――お前が好きだ、ミオ。
ユウリから言われた一言が、頭の中をぐるぐると駆け巡る。
ユウリが、私を好き? 本当に?
あまりにも突然のことで、本当に私に向けて言った言葉なのかと半信半疑になる。酔いはすっかり醒めているのに、体は熱く、胸の鼓動は早まるばかりだ。
でも、もし本当なら、涙が出るほど嬉しい。好きな人に想いを伝えられて、体がふわふわと舞い上がるような高揚感に満たされていく。
見れば、ユウリは私の答えを待っているのか、真摯な表情でじっとこちらを見つめていた。
私も、自分の気持ちをちゃんと伝えなきゃ。覚悟を決めた私は呼吸を整え、大きく息を吸い込んだ。涙を拭い、彼のまっすぐな瞳を見つめ返す。勇気を振り絞り、ずっと胸に秘めていた言葉を口にした。
「あ……、ええと、あの……! 私もユウリのことが……」
ズドオオォォォン!!
「えっ!?」
突然、何かが落雷したかのような凄まじい衝撃音が辺り一帯を激しく揺らした。
「きゃあああああああっっっっ!!!!」
直後、大広間から聞こえてきたのは悲鳴だった。嫌な予感が胸を強く締め付ける。
「なんだ、今の音は!?」
ユウリも異変を察知し、急いで大広間の方へと走り出した。せっかく意を決して伝えようとした言葉を遮られ、私は一瞬気が抜けてしまったものの、すぐに彼の後を追った。
「ユウリ、早く来い!!」
大広間へと続く扉が開くなり、血相を変えて飛び出してきたのはナギだった。彼のただならぬ様子に気持ちを切り替え、私たちはナギの元へと駆け寄る。
「一体何があった!?」
「突然天井から黒い雷が落ちてきて、中にいた奴らに直撃したんだ!! 今シーラが皆を回復させてるけど、たぶんもう……!」
問うユウリに、途中で言葉を詰まらせるナギ。最悪の事態を予感しながら、私とユウリは急いで中へと踏み込んだ。
「……っ!!」
さっきまでの華やかなパーティー会場は、一瞬にして凄惨な現場へと変貌していた。会場にいた人々は恐れ慄き、泣き叫ぶ者もいる。玉座の前ではお城の兵士たちが王様を守るように立ち並び、必死に周囲を警戒していた。
黒焦げになった床には雷に打たれた数名が倒れており、その傍らでシーラが必死に回復呪文を唱えていた。
「シーラ!! 何があったの!?」
私たちに気づいたシーラは、悲痛な表情で叫んだ。
「分からない!! いきなり天井から黒い雷が落ちてきて……近くにいた人たちが……っ」
ボロボロと涙をこぼすシーラ。彼女の足元に横たわる人は、もう助からなかったのだろう。他に倒れている人々もピクリとも動かず、息絶えているのは明白だった。
「ちくしょう!! いったい何なんだよ!!」
悔しさと怒りで床を蹴り上げるナギ。招待客たちは恐怖のあまり立ち尽くし、我先にと部屋から逃げ出す者も出始めた。
すると突然、会場内のすべての明かりが消え去り、暗黒が室内を包み込んだ。
「うわっ!? 今度は何だ!?」
「いやあっ!! 助けてえっ!!」
「嫌だあっ!! 死にたくないっ!!」
闇の中でパニックになり、口々に叫び出す人々。やがて漆黒の闇の中から、うっすらと異形の影が浮かび上がった。騒然としていた空気が一瞬で静まり返り、全員の視線がその影に釘付けとなる。
《喜びのひとときに、少し驚かせてしまったようだな》
闇の中で容貌ははっきりと見えない。だが、その禍々しい輪郭だけで人間ではないと理解させられた。あれは……魔物だ。実体はなく、ただの幻影に過ぎない。なのに、この恐ろしいほどの威圧感は何なのだろう。
重く冷たい圧迫感が場を支配する。誰もがその存在に底知れぬ畏怖を抱き、指一本動かすことすらできなかった。
《わが名はゾーマ。闇の世界を支配する者。このわしがいる限り、やがてこの世界も闇に閉ざされるであろう》
ゾーマと名乗る存在が放つ声によって、さっきまでの希望に満ちていた空間が、一瞬にして凍てつく絶望へと変貌する。
