広場から離れたあと、私たちはようやく花火会場にやってきた。そこは町の中心から少し離れた空き地で、小高い丘になっている。普段は地元の子どもたちがかけっこをして遊ぶような、広々とした場所だった。
ユウリによれば、あと数分もしないうちに始まるのだという。だからなのか、あまり人けのなさそうな場所の割には、多くの見物客で賑わっていた。
「沢山人がいるけど、この町に花火大会かあるなんて意外だね」
「暑い日や定期的に行われる祭りのときに、よく花火を打ち上げてるらしい」
その意外な知識に、目を丸くした私は思わずユウリに尋ねる。
「随分アッサラームに詳しいね?」
「シーラに教えてもらった」
ああ、そっか。前にここに住んでたシーラなら、この町のことはよく知っているはずだ。
……だけど、それとは別になんだかモヤモヤした気持ちが生まれてくる。私が知らない間にユウリとシーラがそういう会話をしていたことに、なんだか胸が少し痛んだ。今までは何も感じなかったのに、些細なことで嫉妬している自分が嫌だ。
今、私はどんな顔をしているだろう。二人で話をしている姿を想像して勝手に嫉妬している自分は、なんて醜いんだ。そんな醜い心が、顔にも出てしまってるかもしれない。そう落ち込んでいたら――。
「花火大会があるって聞いて、すぐにお前の顔が浮かんだ」
「え?」
思わず顔を上げると、彼は少し照れくさそうに答えた。
「お前と一緒に花火を見たかった」
――それって、どういう意味? なんで私と一緒に?
尋ねようとしたけれど、急に胸の鼓動が激しくなって、なかなか声に出すことが出来ない。やっとのことで絞り出した声は、空全体に放った眩い光によって中断された。
「始まったぞ」
その声に、私は夜空を見上げる。色とりどりの光が打ち上げられ、大輪の花が夜空に描かれた。
「うわあ……」
つい無意識に声に出して呟いてしまう。人生で初めて見た花火は、今まで見たどんな花よりも華やかに見えた。
そのあとに、ドォン!! と大きな破裂音のような音が聞こえ、それが先ほど打ち上がった花火によるものだということに気づく。
「すごい綺麗……」
「ああ、そうだな」
私の素直な感想に、ユウリが隣で答えてくれる。つい嬉しくなって、声の主の方に顔を向けると、何故か彼は花火ではなく、こちらをずっと見つめていた。
――いつからこっち見てたの!?
いつもの仏頂面ではなく、優しい眼差しを向けるユウリに、私は思わず顔を背けた。さっきの言葉は本当に花火に向けて言っていたのか、自意識過剰とは思いつつも胸の中に戸惑いが広がる。
「あ、ええと、ユウリは花火は見たことあるの?」
気持ちを紛らわそうと、私は急に話題を振った。
「ああ。アリアハンでも、たまに記念式典の時に城の近くで上げてたな」
「そ、そうなんだ……」
だめだ、こういうときに限って会話が続かない。
変に意識してしまっているからか、今の私は空回り状態だ。いつになく顔が熱いのも、花火を見て興奮しているだけじゃないのは自覚している。
そんな私の胸中とは裏腹に、夜空には色彩豊かな大輪の花が、次から次へと映し出されては消えていく。その美しさと儚さに、私はいつの間にか感嘆の息を吐いていた。
こんな風にユウリと二人で花火を見られるのも、皆が私のために世界樹の葉を取ってきてくれたおかげだ。さまざまな美しい花火を見る度に、この世界に戻ることができてよかったという喜びを感じられる。
いつの間にか花火に見入っているユウリに向けて、私は言った。
「ありがとう、ユウリ」
私が目覚めてから、もう何度この言葉を伝えてきただろう。今私が生きていられるのはあなたのおかげなのだと、気持ちを強く込めて言った。
「……俺は何もしていない。お前の死に狼狽えていたばかりで、結局はあの二人に助けられただけだ」
