「ユウリ!!」
ユウリが魔物に向けて放った呪文は、どういうわけかユウリ自身に跳ね返ってきた。自身の呪文をまともに食らったユウリは思い切りふっとばされ、反対側の壁に叩きつけられた。
「ユウリちゃん!! 大丈夫!?」
すぐさまシーラが回復呪文をかけようとするが、ユウリは手で制した。
「いや、魔法の鎧を着ているから怪我は大したことはない。それよりあいつ、呪文を跳ね返す術を持ってる」
「跳ね返す……、あっ!!」
なにか思い当たる節があるのか、シーラが声を上げる。
「もしかして、マホカンタ!?」
「ああ。相手が放った呪文をそのまま跳ね返す呪文だ。魔法使いでも高レベルで習得する呪文を、あんな魔物が使うとはな」
そう言い捨てると、ユウリは鞄から薬草を取り出し口に運んだ。おそらくさっき魔物の目の前に現れた光の輪が、マホカンタだったのだろう。それよりユウリが大したことのない怪我だと判断してホッとした私は魔物に向き直る。
「つーか、要するに呪文を使わせなきゃいいんだろ? だったらオレたちでタコ殴りにするだけだ!」
そう言うとナギは勢いよく地を蹴ると、空高くジャンプした。思い切り体を捻り、ドラゴンテイルを振りかぶる。慌てて私もナギの後に続く。
「食らいやがれ!!」
その瞬間、もう一匹の魔物が何やら呪文を唱えるような仕草をした。すると、二匹の魔物の体が仄白い膜のようなもので覆われた。
「ナギちん、ストップ!!」
シーラの短い忠告が言い終わる前に、ナギの放つドラゴンテイルが魔物の頭を打ち砕く……と思いきや、勢いよく弾かれた。それどころか、まるで何事もなかったかのように、魔物はこちらを挑発している。
「なんで弾かれた!? さっきはダメージ入ったのに!!」
納得のいかない様子で、ナギが激昂する。すると、シーラが再びナギを呼んだ。
「ナギちん! さっきの魔物、スクルト唱えてた!! たぶん物理攻撃は効かないかも!!」
「なんだと!?」
シーラの言葉に、愕然とするナギと私。呪文を跳ね返すだけでなく、物理攻撃まで効かないなんて……。一体どうすればいいの?
「お前ら!! 先にマホカンタを唱えた方の魔物を攻撃しろ!! もう一匹はこっちが倒す!!」
そう叫ぶと、ユウリは呪文を唱える仕草をした。確かにさっきの光の輪は、マホカンタを唱えた魔物の前にしか現れなかった。つまりスクルトを唱えたもう一匹の魔物は呪文を跳ね返す力を持っていない。その魔物は呪文を使えるユウリとシーラに任せればいいということだ。
「わかった!!」
私は一声叫ぶと、ナギと入れ替わりで魔物に向かってダッシュした。様子をうかがうようにこちらを見るガメゴンロード目掛けて、鉄の爪を振り下ろす。
ギィィン!!
「っ!!」
見えない膜に跳ね返されるような、手応えのない感覚。反射的に飛び退いた私は臍を噛んだ。スクルトをかけた状態の魔物に攻撃しても、全く攻撃が通らない。それどころか、こっちの体力が消耗してしまう。
ドゴオオン!!
その時、ユウリが放った呪文がもう一匹のガメゴンロードに命中した。爆炎に紛れて苦しそうにもがくガメゴンロードが視界に入るとともに、ユウリがこちらを振り向いた。
「諦めるな、ミオ!! お前の攻撃なら、きっとあいつに効くはずだ!!」
「――!!」
檄を飛ばすユウリの声に、私の視界が急にクリアになった。
――今まで旅をしてきて、ずっと欲しかった言葉。ユウリからの信頼が、迷い、燻っていた私の心を溶かしていく。
そうだ、迷ってなんかいられない!! ユウリの言葉を信じて、あいつを倒すんだ!!
