――あの頃のことは、あまり覚えていない。
断片的に覚えているのは、同い年くらいの近所の子どもとコスモス畑に行ったことと、村の近くの雑木林で虫取りをしたこと。そのくらいだろうか。
だから、私が体調が悪くて家で寝ている間に、友達が全員魔物に襲われて亡くなってしまったことも、どこか他人事のような、おぼろげな記憶でしか無かった。
周囲の大人は口には出さなかったものの、子ども一人残された私を憐れみ、同情していたのかも知れない。けれど幼い私はそんな人たちの気遣いなど知る由もなく、ただ私に優しくしてくれる大人たちに囲まれて過ごすのを当たり前に感じていた。
でも、大きくなって時折ふと思う。私なんかが生き残ってよかったのか、と。
違和感を覚え後ろを振り向くと、顔もろくに覚えていない幼馴染たちが、まるで私たちを置いてかないでと訴えているかのようにじっと見ているように見える。
偽善にも似た気持ちに突き動かされ、私はその子たちに向かって手を伸ばす。手を取って、そしてまた皆であのコスモス畑に行って遊ぶんだ。
――ミオ!! 聞こえるか!?
――ミオちん!! 目を覚まして!! お願い!!
――頼む、生き返ってくれ、ミオ!!
私はハッと我に返る。この声、どこかで聞いたことがあるような……。懐かしくて、温かい。聞いていて心が落ち着くような、安心感。
――ああ、そうだ。私には、待っててくれる人たちがいる。その人たちのところに、戻らなきゃ。
『行っちゃうの? 僕たちと一緒に遊ばないの?』
『ねえ、かくれんぼしようよ!』
――ごめんね。もう行かなきゃ。
私は目の前にいる、かつて友達だった子たちに別れを告げると、くるりと背を向けた。
その先に待っているのは、優しくて温かな、淡い光。この光の向こうに、私を待ってくれている人たちがいる。
――待ってて、今、そっちに向かうから――。
ゆっくりと、瞼を開く。ずっと闇の中にいたからか、やけに視界が眩しく感じる。
それに、今まで重力を感じなかったからか、自分の身体がこんなに重みを感じるなんて思わなかった。手を動かそうとしても、ピクリとも動いてくれない。
しばらくして、ようやく視界が開けた。どこかで見たことがある天井。ほのかに香るおしろいと香水の匂い。確か、この部屋は――。
「ミオ!!」
どきん、と大げさなくらい心臓が跳ね上がった。今一番聞きたかった声。その声の方に視線を巡らすと、今一番会いたかった人がそこに立っていた。
「ユウ……リ……」
「よかった……!!」
彼は目覚めた私を見るなり目を潤ませた。ああ、ここに戻ってこれてよかった。私の大好きな人が、私のために泣いてくれているんだもの。
「ミオちん!! よかったよお!! 生き返ってくれて!!」
彼の隣で涙を流して喜んでいるのは、シーラだ。彼女にも心配をかけてしまったようだ。私は精一杯力を振り絞り、シーラの手を取った。
「あり……がと……、シーラ……」
一体どれだけの時間が経っていたのだろう。口の中はカラカラで、声を出すのもやっとだ。
「ホント無事でよかったぜ! もう少しでお前の肉体が駄目になるところだったらしいからな!」
二人とは反対側に立って私を見下ろしているのは、ナギだ。肉体が駄目になるところだったって、どういうこと? あと少し遅かったら、私死んでたってこと?
どういう状況だったのか色々と聞きたいが、今は視線を巡らすだけでも一苦労だ。そしてナギの隣には、なぜかアルヴィスの姿もあった。
「ホント危なかったワ〜。なにしろ常夏のアッサラームで何日間もミオを冷凍保存させなきゃならなかったんですもの。キメラの翼で雪国に行って氷を削り取ってきたり、知り合いの魔法使いに頼んで氷の呪文かけてもらったりで、大変だったんだから」
う、私が今までどんな状態だったのか凄く気になる……! ていうかそんな大変なことになってたの!?
