それからさらに二日後。今は昼に近く、少し汗ばむくらいの陽気だ。
散々森の中を歩き、魔物とも戦いまくり、オレたちは心身ともに疲労の限界だった。やっぱり一人仲間がいないだけで、その負担はオレたち三人に重くのしかかる。
けど、そのおかげかオレとシーラのレベルが上がった。特にシーラはレベルが三つも上がったからか、初日に比べたら随分と楽になった。
そんな中、オレは木々の葉擦れの音がさっきより大きく聞こえているのを感じた。この辺りは風が強いのか? もしくはこの先の地形が変わっているのか? 疑問が膨らみ、自然と早足になる。
「なあ、あの先って……」
「急ぐぞ。もう少しで森を抜けられそうだ」
オレの言葉を遮り、我先に進むユウリ。果たして、奴の言うことは当たっていた。ほどなく視界は開け、一面青々とした草原が広がっていたからだ。
「ナギちん、あれ……」
その草原の向こうに、うっすらと山影が見える。いや、山にしては妙にいびつだ。オレは森から出ると、すぐに鷹の目を使って山影の方を見渡した。
「見えた! あの山みたいなやつが、世界樹だ!!」
塔のようにそびえる太い幹。枝の一本一本がまるで空を支えているような力強さを感じる。その枝から生える若々しい新緑の葉は、まさにオレたちが探し求めていたものだろう。
「ここからだと、およそ半日くらいか。急いで向かうぞ」
「ああ! シーラ、大丈夫か?」
「うん、平気だよ!! それより急ごう!!」
目的地はすぐ目の前にある。足取りが重かったオレたちの足は瞬く間にスピードを上げると、疲れも忘れ一目散に世界樹の方へと向かう。途中遭遇した魔物との戦闘も、希望に満ち溢れた今のオレたちにとっては取るに足らない出来事だ。
近づくにつれて木の輪郭がはっきりし、世界樹の異様な大きさに改めて驚かされた。小さな村なら丸ごと世界樹の中に入るんじゃないかってくらい巨大だ。
そこで初めて、オレは重大なことに気がついた。
「なあ。あんだけでかい木だったら、葉っぱを取りに行くだけでも大変じゃねえか?」
あれだけの巨木なら、まず木に登るだけでも一苦労だ。しかし目の前の二人は冷ややかな目でオレを見返した。
「ナギちんがそんな事言うなんて、意外だな〜。てっきり自分が木に登って取りに行くって言うのかと思ったよ」
「高いところに登るのがお前の専門分野だろ。ちゃんと役割は全うしろ」
ええ……。オレの役回りって高いところに登ることなの? なんだよそれ、まるで猿みてえじゃねえか。
「それにしたって限度があるだろ。見ろよ、地面から一番低い枝までで何十メートルあるんだよ」
歩きながらオレは、鷹の目で地面から枝の高さを目測する。おそらくちょっとした城の屋根のてっぺんくらいはあるんじゃないか?
