――ミオが死んだ。
オレたちはネクロゴンドの洞窟で魔王軍の四天王の一人に遭遇し、そいつの放った呪文がミオにかけられた。その呪文は対象者に死を与えるという、とんでもない呪文だった。
あとでそんな呪文が本当に存在するのかとユウリやシーラに聞いたが、二人とも曖昧な回答しか出さなかった。そもそも、まともに会話できる状態じゃなかった。オレも相当堪えたが、ミオの死はあいつらの心に想像以上のダメージを与えたらしい。
ミオが倒れたあと、一気に戦況が不利になったオレたちは、シーラのリレミトで強制的に洞窟を出た。その判断をしたのもオレだ。なぜなら、この時すでにリーダーのユウリは思考停止状態になっていたからだ。
その後四天王が追う気配はなかったが、オレは息のないミオを担ぎ上げ、シーラはポンコツ状態のユウリの首根っこを掴みながら急いで船へと戻った。幸いさっきの噴火のおかげなのか、それとも元々いなかったのか、魔物と遭遇することもなかった。
船に戻ったあとも、ユウリは口を閉ざしたままだった。ずっと泣きそうに涙を堪えていたシーラも、船に戻って気が緩んだのか、堰を切ったように急に泣き始めた。そんなニ人に挟まれたオレは、とうとう悲しみに打ちひしがれるタイミングを失い、どうやって慰めればいいかとか、ニ人に気を使うことばかり考えていた。
今もオレの腕の中でどんどん冷たくなっていくミオの体温を実感し、後悔の念に苛まれている。
――あれだけ運命を変えるって豪語しながら、仲間一人守れないなんて、最低じゃねえか。
結局予知夢と同じ事が起きてしまった。洞窟の中で次第に冷たくなっていくミオ。それを防ぐためにオレはあいつに誓ったのに、結局抗うことはできなかった。
――くそ……、オレは何のためにここにいるんだよ!!
ぎゅっとミオの体を抱きしめながら、オレは自分自身に腹を立てていた。ミオを守れなくて悔しい。何もできなかった自分が情けない。けれど、どれだけ後悔してももう遅いのだ。
ヒックスを失ったこの船の船員たちは、戦意を失ったオレたちから事情を聞くやいなや、すぐに船を出向させた。取り敢えず一番近い町に行ってくれと頼んだら、すぐに了承してくれた。
追い立てられるように船が海原を進む中、オレたちはひとまずミオを彼女の部屋のベッドに寝かせた。こうしてみると、本当に死んだとは思えない安らかな寝顔をしている。けれど確かに彼女の心臓は止まっていて、脈もない。洞窟から帰るときはまだほんのりと温かだった彼女の肉体は、今はもう人形のように冷たくなっている。
「なあ、本当に生き返らせる方法ってないのか?」
一緒になってミオの顔を覗き込んでいるシーラに尋ねると、出し渋るように答えた。
「……上位の回復呪文の中に、『ザオラル』っていう蘇生呪文があるの。例えば欠損した手足を修復したり、失明したばかりの目なら元通りに回復することはできる。けど、死んだ人を蘇らせる事はできない。文献によれば、『ザオラル』よりも上位の呪文があったらしいけど、今はもう失われた幻の呪文だし……」
「じゃ、じゃあそれ以外はないのか? なんかそういう……人を生き返らせるアイテムみたいなのとかさ」
「……少なくとも、蘇生呪文以外にミオちんを生き返らせる方法を、あたしは知らない」
ポツリと言ったシーラの絶望的な言葉に、オレは愕然とした。頭の良いこいつが匙を投げるってことは、もう打つ手がないってことじゃねえか。
くそっ、これも運命だっていうのか!?
自分の無力さに腹が立ち、オレは近くの壁に拳を叩きつける。その音を聞きつけたからなのかは分からないが、少し間を置いて隣の部屋のドアが開く音が聞こえた。
船に戻ったあと、ユウリは隣の自室にこもったきりだったが、どうやら外に出たらしい。くそっ、一人だけ被害者ぶりやがって! オレだって一人になりてえよ!
