勇者、故郷に帰る
「おお、勇者だ!! 勇者が帰ってきたぞ!!」
「勇者って……、あの英雄オルテガの息子ユウリのことだよな!? 本当にあいつが魔王を倒したっていうのか?」
「ついさっき御神託があったとお城の方で噂があったが、本当だったのか……」
「ユウリ様よ!! 勇者ユウリ様の凱旋よ!!」
「良かった……。これで魔物に怯える生活がなくなるのね!」
「わーい、わーい!!」
「勇者御一行、バンザーイ!!」
「ありがとう、勇者様!! 私たちの世界を救ってくださって、本当にありがとう!!」
ラーミアに乗りアリアハンまでやってきた私たちは、街にたどり着いて早々、人々の歓喜と祝福の声を目の当たりにして立ち尽くしていた。
「……なんでもうオレたちが魔王を倒したことを皆知ってるんだ?」
かろうじて状況を理解したナギに、シーラが口に手を当てて考え込む。
「もしかして、あたしたちをここに飛ばしたあの声の人が伝えたのかな? 今の街の人の話の中に、『御神託があった』って声が聞こえたし」
なるほど、それなら得心が行く。だけどそれを確かめようにも、今目の前には大勢の人だかりができていて、お城に進むことができない。こういう時、ユウリが率先して状況を打破することが多いが、今回に関してはやけにおとなしい。
「とりあえずこの状況……、どうしたらいいのかな?」
「あたしに任せて」
私が誰にともなく呟くと、突然シーラが神妙な顔で群衆の前に歩み出た。
「皆さん、聞いてください!! 今、私のもとに御神託が下されました!!」
その高らかな声に、ざわめきが一瞬にして静まり返る。
「私は賢者のシーラです。神のお導きに従い、混迷極まる世を救うため、勇者ユウリとともに魔王と戦い、無事に討伐の命を果たしました!」
その瞬間、『おおおおっ!!』という大歓声が沸き起こり、ユウリに群がっていた人たちが一斉にシーラの方へと集まる。
「わーっ!! おねえちゃん、勇者様の仲間なの? かっこいー!!」
「賢者? なんかよくわかんないけどすごそうな職業だねえ?」
「何言ってんだ、賢者って言ったら、過去に三人しか神に選ばれなかった伝説の職業じゃねえか!! そんな人を仲間にするとは、さすが勇者様だ!!」
「御神託だって? そんなの国のお偉いさんにしか下されないんじゃないのかい?」
皆一様にシーラに興味津々の街の人たち。皆がシーラに注目する中、シーラは凛とした顔で言葉を続けた。
「この地を治める者の元へと向かう勇者一行に道を開けよ。そして祝福の証として、勇者一行に酒を一人一瓶贈ること――。これが私が授かった御神託の内容です」
シーラの御神託の内容に、人々は騒然となった。
「おおおっ! これが賢者様が賜った御神託!! なんと神々しい!!」
「勇者様をお城まで案内すればいいのね? 皆どいて! わたしが案内するわ!」
「いや、勇者様たちを導くのはこのおれだ!!」
「わたしよ!!」
「よし、それじゃあ僕は勇者様たちのために、この街で一番上等な酒を用意するぞ!!」
「なんだと? 酒屋の俺を差し置いてそんなことさせるもんか!!」
などと皆口々に叫び、人だかりは私たちをお城へ案内する人たちと、お酒を買う人たちに二分された。
「おいシーラ……。どうすんだよ、これ……。前半はともかく、後半は完全にお前の欲望だろ」
半ば強引に町の人達に連れられながら、呆れ顔で話すナギ。しかし当のシーラはケロッとした顔で答える。
「いやあ、だってここんとこずっとお酒飲めなかったし、やっぱあたしのアイデンティティってお酒もその一部だから。それよりどうだった? あたしの賢者としての立ち振る舞い」
「すっごくかっこよかったよ、シーラ!! ホントに御神託があったみたいだったよ!」
「ミオちん、しーっ!!」
慌てて口に指を当てるシーラに、私は思わず手で口を覆う。幸い街の人達は、皆シーラの御神託に夢中で、私の失言に誰も気づいてないようだ。
街の皆に案内され、私たちはすぐにアリアハンのお城へとたどり着くことが出来た。城門の前にはすでに数人の兵士が出迎えてくれており、ユウリの姿を見た途端、皆歓喜の声を上げた。
「おお、ユウリ殿!! ご無事で何より!! 魔王討伐という過酷な命を、よくぞ果たしてくださった! これで亡きオルテガ殿も浮かばれるであろう!」
