不死鳥ラーミアを復活させた私たちは、バラモス城へ向かう前に一度船へと戻ることにした。
その間にラーミアがどこかへ行くのではないかと心配したが、塔を出てからユウリがラーミアに近づくと、ラーミアは甘えるような鳴き声を上げて、くちばしでユウリの頭を撫でた。
「……」
一方ラーミアに頭を撫でられているユウリは、何とも言えない表情をしながらされるがままになっている。
「いいなあ、ユウリちゃん☆ ラーミアちゃんにめっちゃ好かれてるじゃん」
「でも当の本人は大して喜んでなさそうだけどな」
後で聞いた話によると、ユウリは鳥よりも猫のほうが好きらしい。いや、そもそもラーミアを一般的な鳥扱いするのはどうなんだろう。
「俺たちは魔王の城に向かうために、お前の力を借りる。しばらくの間、よろしくな」
くちばしを撫でながらユウリが言うと、ラーミアは嬉しそうにピィ、と鳴いた。
これだけ懐いているのなら、すぐに逃げるということはしないだろう。というわけで、ラーミアに乗る前に、一度船の皆に挨拶をしようという話になったのだ。
船に戻ると、いつものように船員のラスマンさんやウォルトさんたちが出迎えてくれた。
「おかえりなさい、皆さん! 見ましたよ! あのでっかい鳥が不死鳥ラーミアってやつですか?」
「すごいですよ!! おれ、感動しました!」
空を飛ぶラーミアの姿を見ていた船員たちが、興奮しながら口々に言い合う。
「さすが、勇者一行ですね! これでいよいよ、魔王の城に行けるんですね……」
ラスマンさんはそこまで言うと、口を閉ざした。彼も気づいていたのだろう。ラーミアが復活したということは、これ以上私たちが船に乗る理由はないのだと。
「これで……、おれたちはお役御免ですかね……」
ポツリと呟くウォルトさんもまた、察していた。二人だけではない。この船にいる全員が、同じ思いを抱えていた。
「ここから先は俺達だけが進まなければならない道だ。お前達とは、ここで別れる」
『!!』
船員たちの間に、ざわめきが広がる。分かってはいても、いざ言葉にされると戸惑うのは仕方がない。
「今までありがとうな。ヒックスがいなくなったあとも俺達のわがままに付き合ってくれて、本当に感謝している。これからは、自由に生きてくれ」
ユウリから放たれた別れの言葉は、ラスマンさんやウォルトさん、他の皆の目を潤ませた。
「はは……。自由に生きるのは、ユウリさん達が魔王を倒したあとでしょう。それまではまだ、ユウリさんの仲間ですからね!」
「そうですよ。もし船が必要なら、いつでも呼んでくださいね!」
そうだそうだ、と他の船員たちも別れを惜しむように次々と言い立てる。
思い返せばこの一年半、ほとんどの時間をこの船で過ごしてきた。彼らがいなかったら、私たちは到底ここまでたどり着くことはできなかっただろう。私も、彼らに感謝の言葉を伝えなければ。
「皆さん、ありがとうございます! 今まで旅を続けられたのも、皆さんのおかげで……」
「ミオさん!!」
甲板に並ぶ船員たちを掻き分けて現れたのは、この船の料理長だった。
「料理長!!」
思えば船に乗って間もなく、具合が悪くなったユウリを気遣い、わざわざ彼のために水と食事を用意してくれたのは、他でもないこの人だ。それだけではない。航海中の食事はもちろん、食堂で私の愚痴も時々聞いてくれたりと、数え切れないくらいお世話になった。
「ミオさんが私の料理をとても美味しそうに食べるのを見るのが、何よりも励みになりました。……またいつでも食べに来てくださいね」
「こちらこそ、あんなにおいしい料理を毎日提供してくれて、ありがとうございました!」
料理長は少し照れたあと、はにかむように笑った。
「シーラさん! またいつか大酒飲み対決しましょう!」
「いーよー! まあ、次もあたしが勝つけどね♪」
「ナギさん、今度でっかい魚の釣り方教えてくださいね!」
「ああ、どっちがでかい魚を釣れるか勝負しような!」
皆それぞれ思い思いの言葉を交わし、惜しまれながらも船を後にした。本当はもう一人、お礼を言いたい人がいたけれど……、彼はもういない。その言葉は胸のうちにしまっておくことにした。
船の皆に挨拶を済ませたあと、私たちは島から遠ざかっていく船を見送った。その後ラーミアの所へ戻ると、思いのほか時間が経っていたのか、ラーミアは自身の身体を丸くしながらすやすやと眠っていた。
「悪い。待たせたな、ラーミア」
申し訳なさそうにユウリがラーミアの体を撫でると、ぴくりと一瞬体を震わせたあと、ゆっくりと目を開けた。そして自分に触れているユウリを見つけるやいなや、ラーミアは目をまん丸にしてピィ、ピィと何度も鳴いた。その姿がとても可愛くて、私はしばらく二人のやりとりを眺めていた。
「随分ユウリに懐いてるね」
「鳥の中には、孵化してから最初に見た鳥を親だと思い込むみたいだけど、まさにユウリちゃんがそうなんだろうね」
ということは、ユウリが親鳥なのか。一瞬鳥の姿になったユウリを想像して、吹き出しそうになった。
ぐいっ。
「痛っ!!」
久々のユウリの髪の毛引っ張り攻撃に、私は思わず悲鳴を上げる。
「今俺が鳥になった想像をしただろ」
「なんで分かるの!?」
仲間として認めてくれたのは伝わってくるのだが、こういうところはなぜか変わっていない。とは言えユウリも本気でないことは、二年近く接してきた私だからこそわかる。いつもと変わらない扱いをされて内心喜んでいるのも否定できない。
つん、つん。
「へ!?」
すると突然、誰かが私の後頭部をつついてきた。ユウリは目の前にいるし、その近くにはナギとシーラもいる。ということは……?
