私が目覚めてから約一月後。準備を整えた私たちは、シルバーオーブを手に入れるべく、再びネクロゴンドにやって来た。
ガイアの剣のお陰で、今まではなかった洞窟までの道が、噴火の際に流れた溶岩によって新しく現れた。なるべく洞窟に近い場所に船を接岸させ、そこから徒歩で洞窟へと向かった。
「それにしても、ずいぶん殺伐としたところネェ★ しかもとっても暑いし。こんなむさ苦しい鎧なんて着てなければ、こんなに不快にはならなかったんだけど」
そうぼやくのは、鎧姿が似合いすぎるほど似合うアルヴィスである。シルバーオーブを手に入れるために、今回私たちとともにネクロゴンドの洞窟へ向かうことになった。最初は困惑した私たちだったが、アルヴィスのたっての希望で、半ば強引ではあるがついてきてくれたのだ。
「アル、ホントに大丈夫? 嫌なら無理についてこなくていいんだよ?」
目深に被っていた金属製の兜を鬱陶しそうに上げるアルヴィスに、隣を歩いていたシーラが尋ねる。
「バカねえ、シーラ。ホントに嫌ならここまで来てないワヨ。アタシがアナタたちについていく理由は、推したちの今後の展開……じゃなかった、魔王軍の四天王に挑むアナタたちの手助けをしたいと思ったからよ★ だからアタシの愚痴なんて気にしないで」
「う〜ん……。手助けしてくれるのはうれしいけど、ホントに無理しないでね? アルに何かあったらあたし、生きていけないから!」
「大丈夫よっ♪ これでも一応巷では『狂戦士』とか、『戦神』とか言われてたんだから! アナタたちの邪魔になることはないと思うワ★」
アルヴィスの頼もしい言葉に、ようやくシーラの顔に不安の色が消えた。シーラにとってアルヴィスは家族のような存在だ。心配になるのも当然だろう。
「でもよ、いくら昔オルテガと一緒に旅をしてたって言っても、もう何年も前なんだろ? 今から倒しに行くのは魔王軍の四天王だぜ? 大丈夫なのか?」
そんなナギの疑問にいち早く答えたのは、意外にもユウリだった。
「アルヴィスは俺より強い。それこそ四天王と渡り合えるほどにな」
「えっ!?」
きっぱりと言い切るユウリに、ナギの足がピタリと止まる。するとユウリの背中を、いつの間にかそばに来ていたアルヴィスが照れくさそうにバシバシと叩いた。
「やぁだあ〜! ユウリくん! そんなに買いかぶらないでよ〜★ アナタたちだってアタシと初めて会った日から随分レベル上げたんでしょ? 流石に今のアナタ達には及ばないワ★」
「……」
「そんなことより今は先に進もうよ! 早くオーブを手に入れて、町に戻って酒場に行かないと!」
「気が早えよシーラ!! ……まあ、そうだな。ユウリがそこまで言うってんなら、あんたの強さを信用するぜ。よろしくな、アルヴィス」
「ええ。こちらこそ、アナタたちのお役に立てるように尽力するわ♪」
納得したナギが手を差し出すと、アルヴィスはにっこりと優しく微笑みながら手を握り返した。
先ほどのユウリの沈黙が何を意味をするのか、その時の私には知る由もなかったが、その意味はすぐに判明することになる。
その後私たちはしばらくの間歩き続け、ようやく因縁の場所へと到着した。
「……やはり、魔物の気配を感じるな」
洞窟の入り口に差し掛かったところで、ユウリが呟く。
「あれだけ倒したのに、また出てきてんのかよ?」
「あれから一月も経ってるんだ。向こうもただ黙って待ってる程甘くはないだろ」
とはいえ、最初に来た時よりは魔物の数は少ない。ナギの忍び足を使いながら、私たちは慎重に洞窟の中へと入っていった。
前回の経験を踏まえ、水や携帯食料は多めに用意したし、事前に洞窟内の地図も紙に起こしどのルートが一番早いかを記憶した。魔物が現れるポイントも覚えていたが、それはあまり役に立たなかった。いや、覚える必要がなかった、と言ったほうが正しいのかもしれない。なぜなら――。
「だりゃあああああっっっ!!」
ドゴッッッ!!
