「やっとたどり着いた……」
ネクロゴンド山脈に足を踏み入れてから、かれこれ約半日。周囲には今にも噴火しそうな山や、噴火してなおも噴煙を上げている山がいくつも聳え立っている。さらには時折マグマが冷えてできた火山岩が私たちのすぐ近くに転がり落ちてきて、危うく巻き込まれそうになったことも何度かあった。こんなときでも魔物が姿を現さなかったのは幸いだろう。
そんな苦難の道程の末、私たちはようやくナギが予知夢で見たであろう山の麓にたどり着くことができた。
ふと遥か上空にそびえる山の頂を仰ぎ見る。草木も生えない巨大な黒い岩山は、登れるものなら登ってみろと言わんばかりの威圧感を放っているように見えた。
「バカザル。本当にこの山で間違いないか?」
私と同じように山を見上げるユウリがナギに確認する。予知夢で見たナギにしかわからないので、彼の記憶力だけが頼りだ。
「ああ、間違いねえよ。あの予知夢の内容はよく覚えてたからな」
ここまで自信を持っていってるのだから、間違いないのだろう。
「わかった。もし間違ってたら即座にあの山の火口までぶっ飛ばすからな」
「しれっと怖いこと言ってんじゃねーよ!!」
ユウリなら本当にやりかねない……、いや、さすがにそれはないか。
そしてユウリは剣を突き立てた場所を細かくナギに聞き、見当がついた場所まで向かった。私たちもおとなしくユウリのあとに続く。
やがて山の中腹まで来たところでナギがピタリと立ち止まり、ユウリに声をかけた。
「ここだ。この場所でお前はガイアの剣を突き立てたんだ」
そこは何の変哲もない地面だった。特に変わった地形というわけでもない。本当にこんなところに剣を突き立てるのだろうか?
「お前たちは離れていろ。何が起こるかわからないからな」
私たちは少し離れたところでユウリを見守る。ユウリはナギの言葉に従い、ずっと背中に背負っていたガイアの剣を外した。
黄金色の柄には半円状の護剣が誂えており、かつてサイモンさんが武器として使用していたからか、かなり使い込まれている。鞘から抜いた途端、幅広の刀身が白い軌跡を描いた。長年放置されていたからか所々刃が欠けてはいるが、持ち主の魂が未だ込められているのか、今にも近くにいる魔物に斬りかかってもおかしくないほどの殺気を放っているように見える。
ユウリはじっとその剣を見つめていたが、やがて覚悟を決めたかのように目を離した。そして一呼吸置くと、その場にガイアの剣を突き立てたのである。
ピシッ!!
大地が裂ける音が聞こえた気がした。そして次の瞬間、ユウリが立っている場所の地面に、大きな亀裂が走った。
「ユウリ!!」
私が叫ぶ間もなく、ユウリはその場から飛び退いていた。と同時に亀裂は瞬く間に目の前の山を伝い上っていき、頂まで裂けた。文字通り、山が真っ二つになった瞬間だった。
「おいおい、これってまさか……」
脂汗をにじませながらナギがつぶやく。
「みんな!! 早く避難しないと!!」
シーラがひときわ大きな声で叫んだ。
「ユウリ!! 早くこっちへ!!」
私の声に、私たちから離れていたユウリはすぐにこちらに向かって走り出した。ところが――。
ドオオオォォォン!!
『!!』
世界を揺るがすような巨大な爆音。刹那、空が絶叫を上げ、熱風が渦巻き、大地が大きく震えた。
――噴火だ!!
程なく空から轟音が聞こえてきた。数多の火球が宙に舞い、やがて地上へと降り注いでくる。
さらに、ユウリと私たちの間を横切るように、溶岩が上空から流れ落ちてきた。完全に分断されしまい、これではユウリと合流できない。
「きゃああああっっ!!」
「うわああああっっ!!」
私とナギがパニックで叫び声を上げる中、シーラはイグノーさんの杖を構えて、何やら呪文を唱えようとしている。
「効くかわかんないけど『スクルト』!!」
シーラの放つ防御呪文が、私とナギの体を薄い膜のように包みこんだ。
とはいえ物理攻撃を防いでくれるスクルトに、噴出するマグマや火山弾などが防げるかどうかはわからない。なるべくなら当たらないように避難したい。
――そうだ、ユウリとヒックスさんは!?