けれど、いつもの自信に満ち溢れた表情とは違い、ユウリは真逆の顔をして目を伏せた。あの時のお礼を伝えるたびに、彼だけは浮かない顔で返してくる。最初はいつになく謙虚な言葉に戸惑っていたが、責任感の強い彼ならばそう思ってしまっても仕方がないのだろう。だから私は、今度は真っ直ぐに彼を見据えたまま、率直な言葉で彼に伝えた。
「もちろん二人にも助けてもらって感謝してる。でも、それと同じくらい、ユウリは私を助けてくれたよ」
私はユウリの手を取り、両手で優しく握りしめる。普段グローブをしているからか、素手の彼の手のひらがこんなにも温かいことに改めて気づく。
「真っ暗で誰もいない世界にいたとき、一人だった私を励ましてくれたのは、ユウリだった。ユウリと一緒に旅をしてきた今までの思い出が、私を救ってくれたんだよ」
私のこの想いだけは、伝わってほしい。それだけを願い、私はユウリの手を握りしめる両手に力を込める。
その時、ドォン!! とひときわ大きな音が鳴り響き、それきり夜空が光ることはなくなった。どうやらもう花火の打ち上げは終わってしまったようだ。辺りが静まり返ると、周囲にいた観客が一斉にぞろぞろと別の場所へと移動を始めた。
「あ、もう花火、終わったんだね」
ハッと気づいた私は慌ててユウリの手を離す。すると――。
ドンッ。
突然、移動中の観客の一人が私の肩にぶつかって来た。その衝撃で自身の体が倒れそうになり、たたらを踏む。
「うわっ、と……」
思わず私は倒れまいとユウリの体にしがみつく。だがこの体勢はどう見ても抱きついているようにしか見えなかった。
「ごっ、ごめん!!」
私はすぐにユウリから離れるために体を起こそうとした。ところが――。
「!?」
いつの間にかユウリの手が、私の背中に回されていた。そしてそのまま私を抱きしめたではないか。
――??????
突然のことに、頭の中がハテナマークで埋まっていく。恥ずかしさと理解が追いつかないのとで、私はパニックに陥っていた。
そんな私の思いなどよそに、さらにユウリは私を強く抱きしめる。
「俺は……、お前がこの世にいなくなるかもしれないと感じたとき、目の前が真っ暗になった」
縋るように抱くユウリの腕は、かすかに震えていた。
「お前を失うのが怖くて、何も出来なかった。……俺は勇者失格だ」
その悲痛な声は、私の心をひどく揺さぶった。そして、自分が一度死の淵にいたことで、ユウリに辛い思いをさせてしまったことを激しく悔いた。
「ユウリ……」
このまま離れたくないと感じた私は、ユウリを強く抱きしめた。
「っ!?」
「私も……、ユウリがヒックスさんと戦ったときに倒れているユウリを見て、すごく悲しかった。ユウリにもしものことがあったらって思ったら、涙が止まらなくて、何も考えられなかった」
もしこの世界からユウリがいなくなったら、きっと私は私じゃいられなくなる。そんな世界を想像することすら、恐ろしかった。
「今回のことも、皆と離れ離れになって、もう二度と会えないって思ったとき、自分じゃあ何も出来なくて、もう駄目だって諦めようと思ってた。だけど心の何処かで、ユウリたちならきっと私を助けてくれるって信じてたから、待っていられた。そのおかげで、私は皆のもとに戻ることができたんだよ」
もしかしたら私はこの世にいなかったかも知れない。そう考えたらこの温もりも感じられないし、美しい花火も見られなかった。生きてユウリに会いたいと思う気持ちが、私と皆を繋いでくれたのだ。
「だから……、何も出来なかっただなんて、言わないで。今私がここにいるのは、ユウリや皆のおかげなんだよ」
出来ることならこのまま離したくないし、離れて欲しくない。ずっと自分の体と離れていた私の体は、私が思っている以上に人のぬくもりを恋しがっているらしい。それが単なるわがままなのだと理解しつつも、自分から手を離すことはできなかった。
