「はっ!?」
激しく揺さぶられる感覚に、思わず私は目を開けた。
「お、やっと起きたか」
すぐ耳元で聞こえてきたナギの声に、私はナギにおぶわれていることに気がついた。
「ナギちん!! 前見て、前!!」
シーラの声に、ナギがすぐさま私をおぶったままジャンプする。その直後に岩石が後ろから転がっていき、坂の下へと落ちていく。
どうやら私たちは、山を下っているらしい。空は灰色に覆われ、大地は揺れ、ひっきりなしに土塊や岩が転がってくる。
「!!??」
後ろを振り返ると、上からマグマがこちらに迫っていた。けれど近づく前に、シーラが走りながら氷の呪文でマグマを凍結させている。なのでこちらにマグマは一切流れてこなかった。
「よかった!! ミオちん、目が覚めたんだね!!」
「ごめん、二人とも!! ていうかこれってどういう状況!?」
確かユウリがガイアの剣を使ったあと火山が噴火して、そしたら急にヒックスさんがユウリに襲いかかって、自分が魔王軍の四天王って言い出したあと、ユウリの荷物をマグマに投げて、それから……。
「そうだ、ユウリ!!」
私たち三人は魔王軍の四天王の一人であるヒックスさんからオーブを守るために、あの場から逃げたのだ。今頃ユウリは一人でヒックスさんと戦っているはず!
「あっ、こら!! 暴れるなって!!」
降りようとじたばたする私に、立ち止まったナギはその場にしゃがみこんだ。私はナギの背中からすぐに降りると、来た道を戻ろうと踵を返した。すると、シーラが私の前に立ちはだかった。
「駄目だよ、ミオちん! あたしたちはオーブを守らなきゃならないんだから……。今戻ったら、ヒックスさんにオーブを奪われちゃう!」
「そんなこと言ってる場合じゃないよ!! お願いシーラ、そこをどいて!! ユウリに加勢しなきゃ!!」
今私が持っている鞄の中には、五色のオーブが入っている。船を出る直前、突然ユウリが私にオーブを託したのだ。一方、ヒックスさんに燃やされたユウリの鞄には、船室にあったシーツを丸めて中に砂や魚の骨などを詰めてオーブの重さに合わせた布製のボールが五つ入っているのみで、鞄の外見だけ見て判断したヒックスさんは見事に騙された。ユウリはこうなることを予測して、私にオーブを預けたのだろう。けれど今はオーブよりも、ユウリを助けなければならない思いに駆られていた。
けれどシーラは、私の叫びに対して首を横に振った。なぜ、と考える間もなく私はシーラに詰め寄る。
「シーラ!! お願いだから……」
「ミオ!!」
背後からナギの鋭い一喝が聞こえると同時に、がしっと肩を掴まれた。
振り向くと、彼は恐ろしい形相で私を見下ろしている。
「お前は絶対に行っちゃだめだ! オーブを持ってるのはお前だし、それにユウリとの約束が……」
「約束?」
「ナギちん!!」
シーラに止められ、続きの言葉を言おうとしていたナギがハッとする。
「何? 約束って!? 私の知らないところでユウリと何かあったの? お願い、答えて!!」
「そ、それは……」
「もしかしたら、ユウリが危険に晒されてるかもしれないんだよ!?!? ユウリに何かあったら、私……」
ボロボロと涙を流しながら、私は言葉に詰まる。万が一のことを想像して、声にならないほどの苦痛が体中を襲った。
「ミオ……」
「お願い!! 私だけでも行くから、そこをどいて!!」
このまま逃げ回るだけなんて、耐えられない。こうなったら星降る腕輪の力を使ってでも、二人を突破してユウリのところに戻らなきゃ――。
「……ああもう、わかったよ!!」
私の必死の訴えに根負けしたのか、とうとうナギは白状した。ナギの予知夢で、オーブを誰かに奪われる夢と、私が死んでしまう夢を見たこと。その二つの夢の関係性はわからなかったが、万が一のため私に内緒で作戦を考えていたこと。全てを知ったとき、私は力なくその場に膝をついた。
「……すまないミオ。これをお前に話したら、きっと思い悩むだろうと思って、今まで黙ってきたんだ。でも、お前が助かっても、ユウリが危険な目に遭ったら、何も変わらないよな」
俯きながら話すナギの顔には、後悔の色が滲み出ていた。でも、私に彼を責める理由はない。きっと私がナギの立場であっても、同じようなことをすると思うから。
「……シーラ。やっぱりあいつを助けに行こう」
顔を上げたナギが、シーラを見据えながら言った。その言葉を待っていたかのように、シーラも決意を秘めた目でナギを見返す。
