俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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最後の四天王

 

 ユウリとシーラが石像を相手に戦っている一方で、ナギは一人サタンパピーの攻撃を紙一重で躱していた。

 

 けれど反撃しようにも、サタンパピーの繰り出される鞭は目に映らないほど素早く、ナギは自身の武器であるドラゴンテイルで捌き切るのが精一杯だった。

 

『くだらん、そんな拙い鞭さばきでこのおれを倒せると思ってるのか?』

 

「――くそっ!!」

 

 サタンパピーの一言に腹が立ったのか、半ば自棄気味にドラゴンテイルを振り回すナギ。しかしその一瞬の油断が、彼の小さな隙を生んでしまった。

 

 バシッ!!

 

「っ!!」

 

 サタンパピーの鞭の先が、ナギの右頬を掠めて通り過ぎる。わずかに歪むナギの顔。さらにサタンパピーが返す鞭で、背後からナギの右肩を浅く薙いだ。

 

『左がガラ空きだよ!!』

 

 鞭を引き込むと同時に、サタンパピーは反対の手に握られたナイフをナギの左脇腹目掛けて投げてきた。鞭ばかりに気を取られていたのか、普段ならその程度の攻撃など軽く避けるはずのナギが一瞬硬直した。

 

「はっ!!」

 

 ナイフがナギの体に刺さる寸前、横から現れた私の回し蹴りがサタンパピーのナイフを弾き飛ばした。ナイフは放物線をきれいに描き、遥か遠くの床にカランと落ちる。

 

『貴様……!!』

 

 今まで私のことなど眼中になかったようだけれど、この攻撃で私も立派な標的の一人とみなされたようだ。まったく嬉しくないけれど。

 

「サンキューな、ミオ。悪ぃ、油断してた」

 

 そう言ってナギは自分の左頬をバシッと叩くと、改めて体勢を整えた。サタンパピーにやられた傷を一瞥した私は、たまらず声をかける。

 

「ナギ、薬草は?」

 

「こんなの怪我のうちに入らねえよ。それより、あいつの武器を一つなくしたのは助かるぜ」

 

 すると彼のつぶやきが聞こえていたのか、サタンパピーはくつくつと笑い出した。

 

『武器を一つ、なくしただと? これだからゴミは不快なんだ。おれがいつ手にしているものだけが武器だと言った?』

 

「!?」

 

 その途端、サタンパピーの身体から感じたことのない殺気が迸る。いや、これは殺気ではない。魔力のない私には普段感じられないもの――、そう、魔力だ。表現しようのない重苦しい気が、魔力を感じられない私ですら何かを感じ取り、総毛立っているのがわかる。

 

『愚かな人間どもよ。その浅ましく無知な魂は我らの糧にすらならない。潔くおれに屈し滅ぶがいい。――メラゾーマ!!』

 

 サタンパピーから溢れ出す魔力が一点に凝縮され、禍々しい巨大な炎の塊となって目の前に現れる。そして次の瞬間、その炎はナギに向かって放たれた。

 

「うわあああああっっ!?」

 

「危ないっ!!」

 

 避けられるかどうかも考えないまま、私は勢い余ってナギに体当たりをかけた。そのままもんどり打って二人とも倒れ込む。

 

『バカめ! おれの呪文からは逃げられないんだよ!!』

 

 サタンパピーの言うとおり、炎は軌道を変えてこちらに迫ってくる。このままでは二人とも炎の餌食になってしまう――!!

 

 その時、私たちの頭上で何かひんやりしたものが通り過ぎた気がした。

 

 ぱじゅん!!

 

 何かがぶつかりあって潰れたような、奇妙な音がした。ナギに覆いかぶさっていた私が即座に顔を上げて後ろを振り向くと、間近に迫っていた炎の塊は跡形もなく消えていた。代わりにむせ返るような蒸気が辺りに漂っている。

 

『な……、相殺した(・・・・)!?』

 

 サタンパピーの驚愕した声が響く。何が何だかわからずキョロキョロと見回すと、メラゾーマの進行方向と向かい合うように、動く石像が立っている。さらにその石像の向こうには、シーラの姿があった。

 

――シーラ!! こいつに氷系の呪文をできるだけ浴びせてくれ!!