「ピィ、ピィ!!」
恐る恐る振り向くと、私の頭をつついていたのはラーミアだった。私の腕より大きなくちばしは、開いたら頭を丸のみされそうだった。
「な、なんで私の頭を……うわっ!!」
私の言葉を遮り、ラーミアは今度はそのくちばしを私とユウリの間に割り込ませた。そして丸い目をこちらに向けてじっと見ている。
「な、なんか怒ってない?」
表情は分からないが、なんとなく敵意を向けられているような気がした。……いったい私が何をしたのだろうか? ついさっき出会ったばかりだと言うのに。
困惑していると、シーラが私の耳元まで顔を近づけてきた。
「あたしの勘だけど、もしかしたらラーミアちゃんは、ミオちんに嫉妬してるのかもしれないよ」
「嫉妬!?」
「ミオちんがユウリちゃんと仲良さそうにしてたから、それを見てユウリちゃんをミオちんに取られるんじゃないかって警戒してるんじゃないかな」
「ええっ!! どこをどう見たらそうなるわけ!?」
むしろいじめられてるようにしか見えないと思うのだけど。ラーミアにはあの光景が仲睦まじく見えるのだろうか。
「ラーミア。私はあなたと仲良くなりたいと思ってるよ。だからほら、機嫌直してくれないかな?」
満面の笑みをラーミアに向けて仲直りをしようと試みたが、今度は今しがたユウリが引っ張った私の髪の毛を、くちばしで咥えようとし始めたではないか。
「わっ!! やめてラーミア!」
ユウリと同じ事をしようとしているのか。そんなことをされたら間違いなく髪の毛が丸ごと抜けてしまう。私は必死でラーミアの攻撃をかわそうとするが、その前にユウリが間に割り込んだ。
「ラーミア! 彼女は俺の仲間だ。仲良くしてくれないか」
「ピィ……」
少し強い口調に、哀しげに一声鳴くラーミアはしょんぼりと項垂れる。ラーミアの体を撫でながら、ユウリは続けて言った。
「怒ってるわけじゃない。これからお前も俺たちの仲間なんだ。同じ仲間同士、仲良くして欲しい」
「ピィ!」
どうやら機嫌は直ったようだ。私を見てもちょっかいを出さなくなったし、睨みつけたりもしない。ただ、さっき以上にユウリに懐いているようには見えるけど。
「じゃあ、今から俺たちを魔王の城まで乗せてくれないか?」
「ピィ、ピィ!!」
ラーミアはバサリと大きく翼を広げ、私たちが乗りやすいように足を曲げて座り込んだ。
まずはユウリがラーミアの背に乗る。続いて私。こんな大きな生き物の背中に乗るのは初めてなので、恐る恐るよじ登る。だが触れた途端、ラーミアがびくりと大きく動いた。
「わっ!!」
よろめいて空を掴む私の手を、ユウリがつかんで引っ張り上げる。
「あ、ありがとう」
「お前が怖がってたら、ラーミアも怖いのが伝わるんだ。平常心でいろ」
馬の扱いも上手なユウリの言葉には説得力があった。私は未知の体験による恐怖を拭い去り、何とか自力でラーミアの背に乗った。
ラーミアの背中は思ったより広く、大人が四、五人は乗れるほどだった。ラーミアの体毛はふわふわで温かく、心地よさを感じた。
続いてシーラがゆっくりとラーミアの背に乗る。乗る前は不安な彼女だったが、いざ乗ってみると、目を輝かせて辺りをキョロキョロと見渡してははしゃいでいた。
そして最後にナギが飛び乗った。前からユウリ、私、シーラ、ナギの順番に並んで座る。なんとなく何かに掴まってないと不安だったので、私はユウリの腰に腕を回した。それは皆も同じだったみたいで、他の三人も前の人(ユウリはラーミア)にしっかりとしがみついている。
「全員乗ったな。じゃあラーミア、魔王の城まで連れて行ってくれ!」
ユウリが声を上げると、ラーミアは「ピィィーッ!」と一声鳴き、翼を大きく動かした。すると、先ほど塔から飛び上がったときのように、ラーミアの体がふわりと浮いた。
――え、ちょっと待って、これって――。
がくん、と体が90度近く傾いた――ように感じた。それもそのはず、体を浮かせたラーミアは真上にあった雲めがけて急上昇したからだ。重力により真後ろに体が引っ張られ、ユウリにしがみついていた腕が離れそうになる。
「いやあああああっっっ!! 落ちるっっっ!!」
後ろではシーラが、私の体を必死に抱きしめながら悲鳴を上げている。かくいう私も離れまいと、必死でユウリにしがみついていた。なにしろ私が手を離したら、シーラとナギも落ちてしまうのだ。二人の命を私が握っていると言っても過言ではない。