「取り敢えず、今は一刻も早くミオちんを回復させるのが先だよ! さ、男子どもは行った行った!」
そう言うとシーラは、ユウリとナギを別の部屋へ追いやると、アルヴィスとともに部屋の扉を閉めた。
「まずは着替えね。入浴は体力使うから、まずは食事で体力をつけないと。今白湯を用意するわね」
「おっけー! じゃあその間にあたしはミオちんを着替えさせるよ。ミオちん、動ける?」
返事の代わりに小さく頷くと、シーラは早速腕まくりをした。
そんなこんなで私はシーラとアルヴィスによる献身的な介護を受け、三日後には歩けるほどに回復したのだった。
「でもホントによかったワ。ミオがもし目を覚まさなかったら、あの子たちきっと闇落ちしてたと思うもの」
「やみおち……?」
よくわからない単語を反芻しながら、私はアルヴィスと並んで商店街を歩いていた。
すっかり回復した私は、せめてもの恩返しとアルヴィスのお手伝いを申し出たのだ。その道すがら、突然アルヴィスが安堵しながらそう言ったのだ。
「皆のお陰で私はここに戻ってくることができたんだよ。アルヴィスも、あのときは本当にありがとう」
「もう!! ミオったら、そのセリフ百回くらいは聞いたわよ! 大切な仲間のミオを助けるのは当然よ。それはアタシも含めて皆も思ってるはずだわ」
「うん……。でも、百回言っても言い足りないくらい、皆には感謝してる」
「ふふ、そんなあなただから、皆もアナタを必死で助けたんでしょうね。もちろんアタシもだけど。特にユウリくんなんか、あなたが目を覚ました途端号泣してたもの」
号泣と言うのは多少語弊があるが、泣いていたのは本当だ。普段感情をあまり出さないユウリが皆の前で涙を零すなんて、初めてのことなんじゃないだろうか。
「それだけミオを大切に想ってるのよ。よかったわね、ミオ」
「え、あ、うん。仲間としてね!」
ルークと別れる時、ユウリは私のことを大事な仲間だと言ってくれた。だからあの時の涙は、信頼する仲間に対しての感情表現だったのだ。足手まといだった私に対してそんな風に想って泣いてくれるなんて、かつてのユウリからは考えられないことだった。
その後、私は改めてアルヴィスとの買い物を楽しんだ。たくさんの店を回ったからか、気づいたらもう夕方になっていた。
「あまり長くミオを連れ回すと、誰かさんが機嫌損ねるからね。そろそろ帰りましょうか」
誰かさんが誰なのか、アルヴィスは結局教えてくれなかったが、帰り道も他愛のない話で私たちは盛り上がった。空には赤い夕日が町に差し込まれ、まもなく一日の終わりを告げる。
やがてアルヴィスの家に戻ると、ユウリが不機嫌な顔で玄関の前に立っていた。
「遅い。ずいぶん時間がかかったな」
「あー、はいはい、ゴメンナサイね。アタシはこれからご飯を作るから、ミオはあなたに返すワ」
ずい、と私をユウリに差し出すと、アルヴィスはそのまま台所へと向かってしまった。
すると、部屋の奥から賑やかな足音と共に、シーラと彼女に引きずられるままのナギがやって来た。
「おかえりミオちん! あたしたちこれから外出するから、ユウリちゃんのことよろしくね!」
すれ違いざまにそう言うと、二人はあっという間に外に飛び出していった。
「二人とも、ずいぶん急いで出てったけど、何か大事な用事でもあるのかな?」
「知らん」
二人……というよりシーラが一方的にナギを連れていったように見えたのでユウリに尋ねてみたが、他人事のようにバッサリと言い捨てた。
「それより、今から出かけるぞ」
「へ?」
何のことかわからず間抜けな返事で返すと、ユウリは私の腕を掴んだ。
「今夜はこの町で花火が上がるらしい」
「花火?」
そんなこと、アルヴィスやシーラは一言も言ってなかったけれど。
ユウリはポカンとする私の手を引きながら玄関を出た。
「な、なんで急に花火なんか……」
