不死鳥ラーミアの力を借りた私たちは、いよいよ魔王バラモスのいる城の近くへと辿り着くことができた。
そこまでは良かったのだが……。
「大丈夫? ユウリ」
私の横で青ざめた顔をしながら、ユウリは覚束ない足取りでふらふらと歩いている。先程までラーミアに乗って空を飛んでいる間に、彼は船酔いならぬラーミア酔いにかかってしまったようなのだ。
「ふん。俺を病人扱いするな。少し歩けば元に……」
言葉を途中で止めるや否や、口元を押さえるユウリ。そしてそのまま近くにある岩陰に走っていった。
「あーあ。ありゃあ当分ダメだな」
ナギが半ば呆れるように呟く。ユウリの乗り物酔い(ラーミアを乗り物扱いしていいのか判断に迷うが)は今に始まったことではないが、ここはいわば敵の中枢の目と鼻の先。いつ魔王軍の配下が現れるかわからない状況に、不安と心配が募る。
「ねえ、城に行く前にここでちょっと休憩しない?」
私の提案に、シーラがひらひらと手を挙げる。
「さんせーい♪ ユウリちゃんがあんな状態じゃあ、魔物に返り討ちにされそうだもんね☆」
いやそんなきっぱりと言わなくても……。まあそうなる可能性のほうが高そうだけど。
「そうだな。あんな状態の陰険勇者を歩かせたらこっちまで気分が悪くなっちまう」
言い方はどうあれ、ナギも概ね賛成のようだ。 ところがいつの間に戻ってきたのか、ユウリが手にした水筒を飲みながら、不服そうな顔で私たちの間に入ってきた。
「いや、ここで留まるわけには行かない。先を急ぐぞ」
その様子を見たナギは、呆れたように白い目で見る。
「ゲロ吐き野郎は黙って休んでろっての。どうせここにいようが先に進もうが魔物に襲われる時は襲われるんだからここに座っとけ!」
まくし立てるように言うと、彼はユウリの首根っこを引っ掴み、その場に強引に座らせた。
さらにシーラがその横で、焚き火の用意をし始めた。有無を言わさずここで休憩を取らせる気だろう。
「ユウリ。料理長が言ってたけど、空腹のときって酔いやすくなるみたいだよ。ほら、私の携帯食料だけど食べなよ」
「……」
私はユウリの隣にしゃがみ込むと、鞄の中から携帯食料を取り出し、ユウリの目の前に差し出した。ユウリは不満気な顔をしていたが、やがて観念したかのように私の手から携帯食料を受け取った。
「ふん、お前らがそこまで言うから仕方なく休むだけだ」
何かぶつくさ言ってるユウリの方は置いといて。
その間にもナギは聖水を撒き、シーラは薪に火をつけた。近くにはラーミアがユウリを見守るように座っており、時折くちばしで私とユウリの間を引き離そうとしてくる。
不思議なことに、一瞬にして辺りに魔物の気配が消えたような気がした。聖水の効果もあるが、シーラによるとどうやらラーミアの放つ聖なる気が魔物を近づけさせない効果をもたらしてくれているらしい。
「とりあえず腹ごしらえでもしよーよ☆ お城に入ったら、いつ戻れるかわからないもん」
「そうだね。腹が減っては戦はできぬって言うし」
各々鞄から携帯食料を取り出し、もそもそと食べ始める。そう言えば干し肉も入れてあったんだ、と思い出し、それも取り出して火に炙ってから口に運ぶ。
しばし無言が続く。会話が弾むような食事内容ではないのだが、それを差し引いても皆何か考え込むように、黙々と口を動かしていた。
あっという間に食事が終わり、またしばしの沈黙が訪れる。魔物の気配のないこの空間はあまりにも平和で、目の前に魔王の城があるのがまるで嘘のようだ。
「いい天気だね〜」
空を見上げながら、ぽつりとシーラが言った。
「こんなに空が青いのに、今も魔物の脅威に晒されている人たちが何処かにいるんだよね」
「……うん、そうだね」
この旅で、私たちはいろんな国や街を回り、様々な人々と出会った。その中には、魔物によって人生を狂わされた人も少なからずいた。けれどその全てを救う手段なんてない。――そう、全ての魔物の頂点に立つ魔王を倒すこと以外は。
「ねえ、ミオちんは世界が平和になったら、どうするつもりなの?」
いつか私がユウリにした質問を、今度はシーラが私に投げかける。
