏便に、けれど内心焦りながらグレッグさんに声をかけ続けた。
「ミオちん、どう? 何か聞こえる?」
「うーん、もう少し先だった気もするけど……」
と、話している途中で私は口を閉じた。すぐそばの建物の陰に複数の人の気配を感じたからだ。私はすぐに松明の火を消し、気配を殺して一人じりじりと近づいていく。
「……革命を起こすぞ!!」
ゆっくりと壁から覗いて見てみると、男性の力強い声が闇に響いた。
――革命!? それって、一体どういう……。
「所詮は子供、おれたち大人が本気を出せば、町長はすぐに捕らえられる!」
「そうだ、そうだ!!」
「やるなら今しかない! 行くぞ!」
――町長を捕らえる。今、確かにそう聞こえた。
体中の血の気が引き、足がガクガクと震える。もしこのまま放っておいたら、ルカの身に危険が及ぶかもしれない。なのにそんな恐ろしい未来を案じるあまり、足が動かなかった。
「ミオちん! しっかりして!」
いつの間にかそばに来ていたシーラが小声で呼びかける。そうだ、今はショックを受けている場合じゃない。私はようやく正気を取り戻した。
「……もう先遣隊は家に向かってる!! あとはおれたちが包囲すればいい!」
「そうだ! これが成功すれば、おれたちの生活が平和になるんだ!」
「おう!!」
何人かの掛け声が放たれると、突如声の代わりに複数の足音がこちらに向かって近づいてきた。
――まずい! このままだと鉢合わせになる!! なんとかして足止めしなければ……。
「ラリホー!!」
ばたっ、ばたっ、と次々に人が倒れる音が聞こえてきた。機転を利かせたシーラが睡眠の呪文をかけてくれたのだ。
「ありがとう、シーラ!」
「ミオちん、あたしとおじいちゃんはあとから行くから、ミオちんは先に行って!!」
「わかった!!」
振り向くと、ずっと走っているからか、グレッグさんの息は切れ切れだ。二人には悪いけど、今は一刻も早くルカのもとに向かうのが最優先だ。私は星降る腕輪の力を引き出すと、一足先に走り出した。
暗い夜道を、私はすさまじい速さで駆け抜けていく。こんな夜更けに町中を走っているなんて、はたからみれば何事かと思われるだろう。人気がないのが幸いだった。
「……?」
と思ったら、遠くの方で何人もの人の話し声が聞こえる。中には私と同じ方向に走る人もちらほら見かけた。何か胸騒ぎを覚えながらも、足を止めるわけには行かず、先に進む。
この先の十字路を右に曲がればルカの家だ。道行く人が振り向く中、私は無我夢中で曲がり角を曲がった。
「っ!?」
ただならぬ事態に思わず私は立ち止まる。曲がった先に視界に入ったのは、煌々と赤く燃え上がる篝火だった。そしてルカの家を囲うように、十数人はいるであろう一般市民が集まっている。さらに家の周囲には何基もの篝火が焚かれており、事態は大事になっていた。
「あっ!!」
人だかりの中心に、一人の人物がいた。
――ルカだ!!
私は急いで群衆に近づいた。しかし人だかりの隙間から見えたのは、両手首に縄を掛けられ、下を俯いているルカだった。
まさか、もうすでに捕まってしまったの!?
「ルカ!! ルカっ!!」
しかし私がいくら彼の名を叫んでも、ルカは反応しなかった。それは周りのざわめきが私の声をかき消していたからか、それとも本人が反応する気力もないのか――。
やがて、ルカの手首を縛っている縄を手にしていた一人の中年男性が声を上げた。
「町長はこのまま牢屋へ連れて行く!! 誰も手出しはするな!!」
おそらくルカを捕らえたリーダー的な存在の人なのだろう。彼の一声に、騒然としていた場が静まり返った。そして、ルカを引き連れながら男性は人混みをかき分け、家とは反対方向に歩いていった。
その時私はようやく、我に返った。
「待って!! 行かないで!! ルカを連れて行かないで!!」
「なんだ? 町長の知り合いか?」
「構うな! 先に進め!」
人だかりが私を阻み、ルカとの距離をあっという間に離していく。ルカの後ろ姿がどんどん遠ざかっていくのを、私は泣きながら目で追った。
――嘘だ。信じたくない。この町のために今まで頑張ってきたルカが、町の人々に捕らえられるなんて。
誰か、あの子を開放してあげて。本当は真っすぐで、やんちゃで、夢中になると周りが見えないだけの十三歳の男の子なの。普段は憎まれ口ばっかりだけど、私のためにアクセサリーを選んでくれたり、二人のときだと『お姉ちゃん』って呼んだりしてくれる、とっても可愛い弟なの。だからお願い、私の大事な弟を牢屋なんかに連れて行かないで!!