「うん。ユウリちゃんとの約束を破ることになるけど、いいよね」
「二人とも……!!」
二人の決断に、私はさらに溜めていた涙をこぼした。でもこれは嬉し涙だ。私は急いで自分の袖で目元をぬぐった。
「急ごう!!」
「ああ!!」
「うん!!」
私たちは駆け足で元来た道を戻って行った。結果的にこの判断は正しかったのだと、後に証明された。なぜならたどり着いた時には、ユウリは全身ボロボロの状態で倒れていたからだ。
「ユウリ!!」
すでに冷え固まったマグマに囲まれるように、ユウリは倒れていた。新調した鎧を着ているにもかかわらず体中傷だらけで、さらにはひどい火傷を負ったのか破れた服からは皮膚が白、あるいは黒く焼け焦げており、ピクリとも動かない。
「お、おい、これって……」
「いや……、やだよぉ! ユウリちゃん!!」
ニ人もユウリの状況を一目見て、愕然としていた。今一番想像してはいけないことを、この場にいる誰もが想像していた。
「し、シーラ……。回復呪文を……」
喉がカラカラに渇いているのか、搾り出すような声しか出せない私の言葉に、シーラはふるふると頭を横に振る。
「駄目……。今のあたしのレベルじゃ……、あの状態のユウリちゃんを治療することなんて出来ない……」
『!!』
今度こそ、本当に目の前が暗転した。
――そんな、まさか。このまま目を開けなければ、ユウリは――。
「うわああああああっ!!」
噴火の収まった山の中腹で、私は咽び泣いた。
あのときユウリを置いて行かなければ、彼とともに戦っていれば、きっとこんなことにはならなかった。
押し寄せる後悔と哀哭に、私は膝をついてその場に崩れ落ち、いつまでも泣いていた。私だけではない、シーラはもちろん、ナギも唇を噛み締め、必死で涙を堪えていた。
「……、……ぃ」
だからだろうか、3人の歔欷に紛れて別の声が聞こえていることに、しばらく気づかなかった。
「待って、何か聞こえない?」
シーラが耳を澄ませて周囲を見渡す。一瞬敵かと警戒したが、ヒックスさんはおろか魔物の気配さえない。
「違う、敵じゃない! この声は……」
私の声に、三人の顔が同時にある一点に注がれる。今この場で私たち以外で声を出せる者、それは……。
「ユウリ!!」
良かった、生きてたんだ!!
でも、このまま治療をしなければ、命が危ういのは時間の問題だ。シーラも回復できない今、どうしたら……。
「し……ら……」
息も絶え絶えに何かを伝えようとするユウリの言葉の意味を、私たちは必死で読み取ろうとした。けれど彼はこれ以上口を動かすことも辛いのか、それ以上喋ることはなかった。その代わり、ゆっくりとシーラの方を指さすと、それきり目を閉じてしまった。
「ユウリ!!」
「待て、ミオ!! ユウリはまだ生きてる!! それより今のユウリの行動……」
「うん。ユウリちゃんは、あたしたちに何かを伝えようとしてる」
「そう言えば、何か呟いていたような気がする。シーラを指差してたから、きっとシーラに関係あるんだよ!」
「あたし……? ええと、あっ、もしかして、お祖父様の杖!?」
以前ジパングで皆が酷い怪我を負ったとき、シーラが持つイグノーさんの杖の力で皆を回復させることが出来たことを思い出す。
「多分そうだよ! シーラ、ヤマタノオロチと戦ったときみたいに、ユウリを回復してよ!」
「そ、そんなこと言われても、あたしがやったわけじゃないし……」
そう言いながらもシーラは、ユウリの傍らに座り込むと、持っていたイグノーさんの杖をそっとユウリの方へ近づけた。
けれどあの時みたいに、杖が反応することはなかった。
「そんな……。やっぱりあたしの力じゃあ、ユウリちゃんを治すことは出来ないの……?」
声を震わせながら、涙ぐむシーラ。そんな彼女の手に、ユウリの手が差し伸べられる。そしてぎこちない動きで、ユウリはシーラの手を握った。
「ごめん、ユウリちゃん……。あたしには、ユウリちゃんを治せない……!!」
すると、突然シーラの手が光った。もしやまたイグノーさんの杖の力なのかと思ったが、光っているのは杖ではなく、何故かシーラの『手』だった。
「なっ、何!?」
よく見ると、光は『手』ではなく、シーラの指に嵌めてある指輪から放っていた。あれは船から降りる前、ユウリがシーラに渡した『祈りの指輪』だ。けれどどうして今、その指輪が光っているのだろう?
