賑やかだった町の中心とは違い、町外れにあるこの場所は、静寂に満ちていた。深夜という時間帯もあるのだろうが、建物は目の前にある一軒のみで、周りには手入れされていない草木が無造作に生え散らかっている。そんなうら寂しい場所に、石造りの四角い建物がぽつんと建っていた。四方全て窓はなく、出入り口らしき簡素な扉が一つのみ。扉の前には篝火が焚かれており、夜中だと言うのにその一帯だけが明るかった。
そしてその入口の脇に、先程ルカを引き連れていた男性たちの一人が立っていた。おそらく見張りだろう。よっぽど眠いのか、こくりこくりと舟を漕いでいる。
「見張りがあの調子なら、下手に騒ぎを起こすより様子を見て忍び込んだほうがよさそうだな」
ユウリの言う通り、程なく見張りの男性は壁にもたれかかるように鼾をかきはじめた。その隙に私たちは、音を立てないよう細心の注意をはらいながら扉の前まで向かった。さらに念の為シーラがラリホーの呪文で見張りを眠らせた。
当然扉には鍵がかけられていたが、ユウリは当然のように最後の鍵を使い難なく扉を開けた。音を立てないようゆっくりと扉を開けると、中は意外と明るかった。壁には燭台がいくつもかけられており、火が灯されている。
狭い室内の半分が鉄格子で仕切られており、その中に小さな人影があった。
「あ……!」
鉄格子の向こうには、虚ろな目で壁にもたれかかりながら座り込んでいるルカの姿があった。
私が声を上げると、ルカはゆるゆると顔を上げた。昼間と比べて覇気がなく、明かりに照らされたルカの顔は驚くくらい青白かった。
「ルカ!」
「……」
私が呼びかけても、ルカはこちらを一瞥しただけで、口を動かすことすらしなかった。
すると、私たちの横をすり抜けたグレッグさんがルカの前に突然しゃがみ込み、土下座をしたではないか。
『!!??』
「すまない!! わし、ルカのこと、助けてやれなかった!! ルカ、いつも町を作ること、一生懸命だった!! なのにわし、スー族の都、ずっと夢見てた!! ルカの作る町、わしの理想と違った!! だからルカのこと、この町のこと、素直に喜べなかった!!」
頭を地に伏せたまま、グレッグさんの涙声が牢の中に響く。グレッグさんが思い描いていたのは、かつてスー族が暮らしていたというグレッグさんの故郷。けれどスー族の都など知らないルカに、それを再現するのは不可能だろう。
だけどルカはルカなりに、たくさんの人を呼び、家や店を作り、活気あふれる町を作り上げようと努力してきた。それは確かにこの土地に繁栄をもたらしたが、グレッグさんの本意はルカの思惑とは違っていたのだ。
「わしとルカ、もっと話し合うべきだった!! ルカに責任、全て負わせた、わしの責任!! 何もしてこなかったわしの責任だ!!」
「……」
グレッグさんの心の叫びが、私たちにまで胸に突き刺さった。お互いが納得できる町作りが出来ていたら、もしかしたらこんなことにはならなかったのかもしれない。そう思うとやるせなさでいっぱいになった。
「……グレッグさん、顔を上げてください」
しばらくの沈黙の後、ようやくルカの口が開いた。その目には一粒の涙が浮かんでいた。
「グレッグさんのせいなんかじゃないです。もとはといえば、おれが一人で勝手に暴走したのがいけないんですから。謝るのはおれの方です」
「しかし、ルカ……」
「最初はうまくいってたんです。けど、どんどんお金が必要になってしまって、このままだとこの町の商人や職人たちが職を失うことになるかもって考えたら、焦ってしまったんです」
ルカは苦笑いを浮かべながらグレッグさんに言った。
「けど、お前ともあろうものが財政管理を怠るなんて、信じがたい話だな。何かあったのか?」
「あ、えーと、それは……」
ユウリの指摘に、ルカは目を泳がせる。一呼吸のあと、決まり悪そうに話を続けた。