「どうする、ねえ……」
一度カザーブの実家に戻るとして、そのあと家の手伝いでもしようかな。お母さんやエマたちにはたくさん苦労をかけさせたし、今から親孝行するのも悪くない。それか好きな料理の道を極めて料理人を目指すか、アッサラームの露店で見たアクセサリーを自分でも作って店でも開こうか……。
その時ふと、子供の頃の夢のひとつに『将来はお嫁さんになる』と決めていたことを思い出し、無意識に隣を見る。
けれど、漠然と考えていたあの頃とは違い、今は好きな人がいる。その好きな人は私にとっては手が届かない人で、世界が平和になったら、ますます遠い存在になるだろう。そのまま片想いで終わる私の恋は、きっとこの先も新しい恋が生まれることはない。
そう考えたら、なんだか心にぽっかりと穴が空いたような気分になった。まだ魔王すら倒していないのに、そんな不確定な未来のことを考えるなんて、なんだか私らしくない。
「う〜ん、やりたいことがいっぱいあって決められないや。そう言うシーラはどうなの?」
半ば話をはぐらかすように、私はシーラに話を振った。
「あたしはねえ、きっと魔王を倒した褒賞として、アリアハンの王様から沢山お金をもらうと思うから、そのお金で好きなだけお酒を買うんだ♪」
「し、シーラらしいね……」
思わず私は苦笑する。すると急にシーラは真面目な顔つきになり、
「……あと、落ち着いたらダーマにも行きたいかな。それで、お父様やマーリンにあたしのことを認めてもらうの」
そう言って、どこか遠くを見つめた。正直あの家族とシーラが会うのは納得できなかったが、きっと彼女はそれがずっと心残りだったのかも知れない。
「だったらオレも一緒についていくからな!」
「ナギちん?」
突然ナギが話に割り込んできた。驚く私たちをよそに、ナギは怒気を孕ませながら話を続ける。
「あの家族のところにお前を放り込んだら、また傷つくだろーが! だけど、それをオレが止めてもどうせお前は行くんだろうし、オレだってお前が傷つくのを黙って見過ごすほど薄情じゃねえ。だったら初めからお前についていくことにする!!」
きっぱりと言い放つナギの言葉に、私も隣で大きく頷く。
「それなら私だってついてくよ! ナギだけじゃ心もとないもん」
「なんだと!? てかお前がついてくる方が心配なんだけど!」
「それはバカザルに激しく同意だな」
「なんでそこでユウリが出てくるの!?」
こんな時まで頼りにならない奴だと言われるなんて、なんだか心外だ。
「ああもう、皆の気持ちはありがたいけど、これはあたしの問題だから! そんなことより、ナギちんはどうなの? 平和になったら何がしたいの?」
「へ?」
急に話を振られ、きょとんとするナギ。そしてしばらく考え込んだあと、ハッとなにか閃いたように目を見開いた。
「世界中の海を回って釣りがしたい!」
『はぁ!?』
「釣りは男のロマンだからな! なんならお前らも船に乗せてやるぞ?」
「うーん、私はいいかな」
「あたしもー。別にそんなにお魚好きでもないし」
「な、なんだよお前ら……。ずいぶん薄情じゃねえかよ」
私とシーラに拒否され、わかりやすいくらいショックを受けるナギ。前に一回釣りの仕方を教えてくれたのはいいけれど、その後私のことなどそっちのけでユウリとの釣り対決に夢中になってたことは忘れない。
「うーん……。じゃあさ、ユウリと一緒に釣りをしながら世界を回るのはどう? 二人とも釣り好きでしょ?」
その瞬間、周辺の気温が一気に50℃くらい下がったような気がした。まずい、これは言ってはいけないやつだった。
「お前なあ……、言っていい冗談と悪い冗談があるだろ」
「ご、ごめんナギ……。最近あんまりケンカしてるの見てないなと思ったからつい……」
「まあまあ、ミオちんも悪気があって言ってるわけじゃないんだから♪ てことで今度はユウリちゃんの番! ユウリちゃんは魔王を倒したら、何がしたい?」
シーラの声に、三人の目が一斉にユウリに注がれる。私が尋ねたときは答えなかったけれど、今回は――?
