再び船から離れた私たちは、先ほど船に戻る際に見つけた洞窟へと向かうために、冷えたマグマによって出来た新たな道を進んでいた。
「そういえばお前さ、ガイアの剣はどうしたんだ?」
その道すがら、ふと思いついたようにナギがユウリに尋ねた。地面に剣を突き刺したあと、ユウリとは離れ離れになってしまって気づかなかったが、今ユウリが持っているのは自身が身に着けている稲妻の剣しかない。
「……………………」
「おいっ、無視すんなよ!!」
無言のまま速歩きをするユウリを、苛立ったナギがそのまま追いかける。
「まさかユウリちゃん、剣を地面に差しっぱなしにしたままなんじゃない?」
シーラの指摘に、機敏に動く勇者の動きが止まる。
「え!? もしそうなら今頃マグマに飲み込まれてなくなっちゃったんじゃ……」
私が呟くと、ユウリはくるりとこちらを振り返り、何の前触れもなくいきなり私の髪の毛を引っ張ってきたではないか。
「痛い痛い痛い!!」
相変わらず怒りの沸点がわからない。そんな私とユウリの間に、ナギが割って入る。
「八つ当たりもいー加減にしろって。回収する余裕がなかったのはオレたちも理解してるっつの。まあ、ルークには悪いと思うけどな」
「そ、そうだよ! あの状況だったら忘れちゃっても仕方ないよ!」
ところがフォローする私などお構い無しに、ユウリは依然として髪の毛を引っ張り続ける。
「な、なんで!?」
「なんとなくお前には言われたくないと思っただけだ」
り、理不尽すぎる……!!
「もう〜! ユウリちゃんたら、ミオちんいじめるのはやめて、早く行こう? もう入り口は目の前なんだからさ」
手を離すユウリと私の視線が同時にとある火山へと向けられる。私たちの前に聳え立つもう一つの火山。そこへと続く道は、たくさんの溶岩や降り積もった火山灰によってとても人が楽に歩けるような場所ではないが、その一角に小さな洞窟が見える。もちろんそこに看板なんてあるわけがないのだが、洞窟からあふれ出る殺気と邪悪な気配でわかる。あそこがかつてサイモンさん達が返り討ちにされた魔王軍のいる、ネクロゴンドの洞窟なのだと。
「ここからでも魔物の気配がぷんぷん漂って来るのが、あたしでもわかるよ。……きっと洞窟の中は魔物でいっぱいだね」
それはもちろんシーラだけでなく、私たち三人も感じていた。かつてないほど漂う魔物の放つ瘴気の濃さに、噎せてしまうくらいだ。
「あの洞窟に入れば、今までにない数の魔物と戦闘になる。気を引き締めて行け」
先ほどとは一転、凛とした態度で私たちに檄を飛ばすユウリ。これまでとは違う緊張感に、一瞬にして張り詰めた空気に変わる。
そして私たちは道なき道ともいえる場所を、常に周囲を警戒しながら進んでいった。やがて、洞窟の入り口に差し掛かると、突如矢のように鋭い殺気が私たちの前方を阻んだ。穴の向こうからは風の音なのか魔物の雄叫びなのか見当もつかない不気味な音が、耳障りに聞こえてくる。
「ミオ。中に何匹いるかだいたい分かるか?」
「へ!?」
突然ユウリに尋ねられ、戸惑いながらも気配を察知して数を数える。
「えっと……。なんとなくだけど、少なくても十体以上はいる気がする」
「上出来だ。ナギ、お前の『忍び足』で俺たちの気配を消してくれ」
「あ、ああ、わかった」
「シーラ、洞窟の前まで来たら、俺の合図でバギマを放て」
「おっけー☆」
「その隙に俺たち三人で近接攻撃を仕掛ける。いいな?」
「う、うん!」
「了解!」
ユウリの指示に、私たちは早速行動を開始した。ナギの忍び足が発動した途端、洞窟から溢れる殺気に動揺が生まれる。つい今しがたまであった私たちの気配が消えたからだ。
その隙に洞窟の入口まで近づくと、ユウリはシーラに目で合図を送った。それを確認したシーラは一歩前に出ると、洞窟内に向けて賢者の杖を突き出した。
「バギマ!!」
まるで洞窟に吸い込まれるように真空の刃が放たれると同時に、洞窟の入り口付近にいた数匹の魔物の体が切り刻まれる。狭い洞窟内で巻き起こる見えない攻撃に、魔物たちが一斉に慌てふためく様子が垣間見える。中には外に逃げ出そうとする魔物も現れ、場は混乱状態に陥った。
「今だ、行くぞ!!」
先陣を切るユウリの掛け声に、他の三人も洞窟へと駆け出した。
「はっ!!」
すれ違いざまに悪魔のような姿の魔物――後でユウリに聞いたらミニデーモンというらしい――の胴体を鉄の爪で薙ぎ払う。今回は星降る腕輪を発動せず、自分が持つ最大限のスピードで敵の間合いに入ることができた。これも、ルークが戦い方を教えてくれたおかげである。
しかし今の一撃は致命傷には至らず、私の攻撃を受けてもなお、ミニデーモンは私を狙って襲いかかってきた。――それも想定済み!
