『この……、小賢しい人間どもめが!!』
自らの呪文によって傷だらけとなったバラモス。呪文も封じられ、今まで余裕だった魔王の表情に初めて焦りが見られる。
しかし、バラモスが一声吠えるとともに、奴の周囲から黒い霧が発生し、爆発によって受けた傷が塞がっていく。
だが、完全には回復していない! どうやら体力の消耗でさっきよりも回復力が弱くなっているようだ。
「ここはオレに任せろ!!」
そこへ、神速果敢にバラモスに突っ込んでいくナギ。彼の放つドラゴンテイルが、次々と回復したばかりのバラモスの身体に傷をつけていく。
『ガアアアアァァァ!!』
自己回復に意味を見いだせなくなったバラモスは、もはや人語すら忘れたかのように叫んだ。
「ちっ!!」
たまらず両耳を塞ぎ、その場から回避するナギ。超音波にも似たその雄たけびは、部屋中のガラス窓にヒビを入れた。
しかしバラモスの理性が失われた今、攻撃の手を緩めるわけには行かない!
私は精神を集中させると、ナギと入れ替わるようにバラモスに突っ込んでいった。右の拳に力を込める。バラモスが私の気配に気づいたときには、すでに奴の視界に私は映っていなかった。
――見えた!! あれがバラモスの急所だ!!
体に炎を纏うような感覚を覚えるとともに、バラモスの動きがゆっくりになる。バラモスの次の動きを予測した直後、私は渾身の力で黄金の爪を繰り出した。
ズバァッ!!
『ギャアアアアアアアア!!!!』
――出た!! 会心の一撃!!
バラモスの下腹部から夥しい量の血が噴き出す。私の服や顔にもついてしまったが、今はそんな事気にしていられない。奴が反撃する前に、ケリをつけなくては!!
『め、メラゾーマ……!!』
「えっ!?」
まだ呪文を唱える余力が残っていたのか、バラモスの放ったメラゾーマが私を直撃した!
「ああああっっ!!」
身体が焼けるとともに、巻き起こる炎風により遠くの壁までふっ飛ばされ、叩きつけられる。すぐに両手で顔を覆ったので最悪の事態は免れたが、身体中の火傷のせいで動けない。
「待ってろミオ!! 今回復してやる!!」
そこへナギが横たわる私の元へ駆けつけてきた。ナギは自分の鞄から薬草を何枚も取り出しては私の身体に貼ったりと、応急処置をしてくれた。
「ありがとう、ナギ」
自らも薬草を口に入れながらも、なんとか自力で起き上がろうとする。けれど呪文とは違い、薬草での回復は相当な時間を要する。
「お前ら、よくやった! 最後は俺が決着をつける!」
そう言い放ったのは、いつの間にかバラモスの前に回り込んでいたユウリだった。不意を突かれ驚くバラモスに、ふっと笑みを浮かべる。
『!? しまった!!』
「これで終わりだ、魔王バラモス!!」
部屋中に響く勇者の一声。と同時に、彼の握る稲妻の剣がバラモスの腹を貫いた。
『ガアアァァァアアアッッッ!!』
バラモスが上を見上げながら吼える。しかし最後のあがきか、絶叫を上げながらも両手でユウリに貫かれた剣を握っている。まさか、剣を抜こうとしているの!?
「この……、さっさとくたばれ!!」
『く……くく……。その程度の……、攻撃では、わしは……、倒せん……』
ユウリがさらに剣を押し込もうとしてもびくともしない。それどころか、ぴしり、という小さな音とともに、稲妻の剣の刀身にヒビが入る。
――まずい!! 早く立ち上がってユウリを助けなきゃ!!
だがこの怪我では、指を動かすだけで精一杯だ。そう思った矢先のことだった。突然、ユウリの身体から光が溢れ出したような気がした。
「何? あの光……」
光はユウリからじゃない。正確には、ユウリが握りしめている剣が輝いている。そして――。
ドォォォォンッ!!
その瞬間、バラモスの巨体が内側から膨れ上がり、皮膚の隙間から白熱の光が噴き出す。爆発の鼓動が響くたび、身体全体に不気味な震動が伝わってくる。内側からの連続爆発が、魔王の強靭な内臓を、ズタズタに破壊していく。
あれは、稲妻の剣に秘められた力! ネクロゴンドの洞窟でホロゴーストと戦ったときに一度見た光景だ。けれどあのときよりも爆発は凄まじく、内側から破壊された魔王の身体は回復もままならず、立っているのもやっとのようだ。
『こ……、このわしが……、人間どもに……。ふざ……けるな……!』
ごふりと紫色の血を口から吐き出しながら、息も絶え絶えにバラモスが呟く。それでもなお
お願い、倒れて……!!