「そんなことより、陛下はいらっしゃるのか? 一度謁見を申し出たいのだが」
「ああ、国王陛下もぜひユウリ殿にお会いしたいと仰っている。すぐにでも謁見の間にお越しいただきたい」
ということで、私たちは早速謁見の間へと向かった。大理石でできた広い階段を上った先に、謁見の間はあった。
赤く長いカーペットの奥にある玉座に座している人物――アリアハン王の姿を認めた途端、私たちは立ち止まり、敬礼した。
「おお、ユウリよ!! 無事に戻ってきてくれて何よりじゃ!! よくぞ魔王バラモスを打ち倒してくれた!!」
満面の笑みを浮かべながら、王様は私たちをねぎらってくれた。
「ありがたいお言葉を賜り、有り難く存じます。ですが私一人の力ではありません。ここにいる共に戦ってきた仲間たち、それに陛下や多くの旅先での人々との出会いがあったからこそ、私は今ここにいるのです」
「そうか……、それは何よりじゃ。お主はその境遇ゆえ、昔から一人で背負い込む癖があったからのう。長い旅を経て、良い仲間を持ったようじゃな」
久々に見るユウリの謁見の間でのやりとりにホッとする。それに、王様とユウリの間には、私たちには知る由のない深い絆があるように感じた。
「しかし陛下。一つ気になることがあるのですが……。なぜ私たちが魔王を討伐した直後であるにも関わらず、この国の者たちは私たちが魔王討伐を成し遂げたことを知っているのですか?」
問うユウリに、王様は自身の髭を撫でながら答えた。
「うむ。わしも驚いたのじゃが、突然誰もおらぬのに知らぬ女性の声が頭に響いてきたのじゃ。しかもその声によると、我が国だけでなく世界中の人々にも伝えているという。その者が急にお主が魔王を倒したと教えてくれたのじゃ。相手は名乗らなかったが、おそらく彼女はこの世界の神ではないかと思っておる」
「神……。ならやはりさっきのは……」
何やらぶつぶつ呟き始めるユウリ。すると王様は何かを思い出したのか、ハッとしながら膝を叩いた。
「それより宴じゃ!! 今から二日後に、魔王を倒したそなたたちのためのパーティーを開こうと思う!!」
「パーティー……、ですか?」
複雑そうな顔を見せるユウリだが、ナギとシーラはその単語を聞いた途端、目をキラキラと輝かせた。
「なあ、パーティーってことは、食いもんいっぱい出てくるのか!? 肉とかケーキとかも食えるのか!?」
「何言ってんのナギちん!! パーティーって言ったら断然お酒でしょうが!!」
「お前ら、少しはわきまえろ! 国王陛下の御前だぞ!」
はしゃぐナギとシーラにユウリは激昂するが、その様子を見た王様が窘める。
「よいよい。今回の件はそなたたちが主役じゃからな。それにこのパーティーには、わが国だけではなく世界各国の王族も招待することになっておる」
世界各国!? てことはロマリアとかポルトガの王様も来るってこと?
「そなたたちは英雄オルテガの遺志を継ぎ、世界を平和へと導いたのじゃ。本来ならこの世界の人々から祝福を受けなければならない存在じゃが、あいにくわしの城にはすべての人間を招待するほどの広さはないのでな。各国の代表に来て頂くことにしたのだ」
そう言ってかっかと笑う王様。その後、浮き足立つ私たちに二日後に開かれるパーティーの日程を大まかに説明したあと、それまでお城で滞在するかどうかを尋ねてきた。
「陛下のご厚意は大変有難いのですが……、これから実家に戻り母に報告をしたいので、今回はお断りさせていただきます」
申し訳なさそうに、だがはっきりと断るユウリ。けれど普段何を考えているのかわからない彼の言動が、アリアハンの王様の前では幾分素直さを見せているように見えた。
王様もユウリの様子に気がついたのか、すぐに話を切り替えた。
「おお、そうじゃったな! 母君もお主が帰ってくるのを誰よりも心待ちにしているはずじゃ。ならばそこの三人はどうじゃ?」
突然質問を向けられ、いつものようにしどろもどろになりながら私は答える。
「へっ!? あ、いや、私もこういうところは落ち着かないので、お気持ちはありがたいのですが、街にある宿屋を借りようと思います」
本心を言うと、お城での生活に興味がないとは言えなかった。けれど勇者であるユウリが断ったのに、私がお城で寝泊まりするのも居心地が悪いと思い、つい反射的に断ってしまった。