 

 サタンパピーと戦う前、石像と戦っているユウリがシーラに向けてそう言っていたことを思い出す。

 

――そうか! 今のはシーラがこちら――彼女たちから見れば石像――に向かって氷系の呪文を放ったのだ。石像には避けられたが、運よくこちらのメラゾーマに当たり、炎と氷がぶつかり合うことで相殺し、蒸発して消えたのだろう。

 

 これを運がいいのひと言で片付けていいものか分からないが、とにかく幸運だった。このチャンスを無駄にしないためにも、ここで一気に畳み掛ける!

 

 私はすぐにナギから離れて起き上がると、未だ茫然としているナギの手を引いて起こした。

 

「ナギ!! 行くよ!!」

 

「あ、ああ!!」

 

 意気込む私に気圧されたのか、ようやくナギは我に返ると、ドラゴンテイルを再び力強く握った。

 

『運も実力の内ということか……。だがゴミは所詮ゴミだ!!』

 

 サタンパピーから、再び殺気が増大した。床を蹴り、瞬く間に私たちの間合いに入ると、目にも留まらぬ速さで鞭を振るった。

 

 しかしナギも負けていない。先程よりも圧倒的に素早い動きで、次から次へと繰り出す鞭の軌道を全て弾いていく。その白熱した攻防に、私は手も足も出ないでいた。

 

「どうしたんだよ? さっきまであんなにべらべら喋ってたじゃねーか!」

 

 余裕ともいえる表情でサタンパピーを挑発するナギ。しかし敵の態度に変化がないと感じ取るや、突然ドラゴンテイルの鎖の軌道が変わった。

 

 ぐん、とサタンパピーの鞭が引っ張られる。ナギの巧みな動きで、鞭を絡め取ったのだ。その隙に、ナギが左足でサタンパピーの脇腹を蹴り上げた。

 

『ガァッ!?』

 

 ナギの攻撃をまともに食らい、悲鳴を上げるサタンパピー。そこへすかさず私がサタンパピーの背後に回り込み、その場に勢いよく跳躍すると、左足を振り下ろす。

 

「はあっ!!」

 

 ドガガッ!!

 

 私が繰り出したかかと落としはサタンパピーの頭に見事に直撃し、床に叩きつけられた。

 

「うらあっ!!」

 

 畳み掛けるように、サタンパピーの鞭を振り払ったナギが倒れたままのサタンパピーにドラゴンテイルを振り下ろす。ビシィッ!! と張りのある音を響かせたドラゴンテイルが、サタンパピーの身体に無数の傷を植え付けていく。

 

――このまま攻撃を続ければ、勝てる!!

 

 私は猛攻するナギを応戦しようと、星降る腕輪の力を発揮させた。これで反撃の余地はないだろう、と確信した時だった。

 

「――!?」

 

 笑っていた。私とナギにここまで攻撃されていても、サタンパピーはなおも笑っていたのだ。

 

 そして一言、呟いた。

 

『ベホマラー!!』

 

 その瞬間、サタンパピーの身体から光が溢れ出し、傷だらけになっていた自身の身体がみるみるうちに回復していく。

 

「う、嘘……」

 

 私は乾いた声で呻くように呟く。せっかくあれだけ攻撃を与えたのに、まさか僧侶が使う回復呪文まで使うなんて……!!

 

「そんな!? なんで回復してるの!?」

 

 すると、離れた所でシーラの愕然とした声が届いた。目をやると、石像相手に四苦八苦している二人の姿があった。まさか、二人が戦っている石像の魔物にも効果があるの!?

 

『はっ!!』

 

 バサッ!!

 

 サタンパピーは背中の翼を思い切り広げ、ナギの体を吹き飛ばした。しかし吹き飛ばされたナギは既のところで体勢を変え、受け身を取る。

 

「マジかよ……。こりゃあ一筋縄じゃ行かねえな」

 

 疲労感を滲ませた声でナギが言うと、サタンパピーはせせら笑った。

 

『どうした? さっきまでのおしゃべりがすっかりご無沙汰になったようだが』

 

「バーカ! これくらい歯ごたえがなきゃつまんねーよ!」

 

「あっ、ちょっと待って、ナギ!!」

 

 いきなり一人で飛び出すナギを呼び止めたが、すでに私の声は聞こえていないのか、ドラゴンテイルを振り回しながら猛然とサタンパピーに突っ込んで行く。

 

 バサッ!!