「ちょうどその時に劇場を作る話が出たんです。自分の店も切り盛りしてましたから……。その頃からでしたね。周りの誰よりも年下のおれが、誰よりも優れていると自惚れるようになったのは。今考えるとホント、バカなことを考えてたと思いますよ」
すると、今まで静観していたシーラがルカの前に出た。
「るーくんは、バカなんかじゃないよ!」
「え!?」
突然言い放ったシーラの言葉に、ルカはもちろん私たちも彼女に視線を向ける。
「一生懸命努力して、結果まで出したんだよ? それは間違いなくるーくんの実力だよ。なのに自分が今まで頑張ってきたことを、自分が否定しちゃ駄目だよ!」
「シーラさん……」
「そうだぞ、ルカ。この町がここまで大きくなったのは、紛れもなくお前の力なんだ。それだけのことをお前はしてきたんだから、むしろもっと誇っていいんだ!! オレたちが保証する!!」
ナギもドンと自分の胸を拳で叩きながら、ルカに言い放った。
「ナギさん……。二人共、ありがとうございます」
ずっと目を潤ませていたルカだったが、ここへきてとうとう目尻から涙が溢れ出した。そして、無表情だった彼の嗚咽をあげて泣く声がしばらく聞こえたのだった――。
「んで、結局じいさんはこのあとどうするんだ?」
泣いていたルカが落ち着いたところで、グレッグさんに向かってナギが尋ねた。
「わし、ここでルカの面倒見る。ルカが牢屋、出られるまでずっとここにいる」
そう話すグレッグさんの目には決意の色が宿っていた。そばで聞いていたユウリもその意思を感じ取ったのか、言い咎めるようなことはしなかった。
「ところで、町作りの方はどうするんだ? 当分は他のやつが町長になると思うが」
「わし、スー族の都、諦める。この町に住んでる人たちが幸せに暮らせる、それだけでいい」
「グレッグさん!?」
考えを変えたグレッグさんに、ルカが愕然として声を荒げる。それに構わず、グレッグさんは先ほどとは打って変わって毅然とした態度で言葉を続けた。
「それより早く、ルカ出してあげたい。ルカを捕まえた人たち、全員に謝って話する。ルカのしたこと、それわしの責任でもある。だからわし、町の人たち、認めてもらうまで話する」
「ごめんなさい、グレッグさん……」
「ルカ、謝る理由ない。これからわし、ルカのために頑張る。だからルカ、それまで待っていてほしい」
「……ありがとう、ございます」
もう、ここにはお金に執着するルカの姿はどこにもない。これからは、グレッグさんと2人でこの町をもっとよくしていくために協力し合うだろう。
「ルカ。私たちもできることがあれば手伝うからね」
姉として、できることがあれば最大限尽くしたい。そう思って息巻くようにルカに言い放ったのだが、
「いや、アネキたちはおれたちのことは気にせず、魔王を倒す旅を続けてくれ」
「え!?」
突き放すようにそう言われ、私は唖然とした。
「え、待って? 私じゃ頼りない? そりゃあお金のことも町づくりのこともわかんない素人だけど、手伝いくらいならなんだってやるよ?」
「そうじゃなくて、もともとおれがお金を貯めるようになったのは、アネキたちのためでもあったんだ」
「どういうこと?」
「屋敷に誰かがやって来る前に、おれの部屋にある正面の椅子の下を調べてほしいんだ。最後の鍵を持っているユウリさんなら開けられるはずだから」
なんだか話が曖昧すぎてわからない。私たちのためにお金を貯めたって、どういう意味?
「なんだよルカ。もったいぶってねえではっきり言えよ」
「すみません、ナギさん。あまり大っぴらには言えないので……。けど、必ず皆さんのお役に立つはずです」
「……わかった。お前がそこまで言うなら信じよう。椅子の下を調べればいいんだな?」
「はい、よろしくお願いします。ユウリさん」
そう言ってルカは頭を下げた。ここでは言えないだなんて、謎は深まるばかりだ。一体ルカは椅子の下に何を隠しているんだろう?