「ん?」
ふととある枝の端に、人影が見えた。そんなバカな、と目を凝らしてみると、そこには間違いなく人間が立っていた。
「なああそこ……。世界樹の枝の先に、人がいる」
『は!?』
二人も信じられないような顔をした。オレだって信じられねえ。だけど、オレの鷹の目が真実以外を映し出すことなんてありえないんだ。
「取り敢えず、近づいていってみようぜ」
事実を証明するため、オレは先頭に立って世界樹に近づいていった。後ろの二人も俄には信じられなくても、取り敢えずオレの後をついてきてるって感じだ。
やがて、肉眼でも人影が見える近さまで来た。それでも地面から人影のいる枝の端までは数十メートルもある。ていうか本当に人なのか? 人の形を成してはいるが、ヒックスやヒミコの件もあったし、人型の魔物って可能性も捨てきれない。
「今のところ、殺気を放っている様子はないな」
オレの予想を先回りしたのか、ユウリがあの人影を見ながら言った。ていうかこいつはこの距離からでも殺気がわかるのか。
「ホントだー! 確かに誰かいるね。けど、人間じゃあないみたいだよ」
「どういうことだよ、シーラ?」
「あたしは皆みたいに殺気とか察知するのは苦手だけど、魔力を探知するのは得意だからさ。あの人影が普通の人間じゃありえないくらい膨大な魔力を放ってるのはわかるんだ」
「普通の人間じゃありえないくらい?」
「うん。そうだなあ……。例えばあたしの魔力が5、マックベルのおじいちゃんの魔力が10だとしたら、あの人影は100以上あるかな」
「なっ……!?」
なんだよそれ。凄すぎて理解が追いつかねえよ。
「待て。そこの人間共よ、この神聖なる場所に何用か?」
『!?』
突然、すぐ近くから声が聞こえた。そんなはずはない。オレたちの今いる場所から人影まで、何十メートルも離れてるんだ。そんなすぐにここまで……。
「うわっ!?」
ふと下を見下ろすと、オレの腰くらいの高さの背丈の中年の男が立っていた。いや、この背の低さとずんぐりむっくりな体は、かつてバハラタを通るときに知り合ったホビットのノルドを思い出す。
「あんた、もしかしてホビットか!?」
「いかにも。わしはホビット族のグラハムだ。ここは人間がおいそれと立ち入るような場所ではない。ここが生者と死者をつなぐ禁域と知ってここへ来たのか?」
そこへユウリがオレとグラハムの間に立ち、名乗りを上げた。
「俺はアリアハンの勇者、ユウリだ。俺の仲間を生き返らせるために、どうしてもあの世界樹の葉が欲しいんだ」
「――ほう?」
ユウリの言葉に、グラハムの目が鋭く光るのをオレは見逃さなかった。
「あたしたちの仲間のひとりが、魔王軍の呪文で仮死状態にされちゃったんです!! お願い、世界樹の葉をわけてください!!」
シーラの必死な懇願に、グラハムは険しい顔を向けている。そもそも初対面の奴にいきなり話す内容じゃあないよな。
すると、しばらく黙っていたグラハムは、シーラを見ながら口を開いた。
「そこの賢者よ。お前は自らの力でこの場所にたどり着いたのか?」
「え!? あ、自らと言うか……。知ってそうな人に聞いたんですけど」
一目で賢者と見抜いたグラハムに、シーラが動揺しながら答える。
「人から知識を得ることも賢者にとって必要な素養だ。――どうですかな? 彼らに希望を託してみるのは?」
「私の力を推し量る事が出来るだけでも重畳です。グラハム、紹介を」
不意に聞こえた鈴のような声に、オレたちは辺りをキョロキョロと見回す。すると、いつの間にか細身で白い毛の猫がグラハムの足にすり寄っているではないか。
「猫?」
さっきの女性の声は間違いなくその猫の方から聞こえた。オレが警戒心をむき出しにしてその猫を睨みつけると、グラハムはオレの視界を阻むように猫の前に立った。
「場をわきまえろ、盗賊よ。この方は世界樹を守る精霊、アイビス様であらせられる」
「精霊!?」
……って、なんだ? とシーラに尋ねようとしたら、彼女の目が点になっている。
「せ、精霊……!? それじゃあこの魔力は……!? え、あたし、精霊なんて初めて見た……!!」
シーラがこんなに慌てふためくなんて珍しいな。そんなにレアなのか、精霊って。
「ふん。俺は一度、別の精霊を見たことがあるけどな」
いやそこ、張り合わなくていいだろーが!
と、どうでもいいツッコミを心の中で入れつつ、オレは目の前にいる猫の姿の精霊アイビスに尋ねた。
「なあ、あんたたちは魔王軍について何か知ってるのか? オレたちはそいつのせいで仲間が半分死んじまった状態にされちまったんだよ」
オレが魔王軍のことについて尋ねると、アイビスは首を横に振った。
「いえ、私たちはこの地を守る存在。魔王軍の存在を知り得たのも、十数年前にサイモンと名乗る男とその仲間が、あなたたちと同じ目的でここにやってきたからです」
「サイモンが?」
「彼らもまた、魔王軍から呪いをかけられた仲間の一人を救うため、この地にやってきました。しかしその呪いは不完全であったため、仮死状態に陥ることもできず、世界樹の葉では救うことが出来ませんでした」
そこまで聞いて、オレはハッと気づく。サイモンの仲間で呪いをかけられた人物――。それってミオの師匠のことだよな?