「せいやああああっっっっ!!」
ドガァッッッッ!!
『ギィギャアアアアッッッ!!』
洞窟内に絶え間なく響く掛け声と衝撃音。そして次々と生まれる魔物たちの断末魔。一人の戦士が築き上げるには多すぎる屍の山に、唖然とする私たち。それを作ったのは、他でもない『狂戦士』アルヴィスであった。
さっきまでの親しみやすい雰囲気とは打って変わり、屠った魔物の返り血がついたウォーハンマーを無造作に振り払う。その姿は確かに『戦神』そのものであった。
「……おいおい誰だよ、大丈夫なのかって心配してた奴は」
「お前だろバカザル」
「アルの昔の話は聞いてたけど、想像以上だね……」
辺りに魔物の気配はない。言うまでもなく、アルヴィスがほとんどの魔物を倒したのだ。ダンジョンらしからぬ静寂に、ある意味別の恐怖すら覚えた。
「ユウリは、アルヴィスがあれだけ強いって知ってたの?」
ユウリのさっきの発言が気になっていた私は、隣にいた本人に尋ねた。
「ああ。エジンベアであの戦い方を見たときから、あいつだけは敵に回したくないと思っていた」
エジンベアでのコンテスト中に魔物が襲撃した際、先陣を切って戦ってくれたのはユウリとアルヴィスだった。そのときユウリが自分一人ではエジンベアを守れなかったと言っていた気がしたが、今の言葉でなんとなく理由がわかった気がした。
「ふぅ。あらかた片付いたわネ★」
「すごーい!! 超カッコよかったよ、アル!!」
最後の一匹にとどめを刺し、一息ついたアルヴィスに駆け寄るシーラ。殺気を消したアルヴィスの表情は普段と変わらず穏やかだ。
「これでしばらくは魔物に襲われる心配はないから、安心して★」
「わーい!! さっすがアル、ありがとう!」
アルヴィスの言うとおり、この先も魔物に遭遇することはなく、拍子抜けするくらい順調に先に進むことができた。
「なんか順調に進みすぎて逆に怖いんだけど……」
魔物がいないことに逆に不安を覚えた私は思わず呟く。先の見えない洞窟だからだろうか、余計な心配ばかりが頭をもたげる。そんな私の不安な声が聞こえたのか、先頭を歩くユウリが肩越しに振り向く。
「そのくらいの危機管理があれば十分だ。そろそろ戦闘の態勢を整えたほうがいい」
「え?」
「この先を少し進んだら、以前四天王に遭遇した場所に着く」
「あ……!!」
私を死に追いやった魔王軍の四天王。確かホロゴーストとか言ってたっけ。あの時、私たちの前にやって来た人間にも失敗作ではあるが同じような呪いをかけたと言っていた。冷静になった今なら分かる。私たちより前にここにやってきた人間、それはサイモンさん達のことだ。そして失敗作だという呪文を以前にかけられた人間、それはきっと――。
「――!!」
その時、全員の足がピタリと止まる。針のように鋭い殺気がこちらに向けられるのを感じたからだ。そして思い出す。一月前に向けられたものと同じものだと。
『ずいぶん騒がしいと思ったら、懲りずにまた来たのか』
今までなかったはずの空間が歪み、ゆっくりと魔物の形を成していく。現れる金色の二つの光。前回、それがその魔物の目だということに気づいたときには何もかもが遅すぎた。
「今度はこの間のようには行かない。四天王であるお前を倒して、シルバーオーブを手に入れる!」
ホロゴーストを前に、稲妻の剣を構えるユウリ。お互いに放つ殺気は、今にもぶつかり合いそうに膨れ上がっている。
「なるほど★ アナタがウチのコたちにちょっかいを出してきたイケナイコね♪ せっかくだからたっぷりお仕置きさせてもらうワヨ★」
そんな一触即発の雰囲気の中、アルヴィスが一歩前に出ていつもの調子で魔物に話しかけた。
『……雑魚を増やしたところで、結果は変わらぬ。おとなしく我が死の呪文の餌食になるがいい!!』
そう言い放つやいなや、魔王軍の四天王であるホロゴーストは、金色の目を眩く光らせた。まさか、またあの呪文を――!?