「……ミオ」
名前を呼ばれ、どきりとした私は顔を上げる。何か言われるのではないかと身構えていたが、彼の私を見つめる真摯な表情に思わず見惚れてしまった。星明かりに映し出された彼の瞳は、ほんの少し潤んでいた。
その真っ直ぐな眼差しに、彼に対する気持ちがとめどなく溢れてくる。だけどそれを言葉に表すことができない。それは私が彼に自分の思いを伝えることを恐れているのか、それとも私を見つめる彼に見惚れてしまって声も出ないのか――あるいは両方かもしれない。
その時、私の顎に彼の指が添えられた。動揺する間もなく強制的に顎を持ち上げられ、さらにユウリの顔が近くなり、迫ってくる。
――え、ちょっと待って、これって――。
お互いの唇が触れるまであとほんの僅かというところで、私はふと我に返った。
「ダメ――――っ!!!!」
叫ぶと同時に、渾身の力で私はユウリを突き飛ばした。その際、ユウリの首にかかっていたネックレスが宙を舞い、近くの草むらに落ちた。
一方ユウリはと言うと、私に突き飛ばされた後、受け身も取らずすぐ側の地面に仰向けに倒れていた。
それに気づいた私は慌てて倒れたユウリの側に駆け寄る。しばらくして、ユウリはぱちりと目を開けた。
「ごっ、ごめん!! 大丈夫!?」
「……」
「あ、あの、でも、こう言うのって、恋人同士でやるものだと思って……」
なんて言い訳がましく言ってはいるが、ただ単に恥ずかしくて耐えられなかっただけだ。でもまさか、ユウリがこんなことをするなんて思わなくて、それを素直に受け入れていいのか、考えるより先に手が出てしまった。
「俺は一体……」
目覚めたユウリは起き上がり、私を一瞥した。そして何かに気づいたかと思えばさっと青い顔になり、突然その場に座り込むと、私に向かって土下座をしたではないか。
「!?」
「……お前を怖がらせてすまなかった!!」
「い、いや……怖いってよりは、びっくりしたっていうか……」
それよりも今私に土下座していることの方がびっくりなんだけれど。
そしてユウリは俯きながら、こう言い続ける。
「言い訳にしか聞こえないかもしれないが、さっきまで自分が自分じゃないように感じたんだ。本当にすまない!!」
「自分じゃない感じ?」
どういうことだろう、と思い返そうとするが、あまりにも恥ずかしすぎて脳内再生ができない。
「……」
「……」
私とユウリ、お互いこれ以上言葉が続かず黙り込んでいると、聞き覚えのある声が私たちを呼んでいることに気づいた。
「おーい、ユウリちゃーん!! ミオちーん!!」
やってきたのはシーラとナギ、それにアルヴィスだ。このタイミングで来てくれて本当に助かった。
「ん? なんでユウリちゃん土下座してんの?」
シーラの言葉にハッとなったユウリは、動揺を隠しながらもすっくと立ち上がった。
「何だよミオ、この陰険勇者に土下座させるなんてなかなかやるなあ! どうやったのか今度オレに教えてくれよ!」
「……きっと一生無理だと思う」
やめて、恥ずかしくて死にそうだからこれ以上思い出させないで。
「えっと、三人も花火見てたの?」
恥ずかしさを紛らわせるため、私は強引に話を切り替えた。
「うん、途中からだけどね〜♪ あたしとナギちんはさっきまで『ダブルアップチャンスゲーム』やってたんだ?」
「何それ? それもイベント?」
「ああ。こいつの得意なゲームだよ」
横で呆れた口調で話すナギに、どういうゲームなのか何となく察した私は苦笑する。
「お祭りにそのイベントがあるって聞いてから、こいつずっと楽しみにしてたんだぜ。まあ、おかげでかなりがっぽり稼いでくれたけど」
二人が出かけるときあんなに急いでたのは、そのゲームをやりたかったからだったんだ。
私が一人心の中で納得していると、横からアルヴィスが割って入った。
