「そんな……。あと少しでユウリに追いつけたのに……」
放心状態で、私は町の入口の地面に膝をつく。どうして私たちを置いて一人で行ってしまったのか。頭の中は怒りと絶望と喪失感でいっぱいで、まるで箍が外れたかのようにとめどなく涙が流れてくる。無意識に伸ばした私の手のひらから、するりとラーミアの後ろ姿が離れていく。
「どうして行っちゃったの……? なんで!? 行かないでよ、ユウリ!!」
置き去りにされたという事実が、もう私たちは必要ない存在なのだと突きつけられたようで、心がナイフでずたずたにされたように痛い。バラモスを倒したら、それで終わり? 私たちはもう用済みなの?
私のことを好きだと言ってくれたのに。ずっと一緒にいたいって言ってたのに。どうして私を置いて行っちゃったの!?
そう問い質しても、問う相手はもういない。心の置きどころが分からず、私は脇目も振らず、わんわん泣いた。他の二人もこれからどうすればいいのかわからず、その場に立ち尽くしていた。
しばらく泣いて声も枯れ枯れになった頃、人影が一つ、地面に落ちた。しゃくり上げるのを必死にこらえ、突然現れた人の気配に思わず顔を上げた。
「あ……」
「よかったらこれ、使って」
目の前でハンカチを差し出してきた人物に目を丸くする。と同時に恥ずかしくなり、慌てて顔を伏せた。
「す、すみません、エミリアさん……」
声をかけたのは、ユウリのお母さんのエミリアさんだった。町の入口にほど近い場所に住んでいるエミリアさんには、私の無様な泣き声はきっとうるさいくらい聞こえていただろう。私はハンカチを受け取らず、弾くようにその場に立った。
「ユウリは行ってしまったのね。……なら、とりあえずうちにいらっしゃい。お茶でも入れましょう」
「い、いえ、私たちそんな場合じゃ……」
「今からあの子を追いかけるのは無理よ」
妙に冷たい口調でそう言うと、エミリアさんは動かない私たちの足を何とか前に進ませようと、後ろに回り私たちの背中を強引に押した。私は後ろを振り返り空を仰いだが、ラーミアの姿がほとんど見えなくなったところで、仕方なく足を前に踏み出した。
「ほら、三人とも。しっかり前を向いて」
幽霊のようにふらふらと歩く三人。しかも後ろではエミリアさんが私たちの背中を押し続けている。まるで身体が人形のように言うことを聞かないのに、エミリアさんに押されていくうちに、どんどんユウリの家へと近づいていく。その滑稽な様子は、行き交う人々の奇妙なものを見る目に晒された。次第に三人とも、羞恥心に負けて自力で歩き出した。
ユウリの家の前に着くと、エミリアさんは扉を開き、私たちを中へと案内した。
けれど扉を閉めた途端、エミリアさんは扉に背中を預け、そのまま深くため息をついた。
「ど、どうしたんですか!? エミリアさん!!」
エミリアさんは顔に暗い影を落としながらぽつりと言った。
「あなたたちと同じよ。……私もあの子に置いていかれたの」
一瞬どういう意味かわからず、思考が停止する。二人と顔を見合わせるが、二人ともピンと来ていない様子だ。
「あの子……ユウリは、ラーミアと別れたあと、一人で大魔王を倒すつもりよ」
『!!??』
エミリアさん以外、全員絶句した。思考が追いつかず、頭の中で色んな情報が錯綜する。
「一体、どういうことなんだよ!?」
いち早く反応したナギがエミリアさんに詰め寄る。
「昨夜のこと、聞いたわ。大魔王ゾーマが現れたんですってね」
ゾーマ、という単語に、無意識に拒絶反応が起き、眉間にしわを寄せる。そんな私の態度を見て、エミリアさんは慌てて言い直す。
「心配しないで、他の人に言うつもりはないから。昨夜、お城から帰ったユウリが、私だけに話すと言って教えてくれたの。これからそのゾーマという大魔王が、この世界を滅ぼそうとしてるってこともね」
ユウリは昨夜、お城を出たあとここに寄ったのだ。お母さんのところには寄ったのに、どうして私たちのところには寄ってくれなかったのだろう。
「それに……、あなたたちに伝えるよう頼まれたの。『俺は今から旅に出る。もし仲間がここに来たら、俺に構わず、お前たちは自分の生活に戻れ』って」
『なっ……!?』
旅に出る――。それは言うまでもなく、大魔王ゾーマを倒すためだ。でも。どうして一人で? 一緒にバラモスを倒した私たちを置いて、一人で倒すってどういうこと?