「「マホトーン!!」」
『!?』
ユウリとシーラの声が綺麗にそろったその瞬間、ホロゴーストの周囲に赤い光の輪が現れた。光の輪はホロゴーストを締め付けるようにそのまま収縮し、消えていく。
「皆!! あいつの呪文は封じ込めたよ!!」
二人がかりで唱えた呪文封じの呪文は見事に成功した。これでホロゴーストは死の呪文を使えないはず!
『くっ……。しかし、所詮死期が少々遅くなっただけのこと。出でよ、わが配下ども!!』
影で出来たホロゴーストの腕が振り下ろされるやいなや、周囲の岩陰から次々と鎧をまとった骸骨たちが現れた。
「あれは……、地獄の騎士!!」
「ちょっと待って!! 前回より多くない!?」
前は三体だけだったのが、今回は少なくとも十体以上はいる。ただでさえ前回は六本の腕から放たれる剣撃に苦戦させられたのに、この数で一体どう戦えばいいの!?
――その時だった。アルヴィスの気配が一瞬その場に消えたかと思うと、衝撃音とともにシーラのすぐ後ろにいる地獄の騎士の一匹の体が砕け散った。
「アル!?」
「みんな!! ここはアタシに任せて、アナタたちはあの胡散臭い影をやっちゃって!!」
凄まじい速さで魔物の一体を倒したアルヴィスを、他の魔物が放っておくはずもなく、皆一斉にアルヴィスの方を向いた。さらに先ほど体を砕かれた魔物も、元が屍の体だからか、何事もなかったかのようにすぐに起き上がった。
「そんな、無茶だよアルヴィス!! 一人で戦うなんて……」
「ほらほら、ミオ! 余所見してる場合じゃないわヨ!!」
「うわっ!!」
アルヴィスが言葉を放つより先に、私は本能的に横へと跳び退く。その瞬間、ホロゴーストの黒い腕が私が元いた場所の地面をえぐり取った。
「スクルト!!」
シーラの呪文が、この場にいる仲間の体を覆うように防御力強化の膜を張った。
「ミオ!! 一先ず魔物の群れはアルヴィスに任せて、オレたちはホロゴーストを倒すぞ!!」
「わ、わかった!!」
檄を飛ばすナギに、私は反射的に頷く。そうだ、今は目の前にいるホロゴーストを倒さなければ。ここはアルヴィスを信じて戦うしかない。
「メラミ!!」
シーラの呪文がホロゴーストの体を灼く。しかしあまり効いてはいないのか、それとも影だから痛覚がもともとないのか、ホロゴーストは呪文をまともに受けたにも関わらず、平然とシーラに向かって腕を振り上げてきた。
「きゃあああっ!!」
「ライデイン!!」
シーラを庇うように、すぐさま横からユウリの雷撃呪文が放たれる。だが、雷撃がホロゴーストに当たる寸前、ホロゴーストの体が掻き消えた。
「なっ……」
ガッ!!
動揺するユウリの声が途切れると同時に、彼の体がくの字に曲がる。そしてその体勢のまま吹っ飛ばされた。受け身を取りながら体勢を整えてすぐに起き上がるが、ダメージを受けたのか下腹部を手で押さえている。
「大丈夫!? ユウリちゃん!!」
シーラが近づいて回復呪文をかけようとするが、それより先にユウリが呪文を唱えた。
「ホイミ!」
どうやら大した怪我ではないらしい。おそらくさっきシーラが唱えたスクルトのおかげだろう。しかしホッとしたのもつかの間、それきりホロゴーストは姿を現さない。そもそもなぜホロゴーストが消えたと同時に、ユウリは攻撃を受けたのだろうか。
「くそっ、コソコソ隠れてねえで出てきやがれ!!」
痺れを切らしたナギが叫ぶが、反応はない。見えない敵と戦うのがこんなにも厄介だなんて、などと思っていると――。
「きゃああっ!!」
今の叫び声はシーラ……ではなくアルヴィスだ。振り向くと、何体もの地獄の騎士が一斉にアルヴィスに襲いかかっている。
「アルヴィス!!」
アルヴィスも魔物の攻撃を避けてはいるが、やはり数の上では圧倒的に不利なのだろう。
――助けに行かなきゃ!!