視界の端では、座り込んでいたシーラが祈りを捧げ、ナギは次の攻撃に備えて身を低くしている。
そしてユウリはというと、突き立てた稲妻の剣から手を離し、バラモスから一歩退いて手を前に翳していた。その後ろ姿には、この一撃にすべてを託すという、静かな、しかし燃えるような決意が宿っているように見えた。
「これで――ようやく終わる」
ポツリと呟くと、ユウリは深く息を吸い込んだ。
「ライデイン!!」
その瞬間、城の重厚な天井を貫いて、巨大な白い雷光が、バラモスの腹に突き立てられた剣へと降り注ぐ。
避雷針代わりとなった剣により、空の怒りがバラモスの心臓部へ一点に収束した。
『グガァァァァァァッ!!』
内側から吹き荒れる稲妻の剣による爆鳴と、外側から身体を焼き尽くす雷鳴の審判。二つの強大なエネルギーが魔王の肉体を破壊し、存在そのものが皓い光芒に塗りつぶされる。
光が収まった時、バラモスの肉体はもはや維持するのも出来ないほどボロボロだった。
『ぐうっ……。お……おのれ……。わしは……、わしは諦めぬぞ……。……ぐふっ……』
最期にバラモスはそう言い残すと、息絶えた。そしてその肉体はパラパラと灰色の塵となって、冷たい石床へと消えていく。
バラモスだった
「……終わった、んだね」
長すぎる沈黙の中、ようやく私は震える拳を解き、静かに息を吐いた。
「……ああ。俺たちの目的は果たした。魔王は滅びたんだ」
剣を手放した勇者が私たちの方を振り返る。その背中には、伝説を背負う『勇者』の威厳が立ち昇っていた。
「やったああああ!! 魔王を倒したあああ!!」
「すげえええええ!! オレたち、ついにやったんだな!!」
今までの緊張感が、シーラとナギの歓声によって瞬く間に取り払われた。かくいう私もこの喜びを思い切り分かち合いたかったのだが、さっき受けたメラゾーマの傷が治りきっていないので、起き上がるのがやっとであった。
すると、動けない私に気づいたユウリが前にやってきて、手を翳した。
「ベホイミ」
ユウリが放った呪文により現れた淡い光が、メラゾーマで受けた火傷や傷をあっという間に治してくれた。
そして彼は続けてこう言った。
「お前のおかげで奴の隙を作ることが出来た。ありがとうな」
「う、うん!」
彼にはもっとたくさん言いたいことがあったが、気持ちが高揚するあまりただ頷くことしか出来なかった。
そんなこんなで四人で魔王を倒した喜びを分かち合っていると、何やら突然暖かい光に包まれた。
「ん? なんだこのあったかい光?」
瞬時に警戒したナギが辺りを見回すが、私たち四人の他には誰もいない。
すると突然、部屋全体が白い光に包まれた。
「なっ、何!?」
慌てふためく私に、いきなりユウリが私の肩を抱き寄せた。
「皆、落ち着け!! 正体が何か分かるまではここを動くな!!」
いやあのむしろ余計落ち着かなくなってるんですけど!?
さらに動揺している私をよそに、ユウリは視線を這わせながら用心深く周囲に気を配る。
「待ってユウリちゃん! たぶん敵じゃないと思う。むしろこの気配は……」
――ユウリ……、ユウリ。私の声が聞こえますね?
シーラの声が途中で途切れる。突然ユウリの名を呼ぶ謎の女性の声が聞こえてきたからだ。
でもこの声、どこかで聞いたことあるような……?
「誰だ!? どうして俺の名を知っている!?」
――あなたとこうして話をするのはこれが初めてではないですよ? ですが……、今は姿を見せることができないことが残念でなりません。私はあなた方をずっと見守ってきました。……本当によく頑張りましたね。
姿は見えずとも、その慈しむような優しい声は張り詰めていた私たちの心を温かく溶かしてくれた。
――さあ、ラーミアのところまで戻りなさい。そして、帰るのです。あなたたちを待っている人々のところへ――。
そう言い終えると、謎の女性の声はそれきり聞こえなくなってしまった。そして辺りが急に視界を覆い尽くすほど眩く輝き、たまらず私は目を瞑ってしまった。と同時に意識が朦朧となり、次に目を開けたときにはなぜか青い空が広がっていた。
「あれ、ここは……」
魔王の城の中にいたはずなのに、目の前には青い空と広大な平原が広がっている。けれどすぐに見覚えのある景色だと判断し、その証拠となる存在を目で探す。
「ピィーーッ!!」
「ラーミア!!」
良かった、魔王の城の前でずっと待っていたラーミアは無事のようだ。ついでにその傍らにある大量の金貨袋も。
「ラーミア。俺たちをアリアハンまで連れてってくれ」
「ピィ!!」
ユウリの声に、澄んだ鳴き声を響かせるラーミア。バサリと翼を広げながら、ラーミアは私たちが乗りやすいように体勢を変えてくれた。
「ありがとう、ラーミア!」
私がお礼を言うと、ラーミアは先ほどと同じ調子で一声鳴いた。なんとなく気を許してくれた気がして、私も嬉しくなった。
すぐに四人がラーミアに乗ると、ラーミアはゆっくりと体を起こし、飛び立つ準備をした。ラーミア酔いになるユウリを気遣っているのか、今回はゆっくりと地面を浮上した。
バラモスがいた城を眼下に見る。かつて栄華を誇っていた城は魔物の王に支配された。しかしその魔王は倒され、いまや無主の城となった。湖の一端にポツンと佇む廃城に、寂しさだけが残された。
悠然と舞うように飛ぶラーミアの背の上で、私は背中越しにユウリに話しかける。
「私たち、魔王を倒したんだよね」
「ああ」
「なんかまだ、実感がわかないよ」
「俺も同じだ。でも間違いなく、魔王は滅びた。俺たちがこの世界に平和を取り戻したんだ」
「うん……」
ユウリの言葉に、この手で魔王を倒したという現実が、嬉しさとともにこみ上げていく。
私はユウリの背中を抱きしめながら、一時の幸せに身を委ねたのだった。
ゲームだと魔王を倒したあとすぐにアリアハンに飛ばされますが、話の都合上一部変えています。