 

 するとサタンパピーは翼を大きく羽ばたかせ、再び強風を生み出した。迫り来る向かい風にナギの足は止まり、当然近くにいた私も動けなくなる。その隙にサタンパピーは床を蹴って高く跳び、滑空しながらナギへと近づいた。

 

『メラゾーマ!!』

 

 再びサタンパピーの手から火球が放たれると、至近距離にいたナギに直撃した。

 

「うああっ!!」

 

「ナギ!!」

 

 至近距離で炎の呪文をもろに食らい、ナギの身体が炎に包まれる。マックベルさんのときとは違い、ユウリのように呪文に耐性のある防具を身に着けているわけでもない。このままではナギの命が危ない!

 

「せいっ!!」

 

 私はサタンパピーの脇に回り込み、奴の頭を目掛けて回し蹴りを放つ。しかしサタンパピーは予測していたのか、私の蹴りを平然と受け止めた。そしてその手で私の足ごと叩き伏す。

 

 ダンッ!!

 

「うぐっ!!」

 

 仰向けに倒され、背中を強かに打つ。起き上がろうとしたが寸前でサタンパピーに足を踏みつけられる。

 

『!!』

 

 サタンパピーが手を私の目の前にかざし、魔力を練り上げる。まずい、なんとか回避しなきゃ……!! でも、微かに体が痺れるこの状態で今から起き上がるには、間に合わない!!

 

「この野郎おぉぉっ!!」

 

 その時、サタンパピーの肩越しに、叫ぶナギの姿が見えた。炎は消えたが全身火傷だらけの彼の身体は見るからに重傷だった。それでも猛然と立ち向かうと、彼はサタンパピーの後頭部めがけて拳を振り下ろした。

 

『がはあっ!?』

 

 ナギはさらに、ドラゴンテイルによる攻撃をサタンパピーに次々と浴びせていく。ドラゴンの鱗を模した鋭利な鎖の刃が、反撃すらできないサタンパピーの身体に無数の傷をつけていく。

 

『この……、下等なゴミが!!』

 

 再びサタンパピーから膨大な気が感じられた。ようやくサタンパピーはナギの方を振り向くと、両手を前に突き出した。

 

『メラゾーマ!!』

 

 サタンパピーの力強い声とともに、三度目の炎の塊が現れた。今までよりも小さいが、当然至近距離にいるナギには当たってしまう。しかし当のナギは体力的に限界なのか、避ける仕草もなく立ち尽くしたままだ。

 

「ナギ!!」

 

 急いで立ち上がろうとするが、サタンパピーに足を踏まれているので動けない。そうこうしているうちに、サタンパピーの手から炎が放たれた。

 

 ドオォン!!

 

 メラゾーマは、確かに直撃した。但しナギの遥か後ろにいる動く石像(・・・・)に。

 

『な……?』

 

 驚いて、声を失うサタンパピー。標的だったはずの目の前にいる人間は、不敵な笑みを見せる。

 

「あんたさっきからどこを見てるんだ?」

 

『!?』

 

「まあ、さっきオレがお前の頭をぶん殴ったせいで、目の焦点が合ってないからかも知れねえけどな」

 

 つまり、さっきのナギの後ろからの攻撃は、サタンパピーの判断力をも鈍くさせたのだ。そう言えば私も、ネクロゴンドの火山でナギに後頭部を叩かれてそのまま気絶したことを思い出す。

 

「ヒャダイン!!」

 

 ガゴオォンッ!!

 

 シーラの呪文が、巨大な石像の体の一部を破壊する。あちらも確実に魔物にダメージを与えているようだ。

 

「どうやらあっちもカタがつきそうだな」

 

『この……、ゴミどもがああっ!!』

 

 逆上してナギに襲いかかるサタンパピー。だが、冷静さと判断力を欠いた魔物の攻撃は、ナギが避けるまでもなく空を切る。

 

 ビシッ!!

 

 そこへすかさずナギの一撃がサタンパピーの顔面に入る。さらに二撃、三撃と容赦なく得物を振るうナギ。もはやサタンパピーに立ち向かう気力はなく、ナギの猛攻を凌ぐので精一杯だ。

 

「そろそろ回復でもしたらどうだ? ……それとも、さっきの炎の呪文で弾切れか?」

 

 軽口を言いながらも、ナギは攻撃の手を緩めない。じりじりとサタンパピーが後退するのを感じ、さらに攻撃の勢いを増していく。

 

「これでトドメだ!!」

 

 バシィッ!!

