翌朝、ガイアさんの作ったベッドで快適な睡眠を得たあと、再びガイアさんの用意した自然あふれる豪華な朝食を頂いた。
こんなに夢心地な一時は、そうそうないだろう。この幸せをいつまでもかみしめたい気持ちも少なからずあったが、ようやく6つ揃ったオーブを、一刻も早くレイアムランドの祭壇に捧げなければならない。一行は、後ろ髪を引かれる思いで祠をあとにした。
「なんか久しぶりにふかふかのベッドで寝られて、幸せだったなあ」
雲に覆われた空を見上げながら、私はうっとりと今朝起きた時のことを思い起こしていた。
「わかるぜ。毎日あんなベッドで寝られたら、きっと人生変わっちまうぜ……」
「寝相悪すぎてベッドから落ちてたナギちんが言っても、説得力ないけどぉ?」
横目でシーラが呆れたように言う。事実なのでフォローのしようもなかった。
なんて話をしながら歩いていると、前を歩いていたアルヴィスが急に立ち止まった。
「ん? どうしたの、アルヴィス」
「ねえ、皆。あれを見て」
視線の先には湖があった。昨夜は暗くてよく見えなかったが、ずいぶんと大きい。そして湖の真ん中には、お城が立っていた。
湖に浮かぶ孤城、と言えば聞こえはいいが、そのお城はここからかなり離れているにも関わらず、禍々しい雰囲気が漂っているのがわかる。
「まさか、あれが……」
「ええ。きっとあれが、魔王バラモスのいる城よ」
『!!』
硬い口調で答えるアルヴィスに、一気に張り詰めた空気に変わる。
「……あれが、俺たちが今から向かう場所……」
ぽつりと呟くユウリの頬に、一筋の汗が流れ落ちる。ユウリだけではない。ここにいる誰もが
いざ魔王の城を目の当たりにして、立ち竦んでいる。これは怖れなのだろうか、気づけば自分の両足がかすかに震えていた。
「……行こう。次にあの城を見るのは、魔王を倒すときだ」
そう言うと、ユウリはくるりと城に背を向けた。私も竦みそうになる足を奮い立たせ、その場を離れることにした。
その後、アルヴィスを家へ送り届けるために、私たちはユウリのルーラでアッサラームへと向かった。
家の前まで到着すると、アルヴィスは一呼吸した後こちらを振り返った。
「今回はアタシのわがままに付き合ってくれてありがとう。正直言うと、ミオがあんな風になった後、アナタたちがちゃんと戦えるのか心配だったのヨ。でもアタシはお役御免だし、この調子なら大丈夫そうネ」
その言葉に納得できなかったのか、シーラが思い切り首を横に振った。
「わがままとか、お役御免とか言わないでよ、アル。今回の旅は、アルがいたからあたしたちは無事に帰ってこられたんだよ? 最後のオーブを手に入れられたのも、アルのおかげだよ。ありがとう、アル」
今にも泣きそうな顔で、アルヴィスの手を握るシーラ。その小さな手を愛おしげに眺めながら、アルヴィスは言った。
「ふふ、ありがとう。こちらこそ、短い間だったけどアナタたちと旅が出来て楽しかったワ。何度も言うけど、アナタたちならきっと魔王を倒して、世界を平和にすることができる。絶対にネ☆」
「アルヴィス、お前のその言葉が何よりも信頼できる。短い間だが、世話になったな」
「……ユウリくん、やっぱりアナタはあの人の息子だワ。惚れちゃうかも」
「え!?」
「うふふ、冗談ヨ♪」
思わず私はぎょっとした。だけど、そんな私の反応を面白そうに眺めるアルヴィスを見て、すぐに表情を改めた。
「もう! アルってば、あんまり二人をからかっちゃダメだよ!」
「ごめんごめん。だけど皆、絶対無事に帰ってくるのよ。あの人は結局帰ってこなかった。だけどアタシは、今でも生きてるって信じてるの。なぜだかわかる?」
『……』
アルヴィスの問いに、誰もが――ユウリですら答えることができなかった。
「あの人はね、愛する人たちのためなら何が何でも生きて帰る。そういう無茶な考えを持った人なの。だからアナタたちも、何年かかってもいいから、生きてここに戻ってくるのよ」
今この場にいる全員が感じていた。もしかしたら、アルヴィスとこうして会うことがこれで最後になるかもしれないと。アルヴィスだけじゃない、今まで出会ってきた人たちと、再び会える日は来るのだろうか。旅の終わりが近づくにつれ、言いようのない寂しさがこみ上げてくる。
「――もちろん。あんたに言われなくても、そのつもりだ」
そんな私の心の不安を取り払うかのように、ユウリは毅然とした態度で答えた。彼の放つ一言が、沈みがちな私の心を掬い上げてくれる。そんな彼だから、私はここまで共についてこれたんだ。
きっとアルヴィス自身も、私たちと同じ経験をしてきたからこそわかるのだろう。自分と同じ道をたどる私たちに、アルヴィスは満面の笑みで別れの挨拶を返した。
「――というわけで、今から出かけてくる」
アルヴィスと別れたあと、突然ユウリがそんな事を言いだした。
『は!?』
アッサラームの港に続く大通りのど真ん中で、私たち三人の目が点になる。さらにユウリは、状況が飲み込めなくて混乱している私の手を取った。
「え!? ちょっと待って、私も!? ていうかどこに行くの!?」
状況が飲み込めない私を見かねて、シーラが間に入る。
「さすがに説明してくんないかなー? それともあたしたちがいない方が都合がいいってコト?」
そう言いながらにやにやと薄笑いを浮かべる。いや、どういう感情なの、それ?