「お前は花火を見たことがあるのか?」
「いや、ないけど……」
「田舎者のお前が見たことあるわけがないもんな。早く行くぞ。会場はこの道の先だ」
なんとなくバカにされたようにも感じたが、いつになく強引なユウリに誘われて悪い気はしない。それに彼はいつも身につけている武器や鎧も今は装備しておらず、町の人達と同じラフな格好だ。本当に花火だけを見に行くつもりなのだろう。
こんなことなら私もおしゃれをすればよかった、と心の中で後悔しながらも、私は彼の提案に素直に従うことにしたのだった。
アルヴィスの家を出て、アッサラームの劇場からほど近い広場の前までやってくると、なにやら人だかりができていた。
「何の集まりだろう?」
私が目を留めたからか、先を急ぐ様子のユウリの足が、少し遅れてから止まった。
それに甘えるように、私は立ち止まってくれるユウリを背にして人だかりの隙間から顔を覗かせる。群衆の中心には巨大な箱があり、箱の両脇には十数本ほどの赤い紐が出ている。その箱を取り囲むように数人の若い男女が立っていて、男女がそれぞれ一本ずつその紐の端を持っていた。箱の中身が何なのかは、傍目から見たら全く分からない。
私たちはその光景が理解できず、しばらく立ち尽くしていた。すると、突然脇から満面の笑みを浮かべる若い男性が私たちの前に現れた。
「おや、参加者ですか? 若い方たちの参加者は大歓迎ですよ!! ささ、こちらへどうぞ!!」
そう言うなり男性は私の手を取り、半ば強引に人混みの近くへと連れて行こうとした。
「い、いや違います! 私たち参加する訳じゃ……」
何とか踏みとどまろうとする私の前に、ユウリが立ちはだかる。
「いい加減手を離せ、この変態男」
「いたたたたたたた!!」
ユウリはすぐさま男性の背後を取ると腕を掴み、そのまま明後日の方向に捻り上げた。男性は涙目になりながら絶叫を上げ、その場にへなへなと崩れ落ちる。
「いつまでもこんなところにいても時間の無駄だ。行くぞ」
「まっ、待ってください!! せっかくここまでいらっしゃったんだ。一度やってみてくださいよ!!」
そう言って男性は、近くにある看板を指さした。看板には、『カップル限定・赤い糸で結ばれろゲーム』と書いてある。
「カップル限定?」
「おい待て、俺たちはそういう関係じゃないぞ」
「まあ、そう書いてますけどね、別にそうでなきゃいけないわけではないですから。なんならこの機会に告白なさっても構わないですよ」
そう言って朗らかに笑う男性の肩を、眉を吊り上げたユウリが力強く掴む。
「この会場を火の海にしたいのか?」
「ぴっ!!??」
勇者のただならぬ殺気に気圧されたのか、男性は一言奇声を発すると、途端におとなしくなった。
「ととと、とにかく一度ご参加ください!! 今回は特別に無料で構いません!!」
無料、という単語にすぐさま殺気を霧散させるユウリ。その間私はと言えば、箱の前に立つ男女たちの様子を横目で眺めていた。
どうやら二人一組で箱を囲うように向かい合わせになり、箱の両側から出ている赤い紐の端をそれぞれ持ったあと、もう一人の男性スタッフらしき人の合図とともにお互い紐を引っ張る。その紐が相手とつながっていれば成功となり、別の人だったら失敗、という流れのようだ。
「ねえ、面白そうだし、試しにやってみない?」
興味を持った私の一声に、男性の目が再び輝き出し、ここぞとばかりにまくし立てる。
「同じ紐を引っ張ることが出来たら、その糸に括りつけられている豪華景品をあなたたちにプレゼントします! 逆に違うペアの方と引っ張ったり、相手がいなかった場合は残念ながら景品はなしとなります」
無料なうえに、お互い同じ紐だったら景品までもらえる。男性の熱弁に気圧されたのか、さすがのユウリもこれ以上文句は言わなかった。