さっきまでユウリがいた場所に目を移すと、そこには誰もいなかった。かと言って私たちのところに来ているわけでもない。なら一体どこに――。
「ユウリ!!」
ナギが青ざめた顔でユウリの名を叫んだ。さっきまでいた場所にユウリは立っていた。それだけなら愕然としなかっただろう。だが、その隣に平然と立っているのは――。
「ヒックスさん!?」
あろうことか、ヒックスさんがそばにいた。ただ立っているわけではない。ヒックスさんはユウリの首筋に自身のナイフを突きつけていたのだ。
「ヒックス……。一体何を……」
「ようやくこの時を、待っていたんですよ」
今まで親しげに話していたヒックスさんの笑みとは違う、狂気に満ちた笑顔。見た瞬間、背筋に氷を入れられたような恐怖を感じた。
「あ……、あなたは一体……」
今の私には、その言葉を絞り出すだけで精一杯だった。どうして今まで分からなかったのか。それとも今まで巧妙に隠していたのだろうか。ヒックスさんから放たれる溢れんばかりの殺気に、吐き気さえ覚えた。
すると、ヒックスさんの頭上に巨大な火山弾が次々と降ってきた。このままでは二人ともあの大きな岩に潰されてしまう、そう思ったときだった。
「マヒャド」
手を上空に上げたヒックスさんが、聞いたこともない呪文を唱える。その瞬間、手のひらから青白い光が現れたかと思うと、無数の氷の刃が空に向かって放たれた。
ドドドドドドドドドッッッ!!!
ヒックスさんの放った氷刃は、破壊音ととともに炎を纏った岩を次々と打ち抜いた。信じがたいことであるが、空を埋め尽くすほどの数多の赤い弾丸は、ヒックスさんの呪文によって跡形もなく霧散したのである。
「ね、ねえ……。あの呪文って、何……?」
恐る恐るシーラに尋ねると、シーラは愕然としながら答えた。
「あれは……、氷系最強呪文のマヒャドだよ。普通の人間の魔法使いでも、レベル30以上じゃないと覚えられないくらい高度な呪文なはず……」
最後の方は聞き取れなかった。説明するよりも、現状を理解するので精一杯なのだろう。それはもちろん私やナギも同様だった。
ほんの一時静寂が訪れる。それでもけしてヒックスさんのもう一方の手が下がることはなく、未だにユウリの喉元に刃が向けられたままだ。
――ユウリが手も足も出ないなんて――。
一切の隙がない。呪文を唱えている間も、ユウリの動きからけして目を離していない。私もまた今まで出会った敵の中で、最も脅威を感じていた。
するとヒックスさんは、ユウリが肩から提げている鞄をいとも簡単に奪い取った。何が起きたのかわからず、私は目をパチクリさせる。
「あなたがたと出会ってから、一年半ですか。随分と長かったですね。あまりにも長すぎて、情けをかけようか迷ってしまいましたよ」
「ヒックス!! 一体どういうつもりだ!!」
鞄を取られてもなお動けないユウリが、ヒックスさんを睨みつける。それに対しヒックスさんは全く意に介さない様子で、流暢に話を続けた。
「ユウリさん。勇者であるあなたが旅に出るというお触れが世界中に広まったとき、私は新しい呪文の研究をしていました。そして数ヶ月の後、ようやく完成したのです」
「……何の話だ?」
「この新しい呪文をあなたのために使いたい。その一心から、私はとある人間をターゲットにし、食い殺しました」
『――!?』
「食い殺した人間の記憶や経験、知識を受け継いだ私は、あなたに近づくために食った人間になりすましました。そう、それがヒックスという名の男です」
その一言に、全員が戦慄した。人間を食い殺す? 食い殺した人間の記憶や経験を受け継ぐ? それってまさか――。
「確か以前、ジパングで同じような魔物と戦ったと言ってましたね。確か名前は――」
「ライデイン!!」
ユウリの力ある声に呼応するように、空から一条の雷が二人の間に亀裂を生んだ。
素早く後ずさるユウリはすでに、稲妻の剣を構えている。
「お前は何者だ!?」
ヒックスさん『だった何か』は、ユウリから奪った鞄を自分のもののように肩に提げて、くつくつと笑った。
「改めて自己紹介しましょう。私の名はエビルマージ。魔王軍四天王の一人に数えられています」
『は!?』
――魔王軍四天王!?
