「――はっ!?」
唐突に眠りから覚め、自分でも驚くくらいの大声を上げて私は跳ね起きた。
「あれ、ここは……」
あまりにも突然の目覚めに、ここが夢か現なのかさえわからないまま、私は無意識に辺りをきょろきょろと見回す。そうだ、ここはアリアハンの宿屋。パーティーから戻った後、私たちはユウリを待つために三人でこの部屋で待っていたのだ。
その証拠に、私の隣のベッドでは気持ちよさそうに眠っているシーラと、ベッドから大きく離れた扉の前の床で転がるように寝ているナギの姿があった。
ゆっくりと現状を把握したあと、改めて夕べの出来事を思い返す。パーティーの最中、ユウリに告白されたこと。返事を伝える前に突然大魔王と名乗る者が現れ、世界を滅ぼすと宣言したこと。その存在に、パーティーの参加者は恐怖に怯え、パーティーが中断してしまったこと。あまりにも色んなことが起こりすぎて、これが現実だと実感するまで相当時間がかかった。
……いや、もしかしたらまだ夢を見ているのかもしれない。しかも悪夢の方だ。私は痛む頭を押さえながら、窓の外を見る。
ユウリを待っているうちに、いつの間にか三人とも寝てしまったようだ。すでに太陽は天辺近くまで昇り、町は昼間の賑わいを見せている。とうやらまだ昨夜の件についての噂は広まっていないらしい。
結局ユウリはあのあと、ここには来ていないようだ。もし来ていたら、誰かは必ず起きるはずだ。ということは、ユウリはまだお城に留まっているのだろうか? それとも、何処か別の場所にでも寄り道しているのだろうか? 彼の考えがわからないまま、時間ばかりが過ぎていく。
とりあえず二人を起こして、もう一度お城に向かうしかない。そう結論づけた私はすぐに、隣で眠っているシーラを揺り起こした。
「シーラ、起きて! まだユウリが来てないの! 今から探しに行こう!」
「うう〜ん、もうこれ以上ワインは飲めないよ……」
むにゃむにゃと寝言を言いながら布団を抱きかかえるシーラ。仕方ないので奥の手を使うことに。
「起きないなら、くすぐっちゃおうかなー?」
がばっ!!
最終手段を披露することなく、シーラは光の如き速さで布団を跳ね除けた。なかなか起きない最近のシーラには、脇の下をくすぐるのが最も効果的に効く。
「あれ……? もう朝……?」
ぼんやりした顔で呟くシーラ。さて次はナギだ。ナギは……うん。四、五回くらい床に転がせばそのうち目覚めるだろう。
そんなこんなで二人を起こし、私はユウリを探しにもう一度お城に行こうという提案を二人にした。
「んだよあいつ! オレたちに『宿に帰れ』とか言いながら、結局来てねえのかよ!!」
「そう、だからもしかしたらまだお城にいるかもしれないし、今から探しに行こうと思うの」
「……ユウリちゃん、ひょっとして一人で大魔王を倒しに行ったりとかしてないよね?」
『!!』
シーラの一言に、私とナギは言葉に詰まった。言葉に出さないでいたが、実は私も薄々感じていはいたのだ。
「……とにかく、城に行ってみようぜ!」
ごまかすようにナギが言い放つと、私たちはすぐに身支度を整え、宿を引き払う準備をした。
その後部屋を出て、宿の主人にユウリが来たかどうかを確認した。だがやはりユウリは宿には来ておらず、近くを通りかかることもなかったと言う。私たちは宿を引き払い、急いで外に出た。
宿を出た後、私たち三人は照り返しの強い太陽の下、賑わう大通りを走り抜けた。今はまだ町の平穏は保たれているが、いつ大魔王の噂が広まるかは時間の問題だ。焦る気持ちを抑えながらも、私たちはようやく城へと辿り着いた。門の前にはなにやら不安そうにひそひそとささやき合う兵士たちが立っていて、すぐ近くに私たちが来ているのに気がついてない様子だった。
「あのっ、すいません!! ユウリはここにいますか!?」
突然声をかけられたからか、ぎょっとする兵士たち。けれどそれにも構わず、私はユウリの居場所を尋ねた。