その時、体中が炎に包まれたかのような感覚を覚えた。燃え滾る血が体全体に行き渡るのを感じた途端、視界に映る魔物は先ほどとは打って変わってゆっくりとした動作になり、次にどういう行動をとるのかが手にとるように分かった。
「ミオ!? 下手に攻撃したらまた……」
ナギが制止の声を上げる。けれどそんな彼の言葉に耳を傾ける暇はなく、私は迫りくる魔物の攻撃を難なく避けて、鉄の爪を振りかざす。すると、魔物の体に一点の小さな光が見えたような気がした。
「――あ!!」
――本能で察した。ここに攻撃を与えれば、致命傷を与えられると。
「はっ!!」
ザンッ!!
今までの戦いで、一番手応えを感じた。事実、私の一撃をまともに食らったガメゴンロードは、断末魔を上げることなく絶命した。
「今の……、『会心の一撃』か?」
茫然としながら、ポツリとナギが言った。その声で我に返ると、昂っていた私の体が急に落ち着きを取り戻した。
「すごい……、すごいよミオちん!! 会心の一撃を出すなんて!!」
冒険者なら一度は憧れる『会心の一撃』。普通の攻撃とは違い、一撃で敵を倒すこともできる究極の技だ。ユウリでさえも今までの戦いでほんの数回しか繰り出したことはないと言っていたけれど、まさかこの私が出せるなんて――。
「やったな、ミオ!!」
いつの間にか目の前まで来ていたナギが、私に向かってハイタッチをしてきたので、反射的にそれに応える。
自分でも信じられないが、私がとどめを刺したのだ。倒れるガメゴンロードを見て、ようやく私が倒したんだと実感した。
「イオラ!!」
ドオオォォン!!
そのとき、幾度目かのユウリの呪文が、もう一匹のガメゴンロードにとどめの一撃を与えた。
「お疲れ、ユウリちゃん! これでやっと、戦闘終了だね♪」
喜ぶシーラに、私たちにまとわりついていた緊張感がようやく解かれた。
「……随分手間を掛けさせられたな」
さすがのユウリも、度重なる戦闘で疲労の色が隠せないようだ。
「結局ユウリちゃんもあたしも、今の戦闘で結構魔力使っちゃったもんね。けど、ミオちんのお陰でこのくらいで済んで良かったよ」
「ああ。最悪途中でこの洞窟から離脱することも考えていた。お前のおかげだ、ミオ」
「え!? あ、いや、私だけの力じゃないよ。ユウリが私のことを信じてくれたから、普段以上の力が発揮できたんだもん。こっちこそありがとう」
照れ隠しのあまり少しぎこちなくなってしまったが、私は素直にユウリに感謝した。洞窟の薄暗さではっきりとは見えなかったが、微かに笑みを浮かべているように見えたのは気のせいだっただろうか。
「つーかよー、マジでダルいんだけど! どこまで続いてんだよ、この洞窟!!」
一方、うんざりするように叫ぶナギの声が、洞窟内にこだまする。すでに魔物の気配はないが、万が一を考えてしまい、私は思わず身をすくめる。
「バカみたいな大声を出すな、バカザル。けど、お前の言う通り、随分深くまで進んだはずだ。今日はここで休もう」
ユウリの提案に、皆一様に頷いた。もはや今が昼か夜かもわからない。けれど、体は休息を求めている。魔物の気配がないこの場所なら、休憩できるとユウリは判断したのだ。
周囲に聖水を撒き、簡易的なテントを張る。広い洞窟とは言えあちこち起伏もあり、四人が広がって寝るには狭い。私とシーラ、ユウリとナギで二人ずつ交代で見張りをしながら眠ることにした。
そしてお互い一眠りしたあと、私たちは再び探索を開始した。少しは疲れも取れたが、さすがに万全とは言えない。幸いあれから魔物が襲いかかることはなく、順調に先に進むことができた。