ドゴッ!!
鉄の爪で薙いだ流れのまま、回し蹴りを放つ。勢いよく洞窟の奥へとふっとばされたミニデーモンは、気配とともにそのまま闇の中へと消えた。
「うりゃぁっ!!」
バシバシバシッ!!
私より先に前を走るナギは、イザベラさんからもらったドラゴンテイルを器用に操り、集団で襲いかかってきた雲状の魔物――フロストギズモを一網打尽にしている。
今まで使っていたチェーンクロスとは違い、鎖の部分が一つ一つ鋭利な刃となっていて、文字通りドラゴンの尻尾のようになっている。殺傷能力は見ての通り、当たりどころが悪ければ一振りで致命傷に至るほどの威力を持っている。パーティーで一番素早く動けるナギだからこそ、複数の魔物相手でも隙を見せることなく一度に攻撃することができるのだ。
一方、その横ではユウリが向かってくる敵を次々と袈裟懸けに斬り伏せていく。無駄のない最小限の動作で力強く剣を振るうその姿は、勇者というより戦神のようだ。そんな彼の勇姿に目を奪われそうになるも、すぐに次の魔物が私の目の前に現れる。
――これじゃあ、キリがない!
「おいユウリ!! このまま戦い続けても、埒が明かないぜ!!」
ナギもうんざりしたように武器を振り回しながら言い放つ。
「ユウリちゃん、あたしの呪文で一掃しようか?」
シーラが提案するが、振り向いたユウリは首を横に振る。
「いや、この洞窟がどこまで続いているかもわからない。なるべく魔力は温存したほうがいい」
「でも……」
「ここは俺が切り拓く。シーラ、バイキルトをかけてくれ」
「!! わかった!!」
シーラの反応を確認したユウリは、前に向き直ると剣を前に構え、全神経を集中させた。
「バイキルト!!」
彼女の言葉に呼応するかのように、賢者の杖から淡い光が溢れ出す。
『バイキルト』。レベルアップにより、新たに覚えたシーラの呪文である。効果は、対象者の攻撃力を倍にするという、とんでもない呪文だ。放たれた光はユウリの体をまばゆく包みこんだ。
「――行くぞ!」
魔物の群れに突っ込んだユウリは、恐るべき速さで魔物たちの攻撃をかいくぐりながら、次々と懐に入り込んで一撃を浴びせる。その一撃であっけなく魔物は倒れ、累々と魔物の屍が積み重ねられていった。
「なんつーか……、エグい戦法だよなー……」
最後の一体が地に伏したと同時に、ぼそりとナギが感想を漏らす。圧倒的な力で叩き伏せる、なんともユウリらしい戦い方ではあるが、その分体力の消耗も激しいはずだ。
「お疲れ、ユウリちゃん! あんまり無理しちゃ駄目だよ?」
ユウリのもとへと駆け寄ったシーラが、携帯用の水を彼に渡した。ユウリは素直に受け取ると、その水を思い切り呷った。
「ふん。このくらいでへばってたら、魔王になんか到底及ばないだろ」
額の汗を拭いながら、吐き捨てるように言い放つユウリ。いつもの強気な口調だが、いつもより無理しているように見えた。先のヒックスさんとの戦闘で回復したとは言え、本調子ではないのだろう。
「ユウリ、私だってちゃんと戦えるんだからね?」
ユウリの隣に立ち、私は自信を持って声を掛ける。未だユウリのレベルには追いついてないものの、彼のサポートができるくらいには成長したつもりだ。とはいえまたいつもの毒舌が返ってくると覚悟していたのだが――。
「ああ。いざというときはお前を頼りにしている。だが、それまでは俺に任せてくれ」
そう言いながら、ユウリは私の頭にぽんと優しく手を乗せた。彼の意外な反応に、私はしばらくの間顔を真っ赤にしながら硬直していた。
ユウリが離れると、タイミングを見計らったかのように脇からナギが耳打ちしてきた。
「なんかよ、あいつ変わったよな。やっとオレたちを認めてくれたっていうかさ」
