投稿する寸前、間違えてこの話を全消ししてしまい、修整しつつ1話分書き直したため更新が遅くなってしまいました。申し訳ありません。
次の日。宿屋にいた私とシーラはお城の兵士に呼ばれ、お昼過ぎにはお城にやってきていた。
着いて早々たくさんのメイドさんたちに囲まれ、私たちはあれよあれよと言う間にドレスアップさせられた。
私たちが着替えている間、ユウリとナギも兵士たちに連れられてやってきた。彼らもまた、別室で着替えさせられていた。四人の身支度が終了した頃には、すでに空は暗くなり始めていた。
「とっても似合ってるよ、ミオちん♪」
隣にいたシーラが私に向かって優しく微笑んだ。
鏡に映る私は、いつもの動きやすい道着ではなく、胸元が少し開いた深紅のドレスに身を包んでいた。髪も綺麗に結い上げられ、少しだけ大人っぽく見える。
「そ、そうかな? 私にはちょっと大人っぽすぎるというか、分不相応というか……」
ドレスの裾を小さく握りしめながら、私は答えた。手元に伝わる絹の柔らかな感触すら今の私には落ち着かなくて、鏡に映る自分の姿を見るたびについ視線を逸らす。
「ううん、ミオちんはスタイルもいいんだから、むしろそのくらい大胆なドレスの方が似合ってるよ! あたしが保証する!」
きっぱりと断言するシーラの言葉には、なんだか本当にそう思えてくる力があるように感じる。そんな彼女はというと、もともと童顔で愛くるしい顔立ちではあるが、今回は気品あふれる美しいドレスを纏っているせいか、まるで絵本から飛び出して来たお姫様のような可憐さがプラスされている。そのあまりの可愛さに、一目見た私は一瞬言葉を失ったほどだ。
「ほら、もうすぐパーティーの時間だから、早く行こっ☆ ユウリちゃんとナギちんが待ってるよ♪」
シーラに手を引かれ、私はぎこちない動きで控室の扉に向かう。あの扉の向こうには、すでに着替えを終えたユウリとナギが待っているはずだ。どういう顔で扉を開けていいか分からず、妙な緊張でどんどん鼓動が速くなる。
すると、何のためらいもなくシーラが先に扉を開けた。扉の向こうには、ユウリとナギが少し退屈そうに立って待っていた。そしてその瞬間、私は思わず息を呑んだ。
「なんだよ二人とも、ずいぶん様になってるじゃねえか」
先に声をかけてきたのはナギだった。いつもの動きやすい軽装の服のかわりに、仕立てのいい濃い緑色の宮廷服をしっかり着こなしている。髪も整えられていて、悔しいがちょっと見違えてしまう。
「そういう二人だって、すっかり見違えたじゃない」
つい強がりを言い放つ私の心中は穏やかではなかった。確かにナギもかっこいい。切れ長の目に細身の体型、背も高いし何より銀色の髪は今のフォーマルな服によく似合っている。けれど、私の胸を一番強く突いたのは、隣にいる彼の姿だった。
深みのある濃紺の生地に金の刺繍が施された極上の宮廷服。背筋をすっと伸ばしたその凛とした佇まいは、立ち姿ひとつで周囲を圧倒しそうなほどだ。整いすぎているほど端正な顔立ちがフォーマルな装いによって最大限に引き立てられており、シーラと並んだら本物の王女様と王子様そのものにしか見えなかった。
(うわああああ!! 駄目だ、かっこよすぎる!!)