 

『がはあっ!!』

 

 ナギの渾身の一撃に、サタンパピーはたまらず膝をついた。それでも致命傷には至らず、目の前のナギを睨みつける。

 

『ま……まだだ!! 貴様らを、魔王様の所には行かせん!!』

 

 そう吠えると、サタンパピーは気合とともにナギにナイフを振り回す。すでに判断力は戻ったのか、ナギの頭や腕、内臓を狙って斬りつけるが、ナギの反射神経がそれを上回り、悉く避けられる。

 

 その間私はとっくに起き上がり、ナギに加勢しようと気配を殺して窺っていた。

 

「くらえ!!」

 

 バシッ!!

 

 ナギの一撃がサタンパピーの鞭を弾き、敵の得物はこれで全てなくなった。

 

――今だ!!

 

 絶好のチャンスと判断した私は、考える間もなく床を蹴る。

 

「はっ!!」

 

 ザシュッ!!

 

 私の放った黄金の爪の一撃は、サタンパピーの胴を横に斬り裂いた。会心の一撃か、それに近いほどのダメージを与えたはず!!

 

「ナギ!!」

 

「任せろ!!」

 

 刹那。ナギのドラゴンテイルが下から上へと弧を描き、サタンパピーの身体を一刀両断した。

 

「やっ……た!!」

 

 断末魔の悲鳴を上げることなく、最後の四天王であるサタンパピーは私とナギによって倒された。

 

「よっしゃ!! 四天王を倒したぞ!! やったな、ミオ……」

 

 バターン!!

 

 満面の笑顔で私にハイタッチしてくるナギ。しかしその直後、ナギはその場に倒れてしまった。

 

 そうだった!! 平然と戦ってたけどナギってば、メラゾーマで受けた火傷を負ったまま戦ってたんだった!!

 

 私は急いで座り込み、鞄から薬草をありったけ取り出し、ナギの服を捲って傷口に当てた。ついでにナギの口にも強引に薬草を詰め込み、応急処置を施した。

 

 しかしこれで本当に良くなるのか。こんなに酷い怪我なのに、回復呪文が使えない自分がもどかしい。

 

「お願い、ナギ!! 目を覚まして!!」

 

「ベホマ!」

 

 突然聞こえた声とともに、ナギの身体が淡い光に包み込まれる。この声は、と顔を上げた途端、私はいつの間にか目の前にしゃがみ込んでいたユウリと目が合った。

 

「ユウリ!!」

 

「バカ、薬草の使いすぎだ」

 

 いつもの淡々とした声に、私の視界はみるみるうちに潤んでいく。良かった、無事だったんだ。さらにユウリを追いかけるように、シーラも後ろから駆け寄ってきた。

 

「ミオちん!! ミオちんは大丈夫!? 怪我はない!?」

 

「うん、大丈夫。シーラたちは?」

 

「こっちもちゃんと動く石像倒したし、あたしもユウリちゃんも大した怪我はしてないから大丈夫!! それよりナギちんの具合は?」

 

「大丈夫だ。俺の呪文が失敗するわけないだろう」

 

 自信たっぷりに言い放つユウリ。その言葉通り、ユウリが呪文を唱えてからいくらもたたないうちに、ナギの怪我はすっかり治ってしまっていた。

 

「良かった……」

 

 シーラがほっと胸をなでおろす。私も二人が無事で、心底安堵した。

 

 と思いきや、シーラは少しむくれた顔でキッとこちらに向き直った。

 

「もう、さっきはびっくりしたよ! あたしのヒャダインとあの悪魔のメラゾーマがうまく相殺したからよかったけど、下手したらミオちんたちにどっちかの呪文が当たったかも知れなかったんだからね?」

 

「あー、あの時はナギを助けるのに必死で、何も考えなかったっていうか……」

 

「運がいいにもほどがあるよ!! でも、本当に無事でよかったよ……」

 

 言い終わらないうちに、涙ぐむシーラ。なんて心配性で、優しい賢者なのだろうと思いながら、くすりと微笑む。

 

「ごめんね、心配かけて。でも、二人も無事で良かった」

 

「ふん。この俺があんな無機物ごときにやられるわけないだろ」

 

「えー? その割にはあの石像を破壊するのに随分手こずってたみたいだったけどぉ?」

 

「あれは俺のベギラマとお前の氷の呪文のタイミングがうまく行っていれば温度差による熱膨張でもっと戦いが有利になっていたはずで……」

 

「あーもう!! グダグダ言ってねえで早く先に進もうぜ!!」

 

 からかい混じりに話すシーラにくどくどと説明を始めるユウリ。それに嫌気が差して間に割り込むナギ。そんな三人の変わらないやり取りに、私は敵の本拠地にいるにも関わらず、笑みをこぼしたのだった。

 

 

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