ネクロゴンド大陸を出て真っ先にアッサラームに向かったオレたちは、シーラの知り合いでもあるアルヴィスのところへと、ミオを匿うことにした。
相変わらずアッサラームは暑く、氷の呪文で冷やされたミオの身体はすぐにでも溶けそうだった。オレとユウリは大急ぎでアルヴィスの店へと向かった。
「あらやだ!! どうしたのアナタたち!! 久しぶり……って言う雰囲気でもなさそうネ」
「頼むアルヴィス。俺たちが戻ってくるまで、ミオを預かってくれないか?」
「!! ミオに何があったのか、教えてもらえる?」
布に包まれてオレに抱えられているミオを一目見たアルヴィスは、一瞬で険しい顔つきに変わると、すぐにオレたちを家の中に案内してくれた。
そしてオレたちは、アルヴィスにこれまでの事を話した。今までの旅のこと、残り一つのオーブを見つけるためにネクロゴンドへ向かったこと、そこで魔王軍の一人に呪文をかけられ、ミオが仮死状態にされてしまったこと――。かいつまんだ説明だったが、元戦士のアルヴィスが理解するには十分だったようだ。
「そんなことがあったなんて……。それよりもまず、ミオをどうにかしないといけないわネ。二人とも、今からこの店に行って、魔法使いを二、三人連れてきて!」
オレとユウリは急いでアルヴィスが指示した店に行き(どうやら行きつけの酒場らしいが)、そこでアルヴィスの知り合いだという魔法使いたちと端的に話をし、彼らを連れて来た。
「いきなり呼びつけられて驚いたが、他ならぬアルヴィス殿の頼みならば、ぜひとも協力しよう」
「アルヴィスさんの『ぱふぱふ』にはいつもお世話になってますからね。喜んでお引き受けいたします」
オレのジジイと同じぐらいの年の老人と、オレより一回り年上の優男。二人はいずれもレベル20を超えたベテランの魔法使いで、アルヴィスの頼みならばと二つ返事で引き受けてくれた。
二人は隣室のベッドに横たわるミオに氷の呪文をかけたあと、またいつでも呼んでくれとアルヴィスに言い残すと、酒場へと戻っていった。
「さすが『アッサラームの狂戦士』と呼ばれていただけあるな。その人脈の広さは尊敬に値する」
「やぁだ!! ユウリくんたら、どこでそんな二つ名覚えてきたの!? ダメよ、それはもう捨てた名前なんだから! 今は『アッサラームに舞い降りた悩殺天使☆バニーガール』って呼んでネ★」
「……」
おぉ、珍しく陰険勇者がたじろいでる。やっぱアルヴィスは色んな意味ですげえ奴だ。
「まあ、冗談は置いといて。それで、仮死状態になったミオを救うために、アナタたちはこれから世界樹の葉とやらを探しに行くって訳ネ」
「ああ。それで今シーラが、世界樹がある場所を調べに別の場所に行っている」
「大方わかったわ。じゃあ、その世界樹の葉が見つかるまで、アタシはここでミオを守ればいいのね」
「いろいろと迷惑をかけてすまない。だが、どうしてもあいつを……、ミオを助けたいんだ」
いつになく力強い口調で、ユウリは言った。こいつがこんなに感情を込めて話すのを、オレは初めて見たような気がする。
「ふふ……。アナタを見ていると、あの人と旅をしてたときのことを思い出すワ」
アルヴィスは、どこか遠くを見ながらそう答えた。なんとなく気まずい雰囲気になりそうだったが、先にユウリが話を進めた。
「そういえば、あんたと親父は魔王軍と接触したことはなかったのか?」
ユウリの親父とアルヴィスはかつて一緒に旅をしたそうだ。途中で別れたとか言ってたが、シーラから聞いたぐらいで詳しいことはよくわからない。
「少なくともアタシがあの人と旅してたときは、魔王軍の存在すら知らなかったワ。なんせあの人、オーブとやらにも頼らず単身魔王の城に乗り込もうとしてたくらいだし」
改めて聞くと、とんでもねえ人だったんだな、こいつの親父って。
「……つまり魔王軍は、オーブを持つ人間だけを狙ってたってことか」
「そういうことね。まあ、あの人と同じ道を辿るのも一つの手だけれど、あまりオススメはしないわね」
「そんな事ができるのは親父くらいだろ。俺たちは予定通り、オーブを揃えて不死鳥ラーミアを復活させる。だがその前に、俺の仲間を救うのが先だ」
「そうね。アナタならそう言うと思ったワ。――ところで、ユウリくんはルークくんとやらのことをどう思ってたの?」
「は? 何の話だ?」
突然わけのわからない話をされ、オレとユウリは眉を顰める。
「さっきのアナタたちの話によると、ルークくんはミオの幼なじみだった。つまりユウリくんのライバルだったってことよネ?」
「いや、なんで魔王軍の話をしてたのにあいつのことが出てくるんだ!? 関係ないだろ!!」