けれどシーラの反応を見たユウリはぎょっとして顔を赤らめた。いやだから、どういう感情なの、それ?
「言っとくけど、お前が想像するようなことじゃないからな!! いいからお前ら二人で船に戻っってろ!! 今日中には戻る!!」
そう言い残しながら、ユウリはルーラの呪文を唱えると、私を連れてアッサラームの町を脱出した。その後、どこへ向かったかと言うと――。
「イシス!?」
私たちが向かったのは、砂漠のオアシスの町、イシスだった。ずいぶんと久しぶりに見た町並みに、懐かしさがこみ上げる。
しかし、ユウリは町に入ることなく、そのまま砂漠へと足を運んだ。
「え!? イシスに用があるんじゃないの!?」
町と砂漠を交互に見ながらユウリに尋ねるが、ユウリはただ黙々と歩き続ける。仕方ないので、あきらめて私も黙ってついていく。
砂漠は相変わらず灼熱の暑さで、目の前に広がるのはひたすらに続く砂の大地。なおかつ目的地もわからないので、余計に時間が長く感じられた。
――あ、もしかしてあれって……。
目の前に見える砂漠に不似合いな人工物を見て、確信した。以前魔法の鍵を手に入れるのに訪れた、ピラミッドだ。
「ピラミッドに、何の用なの?」
「行けばわかる」
それだけ言うと、ユウリはピラミッドの入り口には入らず、建物の外に回り込んだ。ここも来たことがある。最初にピラミッドに入ったとき、穴に落ちたユウリを助けるために使った地下への入り口だ。ひとまずユウリが地下へ向かうのは分かったが、何をしに向かうのかは未だにわからない。
以前と変わらない石の蓋を二人がかりで開け、地下へと入る。以前の私は、人の骨を踏んづけて驚いた拍子に、ナギを巻き込んで階段から落ちたが、今度は慎重に、ゆっくりと階段を下りていく。
階段を下りると、やはりここも相変わらず真っ暗だった。ユウリが松明に火を灯し、周囲を照らす。それでもやっぱり明かりは頼りなく、数メートル先も見通せない。薄暗かったネクロゴンドの洞窟よりもさらに暗いこの空間、しかもそこかしこに散らばっている人骨が余計に恐怖心を仰いだ。
「ほら、さっさと行くぞ」
「っ!!」
がしっ、と手を掴まれて、素直に従う私。神様、邪な心を持ってすみません。実はちょっとだけ期待してました。
けれど幸せな時間は簡単には貰えないようで、ほんの数歩歩いた途端魔物が襲いかかってきた。
今の私たちのレベルでは敵にもならないほどの弱さだが、以前聞いたユウリの話ではどうやらこの場所は呪文が効かないらしい。なので地道に剣と拳で魔物を倒すしかなかった。
やがて、行き止まりに着いた。目の前には、大きな棺が一つある。私たちが以前ここに来たときは知らなかったが、まさか奥にこんなものがあったなんて――。
「前に俺が穴に落ちたとき、ここに迷い込んでこいつを見つけた」
そう言ってユウリは棺に近づき、何のためらいもなく棺の蓋を空けた。いくら旅の途中で何度も骸骨や幽霊に出くわしたと言えど、未だにこの状況には慣れず、思わず両手で顔を覆う。
「おいこら、何顔を隠してんだ。人の骨じゃないから安心しろ」
私はユウリの言葉を信じ、恐る恐る手の隙間から棺の中を見た。するとその中には、黄金色に光り輝く爪甲型の武器が入っていた。
「な、何これ……」
一目見て、使ってみたいと直感で思った。すべてを切り裂きそうな金色に鋭く光る三本の爪。甲や手首の部分には宝石や金の装飾があしらわれ、しかし華美になりすぎず、武器として無駄なものは極力抑えている。単純に武器として扱うだけでなく、美術品として眺めても十分価値があるように思えた。
なによりこの武器からは、恐ろしいくらいの『力』を感じる。まるで武器が装備者を品定めしているかのような圧が伝わってくる。
「今のお前ならわかるだろ。この武器を使えたら自分はどれほど強くなれるのか」