アルヴィスの方に向き直り、星降る腕輪の力を引き出そうとした、その時だった。
「あっちはオレが引き受ける! お前らは四天王を!!」
「ナギ!?」
私がアルヴィスの方に向かうより先に、ナギがドラゴンテイルを構えながら駆け出した。だが、そこに黒い影が現れた!
『そうはさせん!!』
姿を現したホロゴーストが、ナギの行く手を阻む。その鋭い爪によって繰り出される攻撃を、ナギは紙一重で躱す。
「イオラ!!」
シーラの手のひらから、まるで導火線のようにホロゴーストに向かって炎が爆ぜる。爆発に巻き込まれた黒い影はダメージを負ったのか、一時的にナギとの間合いから離れた。
「ようやくお出ましかよ! どっかの勇者様より陰険だな!」
そう軽口を吐きながら、ナギは自ら間合いを詰め、ホロゴーストめがけてドラゴンテイルを振り回す。その素早い攻撃に、誰もがナギの攻撃は当たったと思っただろう。しかし、ホロゴーストは鎖に当たる寸前、先程のライデインによる攻撃と同じように、自身の姿を消したではないか。
さらに――。
ザシュッ!!
「きゃあっ!!」
身を守りきれなかったシーラの両腕に、幾筋もの赤い傷が生まれ、鮮血が滲む。彼女が自身に回復呪文を唱える前に、いつの間にか現れたホロゴーストが立ち塞がる。
「シーラ!!」
急いでシーラのもとに向かわなければ! 私は星降る腕輪の力を最大限に引き出した。
だが、それより早くホロゴーストの黒く鋭い爪がシーラを襲う。
――間に合わない!!
ギィン!!
間一髪、シーラの元へと駆けつけたユウリの刃が黒刃を受け止める。
「ユウリちゃん!!」
「ユウリ!!」
「ナギ!! ここはいいから、お前はアルヴィスのところに行け!!」
「……やられるなよ!」
ナギはユウリに一言言い残すと、くるりと背を向けアルヴィスの方へと加勢をしに行った。
一方、ユウリとホロゴーストは依然鍔迫り合いを続けていた。その間にシーラは、自身に回復呪文をかけている。
しばしの押し合いの後、ユウリはホロゴーストを押し返したが、すぐにホロゴーストは間合いを詰めてきた。即座に反応したユウリは、素早く剣を片手に持ち替え、空いている手を前に突き出した。
「ベギラマ!!」
矢継ぎ早に放たれるユウリの呪文により、瞬く間に炎に包まれるホロゴースト。だが、影に痛覚はないのか、ホロゴーストは全く怯まずになおもユウリに襲いかかる。
ドゴッ!!
「ぐっ!!」
炎を纏ったまま、ホロゴーストはユウリに頭から体当たりを仕掛けた。呪文による炎は幸いユウリの身につけている魔法の鎧でほぼダメージは受けないはずだが、ホロゴーストの物理攻撃をまともに食らい、ユウリはたたらを踏む。
その隙に、私は星降る腕輪の力を使うと、ホロゴーストの背後目掛けて回し蹴りを放った。
「はあっ!!」
だが次の瞬間、ホロゴーストの姿がパッと消えた。
「!?」
思わず私の正面にいたユウリの目が合った。本来なら二人の間にホロゴーストがいたはず。奴は一体どこに――!?
「かはっ!!」
突如、背中に鋭い痛みが走る。後ろを振り向く余裕もないが、気配で分かった。
――いつの間に後ろに!?
私の後ろに現れたホロゴーストの爪が、私の背中を斬り裂いていた。