《さあ、苦しみ、悩むがいい。そなたらの苦しみはわしの喜び……。命ある者すべてをわが生贄とし、絶望で世界を覆い尽くしてやろう》
ぶわりと、冷たい風が舞った。それがただの風なのか、幻影の発する殺気なのかは分からない。けれど、息を吸うたびに冷気が喉を押し通るようで、呻き声すら上げられなかった。
《わが名は大魔王ゾーマ。すべてを滅ぼす者。そなたらがわが生贄となる日を、楽しみにしておるぞ》
影は闇に溶けるように消え、漆黒の闇もゆっくりと薄らいでいった。玉座の間に明かりが戻っても、残されたおぞましい殺気と絶望感は消えなかった。
会場は一転して騒然となる。魔王バラモスの他に、「大魔王」という存在がいたという事実。その者が世界を滅ぼすと宣言したこと。あまりの衝撃に、歓喜に湧いていた人々の顔からは笑顔が完全に消え去っていた。
「皆の者、静粛に!!」
玉座から、王様の高らかな声が響いた。全員の視線が一斉にそちらへ向く。
「皆、落ち着くのだ。よいか、今起きたことはここにいる者たちだけの秘密としてほしい。もしこのことが民衆に知れ渡れば、世界は混乱に陥る」
王様は私たちに一瞬だけ視線を送ると、苦々しい表情で言葉を続けた。
「大魔王ゾーマのことについては、我が国が率先して調査を行う。だが、これは世界全体に関わる危機だ。他の国々にも協力を要請する。一先ず……今宵の宴はお開きとする」
そこまで言うと、王様は早々に席を立ち、護衛の兵士に支えられながら去っていった。その顔色は蒼白で、今にも倒れてしまいそうなほど痛々しかった。
パーティーは最悪の形で幕を閉じた。城をあとにする他国の王族や貴族たちは皆重苦しい表情で口を閉ざし、逃げるようにキメラのつばさを使って去っていった。
「……これから、どうする?」
誰もいなくなった静まり返る広間で、ポツリとナギが呟いた。
魔王バラモスは、確かに私たちが倒したはずだった。しかし、新たに現れた大魔王というあまりにも巨大な脅威を前にして、果たして再び立ち向かうことなどできるのだろうか。
現に、私の手は今も微かに震えている。今現れたのが幻影でよかったと、心のどこかで安堵している自分すらいた。もしあのゾーマと本当に戦う時が来たら——考えたくもない。
隣では、シーラが体を小刻みに震わせながら涙ぐみ、青ざめた顔で立ち尽くしていた。
「……せっかくバラモスを倒して、世界が平和になって、みんなで幸せに暮らせると思ったのに……。おいしいお酒やご飯をたくさん食べて、大好きな人たちに囲まれて……それで満足だったじゃない! なんで……大魔王って何!? どうしてまた同じことが繰り返されるの!?」
シーラの痛烈な叫びが、虚しく広間に響き渡る。誰も答えることができず、彼女のすすり泣く声だけが切なく残った。
「もう嫌だよ……。自分が戦うのも嫌! みんなが傷つくのも嫌!! もうこれ以上、戦いたくないよ!!」
悲痛な思いが胸に刺さる。私だって、本当はもう戦いたくなんてない。このまま故郷に帰って、家族と平和に暮らしたい。薄情だと思われてもいい。あの背筋が凍るような恐怖を体感してしまった今、シーラを励ます言葉すら浮かんでこなかった。
悲壮感に包まれ全員が沈黙する中、一歩前へ出たのはユウリだった。
「お前らは宿に帰れ」
「え?」
「俺は陛下のところに行ってくる」
それだけを言い残すと、ユウリは私たちに背を向け、一人で広間を出て行った。
「……?」
なんだろう、この違和感は。胸の中に澱のように溜まった重い空気を、いつもなら払ってくれるはずのユウリ。なのに今回は何も言わず、たった一人で決め、行ってしまった。……まるで、出会ったばかりの頃の彼のように。
「……とりあえず、王様のことはユウリに任せて、オレたちは先に宿に戻ろうぜ」
ナギに促され、私は静かに頷いた。そして泣きじゃくるシーラをなだめながら、重い足取りで城をあとにした。
――しかしその後、ユウリが私たちの前に姿を現すことは二度となかったのである。