「……そうだな。またお前らと一緒に旅をするのも悪くないかもしれないな」
『!!??』
――マタオ前ラト一緒二旅ヲスルノモ悪クナイ?
ついぞ聞き慣れない単語の連なりに、私は自分の耳を疑った。
「おっかしいなあ。あいつの口からありえない言葉を聞いた気がしたんだが」
「幻聴じゃないよね? それともあたしたち今急に体調悪くなっちゃった?」
ナギとシーラも信じられない様子で口を揃えてユウリの発言を疑う。
「……お前ら、俺と旅をするのがそんなに嫌なのか?」
不貞腐れたように言い放つユウリに、私は慌てて言い繕う。
「いやいやいや! そういうわけじゃないけど、まさかあのユウリが私たちと一緒にいたいなんて言うとは思わなかったからさ!」
「そうそう! シャンパーニの塔に行くときだってあたしたちと別行動を取ってたあのユウリちゃんが、まさかそんなこと言うなんてびっくりしちゃったよ! 立派に成長したんだねえ!」
「人のことバカにしてるだろ、お前ら」
まずい、せっかくユウリが私たちを仲間だと認めてくれてたのに、拗ねてしまっては逆効果だ。
「つーかお前がそういうこと言うの気持ち悪いんだよ! 今さらデレてもこっちが反応に困るっつーの!!」
「ベギラマ」
ぼおおおおっっっっ!!
「ぎゃあああああっっっ!!」
今までで最大の火力を以って放たれたユウリのベギラマは、ナギの頭を見事なカリフラワーに仕立て上げたのだった。
急いでシーラがナギにホイミと髪の毛の修復をしていると、突然ユウリがその場に立ち上がった。
「よし、そろそろ出発するぞ」
「え、もう?」
先ほどよりも顔色は良いが、表情は険しいままだ。まだ本調子ではないのかと思った矢先――。
「この気配は!?」
私はすぐさま立ち上がり、戦闘の構えを取った。ナギもすでにドラゴンテイルを携えている。
「さすがにいつまでもこんなところで休んでいるわけには行かないってことか」
最後に立ち上がったシーラを庇うように、城の方から現れる気配を待ち構える私たち。ほどなくして、強い殺気が凄まじい勢いで迫ってきた。
聖水やラーミアの聖気をものともしないこの魔物は――!?
『人間ども!! わが主、魔王バラモス様の城に何の用だ!?』
見た目は大きな袋に目や口が描かれているという、かつてピラミッドで遭遇した『笑いぶくろ』という魔物に似た姿をしていた。唯一違うとすれば、袋の口から見える中身が宝石のようにキラキラと輝いていることだ。
『よもやバラモス様に楯突こうなどと考えているのではあるまいな? ははっ、お前らのような下等な生物が、我が偉大で崇高なるバラモス様にかなうものか! バラモス様が出向くまでもない、我自らがお前らに鉄槌を下してやるわ!!』
「……随分と五月蝿い魔物だな」
「やべえ、話の内容が薄すぎて何にも耳に入んなかったわ」
「ねえ、あの袋の中にある宝石、売ったらお金になるかなあ? お酒どのくらい買えるかなあ?」
「シーラ、もうここまで来たらお酒なんて当分買えないから」
しばしの沈黙。そして――。
『お前ら!! 我を小馬鹿にするとは何たる不敬!! この四天王さえ凌ぐ我が魔力を前に、恐れ慄くがいい!!』
かくして、宝石袋の魔物――後でユウリに聞いたら『踊る宝石』と呼ぶらしい――の声を皮切りに、戦いの火蓋は切って落とされたのだった。