ガチャッ。
ところが、予想に反してユウリはオレたちの部屋にやってきた。さっきまで亡霊みたいな顔をしていたが、今はなぜか真剣な面構えでオレとシーラを見回した。
「今から『世界樹の葉』を取りに行くぞ」
『は!?』
唐突に言い放ったこの自分勝手な勇者は、オレたちが戸惑い答えかねていることなどお構い無しに、言いたいことを言ったあと部屋を出ていった。
「おい、なんなんだよあいつ! つーか世界樹の葉ってなんなんだよ!」
「わかんない……。でも、確かこの世界には世界樹って言う大きな聖なる木があるって、ダーマで教わった事がある。世界樹は二つの世界を繋ぎ、生者と死者を導く存在だって。でもそれは大昔の神話や伝承みたいなもので、実際にあるかは誰もわからないみたいだけど」
「なんだそりゃ。それと今の状況と、なんか関係があるのか?」
「そんなの知らないよ! ユウリちゃんに聞いてみないと……」
そうだった。ここで訳分かんねえ議論を続けても仕方ない。オレたちはどこかへ行ってしまったユウリに話を聞くため、追いかけることにした。
部屋の外に出ると、甲板へと出ようとするユウリの姿があった。急いで追いかけると、ユウリもオレたちに気づいたのか、途中で立ち止まった。まるで、オレたちを待っているかのように。
「ユウリちゃん、急にどうしたの? 世界樹の葉って何?」
シーラの問いに、ユウリはなかなか答えようとしない。焦れたオレが一言物申そうかと口を開きかけたが、先に話し始めたのはユウリの方だった。
「俺も詳しくは知らない。だが、あいつの……ミオの命を救うには、それが必要らしい」
「ミオちんの!?」
「どういうことだよ!? もうちょっと詳しく説明しろ!!」
なぜか歯切れの悪い言い方に、オレは痺れを切らして叫んだ。
「……さっき部屋にいたとき、俺の前に赤い髪の女が現れたんだ。そいつが、ミオの命を救うには世界樹の葉が必要だと言ってきたんだ」
『!?』
オレとシーラ、2人揃って首を傾げる。部屋に女が現れたって、幽霊なんじゃ……。いや、それよりもオレは重大なことに気がついた。
「ちょっと待て! ミオの命を救うってことは……」
「ミオはまだ死んでない」
『!!』
「その女の話だと、ミオの魂は現世でも死者の世界でもない場所にいるそうだ。魂が死者の世界に還る前に世界樹の葉を使えば、生き返ることが出来る、と言っていた」
「生き返る、だって……?」
こいつの話はよくわからないが、世界樹の葉ってのを使えばミオが生き返るってのは理解できた。
「でもユウリちゃん、世界樹って神話やおとぎ話の中の存在だよ? あるかどうかわからないものを探すなんて無茶だよ! それに、ユウリちゃんのところに現れた赤い髪の女の人って、何者なの? 本当に信用していいの?」
シーラの尤もな意見に、オレも横で頷く。
「幽霊でもなんでもいい。もしミオが生き返るのなら、俺はそいつの言うことを信じる」
「……」
はっきりと言い放つこいつの表情に、嘘や迷いはなかった。そしてそれを目の当たりにしたオレは、奴に対して何も言い返す事ができなかった。
「……無茶苦茶だよ、ユウリちゃん……」
そう言いながら力なく応えるシーラの目にも、僅かな希望の光が宿っていた。お前もオレと同じように、あいつを信じたいと思っちまったんだな。
「わかったよ。お前がそこまで言うんなら、オレらは信じるぜ。で、その世界樹ってのは、いったいどこにあるんだ?」
「……そこまでは教えてくれなかった」
「はあ!?」
あれだけ意気込んでいて、結局場所はわかんねえのかよ!! なんかこっちまで恥ずかしくなってくるだろ!!