「アナタの話だと、彼はミオの幼なじみだったと言うことしか伝わってこなかった。でもネ、魔王討伐なんて危険な旅についてくるなんて、好きな子がいなきゃわざわざ行かないのよ!! ルークくんはきっとミオのことが好きだったんじゃないのかしら!?」
「どうでもいいだろそんな話は!!」
「いいえ!! むしろ最も重要な話よ!! いいワ、シーラが戻ってきたら真っ先に聞くから!!」
「勝手に話を進めるな!!」
「……」
お互いムキになって話す二人に、オレは一抹の不安を抱えていた。本当にアルヴィスにミオを預けて、大丈夫なのかと……。
「おはよ〜、みんな……」
疲れ果てた顔でシーラがオレたちの前に現れたのは、オレたちがアルヴィスの店を訪れた翌日の明け方だった。
「大丈夫か、シーラ!!」
寝ずに待っていたオレたちに出迎えられたシーラは、駆け寄ったオレの姿を認めると、そのままオレにもたれかかると同時に意識を失った。
すー、すー……。
「あらあら、徹夜だったのはアナタたちだけじゃなかったみたいね」
眠ってしまったシーラをひょいと抱え上げたアルヴィスは、そのまま部屋にあるソファへとシーラを寝かせた。
「それじゃあ、シーラも戻ってきたことだし、
アタシたちも休みましょうか」
シーラに毛布をかけながら、アルヴィスが提案した。オレはその言葉を聞いてるはずの勇者に目を向ける。というのも、オレですら多少仮眠は取っているのに、あの陰険勇者は一睡もしていないからだ。かといってミオのそばにいるわけでもなく、部屋の隅でただぼんやりとしているだけで、あいつがいったい何をしたいのかわからない。
「ユ・ウ・リ・く・ん? ちょっとは休まないとアナタのほうが倒れるワよ?」
アルヴィスは笑っているが、なんとなく殺気立っているのがわかる。それはオレも同感だ。正直今のあいつは見ていて危なっかしいからな。
顔を上げたユウリの目は血走っていて、顔色も悪かった。ミオを心配しているのはわかるが、それよりもオレたちにはやることがある。そのためには体を休めることも大事なのは分かっていると思うのだが……、いや、どうせオレがあいつに忠告したところで、聞き入れないのは明白だ。だったらいっそのこと強制的に眠らせたほうがいいんじゃねえか、と考えたところで、アルヴィスは第三者のオレでなきゃ気づかない素早い動きで、ユウリの首の後ろ目掛けて手刀を繰り出した。
トンッ。
そのままユウリは白目を剥いて昏倒した。今更ながらアルヴィスの容赦ない攻撃に、オレは背筋の凍る思いをした。うん、あいつには絶対逆らわないほうがいいな。
そしてそのままユウリは半日ほど眠った。あの後オレも一眠りしたが、オレが起きたときもユウリは未だに寝ていた。アルヴィスはすでに起きていて、オレが目覚めていくらもしないうちにシーラも起き出した。
「シーラ、もう大丈夫なのか?」
「うん、二人の顔見たら、一気に眠気が襲ってきて……。へへ、安心したのかな」
「お前も陰険勇者と同じで、変なとこ真面目だからなあ。あんまり無理するなよ」
「うん、心配かけてごめんね、ナギちん。でも、もう大丈夫だよ」
ぽんぽんと、シーラの頭を軽く撫でると、部屋の奥から既に起きていたアルヴィスがやってきた。
「アナタたち、今から行くの?」
尋ねるアルヴィスに、オレとシーラは即座に頷いた。今は一刻も早く世界樹の葉を手に入れなければならないのに、待ってる暇なんかない。
「あたしたちには時間がないの。それに……、あたしたち皆、ミオちんの笑顔を見られないのが辛いから、居ても立っても居られないんだよ」
「わかったワ。じゃあその旅、アタシも一緒に行くワ」
『えっ!?』
アルヴィスの意外な言葉に、オレとシーラは目を丸くした。
「その代わり、ユウリくんにはここでミオと待っててもらうワ」
「えっと、それって……」
戸惑うオレの言葉を遮るように、アルヴィスは話を続ける。
「今のユウリくんは、きっと不安でいっぱいだと思う。そんな状態じゃあ、満足に戦闘に参加することもままならないでしょう。それならアタシの代わりにミオの傍にいてあげたほうが、本人も気持ちの整理ができると思うワ」
「……そうだね。ミオちんにはユウリちゃんがついていたほうがいいと思う」
二人の言う通り、今のあいつは普段とは様子が違う。正直、そんな状態で世界樹の葉を無事に取りに行けるとは思えなかった。
ただ、ミオがあんな状態だから仕方ないのかもしれないが、それはオレたちだって同じ気持ちなんだ。あいつだけが特別なわけじゃない。妙に被害者ぶってる雰囲気を出す勇者に苛立ちを覚えつつ目をやると、いつの間に起きていたのか、神妙な顔でこっちを見ていた。
「あらやだ、ユウリくん、起きてたの……」
「すまない。俺が不甲斐ないせいでお前らに迷惑をかけた。アルヴィス、お前はここに残ってくれ」