「う、ウン、ソウダネ!」
ヤバい。ドキドキしすぎてカタコトになっちゃってるよ。
でも、ナギの言うとおりユウリが少しずつ変わっているのは私も理解している。それに加え、ユウリ自身が自分を『勇者』だと認め始めているのではないかと思うのだ。
とはいえ急に優しくされると心臓に悪い。少なくとも私にとっては、今までどおり毒舌で返してくれる方が丁度いいのかもしれない。
気を取り直し、私たちは洞窟の奥へと進むことにした。さすがに十体ほどの魔物を倒した後なら当分は他の魔物と出会うことはないだろうと思っていたが、全くそんなことはなかったのである。
ザンッ!!
先頭にいたユウリが、唐突に現れた魔物の攻撃を難なく避けながら、稲妻の剣で魔物の体を一刀両断する。
「まだまだいるぞ!!」
次にナギのドラゴンテイルが周囲の魔物数体を打ち倒す。しかしその奥にも新手の魔物が何体も臨戦態勢に入りながら、襲いかかる機会をうかがっている。
ユウリの剣撃、私の武術、ナギのドラゴンテイルでの攻撃、シーラの補助呪文。休む間もなく攻撃を続けるが、魔物の群れは次から次へと容赦なく襲いかかってくる。魔物単体の攻撃も、今までの魔物よりも明らかに強い。さらには知能が高い個体もいて、時折繰り出される意表を突かれた攻撃に、私だけでなく他の三人も痛手を負った。その際シーラに回復呪文をかけてもらうが、あまりMPを消費させるわけにもいかない。各々軽傷なら薬草を使って応急処置を施した。
一方、肝心の探索はというと、時折分かれ道にぶつかるが、基本的には一本道だった。行き止まりになったら元の道を引き返す、そんな作業を何度か繰り返していた。しかしその作業だけでも精神的疲労は著しい。
それに洞窟の入り口近くはまだ明るいが、奥に進むにつれてだんだん暗くなっていく。ふと見上げると、所々の岩壁に炎が灯った松明が設置されていた。魔物も暗闇が怖いのだろうか。
さらに昼夜の感覚のない洞窟内では時間の概念もなく、いつ魔物が襲ってくるかわからない状況もあり、気の抜けない状態は常に続いていた。
「!! 止まれ!!」
空腹と疲労、眠気がピークに差し掛かった頃、ユウリの制止に、三人の足が止まる。すぐにただならぬ雰囲気がこの先から伝わってくるのが分かった。
道は緩やかなカーブになっていて、先は見えない。けれどこの気配、間違いなく――。
「全部で5、6匹ってところか」
そう言いながら剣を抜くユウリ。他の三人も自然に戦闘態勢に入る。
「どーする? なるべく魔力の温存はしときたいんだけど」
シーラの発言に、三人は考え込んだ。
「じゃあよ、オレとミオで奇襲するってのはどうだ?」
ナギの提案に、ユウリはしばし考えた後首肯した。もちろん私も異論はない。私はナギとともに前に出ると、鉄の爪を構えた。
「なら俺は援護に回る。危なくなったらすぐに後ろに下がれ」
「おう!」
「わかった!」
後方にシーラ、それをかばうようにユウリが前に出る。そして私とナギは最前列に立つと、顔を見合わせて目で頷いた。
「行くぞ!!」
叫ぶナギと同時に走り出す。カーブの先には、赤く光る無数の目がこちらを窺うようにじっと見つめている。
近づくにつれ、その全貌が明らかになる。フロストギズモ三体と、高い防御力を誇るガメゴンの上位種、ガメゴンロード二体だ。ガメゴンロードとはさっきの戦闘で何度か戦ったが、二体同時は初めてである。
「ミオ、先に雲の方だ!!」
「オッケー!!」
ナギがドラゴンテイルをフロストギズモめがけて振りかぶる。と同時に、三体のフロストギズモが大きく息を吸い込むような動作を始めた。この動作はもしかして――。
ビュゴオオオオオオッッッッ!!