驚いて私はユウリを見る。ユウリも気づいていたのだ。この武器の持つ強さに。
「以前俺がこれを見つけたとき、レベルが低かったお前が身につけるには過ぎた武器だと思って黙っていた。だが、今のお前なら、この武器を使いこなせると俺は信じてる」
「ユウリ……」
勇者である彼がそんなことを言ってくれるなんて、嬉しかった。彼の言うとおり、私は本能でこの武器を求めている。だけど、私には一つ、心残りがあった。
それは、今使っている鉄の爪――師匠がくれた形見の武器を、手放していいのかということだ。
師匠の武器を捨て、より強い武器を取る――。それは師匠の弟子として、許されることなのだろうか?
「お前の師匠は、お前が強くなることを望んでないのか?」
「え?」
いつの間にか俯いていた私は顔を上げる。振り向けば、ユウリが私を見据えていた。
「俺もあの場にいたからわかる。お前に鉄の爪を託したのは、強くなってもらいたかったからなんじゃないのか? お前が強くなりたいと願ってることを、その師匠とやらも同じように願ってるんじゃないのか?」
「……」
――おれはお前を中途半端なままここに残してきたことが心残りだった……。だが、今のお前ならきっと大丈夫だろう……。
生前の師匠は、私に一人前の武闘家になって欲しいから、自分の形見を私に託した。でも、託されたのは武器だけじゃない。師匠の想いも託されていたことに、私は今更ながら気づいた。
「そうだ……。そうだったね。私が強くなることを、師匠が喜ばないわけないじゃない」
私は棺の中に手を伸ばし、黄金色に輝く爪を手に取った。暗闇の中で美しく輝くその爪は、私にとって希望の光に見えた。
「ありがとう、ユウリ。ここに連れてきてくれて」
わざわざ私を連れて来て、この黄金の爪を取らせてくれたのは、ユウリなりの気遣いだろう。だって武器を手に入れるだけなら、ユウリ一人で充分なのだから。
私の覚悟を、ユウリは見定めたかったからかも知れない。それだけでも、私がここに来た意味は十分にあった。
「……まあ、それもあるが」
ユウリは目をそらして言った。
「無事に魔王を倒したら、お前に話したいことがある」
「話?」
話なら、今ここで言えばいいのに。首を傾げる私に、ユウリは少し苛立ったように答えた。
「それを言いたかったんだ! ほら、用事を済ませたならさっさとここを出るぞ!!」
そう言ってさっきと同じように私の手を掴み、踵を返した。しかし一歩進んだ途端、突然魔物がまたもや襲いかかってきた。
「な、なんだ!?」
しかもその数は来た時よりも倍近くいた。敵の強さは変わらないが、一歩歩く度に無限に魔物が現れて、なかなか先に進むことができなかった。
「まさか、この爪を取った影響か?」
「えー!? もしかして取っちゃいけなかったの!?」
ユウリの推測に、私は泣きそうになりながら回し蹴りを放つ。当然手を繋いでる余裕などなかった。
「ふん、たかが雑魚の群れが増えただけだ! 一気に突き進むぞ!」
とは言うものの数の暴力とは恐ろしいもので、一体どこから湧いて出てくるのかと思うほど、次から次へと魔物が襲いかかってくる。やっと地上へ戻ったときには、すでに私の体力はへとへとだった。ちなみにユウリは平然としていたけれど。
そしてその後アッサラームに戻った私たちを見たシーラは、なぜかまたにやにやして、それに激怒したユウリはちょうどシーラが手に持っていたワイン瓶を奪い取り、シーラに散々責められたのであった。
これでネクロゴンド編、終わりです!
次はいよいよ最終決戦となります。
少し更新頻度遅れます。
2026.3.16 ピラミッドの地下で呪文が使えないのに使うような描写をしてました。ご指摘ありがとうございます。一部修正しました。