「うおおおおおっっっ!! マジでやべえんだけど!! おいユウリ!! 絶対放すんじゃねーぞ!!」
一番後ろではナギが喚き散らしているが、こっちもそれどころではない。空がどんどん近づくにつれ、ラーミアの飛行速度も増していく。風は身を切るほどの速さで通り過ぎ、冷気を伴った空気は思うように呼吸できず、少しでも気を緩めばラーミアに振り落とされてしまいそうになる。
もう駄目だ、と思って目を瞑る。すると突然、体がふわりと浮き上がるような感覚を覚えた。
思わず顔を上げて目を開けると、視界全体が真っ青な空に覆われていた。垂直だった世界が水平になり、見下ろすと山も海も全てが小さな箱庭のように小さく見える。まるで自分が鳥になったかのような気分だ。
「すごーい!! 本当に空を飛んでるみたい!!」
海の方に目を凝らすと、今まで私たちが乗っていた船が見える。その船の上でラスマンさんたちが手を振っていたので、私は片手で大きく手を振り返した。
「ラスマンさんたち、手を振ってるの気づいてくれたかな? ねえシーラ……、どうしたの?」
後ろを振り返ると、私の背中にひっついたまま目を固く閉じている。
「み、ミオちん……、よく下なんか見れるね……。あたしなんかミオちんにしがみついてても怖くて目も開けられないよ」
「さっきも言ってたけど、シーラって高所恐怖症なの?」
「ガルナの塔で色々あって、高いところに行くのがトラウマなんだよ……。うう、もうやだ、あたし帰りたい」
「なんだよシーラ、だらしねえな。あれしきのことでトラウマになってんなよ。たかが高いところから落ちただけだろうが」
「トラウマの一端はナギちんにも原因があるんだからね?」
うーん、こんなにいい景色なのに、険悪なムードになるのはもったいない。
「じゃあシーラ、目を瞑っててもいいから私にしっかり掴まっててよ。魔王の城に行くまでの辛抱だからさ」
「うん……、頑張る……」
すでに私の背中に顔を埋めながら、弱々しい声でシーラは言った。私だって幽霊はどうしても怖いのだから、怖いと思うものはどうしようもない。
「シーラ。オレが後ろから支えてやるから、安心しろよ。もしなんかあっても、オレが気合で地上に着地するから」
「絶っっ対にイヤ!!」
シーラを安心させるために言ったナギの言葉に、きっぱりと拒否するシーラ。私もこれ以上は何も言えなかった。
なんて考えている間に、ネクロゴンドの山脈が真下を通る。火山の火口を上から見ることなんてまずないので、私は興味津々でそれを眺めた。
そして、山脈を通り過ぎた先にぽつんとある小さな湖。さらにその湖の真ん中に浮かぶ孤城。あれこそが今から向かうべき場所、魔王の城である。
それにしてもラーミアは、一度も迷わずにここまで来るあたり、最初から魔王の場所を知っているのだろうか。城に近づくにつれ、ラーミアの飛行速度が落ちていくのがわかる。まるで魔王の城に導かれているかのようだ。
勇者物語に出てくるラーミアも、勇者を乗せて魔王の城まで向かったとされている。話のとおりなら、知っていてもおかしくはない。
「ねえ、ユウリはどう思う? なんでラーミアは魔王の城の場所を知ってるのか」
だが、ユウリの返事はなかった。代わりにうめき声のような音が聞こえる。今まで景色に夢中になっていたからか、ユウリの異変に今まで気がついていなかった。
「ユウリ、どうしたの!? なんか様子が変だよ!?」
「どうした? ユウリに何かあったのか?」
私の声に気づいたナギも心配そうに声を掛ける。だけどユウリは二人の声にも反応せず、背中越しでもわかるくらいに項垂れていた。
その間に、ラーミアは自身の翼を水平に保ちながら地上へと降り立った。急上昇した時はどうなることかと思ったが、下降する時は私たちに配慮してくれたのか、少しずつ高度を下げながらゆっくりと着地してくれた。
「ピィ、ピィ!!」
すると、なにやらラーミアが盛んに鳴いている。後ろを向こうとしているということは、ユウリのことが気になるのだろうか。
地上についたのを確認した私は身を乗り出し、俯く彼の顔を覗き込む。すると、顔面蒼白になっていた。
「だっ、大丈夫!?」
「……酔った……」
「は!?」
あろうことか我らが勇者は、ラーミアに乗っている間に船酔い……いやラーミア酔いになってしまったらしい。魔王の城が目前だと言うのに、前途多難な魔王討伐の幕開けであった。