とは言えオーブが見つかる気配はなく、洞窟内をただひたすら歩き続けることは、体力だけでなく精神的な疲労をも蓄積させた。
「――待て!」
突然、最前列を歩くユウリの足がピタリと止まる。その様子に、他の三人が足を止めると同時に周囲の警戒を強めた。
「いるな?」
「ああ」
ナギもユウリ同様、何かを感じ取ったようだ。
「今までの敵よりはるかに強い。おそらく――ヒックスと同等か、それより上だ」
『!!』
突如四人に緊張が走る。ヒックスさんとの戦いは、ユウリ一人とはいえ彼を瀕死にまで追い込んだほどの薄氷の勝利だった。ということは、まさか――。
「この先に、魔王軍の四天王がいるってこと……?」
昔、勇者サイモン一行は最後のオーブを見つけ出すために、ネクロゴンドの洞窟へと向かった。そしてオーブを手に入れる前に魔王軍と遭遇し、返り討ちにあった。その魔王軍を率いている魔物が、この先にいるかもしれない――。
いつの間にか拳を握りしめていることに気づき、手を緩めようとするが、今度は震えて動かない。
そんな私の手を両手で包み込むように握りしめたのは、シーラだった。
「大丈夫。今のあたしたちなら、倒せるよ」
その言葉だけで、殺伐としていた心が落ち着きを取り戻した。そうだ、これまで私たちは四天王を二人も倒したんだ。サイモンさん達の遺志を継いで、全てのオーブを手に入れるのが私達の使命なんだ。
「行くぞ。最後のオーブを手に入れるために」
『うん!!』
「おう!!」
力強く踏み出すユウリの一歩に、私たちはそれに応えるように武器を携え、後に続く。
『!!』
刹那、息が詰まるほどの殺気に包まれる。意気揚々と歩き出す私たちの足を、容赦なく立ち止まらせるこの殺気は――。
「スクルト!!」
先手必勝、シーラの防御呪文が私たちの身体に防御壁を張り巡らせる。
ユウリは稲妻の剣を構え、ドラゴンテイルを手にしていたナギはいつ踏み込んでもいいように少しずつ間合いを詰める。私も星降る腕輪の力を引き出すために全神経を集中させた。
『――愚かな人間どもよ。このまま何も知らずに死を迎えるが良い』
――この声は!?
「危ない!!」
殺気を感じ、星降る腕輪の力を最大限に引き出した私は、すぐに近くにいたシーラを押し倒した。その直後、シーラが今までいた足元の地面が音もなくえぐられる。
「なっ、何!?」
私に覆いかぶさられ、動転するシーラ。今のが敵の攻撃だとしたら、次も避けられるかは至難の業だ。
「くそっ、どこにいるんだ!!」
ナギもまた、何もない虚空へとドラゴンテイルを振り回す。どうしようもできないもどかしさに、私たちの間に苛立ちが募る。
『クク……。やはり人間は愚かだな。我が存在に誰も気が付かないとは』
『!!??』
突然地面の中から、黒い人影が現れた。それは人の形を取っており、まるで黒い紙でできた切り絵のようだった。その人形の影の目の位置であろう場所に、2つの小さな黄色い光が灯ると、どこからともなく低い声が聞こえてきた。
『我が名はホロゴースト。魔王軍四天王の一人だ』
笑ってはいるが口はなく、どこから声を発しているのか見当もつかない。黄色く光る目のみが、その魔物の唯一の表情を表していた。
――やっぱり、四天王! サイモンさん達を襲ったのも、おそらくあの魔物に違いない。
『お前達人間が来たのは何年ぶりだろうか。前に来た人間も、我を前に無様に逃げ惑っていただけであったが、お前達は少しは我を楽しませてくれるのか?』
淡々と話すホロゴーストの言葉に、嘘偽りなど感じられなかった。きっと他の三人もそう思っただろう。サイモンさんたちがシルバーオーブを諦めたのも、この魔物が立ちふさがっていたからにほかならない。