思わず足がすくんでしまい、心の中で私は絶叫した。彼が視界に入るだけで心臓がうるさく鳴り響いてるのに、なぜだか目を逸らせない。さらにユウリは私の様子が気になったのか、私と目が合うなり何か言いたそうに口を開いた。
「あ……」
「あっ!! もうそろそろパーティーが始まる時間だよ!! 早く大広間の前に行かないと!!」
これ以上私の恋心がバレる前に、私はそそくさとユウリに背を向け、大広間へと続く大きな扉の前に向かう。侍女たちに促され、他の三人も私に続いた。
「それでは、魔王バラモスを倒し、世界に平和と言う名の光を取り戻してくださった勇者ユウリと、その仲間たちの登場です!」
やがて宴が始まり、魔王を倒した一行として私たちが大々的に紹介される。控室の扉が開き、城の大広間からは祝福の声とともにきらびやかな照明の光が溢れ出す。
城の兵士たちが鳴らすファンファーレの響きが、会場を大きく震わせる。その力強い音色に合わせて、四人は大勢の招待客が見守る中、大広間の中央に進んだ。
そしてユウリが一足先に玉座に座る王様の前まで歩み出ると、完璧な所作でお辞儀をした。私たちも遅れて彼に倣う。
「勇者ユウリ、そしてその仲間たちよ。よくぞ魔王バラモスを打ち倒してくれた。魔王の脅威が去った今、この世界に真の平和が訪れた。我が国だけでなく、この世界の誰もがこの瞬間を待ち望んだことであろう。すべての民の代表として礼を言わせてもらう。ありがとう! そして、これまでご苦労であった!」
王様の高らかな声に、会場は割れんばかりの拍手と歓声に包まれる。
「魔王討伐は、我が父が成し得なかった志を受け継いだまでのこと。私共には身に余るお言葉でございます」
王様の労いの言葉に、ユウリは畏まった態度で答えた。
「堅苦しい挨拶はこれで終いじゃ。今宵はそなたたちの活躍を盛大に祝おうではないか!!」
王様の一声に、再びファンファーレが鳴り響く。その後華やかな曲の演奏が始まると、大広間は一転してダンスフロアへと変わった。
「まあ……勇者様って、あんなに素敵なお方なの?」
「本当に王子様みたい……」
「ユウリ様! 私と一曲踊ってくださらないかしら?」
「ふん、伯爵家の娘が図々しい。ユウリ様、ぜひともこの私、アルブレヒト公爵家の令嬢シャーロットとダンスを……」
ダンスパーティーが始まった途端、一斉にユウリのもとに女性たちが集まってくる。皆ユウリの堂々として気品ある立ち姿に見惚れたのだろうか、次々とユウリにダンスを誘っている。
しかし貴族の女性にモテモテな一方で、どこからかひそひそとささやき合う男性の声が聞こえてきた。
「あの勇者はここアリアハン出身らしい。どうりで見たことがあるわけだ」
「噂によると本当は一人で魔王を倒す予定だったとか……。どうも性格に難があるらしいぞ」
「あの年で本当に魔王を倒したっていうのか? 父親のオルテガですら不可能だったのに?」
聞いてるだけでなんだかモヤモヤしてしまう。どうやらこの国でのユウリの評判は、男性と女性で二分しているようだ。
「ああもう、ユウリちゃんてば、あたしとの約束忘れてんじゃないよね!?」
「約束?」
シーラのつぶやきに反応した私は、何のことかと首をかしげる。するとシーラは訝しむ私を見た途端、動揺し始めた。
「あっ、えっと、その……。ナギちん、向こうで踊ろう!!」
「は!? ていうかオレ、ダンスなんかやったことねえんだけど!?」
「あたしが教えてあげるから!! それじゃあミオちん、また後でね〜!!」
半ばごまかすようにこの場をあとにするシーラと、一緒に連れて行かれたナギ。二人がいなくなり、私の周囲にはいつの間にか誰もいなくなっていた。そんな時だった。
「ユウリ様!! お久しぶりですわーっ!!」
聞き覚えのある少女の声に、思わず私は目を見張る。集まってくる女性たちの間から顔をのぞかせて手を振っているのは、以前エジンベアにいたとき色々と関わった、エジンベア国の王女ヘレン様だった。