しばらくして、ユウリの口元が僅かに動いた。
「……ベ……ホマ」
『!!』
その瞬間、ユウリのボロボロの身体から淡い光が溢れ始め、みるみるうちに傷が塞がっていき、やけどが酷かった皮膚は元の状態に戻って行った。
「こ、これって……」
「ユウリちゃん、いつの間にベホマなんて使えたの!?」
シーラの言う通り、今までユウリが使える回復呪文はホイミだけだったはずだ。シーラから聞いた話では、ベホマは回復呪文の中では上位の方で、どんな怪我でも大体は完全に治癒できると言っていた。通常は僧侶が覚える呪文だが、もし勇者でも習得が可能だとしたら――。
「もしかして、ヒックスさんとの戦いで、レベルアップした……?」
だとしたら合点がいく。レベルが上がって習得したは良いけれど、呪文を唱えるほどの魔力は残っていなかった、ということだろうか。
そこでユウリはシーラが身に着けている祈りの指輪を使おうとした。祈りの指輪は対象のMP……つまり呪文を行使するための消費魔力を一定量回復させることができるそうで、それを使うためにユウリは指輪をしているシーラの手を握ったのだろう。
と、そこまで考えてもう一つの事実に気づく。レベルが上がったと言うことは、ヒックスさんを倒したと言うこと。――つまり、ヒックスさんはもうここにはいないということだ。
ふと見ると、いつの間にかユウリをまとっていた光は消え、身体中に刻まれた傷や火傷の跡はきれいさっぱりなくなっていた。破れた服や鎧の傷などは変わらないが、それでも彼が無事な姿に変わったのは一目瞭然だった。
『ユウリ!!』
歓喜に満ちた声を上げながら、私たちは彼が目を開ける瞬間を見守ろうとした。その時だった。
「この……、バカヤロー!!」
「え!?」
バコッ!!
回復したばかりのユウリの頭を叩いたのは、泣き腫らした顔のナギだった。
「いつも無茶ばっかしやがって!! お前の立てた作戦で、お前が一番にやられてどーすんだよ!!」
いつの間に泣いていたのだろう。犬猿の仲であるニ人ではあったが、今のナギは感情を隠すどころかユウリにぶちまけるかの勢いで、彼を心配していたのだ。
そしてぐい、とユウリの胸ぐらをつかむと、さらに大声で怒鳴った。
「それでお前が死んだら意味ねえじゃねーか!! そんなのオレが許さねえ!! 誰かが死ぬ夢を視たって、オレは絶対に誰も死なせねえ!! それがお前らと旅をする一番の目的なんだからな!!」
そう吐き捨てながらナギはユウリから無造作に手を放した。一方ユウリは背中から地面に倒れるも、状況があまり飲み込めていない顔でナギをぼんやりと眺めていた。
「ナギちん、気持ちはわかるけど、まだ治癒したばっかりだから無理させないで……」
「シーラが持ってた指輪のおかげでなんとか回復できたけどよ! もしそうじゃなかったら……」
「……ヒックスにオーブを奪われなかったのは……お前の予知夢の……おかげだ」
「っ!!」
先ほどよりは生気のこもった声で、ユウリはナギに向かって言った。
「お前のおかげだ……、ナギ」
「てっ、てめえ!! そう言う時だけずりいじゃねえか!!」
顔を真っ赤にしながら声を荒げるナギに、私とシーラは思わず顔を見合わせた。恥ずかしがるナギも珍しいが、ナギを労うユウリも未だかつて見たことがなかったからだ。
ともあれ、ユウリは無事に戦いに勝利し、オーブも取られることを未然に防ぐことができた。けれどヒックスさんが魔物だったことは未だショックであり、この先の旅路に不安な影を残すことになった――。