頭を上げたルカは、今度は私に視線を向けた。
「ありがとう、アネキ。アネキは頼りなくなんかないよ。さっきの言葉、すごく嬉しかった」
「!!」
ルカがこんなに素直に私にお礼を言うなんて思いもしなかった。実家にいた頃のルカに戻った気がして、私は再び涙腺が緩んだ。
「それじゃあ皆さん。おれはもう大丈夫ですんで、早くここから離れてください。もしユウリさんたちまで捕まったら、おれの努力が無駄になりますから」
「ああ、わかった」
「ルカ、体には気を付けて! また来るから!!」
「アネキこそ、ちゃんと魔王を倒してこいよ!!」
その短いやり取りが、どれほど嬉しく思ったことか。この先自分もどうなるかわからない。いつ再会できるかもわからない。でも、そんな不安よりも、こんな状況でもルカといつもどおりに話せたことが何よりも嬉しかった。
「さっさと魔王を倒して、またお前に会いに来るからな」
「はい! ユウリさんもお元気で!!」
「るーくん、おじいちゃんと仲良くね♪」
「はい! シーラさんもどうかご無事で!」
「今度はグレッグさんと2人で作った町を見せてくれよな!」
「もちろんです! ナギさんもお気をつけて!」
私たちはそれぞれルカに別れを告げると、日が昇る前に牢屋をあとにしたのだった。
そしてそのままその足で、ルカの屋敷に向かうと――。
「どうやらまだ誰もいないみたいだな」
ユウリが窓越しに屋敷の中を覗き込むと、中には人の気配はなかった。けれど鍵はかかっているので、おそらくルカを捕らえた人が屋敷の鍵を押収し、今日のところはひとまず鍵をかけて後日家宅捜索でもするのではないかとシーラが推測した。
「第三者が屋敷に入る前に、中に入るぞ」
そう言ってユウリが取り出したのは、毎度お馴染みの最後の鍵である。例のごとく屋敷の玄関の鍵を開けると、ユウリは鞄から取り出したランタンにメラを灯した。そして屋敷の中に入った私たちは、急いで昼間訪れたルカの部屋へと直行した。
部屋の中は特に荒らされた形跡はなく、ルカは無抵抗で捕らえられたと思われる。昼間会った使用人らしき男性の姿は見えないので、もともとこの時間はいなかったのか、或いは別の場所にいるのかもしれない。
昼間彼が座っていたとされる椅子まで近づくが、特に変わったところは見られなかった。探索が得意なナギが先陣を切って辺りの様子をうかがう。
「椅子の下ってことは、床に何かあるのか……?」
注意深く床をまじまじと見てみると、暗闇で分かりづらいが、床の一部分に小さな金属製の鍵穴が彫られてあった。ナギが周辺の床を触ると、ある場所でぴたりと手を止めた。
「なんかこの辺、扉みたいになってるぞ」
ナギの言葉に、私たちは頭を突き合わせるように床に注目した。そこへその場にしゃがみ込んだユウリが手袋を外し、指で鍵穴の周辺をなぞった。見るとたしかに、わずかな溝が穴を四角く取り囲むように存在している。
再びユウリは最後の鍵を使い、床にある小さな鍵穴に差し込んだ。鍵の開くごく小さな音が鳴った。
そしてそのまま鍵ごと扉を引っ張り上げた。すると、がぽっ、という音とともに扉が外れ、床に四角い穴が現れた。
「これは……!!」
床下の穴にあったのは、艷やかに光る宝玉だった。ランタンの明かりではっきりとは分からないが、おそらく色からして黄色だろうか。その大きさといい形といい、私たちが今まで集めてきたオーブにそっくりだった。
「これってもしかして、オーブ!?」
「なんでこれがこんなところにあんだよ!?」
私とナギが驚いて声を上げる中、ユウリは黄金色に輝くオーブを手に取った。そして何かに気づいたように顔を上げた。