寝起きとは言え、素直にこいつが謝る姿には正直驚いた。他の二人は心配そうな顔をしていたが。
「ユウリちゃん、無理しないでいいんだよ?」
「大丈夫だ。世界樹の葉は必ず見つける」
どこか吹っ切れたようにも見えるが、それでも普段より毒舌の少ないこいつを見ていると、無理してるのだと思ってしまう。けど、こいつがそう言ったからには、自分なりに覚悟は決まっているのだろう。
「わかったよ、勇者サマ。だがよ、昨日みたいに腑抜けた態度取ったら、途中で海に放り投げるからな」
「それはお前も同じだ、バカザル」
うん、この調子なら大丈夫だろ。
オレが目配せすると、二人は顔を見合わせて肩をすくめた。
「それじゃあ、早速世界樹があるところに行こうぜ!」
――待ってろよ、ミオ。必ず世界樹の葉を持って、お前を生き返らせてやるからな。
そして、アッサラームを出てから、一週間。
ようやくオレたちは、世界樹があるという土地にたどり着いた。
船を降り、上陸した先に見えるのは果てしない大森林。数え切れないほどの背の高い大木がはるか彼方まで林立しており、これじゃあどこに世界樹があるかもわからない。
当然人が立ち入った形跡はなく、はたまた獣道と呼べるほどの小道もなく、ただ無造作に草や樹木が繁茂している状態だ。
オレの鷹の目で周辺を見渡そうとしたが、鬱蒼とした森は見通しが悪く、しかも近くの木に登ろうにも、この地域は針葉樹が多い。こういう木は幹や枝が細い上に枝分かれも少なく、木の皮も滑りやすいので、木登りには向いていないのだ。
「シーラ。他に世界樹に関することは調べたのか?」
前を歩くユウリがシーラに尋ねる。世界樹のある場所について、他に何かヒントはないかと聞いてるんだろう。
「ごめん。フィオナさんちにある本でわかったのは、ここにあるってことだけ。あとは昨日あたしが言った大昔の伝承くらいだよ」
「……そうか」
シーラの言葉に、明らかに肩を落とすユウリ。ああもう、やっぱお前アルヴィスの代わりに残ってりゃよかったんじゃねえか!?
鬱々としながら前を歩くリーダーに、オレはいい加減辟易していた。こんなときミオがいたら、あいつを励ましたり、オレたちに気を使ったりしてたんだろうなあ。ていうか、この三人で旅するって、珍しいな。
と、そこまで考えて、オレはあることに気がついた。この光景、前にどこかで見た気がする――。
いや、『見た』んじゃない、夢で『視た』んだ。
その瞬間、オレは体中からじわりと汗が噴き出るのを感じた。そうだ、この前ユウリとも話したじゃねえか。オレとユウリとシーラ、この三人で何かを探していた――そういう夢を以前予知夢で視たんだ。
「どうしたの、ナギちん?」
立ち止まるオレに気づいたシーラが声を掛けるが、それどころではなかった。あのときオレたちはどこにいた? オレはじっと地面を見つめたまま、必死に記憶をたどり続ける。あのときミオに夢の内容を、どう伝えたんだっけ?
――辺り一面緑が広がってて、そこにオレたちが立っていて、何かを探しているような感じだった――。
「……ああ、そういうことか」
一番大事なことを思い出し、オレは顔を上げる。
「どうしたんだ、バカザル」
肩越しに振り向くユウリを、オレは真っすぐに見つめた。
「世界樹の場所が、わかったんだ」
『――!?』
驚く二人の横をすり抜け、オレは走り出す。
「森を抜けるんだ!! 森の向こうの草原に、世界樹がある!!」
思い出した。辺り一面緑が広がる大草原。そのはるか先に、バカでかい木があったのを。
「待ってナギちん!! 闇雲に走り回っても、迷子になるだけだよ!!」
シーラの制止に、オレはハッと我に返る。そうだった、こういう似たような木がたくさんある森は、迷いやすいんだ。
振り向くと、ユウリが小刀を使って近くの木の幹に傷をつけている。おそらく目印代わりだろう。危うくあいつらと逸れるところだったと、冷や汗をかく。
「ナギちん、何か心当たりがあるの?」
「ああ、お前にも話したと思うけど、前に予知夢で世界樹を探している夢を視たんだ」
あの時は世界樹だなんて知らなかったし気にも留めなかったけど、今ならわかる。あの夢は、今このときのために必要だったんだ。
「ホントに!? すごいよナギちん!!」
はしゃぐシーラに、オレはまんざらでもない顔を作る。そして「どうだ」と言わんばかりにユウリに向けて笑顔を見せた。
「……!!」
うっ、なんだよその嬉しさを押し殺すような表情は!! 気持ち悪いんだよ!!
「とっ、とにかく先に進もうぜ!! こんなところでいつまでも突っ立ってるわけには行かねえからな!!」
オレは陰険勇者から視線を逸らすと、逃げるように森の奥へと進んだ。