ここは、一体どこだろうか。
見渡せばどこまでも続く、永遠の闇。いつまでたってもお腹は空かず、喉も渇かない。音もなく、時間の感覚もないこの空間は、果たして本当に私が今までいた世界なのだろうか?
そして、ようやく体の異変に気づく。自分の身体がうっすらと透けて見えていることに。
いったい私は、どうなってしまったのだろうか。
つい昨日のことなのか、はるか昔のことなのか。おぼろげな記憶をゆっくりと思い起こしながら、私はようやく今の状況を把握した。
ネクロゴンドの洞窟で四天王に遭遇し、そいつが放つ呪文を受けた。その呪文――確か『ザキ』と言ってたっけ――を耳にした瞬間、私の記憶はそこからすっぽりと抜け落ちたのだ。
いったいあれは何の呪文だったのだろう。それに、どうして今ここにユウリたちはいないのだろう。
考えたら疑問ばかりが浮かんでいく。けれどその疑問に答えてくれる仲間はおらず、解決しないまま時は過ぎていく。いや、本当に時は動いているのだろうか? まるでこの世界だけ切り取られたかのように、時が止まっているような感覚さえ覚える。
そうして考えては答えも出ず、堂々巡りをしているうちに、だんだんどうでもよくなって、考えなくなってしまう。そんなことを何度繰り返しただろうか。やがて時間の概念すらも理解できなくなってしまった。
――このまま私は、ずっと一人で永遠にこの闇の中で生き続けるのだろうか。
そんな疑問すら、抱く気力もない。もう二度と会えない仲間の顔を思い浮かべながら、私は絶望という名の暗闇の中に揺蕩っていた。
――オ、ミオ。聞こえますか?
そのとき、かすかに女性の声が聞こえた。とても小さく、か細い声だ。けれどずっと音のない世界にいる私の耳は、どんな小さな音でも聞き取ることができた。
けれどその声に、心当たりはない。なのに相手は、私の名を呼んでいる。
迂闊に返事をしてもいいのだろうか。そう考えてから、どうせもう失うものは何もないことに気づき、目を開けた私は投げやりに返事をすることにした。
「あなたは誰? どうして私の名前を知ってるの?」
すると突然、目の前が眩い光に包まれた。ずっと暗いところにいたからか、あまりの眩しさに目を開けていられない。まぶた越しに見える真っ赤だった視界が元に戻るのに、随分と時間がかかった。
黒以外の景色を見たのは久しぶりだったので、突然目の前に人が現れたことに対して、大分反応が遅れてしまった。
「あ、あなたは――?」
ルビーのように輝く赤い髪に、透き通るような白い肌。思わずため息をつくほどの完璧な顔立ちのその美少女は、私を慈しむように見つめると、ゆっくりと話し始めた。
――私はルビス。あなたたちのことは、旅に出たときからずっと見ていました。
ずっと見ていた? それにルビスって、どこかで聞いたことがあるような……。
――ミオ。あなたの魂は邪悪な者の手により因果律が歪み、世界の理から外れてしまいました。生者でも死者でもないあなたの存在は、ここ生と死の狭間の世界へと誘われてしまったのです。
「……????」
えーと、取り敢えず今の私は、生きてるのか死んでるのかわかんない状態ってこと?
――あの魔物……ホロゴーストの放った死の呪文により、あなたは強制的に死を与えられたのです。ですが、本来あなたはここで死を迎える運命ではありません。なので死者として天界へ送るわけにもいかず、ここに留まることになったのです。
「それじゃあ、今の私はもしかしたら生き返る可能性があるってこと?」
――ええ。ですが、その可能性は限りなく低いでしょう。何故なら今、あなたがたの世界で死者を生き返らせる術を持つ人間は、殆どいないからです。
「じゃ、じゃあやっぱり私、死んじゃうの!?」
愕然としながらルビスさんに問うと、彼女は穏やかな表情のまま答えた。
――もう一つ、方法があります。ですがそれも、必ず生き返るという保証はありません。何しろあなたに残された時間は限られているからです。
「時間が限られている?」
――本来魂は肉体に留まるもの。ですが今の貴方の魂は肉体から切り離された状態になっています。その状態は長くは続きません。ただ、いつになるかは私にもわかりませんが……。
「そんな……!!」
時が来たら、私は死ぬ――。
その事実を実感した瞬間、自分の体が奈落の底に沈むような感覚に陥った。
油断していた。四天王にかけられた呪文が、こんなにも恐ろしいものだったなんて。
「その、もう一つの方法ってなんなんですか? 何か私にできることはありますか!?」
――残念ながら、今の貴方にはどうすることもできません。ですが、あなたの仲間があなたの命を救おうとしています。
「ユウリたちが!?」
私が問い質すと、ルビスさんは何もない空間に指で円を描いた。すると、その円の内側から光が溢れ出し、やがてぼんやりと何かが映し出された。
そこに映し出されたのは、果てしなく広がる草原だった。その真中にぽつんと、三人の人影が見える。あれは言うまでもなく、ユウリたちだ。
――そういえばこの光景、どこかで見たことがあるような気がする。……なんだったっけ、全然思い出せない。
――彼らは今、『世界樹の葉』を探しています。その葉があれば、あなたを生き返らせることができるでしょう。
「世界樹の葉!? それがあれば、私はユウリたちのいる世界に戻れるんですね!?」
ルビスさんは小さく頷くと、私に微笑みかけた。
――あなたは私と同じです。それ故、私はあなたに興味を持ちました。もしあなたが死の淵から脱することができたなら、あなたに加護を授けましょう。それまで、仲間を信じて待つのです。私も、遠くからあなたのことを見守っていますよ。
そう話している間に、ルビスさんの体が少しずつ消えていく。もっと聞きたいことはあるのに、彼女の名前を呼ぶ前に、赤髪の美少女の姿はあっさりと消えてしまった。
そして再び訪れる、静寂と孤独。彼女の姿が消えると同時に、草原に佇む3人の姿も消えてしまった。
これからどうしたらいいんだろう。ユウリたちを信じて待つと言われても、自分のために何もできないのがもどかしい。己の無力さに、私は頭を抱えてうずくまる。
「――!!」
その時だった。頭に手が触れた瞬間、ひんやりとした感触が指先に伝わった。以前ユウリが挿してくれた銀の髪飾りだ。あのときは『似合ってる』と言われて、ドキドキしてたっけ。
――あの頃から……。いや、それよりももっと前から私は、ユウリのことが好きだったんだ。
「……会いたい」
ユウリに会いたい。会って、私の本当の気持ちを伝えたい。たとえこの想いが叶わなくてもいい。だけど、このまま気持ちを伝えずに死ぬのだけは、絶対に嫌だ。
「ルビスさん。あなたの言う通り、私は仲間を信じて待ちます」
その言葉は、もちろん相手には届かない。けど、決意したこの気持ちを心に刻むために、私はあえて声に出した。
ユウリたちを信じよう。そして、絶対に生き返るんだ。それが暗い闇の中で見いだした、私のたった一つの希望の光だった。