そういえば王様が、世界各国の王族をパーティーに招待すると仰っていたことを思い出し、エジンベアにも招待状を送ったのだと納得する。
意気揚々とユウリに手を振るヘレン王女。あの事件で少しは落ち着いたのかと思いきや、相変わらず元気なようで何よりである。それどころか、周りの視線などお構いなしにユウリを呼ぶその度胸は、ぜひとも見習いたいものだ。
「お久しぶりです、ヘレン王女……」
ユウリも彼女の登場に驚いたのか、目をぎょっと見開いたまま、力のない声で挨拶を返した。
ユウリに挨拶されたことがよほど嬉しかったのか、ヘレン王女は「きゃあああっ♪」とか言いながら一人で盛り上がっている。そうこうしている間に、別の女性がすっとユウリの前に現れた。
「あら、誰も踊らないのなら、わたくしと踊ってくださる?」
人混みを割って現れたのは、王様の隣の玉座に座っていた女性の一人(もう一人は王妃様)、アリアハンの王女様だった。
彼女は自ら玉座を降り彼の前まで来ると、自信に満ちた笑みを浮かべ、そっと手を差し出した。王様や大勢の貴族が見守る手前、彼も断るわけにはいかないのか、彼は躊躇いながらも王女の手を取り、フロアの中央へと踏み出していった。
国のトップである王様の目の前、しかも大勢の歓声に包まれたこの状況でも、ユウリは堂々としていた。
その場にいた貴族たちの視線が一斉に彼らへと注がれると同時に、より一層華やかな演奏が重ねられる。悔しいけれど、それは息をのむほど美しい光景だった。
端正な顔立ちに宮廷服を纏った彼と、絢爛豪華なドレスを着こなす王女。くるりと円を描くたび、ドレスの裾が優雅に翻り、彼の洗練された足取りがそれをエスコートする。華麗に踊る二人の姿は、あまりにもお似合いで、絵になりすぎていた。
曲が進み、演奏も盛り上がりを見せると、彼の手が王女の腰に優しく添えられた。彼に寄り添うようにぴったりと密着したかと思えば、別れを惜しむ恋人のように離れていく。そんな二人が視界に入る度に、胸の奥が、鋭い刃物で刺されたように痛む。
さらに王女様は時折わずかに微笑しげに何かを囁いた。傍から見たら恋人と思われてもおかしくない雰囲気を漂わせている。
(もう、限界かも……)
あの二人を見ていたら、自分のような拳しか能がない女武闘家が割り込める隙なんて、最初からどこにもなかったのだと思い知らされる。
これ以上二人を見ていられなくなった私は背を向け、会場の隅へと逃げ出した。
平和を確信した人々の表情は皆明るく、広間の照明や装飾も相まってなおさら眩しく見える。そんなきらびやかな空間で唯一人、私だけは鬱々とした気持ちで皆の踊る姿を眺めていた。
少し離れた場所に視線を移すと、いつの間にかシーラとナギがフロアの隅でひたすらステップの練習をしていた。時折シーラやナギ目当てに数人の貴族が二人に声をかけようとしたが、シーラのスパルタによるダンスレッスン、そしてそのレッスンをろくに聞かずいつまでたっても上達しないナギを見て、ずっと留まる人はいなかった。黙っていれば異性にモテるはずの二人だが、この二人が本音を言い合っていると、なぜか誰も近寄らなくなる。
そんな二人を遠目で眺めながら、いまだに気が晴れないまま壁際に寄りかかり、一人ため息をついていると、
「どうぞ。喉が渇いているでしょう?」
不意に声をかけられた。振り返ると、私と同じか少し上くらいの若い貴族の男性が、私にグラスを差し出していた。私がユウリの仲間であることは当然ながら知っているようだ。
「元気がないようですが、旅の疲れですか?」
男性の柔らかい声音と優しい気遣いに、多少なりとも傷ついていた私はつい心を許してしまった。お礼を言ってグラスを受け取り、喉の乾きに任せて一気に煽る。
「ミオさん、でしたよね。僕はオラトリス伯爵家の長男でイヴァンといいます」