「ちょうどお夕飯が出来たから、二人を迎えに来たのヨ☆ ……あら? どうしたの、二人とも」
「え!?」
私とユウリの顔を覗き込むように尋ねるアルヴィスの言葉に、どきんと心臓が跳ねる。
「何か……、二人の間にただならぬ雰囲気が漂ってるっていうか……」
「なっ、なんでもない!! なんでもないよ!!」
慌てて否定するが、後ろからユウリに「逆効果だ、間抜け女」と小声で窘められる。
「あれ? 何か落ちてるよー?」
すると、茂みの近くにいたシーラが何かに気づいたのか、しゃがみこんでそれを拾い上げた。
それはさっきユウリを突き飛ばしたときに吹っ飛んだネックレスだった。私はすぐに彼女に駆け寄り、手のひらを覗き込む。
「これ、ミオちんのなの? 暗くてよく見えないけど、このアクセサリーって男性用じゃない?」
「あ、これはその……」
私がしどろもどろになっていると、アルヴィスもやってきてシーラが持つネックレスを眺めた。
「あら、これ、『金のネックレス』じゃない。どうしたのこれ?」
「ええと、イベントの景品としてもらったの。私には似合わなそうだったから、ユウリが身に着けてたんだけど……」
ユウリにキスされそうになって、私が彼を突き飛ばした時に取れました、とは言えなかった。
「……ふんふん、なるほど。それで、ユウリくんに襲われそうになって、そのときにネックレスが吹っ飛んだのかしら?」
「へっ!?」
「なっ!?」
私とユウリが同時に驚くと、アルヴィスは納得したとばかりに頷いた。
「ふふ。図星のようね。このアイテムはネ、装備するとむっつり……いえ、異性がより魅力的に見える効果があるの」
「みりょく……?」
「は!? なんだそのアイテムは」
アルヴィスの説明に、唖然とする私とユウリ。そこにシーラが割り込む。
「つまり、ミオちんに対して、ものすご~くドキドキしちゃうって感じかな♪ アッサラームだと、夜のお店によく並んでるんだよね~。まさかイベントの景品だとは思わなかったけれど」
「ふふ。アタシも若い頃、アナタのお父さんにつけようとしたことがあったわ。途中で見抜かれちゃったけど★」
「やだ〜、アルったら、だいた〜ん!」
と、昔話に花を咲かせるアルヴィスに、笑って相槌を打つシーラ。
『で、どこまで行ったわけ?』
満面の笑みを浮かべる二人の声が綺麗にハモり、私とユウリの前で目を輝かせながら迫ってくる。
「ど、どこまでって?」
意味不明なことを言われ、私は逆に二人に尋ねるが、突然ユウリがつかつかと前に出て、シーラから金のネックレスを奪い取った。
「……要するに、そもそもの元凶はこいつってことか!」
そう言うなり、持っていたネックレスを明後日の方へ向かって放り投げたではないか。
「ユウリ!?」
「こいつのせいで俺は振り回されたんだ!!」
ユウリはネックレスが飛んでいった空に向かって叫んでいた。
「あらら、もったいな〜い」
「いいの? ユウリちゃん。時には道具の力を借りるのも大事だよ?」
「うるさい!! 勝手なことをほざくな!!」
三人のやりとりに、ナギはさっぱり分からない様子で私に言った。
「なあ、あいつらさっきから、何の話をしてるんだ?」
「さあ……」
その問いに、同じく意味が理解できない私は曖昧に答えるしか無かった。
けれど、今までのやりとりがユウリの意思ではなくネックレスのせいだったことに、なんだか少し寂しい気持ちになった。
少しでも私のことをそういう風に見てくれているのでは、と期待した自分が恥ずかしい。死の淵にいたときに自分の想いを打ち明けようとした決意が、今になってガラガラと崩れていく。
この想いは永遠に胸に秘めておこう。私はそう新たに決意したのだった。
元々この話は話の変更やらなんやらでお蔵入りする予定でしたが、入れるならここしかないと思い追加しました。これ以上の恋愛展開は作者が耐えられなかったので強制終了です。