私が考えあぐねていると、突然シーラが震えだした。
「あ……、あたしのせいだ……。あたしが、もう戦いたくないなんて言ったから……」
後悔と失望が入り混じったような表情で、自身の肩を抱くシーラ。確かにあのときシーラは大魔王の戦いを拒絶した。けど、シーラだけじゃない。あのときは私も心の中でゾーマと戦うことを拒絶していた。一緒に戦うと誓ったはずなのに、いざ魔王を凌駕する存在を目の当たりにした途端、戦うことに怯えるシーラの横で、私自身も戦うことを放棄していた。
でも――。一声かけてくれてたら。ともに戦おうと手を差し伸べてくれてたら。きっと私は勇気を振り絞り、彼の手を取っただろう。
「あの子を止められなくてごめんなさい……。けど、あなたたちのことを思うユウリや、あなたたちの未来を考えたら、あの子を止めることなんて出来なかった……」
顔を手のひらに埋め、すすり泣くエミリアさん。その瞬間、私は自分の甘さに愕然とした。ユウリは私たちのことを考えてくれていたのに、自分は彼からの誘いをただ待っていたなんて、烏滸がましいにもほどがある。
彼女に謝られる資格なんてない。私もあのときユウリに賛同していれば、あるいは共に戦おうと自分から一歩踏み出していれば、こんなことにはならなかったはずだ。
私は一呼吸置いたあと、覚悟を決めた。肩を震わせて泣くエミリアさんの背中を、今度は私がそっと撫でる。
「ごめんなさい、エミリアさん。ユウリからの伝言、守れそうにありません」
「……?」
「私には、ユウリのいない未来なんて考えられません。だから、ユウリには悪いけど、私はこれからユウリを追いかけます」
追いかけるのは不可能だと言われても、私は諦めない。きっと何か竜の女王の城に行く方法があるはず。世界中を巡ってでも、その方法を探し出すつもりだ。
「ミオさん……」
「エミリアさん、教えてください。ここを去るとき、ユウリは何か言い残しませんでしたか? 些細なことでもいいんです。それが手がかりになるかもしれないんです」
けれどエミリアさんは、沈痛な面持ちで首を横に振った。
「……ごめんなさい、本当に何も……。お義父さんのことをよろしくとしか、言ってなかったわ」
お義父さん――。ユウリのお祖父さんのことだ。そういえばエミリアさんは、お祖父さんと二人で暮らしてるんだっけ。昨日ユウリの家に行ったときは挨拶できなかったけど、元気なのだろうか。
「あっ!!」
すると、エミリアさんは急に声を上げ、オロオロし始めた。
「ど、どうしたんですか?」
「そういえばあの子、魔王との戦いでお義父さんからもらった剣が壊れたって言ってたけど……。もしかして武器を持たずに行ってしまったのかしら」
『え!?』
そういえばバラモスとの戦いで、最後の攻撃のとき稲妻の剣は雷を伴いバラモスの腹を貫いた。その時剣は折れ、使い物にならなくなったとユウリが言っていたことを思い出した。
剣がなくとも、ユウリには呪文がある。それに、稲妻の剣は折れたが、どこかで別の剣を調達したのかもしれない。でもそれは全て仮定でしかなく、明確な答えの出ない今の状況では、不安は募る一方だ。
「いやー、流石にあいつがそんな間抜けだとは思えねえけどな」
「でもユウリちゃん、たまーにとんでもない
それきり、沈黙が続く。そして、降って湧いたようにいろんな懸念が思い浮かぶ。
「そもそもユウリ、ラーミア酔いするのに、一人で行っちゃって大丈夫かな……」
「魔王の城の前でゲロ吐くくらいヤバかったもんな」