「え、ええと、ユウリ殿なら昨夜お帰りになりましたが……」
『え!?』
昨夜、と言うことは、私たちが宿に戻っている間に、ユウリは城を出たということになる。
「そのあとどこに行ったかわかりますか!?」
ダメ元で、ユウリの次の行き先を聞いてみた。けれどやはりというべきか、兵士たちは首を横に振るだけだった。
そこに、真剣な顔つきのシーラが割って入る。
「なら、国王様に謁見させてください。お尋ねしたいことがあるのです」
「わ、わかりました」
丁寧な物言いに、兵士は妙にかしこまった態度で一礼すると、一人が城内へと駆け込んでいった。取り残されたもう一人の兵士は、私たちの纏う雰囲気がただ事ではないと薄々感じているのか、下手に口を出すこともできずにその場に立ち尽くしたままだ。
しばらくして、兵士が戻ってきた。すぐに「陛下が謁見を許されました。どうぞお通りください」と早口で捲し立てると、私たちを城へと案内した。
昨日の華やかさとは違う厳粛な空気に包まれた玉座の間に通されると、いくらも待たずに王様が現れた。昨日のことがあったせいか、まだ少し顔色が悪い。けれど私たちがいる場所より数段高い玉座に座り、私たちを見下ろした途端、泰然とした態度で声を発した。
「先日の件、皆には迷惑をかけた。あれから一夜経ったが、やはり民の間では大魔王の噂が少しずつ広がってきているようじゃ。このまま騒ぎにならぬといいのだが……」
苦虫を噛み潰したような顔で、王様は言う。王様自身の心労も計り知れないだろうが、国の上に立つ者としてそれを極力隠し、私たちの前では平静を装っている。
「して、今日は一体何の用じゃ? わしにできることがあれば力になるぞ」
その言葉に胸が救われるのを感じつつ、私たちはいなくなってしまったユウリの行方を探すため、経緯を簡潔に話した。短い説明ではあったが、王様はひどく驚いた様子だった。
「なんと、そなたたちには何も伝えずに行ってしまったというのか! ……それはすまなかった。そうと知っておればユウリを引き留めていたのだが……」
「いえ、私たちも迂闊でした。けれどもしかしたら、私たちを置いて一人で大魔王を倒しに行ってしまったかもしれなくて……」
「それはないかもしれないぞ?」
「え!?」
王様の意外な言葉に、三人はポカンとした顔を向ける。
「昨夜ユウリが尋ねたとき、彼はわしに不死鳥ラーミアを預かる場所を聞いてきた。おそらくここアリアハンでは世話をするのは難しいと慮って提案したのだろう。だがわしもあの大きな伝説の鳥を住まわせる当ては思い浮かばなかった。その時、ちょうど賓客として逗留していたエジンベアのヘレン殿下から、気になる話を聞いたのだ」
「ヘレン王女様!?」
「大臣よ。例のものを持ってきてくれぬか?」
「御意。少々お待ち下さい」
驚く私をよそに、王様の傍らにいた大臣はすぐに場を離れ、近くの兵士に命令をした。しばらくして、先ほどの兵士が立派な文箱を抱え大臣のもとに戻ってきた。
大臣は箱の蓋を開けた。中には分厚い本が入っていた。
「この本は……?」
製版自体は割と新し目だが、何度も同じページを捲ったりしているのかかなり使い込まれている。よく見るとタイトルに『勇者物語』と書いてあって、更によく見ると、著者の名前がマギー・ジークエンドと書いてあるではないか。まさかエジンベアで一緒にコンテストに出場したあのマギーが、本当にユウリをモデルにして小説を出版するなんて、と思わず本を凝視する。
「これは、最近エジンベアで流行っている『勇者物語』の小説です。ヘレン殿下によれば、おとぎ話として語り継がれてきた『勇者物語』を、新解釈した内容だそうです」
言いながら大臣は箱から本を取り出し、パラパラとページを捲りながら話し始めた。