その恐るべき真実に、四人は呆然とするしかなかった。
「主君である魔王様のため、魔王様に近づく人間どもの排除、及び不死鳥ラーミア復活の阻止のため、あなたがたが集めたオーブを回収させていただきます」
そう言って丁寧にお辞儀をすると、ヒックスさん……いやエビルマージは山の頂から流れてくるマグマに目を向けると、そこに向かってユウリの鞄を放り投げたではないか。
「そ、そんな……」
無情にも、鞄は赤い液体の中に沈み、みるみるうちに消えていった。
「我々魔物の力でも壊せなかったオーブですが、さすがにマグマの中に放り込めば溶けてなくなるでしょう」
今まで見たことのない邪悪な笑みを浮かべながら、エビルマージはマグマの海に消えていくユウリの鞄を見送った。
――ああ、やっぱり魔王軍の目的は、オーブの破壊――つまり、私たち人間を魔王の城に近づけさせないためだったのだ。
かつてサイモンさんたちがネクロゴンドで魔王軍に返り討ちにされ、イグノーさんがテドンで襲われたのも、オーブを奪い魔王の城に行かせないためだったのだろう。
いやそれよりも、今まで私たちと一緒に旅をしてきた人が、人に化けた魔物――しかもそれが魔王軍の四天王だったなんて……。
今まで私たちを陰ながら支え続けてきたヒックスさんは偽物で、私たちを騙していた――。あまりにも信じがたい現実に、まるで金縛りにでもあったかのようにその場から動くことが出来ない。
だが、そんな絶望的な状況の中、ただ一人ユウリだけは不敵に笑っていた。
「――残念だったな。その鞄にオーブは入っていない」
「何!?」
ユウリの一言に、余裕の笑みを浮かべていたヒックスさんの表情が一変した。
「皆、ここから逃げろ!!」
短く叫んだユウリの声に、私たち三人は戸惑った。おそらくユウリは一人でヒックスさんと戦うつもりなのだろうが、それはあまりにも無謀だった。だがどちらにしろ、ユウリと私たちの間にはいくつもの火山岩によって行く手を阻んでおり、近づくことさえできない。
「……くっ!!」
苦渋に満ちた顔で、踵を返したのはナギだった。
「ナギ!?」
「ここは一旦退くぞ!」
ユウリに背を向ける形で走り出すナギ。さらにシーラも、ナギの後を追いかけるように走り出した。
「シーラまで!? 待ってよ、ユウリ一人で戦わせるなんて、無茶だよ!!」
「ミオちん! 今ここであたしたちができることは、あの魔物から離れることだよ!!」
「そんな……!!」
レベル30以上の呪文を使いこなす魔物に、ユウリ一人で戦わせるなんて、見殺しにするようなものではないか。
「……お願いシーラ!! 私をバシルーラでユウリのところに連れてって!!」
「ミオちん!?」
ユウリを一人にして逃げるなんて、そんなの嫌だ。そんなことをするくらいなら、私も一緒に戦いたい。
「駄目だよミオちん!! だってミオちんは……」
「だって……、何?」
言い淀むシーラに、イライラするように急かす私。ふと横目で見ると、すでにユウリはヒックスさんに向かって剣を振り上げている。
急がなきゃ!! 早くユウリのもとに行って、加勢しなきゃ……。
トンッ。
突如首筋に、衝撃が走った。その瞬間、視界が暗転する。
「悪いけど、お前のわがままを聞いてられるほど、こっちも余裕ねえんだよ」
そう私に向かって話すナギの言葉が、悲しそうに感じたのは、気のせいだろうか。二人の真意がわからないまま、私はそこで意識を失った。