「あたしもミオちんと同じ宿に泊まるから大丈夫でーす☆」
「オレも近くに家(ナジミの塔)があるから、一度帰るつもりだぜ」
シーラとナギにも断られ、少し残念そうに眉を下げる王様。
「そうか……。ならば気が向いたらいつでも来るがよい。わしもオデットも、二日後のパーティーを楽しみにしているぞ」
「……ありがとうございます。では今日はこれで失礼します」
一礼し、部屋を後にするユウリ。私たちも彼に倣い、続いて退室することに。
無言で廊下を歩くユウリに、私は先ほどの王様との会話でふと気になったことを尋ねた。
「ねえ、さっき王様が仰ってた『オデット』様って、もしかして王妃様?」
その名を聞いた瞬間、ユウリはピタリと足を止めた。
「……違う。王妃殿下ではなく陛下の御息女。つまり、この国の王女だ」
「へえ、そうなんだ。王女様と知り合いだなんてすごいね」
などととりとめのない会話をしながら、一行はお城を出た。そしてすぐに実家に向かうユウリとナギの二人と別れた。シーラと二人きりになり、自然と足が宿屋に向かう。街の中はさっきよりも落ち着きを取り戻し、すっかり元の穏やかな町に戻ったようだ。
「来たときと違って、随分静かになったね」
「そだね〜。やっぱユウリちゃんがいるのといないのとじゃあ反応が違うのかも。ロマリアの時だってユウリちゃん、女の子にモテモテだったもんね」
そんな平和な会話をしていた時、私は唐突に思い出した。ユウリとエジンベアに行った時にした会話を。
――昔から、ああいうタイプの女性は苦手なんだ。
――ああいうタイプって……ヘレン王女みたいな子?
――ああ。俺の故郷のアリアハンにも王女がいたが、彼女に似ているんだ。……その人に言い寄られてからだ、ああいう女性に苦手意識を持つようになったのは。
あれ? アリアハンの王女って……、さっき言ってたオデット様のことだよね? ええとつまり、ユウリが女性に苦手意識を持つ原因になったのがオデット王女ってことで……、二日後のパーティーに王女さまが出席するってことは……。
頭の中で一つの答えが導き出され、同時にぞわぞわと強い悪寒が走った。
「? どうしたの?」
「ななななんでもないよ! それより早く宿屋に行こうよ!!」
訝しむシーラに私は慌てて言い繕う。けれど私の雑なはぐらかし方に何かを感じたのか、シーラはじっと考え込んでしまった。
「ミオちん、もしかしてユウリちゃんと王女様の間に何かあるんじゃないかって思ってる?」
「へうぁっ!?」
シーラのいきなり核心を突いた質問に、私は思わず変な声を上げる。ユウリと王女様の関係なんてシーラは知らないはずなのに、こと恋愛に関してはひときわ鋭い彼女は何かを察したようだ。
「そそそそそそそんなことないよ!?」
とは言え、明日もし二人が再会してまた王女がユウリに言い寄ったりしたらどうしようとか、二人が並んでいる姿を想像してしまい、心中穏やかではなかった。
「あはは、動揺しすぎ〜☆ でも、きっとユウリちゃんなら、大丈夫だと思うよ」
「え? 何が?」
一体何が大丈夫なのか尋ねると、シーラはただ笑ってこう言った。
「その王女様がどういう人かわからないけど、少なくともユウリちゃんが王女様を好きになるってことはないと思うよ?」
「なんでそう言い切れるの?」
「うーん、女の勘、かな?」
私も女なんだけどなあ、とひとり心の中でツッコミを入れてみる。けれど恋愛に関しては私よりもシーラの方が断然詳しいはずなので、信じてもいいのかもしれない。いや、本音を言えば信じたい。
「だから、とりあえず今は魔王を倒して超ハッピーなんだから、はしゃぎまくろー!! ってこと♪」
「あ……、うん、そうだね!!」
そうだ。もうこの世界に魔王はいない。世界は平和になったんだ。その魔王を倒した私たちが喜ばないでどうするんだ。
「それじゃあ今夜はこの街で一番料理が美味しいお店に行って、たくさん食べよう!! それにお酒も頼もう!!」
「おーっ!! いいねいいね!! ミオちんもノリノリだね!!」
その後私とシーラは宿のチェックインを後回しにし、その足でアリアハンで一番有名な酒場――ルイーダの酒場へと向かったのだった。