「とはいえ大筋の内容はほぼ同じなので我々も知ってはいるのですが、ヘレン殿下は何度も読み込んでいたらしく、内容に関して相当詳細に話されてました。ラーミアの話が出た時も、その物語の中に、ラーミアが第二の故郷として留まっていた場所があったと気づき、教えてくれたのです」
そして、ようやく目当てのページにたどり着いたのか、ピタリと指の動きを止めた。
「殿下が仰っていたのはこの一文です。『不死鳥ラーミアは、魔王を倒した勇者と別れ、同じ神の使いである竜の女王の城へと旅立った』と。この『竜の女王の城』と言うのが今でもこの世界の何処かにあるのなら、そこがラーミアが生活できる場所なのではないかと、ユウリ殿も頷かれました」
竜の女王の城……。聞いたこともない場所だが、物語に登場していたラーミアが実際に復活した以上、そのお城もどこかにある可能性は十分考えられる。
「それじゃあつまりユウリは、ラーミアが住める場所を探すために、竜の女王の城ってところに向かったってこと?」
「多分そういうことだよな。オレはてっきり大魔王の城に乗り込んだのかと思ったぜ」
大魔王を倒しに向かったわけじゃない――。ホッとしたが、違和感は残る。
「……でも、なんで私たちに何も言わずにラーミアを連れて行ったんだろう。別に一緒に行ったってよくない?」
「けっ。あいつの行動原理なんか知るかよ。ぐだぐだ考えてる暇があったら、直接本人に会って確かめればいいだろ」
ナギの言葉に、それもそうだ、と私は頭を切り替える。シーラも同じ考えなのかと視線を移すと、シーラは口を噤んで何か考え込むような仕草をしていた。
「どうしたの? シーラ」
「……もしかしたら、急いだ方がいいかもしれない」
「え?」
「どういうことだよ、シーラ」
シーラの不穏な言い回しに、戸惑う私とナギ。
「ラーミアを連れてそこに行っちゃったら、あたしたち、ユウリちゃんを追う手段がなくなるよね」
『あ!!』
ルーラやキメラの翼は、基本的に術者が行ったことのある場所にしか行けない。つまり、私たち三人が竜の女王の城の場所を知らなければ、ラーミアの力無しでそこに行くことはできないのだ。
せめて大体の場所がわかれば……!
「すいません、竜の女王の城の場所がどこにあるかはわかりますか?」
私は本を持つ大臣に尋ねると、大臣は申し訳なさそうに首を横に振った。
「この本には、正確な場所等の詳細は書かれていません。伝記とは違いますからね」
私は落胆した。いや、もしかしたらまだユウリはアリアハンにいるかもしれない。
「二人とも、ユウリがラーミアのところに行く前に、私たちで先回りしよう!」
しかし、二人の表情は曇っていた。
「でもよ、ユウリが王様と話をしたのは昨夜だったんだぜ? ひょっとしたらもう……」
「そんなことわかんないよ!! とにかく街の外に行こう!!」
もう説得するのも煩わしい。私は王様に感謝の意を述べると、矢も盾もたまらず城を後にした。遅れて走ってくるナギとシーラも、最初は渋い顔をしていたが、いざ私が走り出すと、すぐにあとを追いかけてくれた。
――お願い、どうか間に合って!!
だが、私たちが城を出て少し走った頃、遠くで風の唸る音が聞こえた。こんな街中で聞こえていい音ではない。途端に嫌な予感が駆け巡る。
背中まで冷や汗をかきながら、私は無我夢中で走る。街の入り口がもう少しで見えるという時だった。
バサッ!! と聞き慣れた羽ばたき音とともに、豪風が街の外壁を超えて吹き込んできた。
「ひゃっ!?」
思わず目を瞑り、両腕で顔を覆う。砂埃が目に入り、なかなか目を開けられない。風音に混じって、うっすらとナギの叫び声が聞こえてきた。ナギは何を見たのだろうか。私は恐る恐る目を開ける。
「!!」
舞い上がる砂塵とともに見えたのは、ラーミアの飛び立つ姿だった。あっという間に地上を離れる伝説の不死鳥は、その背に勇者を乗せながら、きらびやかに空へ翔んでいく。まるで美しい絵画のような光景なのに、私は絶望のあまり涙をこぼしていた。