「あっ!!」
三体同時に放つ強力な冷気は予想以上に広範囲に広がり、真横に大きく跳んだ私の左半身を凍らせた。
「大丈夫か!? ミオ!!」
私と反対側に跳んで避けたナギが声をかける。私以上に大きく跳んでいたからか、彼は冷気を浴びずに済んでいる。
「大丈夫!!」
まさか三体同時に冷気を放つとは思わず、油断してしまった。幸い鉄の爪を身に着けている右側は無事だけれど、左側は冷たいを通り越して痛い。
だが、攻撃のチャンスは今しかない。思うように走れないと感じた私は、その場で冷気を伴った左足を軸足にして、高くジャンプした。
ドガガガガッ!!
私の放った空中回し蹴りは、間近にいた雲の魔物3体を次々に蹴り飛ばした。魔物は岩壁に激突し、仰向けになって皆倒れた。
「トドメだ!!」
バシイィィッッ!!
続けざまにナギがドラゴンテイルを横一閃に薙ぎ払う。その一撃に、今度こそフロストギズモたちは動かなくなった。
ガアアアアッッ!!
その時、ガメゴンロードの咆哮が洞窟内にこだました。仲間を倒されて怒っているのか、威嚇しながら人が歩くほどのスピードで2匹がこちらに近づいてきた。
「こいつらは……、オレたちには分が悪いな」
ボソリとナギが呟く。イシスの砂漠でも同じような種類の魔物がいたが、あのときは敵の防御力の高さに苦戦を強いられた。今回の敵は間違いなくそれより強い。私やナギの攻撃だけでは致命傷を与えられるかどうかも微妙なところだ。
「二人とも!! あの魔物はあたしたちにまかせて!」
背後から声とともにやってきたのはシーラとユウリだ。攻撃力の高い剣や呪文の使える2人なら、きっと倒せるだろう。
「ルカナン!!」
シーラが素早く放ったのは防御力低下の呪文。単体にしか効果のないルカニと違って、複数の敵に有効だ。さらに呪文が効いたと同時に、稲妻の剣を構えたユウリがガメゴンロードに向かって勢いよく走っていった。
ザンッ!!
無駄のない一太刀で、魔物の胴体の一部が切り裂かれる。だが、もともと防御力が高いのか傷は浅く、致命傷には至らなかった。
ヴィィィン……!
「あれは……!?」
すると、ユウリが攻撃した方のガメゴンロードの前に、白い円環のような光が一瞬現れて消えた。一体あれは何?
「気を付けて!! あの魔物、なんか変!!」
『え!?』
気付いているのは私だけなのか、他の三人の動きが一瞬止まってしまった。
「なんかって、何だよ!?」
「わかんない! でも、一瞬魔物が光の輪っかみたいに光ったの!」
『……??』
問うナギに説明しようとしても、これ以上どう説明したらいいかわからない。他の二人もピンとこない様子だ。
そうこうしている間に、そのガメゴンロードは次の攻撃に備えている。顔を大きく膨らませているのは、この魔物も何か吐き出すつもりだろうか。
「させるか!! イオラ!!」
すぐさまユウリが爆発系呪文を魔物に向けて放った。すると次の瞬間――。
「なっ!?」
なんと、ガメゴンロードに放ったはずの呪文が、ユウリの方へと返って来たではないか!
「ユウリ!!」
私の叫び声も虚しく、ユウリは自身が放った爆炎をまともに食らい、吹き飛ばされてしまった――。