伯爵家? 長男? そんな情報を聞かれても、一体今この場で何の役に立つのだろうか? 貴族という存在に不慣れなせいか、私は適当に相槌を打つ。
「先ほどあなたの姿を拝見したとき、まさかこんな可憐な方が魔王を倒しただなんて、にわかには信じられませんでした」
「はあ……」
「しかもあのユウリと一緒に旅をしていたなんて、正直驚いてます」
「……あなたはユウリのお知り合いの方ですか?」
初めて私が興味のある話題が出た。興味を持った私に気をよくしたのか、彼はうれしそうに答えた。
「はい。ユウリとは昔、王宮で何度か顔を合わせたことがあります。あのころのユウリは他人を寄せ付けない、一匹狼のような奴でした」
ああ、確か私がここアリアハンでユウリと出会ったばかりの時も、なかなか心を開いてくれず、毒舌ばっかり浴びせられたっけ。
「そのくせ周りの女性からは散々言い寄られて、嫉妬する男どもに嫌われてましたよ」
なぜかニヤニヤしながら話を続けるイヴァンさん。その時私は、目の前にいる彼もまた嫉妬する男性たちの一人なのではないかと直感した。
「どうしてその話を仲間である私に?」
少し警戒しながら私は尋ねる。イヴァンさんは私の顔を見て、朗らかに笑った。
「やだなあ、そんなに警戒しないでくださいよ。別にあなたの気を悪くさせるために言ったのではないんですよ。ただ、昔のよしみとして、仲間であるあなたにはお伝えした方がいいかと思いまして」
そう言って、私の耳元まで顔を近づけると、低い声で囁いた。
「もしあいつに仲間以上の感情を持っているなら気をつけたほうがいいですよ。噂では、王女様とあいつの間には、ただならぬ関係にあったとか――」
「えっ!?」
確かユウリは、アリアハンの王女様に言い寄られてから、女性が苦手になったと言っていた。けれどそれはいつからなのだろう? そもそも二人の間に何もないなら、苦手になった原因だって起こるはずがないではないか。
口元が震える。頭がくらくらし、視界が歪む。言葉がうまく紡げない。意識が途切れ途切れになっていく。
普段の私なら、そんなことないだろうと信じなかっただろう。だけど今の私は思考能力が極端に低くなっていた。身体が熱い。歪んだ視界はグルグルと渦巻きのようになり、立っているのもやっとだ。これはショックを受けているから? それとも――。
「おや、もしかしてお酒に弱いのですか? これは失礼しました。少し風に当たりましょう」
イヴァンさんは謝りながらそう言うと、フラフラしている私の腰に手を回し、支えるようにしてパーティー会場の外へと連れ出した。
数年前に一度だけ、間違えてお父さんのお酒を少し飲んでしまったことがあった。その時の記憶はあまりない。後で家族に聞いたところ、「お前はもう二度と酒を飲むな」と釘を差された。家族も驚くくらい私はお酒に弱いらしい。以来自分からお酒を飲もうとはしてこなかった。けれどまさかこんな時にお酒を飲んでしまうなんて――。
途切れ途切れの記憶の合間に、イヴァンさんの手が必要以上に私の背中や腰を撫でまわすのを感じた。けれど今の私の危機管理能力は極端に低下している。何かおかしい、逃げなきゃ、と本能が警告を発しているのに、体に力が入らない。
「もしミオさんもあいつの見た目に惑わされているのなら、今ここでわからせてあげますよ」
イヴァンさんが私の顎に手を添え、顔を覗き込む。そしてすぐに息がかかるほどの距離まで顔を近づけた。恐怖で体がすくんだ、その時——。
「……俺の仲間に、気安く触るな」
二人の間に、ぬっと強い人影が割り込んできた。その人影はイヴァンさんの手を荒々しく振り払うと、私たちの間に立ちふさがった。
「ゆう、り……?」
いつも以上に無機質で、背筋が凍りそうなほどの冷淡な声。
ユウリの背中に守られながら、薄れゆく意識の中で、私はただ彼の背中を見つめていた。