「落ち着いてナギちん!! ユウリちゃんだって少しはカッコつけたい時があるんだから!!」
「……」
見ろ、シーラ。お前のせいでオレは陰険勇者を憐憫の目で見なきゃならなくなっちまったじゃねえか。
「とまあ冗談は置いといて。こういう話なら、ナギちんのお母さんが知ってるかもしれないよ?」
「あ……!!」
盲点だった。ルザミにいるオレの母さんなら、世界樹に関する本くらい持っているかも知れない。
「けどよ、ルザミまでここから船でどのくらいかかるんだ? それまでミオの体が無事でいられるのか?」
普通人が死んだら死体となって、やがて腐敗して、骨となる……。想像しただけで気分が悪くなったが、このまま何日もミオをここに寝かせても大丈夫なんだろうか?
「大丈夫。あたしが氷の呪文で一時的にミオちんを冷凍保存するから」
「れ、冷凍保存!?」
なんなんだその聞き慣れない単語は!?
「前に書物で読んだんだ。生き物は凍らせることで一時的に腐敗の進行を遅らせることが出来るって」
そう言うとシーラは、ミオの前に手をかざし呪文を唱えた。
「ヒャド!!」
普段魔物との戦闘で放つ呪文とは異なる冷気が、ミオに降り注ぐ。発動前と比べると何ら変わった様子はないが、シーラが「触ってみて」と言ったのでミオの頬を触ったら、まるで氷のようにひんやりと冷たかった。
「一応これで何日かはそのままの状態で保てると思う。あんまりのんびりはしてらんないけどね」
「さすがだな、シーラ。それじゃあ早速、ルザミに行こうぜ」
促すオレに、シーラが待ったをかける。
「待ってナギちん、さすがにここから船でルザミに行くには遠すぎるから、いったんアッサラームに戻ろう」
「アッサラーム?」
オレは頭の中でこの世界の地図を思い浮かべた。確かにここから一番近い町はアッサラームだった気がする。
「とにかく今は一刻も早くここから離れないと。サイモンさん達の時みたいに、魔王軍にオーブを奪われちゃう」
「ああ、確かにそうだな。けどよ、アッサラームに着いてどうやってルザミに向かうんだ?」
「ルザミには、あたしが一人でルーラを使っていくよ」
『な!?』
シーラの言葉に、オレだけでなくユウリも目を丸くした。
「おいおい、さすがに一人で行くのは危険じゃねえか?」
「それもあるが、そもそもルザミには村と呼べるほど人口も少ない。ある程度集まった魔力を辿って移動するルーラでルザミにたどり着けるのは不可能なんじゃないか?」
「何言ってんの、この前ユウリちゃんだってテンタクルスと戦った時、海の上から船に向かうのにルーラ使ったじゃない。あれってあたし一人の魔力を辿って帰ってきたんでしょ?」
「それは確かにそうだが、あのときは距離も近かったからな……」
「ナギちんのお母さんの部屋で魔力探知の本を読んだ時、試しにナギちんのお母さんの魔力も探知したんだよね。だから、ユウリちゃんがルーラの応用技をあたしに教えてくれれば、ここからナギちんのお母さんの魔力を探知してルザミに行けると思う」
二人の会話に入ることができず、オレは交互に顔を向けながら話を聞くことしかできない。よくわかんねえけど、シーラ一人でルザミに行ける方法があるってことか?
「……お前も大概無茶苦茶だな」
「誰かさんに言われたくないですー」
言い切るシーラにユウリはため息をつくと、無言で部屋を出た。そして程なく、鞄を手にして戻ってくると、シーラの前で鞄から何かを取り出した。
「イザベラからもらったアイテムだ。魔力を高める賢さの種、MPを増加させる不思議な木の実、それとキメラの翼。これだけあればすぐに帰ってこられるだろ」
ユウリはシーラの両手に溢れんばかりの種や木の実を乗せると、最後に乗せきれなかったキメラの翼をシーラの頭に挿した。
「ユウリちゃんてば、センス悪すぎるよ!」
そう言ってシーラは笑っていたが、あいつの覚悟は本物だ。だからオレは口出しせず、黙って見送ることにした。