「あとさ、大見得を切っちゃうのもユウリちゃんの悪い癖だよね。いや、実際やることはやるんだけど、皆の前だと無駄に勇者らしく振る舞うところとかあるし」
「あー、あるある!」
そこまで言って、はっと気づく。ユウリの母親の前でなんてことを言ってしまったのだと、激しく後悔した。恐る恐る後ろを振り向くと、当のエミリアさんは未だに肩を震わせている。……いや、微かに笑いを押し殺す声が漏れている。
「あ、えと、その、すいません!」
「ふふ、いいの。なんだか嬉しくて。あの子のこと、とってもよく見ているのね。いいところも悪いところも、全部ひっくるめてあの子だもの。それを知ってくれているあなたたちに出会えたあの子は幸せ者ね」
涙を浮かべながら笑っているエミリアさんに、私の心はいくらか軽くなった。と同時に、こんなに息子思いなお母さんを残して行ってしまうなんて、と改めて小さな怒りがふつふつと沸き起こる。
「こうなったら、必ずユウリを探し出して、ひとこと物申してやるんだから!」
そして、あの時の告白の返事をするんだ。私もあなたのことが好きだよと、ユウリにはっきりと伝えたい。
「オレもあいつの身勝手さが許せねえ!! 百発くらいぶん殴らねえと気がすまねえぜ!!」
拳をもう片方の手で受け止めながら、ナギが吠える。そう言いながら、ナギの表情はどことなく嬉しそうだ。
そうだ、シーラは――。
ハッと彼女の方を振り返る。もう彼女は戦いに身を置きたくない筈だ。流石にそんな彼女に無理強いはさせたくない。
「シーラ。これは私が自分で決めたことだから、シーラは無理して来なくていいからね。大魔王と戦うのは、私たちに任せても……」
「――ユウリちゃんと同じだね」
シーラはくすりと薄く笑いながら言った。
「あの時のユウリちゃんも、ミオちんと同じ気持ちで私たちを置いて行ったのかもしれないね」
「え?」
何のことかわからず、首を傾げる私。
「それにもしあたしがユウリちゃんの立場でも、ユウリちゃんと同じことをしてたかもしれない。それはミオちんやナギちんも、同じだったと思う」
「シーラ、いったい何を言って……」
「要するに、あたしたちって似た者同士なんだよね。お互いがお互いを思いやって、自分を犠牲にしがちなの。きっとユウリちゃんは、戦いたくないあたしや皆の代わりに、一人で大魔王に立ち向かって行ったんだよ。でも、それじゃあ大魔王は倒せない。誰も幸せにならない。――それなら」
シーラは顔を上げると、私の手を取った。
「あたしも行く。皆でユウリちゃんのところに行って、今度こそ皆で大魔王を倒して世界を平和にしよう」
その瞳からは、昨夜のような恐怖や迷いの影などなかった。あるのは私たちに対する信頼と覚悟に満ちた光であった。
「シーラ……」
「おーし!! そうと決まれば早速追いかけるぜ!! てことでどーするシーラ!?」
「もう!! ナギちんたら、丸投げしすぎでしょ!!」
言いながら、屈託なく笑うシーラ。その隣で私も笑みを浮かべる。ユウリの行方が分からないのは変わらないのに、なぜだか不思議な高揚感に胸が熱くなる。
「エミリアさん!! 待っててください! 必ずユウリと一緒に大魔王を倒して、ここに戻ってきますから!!」
「……ええ! 待ってるわ」
にっこりと微笑むエミリアさんに伝えると、私たちは新たな旅路へと一歩踏み出した。いや、まだどこへ踏み出したらいいかも分からないが、とにかく新しい道へと進み出したのだ。
ひとまずこれで一区切りしたのと、ストックが少なくなってきたので少しお休みします。
ラストに向けて頑張りますのでよろしくお願いします。