「しかしあなたの仲間がもし生と死の狭間の世界にいるのなら、世界樹の葉によって救うことは可能です。私どもも、あなたがたが魔王を倒す未来を期待しています。どうぞ持っていきなさい」
『!!』
「但し必要以上に取らないで下さい。この木はこの世界の生と死の根幹を担う、大切な命ですので」
「わかった。一枚だけ貰うとしよう」
こうしてオレたちは、世界樹の精霊から了承を得て、世界樹の葉を手に入れることに成功したのである。もちろんこのバカでかい木をひたすら登って摘み取ったのがこのオレなのは言うまでもない。
「ふむ。人の身にしては随分と身軽だな」
そんな世界樹から降りるオレの様子を、グラハムが感心するように見ている。なんとなく気恥ずかしくなったオレは、グラハムからの痛い視線を感じながら世界樹の葉をユウリに渡した。
「こいつは人の皮を被ったサルみたいなものだからな」
「ほほう。なるほど」
なるほどじゃねえんだよ。そこの陰険勇者もふざけたこと言ってんじゃねえ。
……まあ、少しは元気になってきたみたいだし、今回は大目に見といてやるけどな。
「ありがとう、アイビス様。これであたしたちの仲間を救うことができます」
一方では、シーラがアイビスにお礼を言っていた。精霊と言うけれど、オレにはどう見てもただの白猫にしか見えない。
「世界樹は全ての命に対して平等に恵みをもたらす存在。しかし命の是非を判断するのは私ではなく、当事者自身なのです。もし蘇らなかったとしても、それが運命なのです」
白猫……いやアイビスは姿に似合わず大仰に返事をした。ていうか、今さら不吉なこと言うんじゃねえ! そこは嘘でもいいから前向きなセリフを言ってくれよ。見ろよ、さっき元気になったと思った陰険勇者が、また微妙な表情に変わってんじゃねえか。いや、どんだけあいつのこと気にしてんだよ、オレは!
「まあとにかく、あとはミオのところに戻るだけだな」
「うん! ナギちんも、世界樹の葉を取ってきてくれてありがとね」
一段落してホッとしているオレたちに、アイビスが優しい口調で話しかける。
「世界を救うことが最優先なのでしょうが……、まずは、あなた方の仲間が無事に現世に戻ってくることを願っています」
そう言い残したアイビスはオレたちに背を向けると、それこそ本物の猫のように身軽な動きで世界樹の一番低い枝に飛び乗った。さらに高い枝から枝へと飛び移ると、気づいたときにはいなくなっていた。
「では私も、失礼する」
アイビスのお付きらしいグラハムも、その言葉を言った直後、まるで瞬間移動のように姿が掻き消えた。そんな二人が去っていく様子を、オレたちは呆然としながら眺めていた。
「……なんつーか、よくわかんねえけどすげえ奴らだったな」
「てかナギちん、感想それだけ!? 精霊に会っただけでもめちゃくちゃすごいことなんだよ!?」
いやそんなキレられても、すげえってのはわかってんだからいいじゃねえか。
「ふん。俺の知ってる精霊は、腹が減ってたやつにパンと携帯食料をくれてたけどな」
いやユウリ、お前はさっきから何言ってんだよ!!
だが、温度差のある二人に心の中でツッコミをいれながらも、オレはミオを助けられる手段を手に入れられた安堵感を得ていた。
「とにかく、これでミオちんを助けることができるね!!」
「ああ! 早くミオたちのところに戻ろうぜ!!」
オレとシーラが話している間に、陰険勇者はすでに移動呪文を唱える準備をしている。こいつ、気が早すぎだろ!
ともあれ、オレたちはようやく世界樹の葉を手に入れることができた。あの夢を視たときは愕然となったが、あいつらのおかげでミオの死を回避することができた。
オレはナジミの塔にいるジジイや、ルザミにいる母さん、そして顔も見たことのないオレの父親に伝えたい。
オレが受け継いだこの力が、ようやく今役に立つことが出来たんだと。あいつらと一緒に旅をしてきた理由が、やっと出来たんだ。
――待ってろよ、ミオ。今からお前を助けるからな!