「ルカ!! 行かないで、ルカあっ!! 嫌あぁっ!!」
大声で泣きじゃくりながら、それでも私は人混みをかき分け少しでもルカに近づこうとした。けれどその瞬間、後ろから腕を掴まれた。
「っ!?」
咄嗟に振り向くと、私の腕を掴むユウリと、その後ろに立つナギの姿があった。
「二人とも!! なんでルカを引き留めないの!? 早くしないと、ルカが牢屋に入れられちゃう!!」
なんで二人とも後を追わないのか、そんな疑問を口にするより先に私は二人に訴えかけるが、ユウリに掴まれた腕は力強く、びくともしない。
「どうしてルカのもとへ行かせてくれないの!?
お願い、この手を離して……」
「行くな!!」
「!?」
ユウリの強い声に、思わず私は身を竦ませた。
「あいつは……、ルカは自分から捕まりに行ったんだ!!」
「……え!?」
ユウリの言っている言葉の意味がわからず、思わず私は隣のナギに目を向ける。
「オレたちがルカの家に着いた時、ちょうどあいつらが乗り込んできたんだ。それを止めようとオレとユウリで後を追ったんだが、ルカとあいつらの話を聞いて、止めるのをやめたんだ」
「そんな事言われてもわからない!! なんで二人とも止めてくれなかったの!?」
「ルカは、町の人達の不満を受け入れた。あいつは、自分のやり方が間違っていたと、反省していたんだ」
「!!」
頭を振って放つ私の叫びを、ユウリの落ち着いた声が制する。
「その上で、自分を戒めるために自ら牢屋に入ることを望んだ。あいつが自分で決めたんだから、それを俺たちが止める権利はない」
「そんな……」
ユウリの言葉に、唐突に頭から血の気が引くのを感じた。そして冷静になって改めて理解する。彼らに捕らえられたのはルカが自分で決断したこと。自分から非を認めたということだ。
「ルカを助けたいお前の気持ちはわかる。だが、下手に動けばルカの身がもっと危なくなる」
「そうだぜ、ミオ。オレたちだって追いかけたいのを我慢してるんだ」
わかってる。二人の言う通りだ。でも、このまま何もできないでじっとしなければならないなんて、辛すぎる。考えれば考えるほど、涙がとめどなく溢れてくる。私たちがここにいて、どうしてルカを救えなかったのか。再会したときにもっとちゃんと彼と話していれば、こんなことにはならなかったのではないか。後悔ばかりが押し寄せてきて、今にも胸が張り裂けそうになる。
すると、私の腕の拘束を解いたユウリの手が、私の頬に触れた。涙でぐしょぐしょになった頬を、彼は優しく拭ってくれたのだ。
「ユウリ!?」
ユウリは私に目線を合わせると、言うことを聞かない子どもを宥めるように、いつになく穏やかな声で話し始めた。
「あいつは自分の過ちを受け入れた。だから俺たちも、あいつの覚悟を受け入れなきゃならない」
「覚悟……?」
「ああ。あいつはこうと決めたら何があっても意思を曲げないやつだ。それはお前が一番良くわかってるだろ?」
問われて、私は小さく頷く。ユウリの真っ直ぐな目が、深い絶望の底にあった私の心に光を灯す。
「なら今度は、待ってあげてやれ。あいつが自分のしてきたことを反省し、次に進めるときまで、姉として、見守ってやるんだ」
「……うん」
いつの間にか涙は止まっていた。そんな私の様子を見ていたユウリは、どこか安堵したように表情を緩ませた。
――そうだ、きっとルカなら大丈夫。だって、私たちと一緒に過酷な旅を乗り越えてきたんだもの。それに、何もなかったこの場所に、こんな大きな町を作り上げることだってできたのだから。
これ以上心配をかけたくはない。私は気持ちを切り替えて自ら涙を拭くと、ユウリを見据えて言った。
「ありがとう、ユウリ。もう、大丈夫だから」
「……そうか。ならよかった」
私を心配してくれるユウリの姿に、せっかくひっこんだ涙が再び溢れそうになる。改めてこの人を好きになってよかったと、心から思った。
「おーい!! みんなー!!」
そんな中、ちょうどシーラとグレッグさんが息を切らしながらやってきた。到着するやいなや、私たちは早速二人に今の状況を説明した。
「嘘……。るーくんが……!?」
シーラは信じられないといった様子でルカたちが去っていった方向を見た。
「こうなったのも、わしのせい……。わしがルカ、助けなかったから、一人で頑張りすぎた。わしも牢屋に入るべき……」
グレッグさんも絶望に満ちた顔で涙を流しながら呟く。そこへ業を煮やしたナギが口を挟んだ。
「あーもー!! いつまでもグダグダウジウジすんなってーの!! 取り敢えずここは目立つから、一先ず離れようぜ!」
「ああ、騒ぎが落ち着いたら、改めてルカの様子を見に行こう」
ユウリの提案に皆が頷くと、私たちは逃げるようにその場を離れることにした。