「まさかあいつ……、このために金を集めてたのか?」
「え!?」
「……そうかも。経緯はわからないけど、きっとるーくん、どこかで見つけたこのオーブをお金で買ったんだと思うよ」
シーラもオーブを見つめながら呻くように呟いた。
「なんだよ……。水臭いじゃねえかよ、あいつ……」
ナギも悔しさの滲む声を上げながら項垂れていた。
こんな形でオーブを入手することになるなんて、思いもしなかった、複雑な思いで皆がそれを見つめる中、ユウリは手にしていたオーブを鞄にしまい込んだ。
「あいつは人が変わったと思っていたが、勘違いだったみたいだな」
町を大きくするためにお金を必要以上に住民から取っていたわけではなく、私たちの旅に必要なオーブを買い取るために、ルカはお金を集めていたのだ。
「最初からずっと、ルカは私たちのために頑張ってくれてたんだね……」
できることならもう一度会って謝り、お礼を言いたい。けれど、私達にそうさせないために、ルカはあのときああ言ったのだ。
「……行くぞ」
短くそう言うと、ユウリはすっくと立ち上がり、何も言わず部屋を出た。声をかけるのを躊躇った私は、彼の後をそそくさと追いかける。
「何だよあいつ。さっさと行きやがって」
ユウリの後ろを歩きながら、ナギはブツブツと文句を言っていた。それを隣で聞いていたシーラが嗜める。
「……さすがのユウリちゃんも、るーくんのことは少なからずショックだったんじゃないかな」
「は? ショック受けてたように見えなかったけど?」
「えーっ!? ナギちん、ユウリちゃんとどれだけ一緒に旅してきてたの? 超落ち込んでたじゃん! ミオちんならわかるよね?」
「うん。ユウリ、ものすごく落ち込んでた」
私がきっぱりとそう言うと、ナギは大げさなくらい驚いた。
「ミオはわかるけど、お前まであいつの心が読めるのか!?」
「ナギちんが鈍感すぎるんだよ〜! 毎回言うけど、盗賊のくせになんでそーゆー勘は働かないかなあ?」
「なんかお前、いつもより当たり強くねえか!?」
「まあまあ、それよりもうすぐ夜が明けそうだよ。早く屋敷を出ないと!」
『!!』
私が窓越しに映る暁天を指さすと、不機嫌な顔が一転して焦りに変わった二人は、すぐに歩くスピードを速めた。
幸い何事もなく屋敷の外へ出ることが出来たが、空はすでに白み始めていた。
いつまでもここにいては町の人に怪しまれる。私たちはすぐにヒックスさんたちの待つ港へ向かうことにしたのだが――。
「はあ、はあ……。間に合わなかったか……」
突然背後から、息を荒げながら俯く男性の声が聞こえてきたではないか。
――あれ? この声、聞き覚えがあるような……。
「もう少し到着が早ければ、あいつを助けられたのに……」
まさかと思い、私は恐る恐る後ろを振り向く。そこにいたのは、一人の中年男性だった。
「――!?」
つば広の帽子からはみ出して見えるのは、少し癖のある黒髪。無精ひげの顔の下には、やたら多くポケットが付いたジャケット。そしてズボンに至るまで、全身カーキ色の個性的なコーディネートをしている。だがその服は実家にいるときに何度も見たことがある。なぜなら私の母親が何度もその服を繕っていて、それを幼い頃の私は隣で見ていたからだ。
「な、なんで……!?」
私の声に反応すると、その男性は顔を上げた。そしてその黒い目と私の目が合うと、男性は数秒の間の後、目をこれでもかと丸くした。
「みっ……、ミオじゃないか!? なんでこんなところに!?」
「それはこっちのセリフだよ!! お父さん!!」
『お父さん!!??』
なぜこんなところにいるのだろう。私の目の前にいる人物は紛れもなく、私とルカの父親だった。