「別にお前を楽しませるためにここにきたわけじゃない。俺たちはシルバーオーブを手に入れるためにここに来ただけだ」
一方のユウリも、いつも通りの冷静な態度で口上を述べた。どんなに強い相手でも平常心でいられるユウリが、今はとても頼もしく感じた。
『ほう? ずいぶんと威勢のいい人間だな。いいだろう、我と戦う権利を今から与えてやろう!』
そういうとホロゴーストは、自身の黄色い目を大きく光をくらせた。すると、洞窟の奥から三体の剣を手にした魔物がこちらに向かってやってきたではないか。
『行け、地獄の騎士どもよ!! 奴らを殺せ!!』
ホロゴーストの号令に合わせて、鎧を着た戦士姿の骸骨たちが、一斉に私たちへと襲いかかった。何本もの腕を持ち、腕の本数分剣を携えている骸骨剣士と同じ種族だろうか。見た目はほぼ一緒だが、その殺気は骸骨剣士とは比べ物にならない。私は本能で星降る腕輪を発動させた。
「スクルト!!」
シーラもまた、素早く危険を察知したのか、防御呪文を重ね掛けした。先程よりも強固な防御の膜が張られる感覚を覚えたのを確認してから、他の三人は一斉に地獄の騎士に立ち向かっていく。
ギィンッッ!!
鉄の爪と魔物の剣が交差し、鍔迫り合いが続く。ユウリとナギも同じように地獄の騎士と対峙している。しかも魔物の動きが星降る腕輪を使っても精一杯なほど、速かった。ユウリとナギは大丈夫だろうか?
「イオラ!!」
すでに圧されていたのか、ユウリが魔物の足に向かって呪文を放つ。しかし魔物は下半身の骨を砕かれながらも、なおユウリの剣を受け止めている。
「くそっ、しぶとい奴だぜ!!」
ナギもまた、ドラゴンテイルを振り回しながら悪態をついている。動きの素早いニ人でも、受け流すのがやっとの状態だった。
待って、今、ホロゴーストは何をしてる!?
私たち三人が地獄の騎士たちに手一杯な状態の中、真っ先に狙うのは――。
「シーラ!!」
何本も迫る魔物の剣を気合で押し返すと、私はシーラに向かって叫んだ。その間にも、黒い影は私たちをすり抜け、シーラの方へと向かっていく。
「ヒャダルコ!!」
だが、シーラも予測していたのだろう。あらかじめ唱えていたのか、迫りくるホロゴーストに向かって氷結呪文を浴びせた。
氷の柱がホロゴーストの動きを閉ざす――はずだった。
パキィィン!
なんとホロゴーストは、傷一つついていない!
それどころか、さらにスピードを増してシーラに迫っていく。まさか、呪文が効かないの!?
――まずい、なんとかして、ホロゴーストの攻撃を防がないと!!
私は地獄の騎士の追撃を星降る腕輪の力を発揮させて回避し、シーラの元へと走った。
『――そう来ると思っていた。つくづく人間は愚かな存在だ』
「え!?」
ホロゴーストの呟きに一瞬動きを止めてしまった。そしてホロゴーストは突然私の方に振り向くと、黄色い目をこれでもかと大きく見開いた。
『以前ここへ来た人間に使ったときは失敗だったが、ようやく完成させることができた。お前が我が編み出した新たな呪文の、被験者第一号だ』
「!?」
「ミオちん!!」
シーラの叫びにも、魔物の行動にも瞬時に反応できなかった。以前やってきた人間? 失敗作? それが一体何なのか妙に気になって、反応が遅れてしまったからだ。
けれど気づいたときにはもう遅かった。避けようと体を動かそうとした瞬間、魔物の不気味な声が耳に響いた。
『くらえ、ザキ!!』
――その瞬間、私は目の前が真っ暗になり、空気が遮断された感覚に陥った。
まさかこれが死を意味するとは、誰が予想しただろう。そのまま私の意識は、混沌の闇へと沈んでいったのだった――。