いつの間にか、前の番の参加者はすでに終わっていた。五、六組はいたようだが、景品をもらえた人は一組もいなかったようだ。
人が捌け、次は私たちの番だ。他にも何組かおり、皆カップルなのかお互い腰に手を回したり、腕を組んだりと、人目も憚らずスキンシップを取っている。
なんとなくいたたまれない気分になった私は、さっさと終わらせようと手近にあった赤い紐の前に立った。それを見たユウリも反対側に回り、どこでもいいと言わんばかりに適当な位置に立った。
「皆様、ありがとうございます! では、合図とともに、一斉に引っ張ってください。行きますよ!! せーの!!」
ぐいっ。
何かが引っ張られる感触があった。男性はすぐさま、箱のふたを開ける。
「おお!! なんと、大当たり!!」
男性の言うとおり、私とユウリが手にした紐は、同じ紐でつながれていた。紐の中央には小さめの袋が括り付けられており、引っ張られた衝撃で袋はゆらゆらと揺れている。
「お二人とも、気が合いますね〜! なかなか当たらないんですよ? これ」
そう言うと男性は、袋に括りつけてある糸を手際よくほどき、ユウリに渡した。ユウリもまさか当たるとは思ってなかったらしく、戸惑いを隠せないでいる。
「では、これはあなたたちに差し上げます。お二人の仲がさらに良くなるといいですねえ」
そう言うと男性は、ニコニコしながら会釈をした。だが、ユウリが再び殺気を放ち始めたのを見た瞬間彼の表情が一変し、逃げるように私たちから離れていった。
他のカップルたちは景品がもらえなかったからか、早々にいなくなっていた。辺りは一時静まり返り、またしばらくして別のカップル達が箱の前に集まってきたので、私たちは邪魔にならないようにそそくさと退散した。
「良かったね。景品がもらえて」
イベントのあった場所から少し離れたところに移動したあと、私はユウリが手に持っている景品を見ながら言った。その反応が物欲しそうに見えたのか、ユウリは無言で景品の入った袋を私に差し出した。
「え? もしかして私にくれるの?」
驚いて私が尋ねると、ユウリは小さく頷いた。
「ありがとう! えっと、開けていい?」
「ああ」
彼も中身が気になっていたのか、すぐに首肯した。
近くにある飾り用のカンテラのそばで、私は 逸る気持ちを抑えながら、袋から中身を取り出した。入っていたのは、金色に光るネックレスだった。
私はそれを広げて改めて見てみる。女性用かと思ったが、どちらかと言えば男性が身に付けた方が似合うデザインに見えた。
「これ、私よりユウリがつけたほうが似合うんじゃない?」
そう言って、ネックレスをユウリの胸元まで持ってきて合わせてみた。濃い青色の旅装束に金のネックレスは、意外にも映えた。
「せっかくだから、ユウリにつけてあげるよ」
そう言って私はユウリの首の後ろに手を回し、金具を留めようとした。けれど暗いのと手元が見えないのとで、なかなかうまく行かない。身を乗り出すが、それでもつけることが出来なくて、焦ってしまう。すると、あまりの不器用さにたまりかねたのか、ユウリが私の腕をつかんで制止した。
「ほんとにお前は間抜けだな。正面で金具を留めてから後ろに回せばいいだろ」
「あ、そっか」
こんなことにも気づかないなんて、ユウリに言われなくても相当間抜けじゃないか、私。
「あとその……、つけられないからって近づきすぎだ」
「!!」
指摘され、初めて自分が思った以上にユウリと密着していることに気がついた。私は慌ててユウリから距離を取る。
「ごっ、ごめん!!」
「……いいから、早く行くぞ。もうすぐ花火が打ち上がる時間だ」
ああもう、本当に私はポンコツだ。結局ネックレスはユウリが自分でつけてたし、むしろユウリに迷惑をかけてるし……。自分が情けなさすぎて、このあと起きる一大イベントにもいまいち気が乗らず、落ち込みながら花火会場へと向かったのだった。