魔王バラモスを倒したオレたちは、アリアハンで一度別れることになった。
アリアハンから目と鼻の先にあるナジミの塔。そこがオレの故郷であり帰るべき家である。他の皆からすれば、塔が家だなんて変わってると言われるが、盗賊であるオレにとっては最高の自宅兼遊び場だ。
それはともかく、オレは一人この塔の入口の周りを、ただひたすらうろうろしていた。
なぜかって? それは勿論、家に帰るのが久々すぎて、どういう顔をして入ればいいか分かんねえからだ。
オレの祖父であるアトレー……いや、じいちゃんは、オレと同じように予知夢の能力を持っているので、きっとオレがここに戻ることを知っているはずだ。だからこそ、どう接していいのか分からない。
まあでも、タリオもいるし大丈夫かな……。
意を決したオレは、扉に手をかけた。すると、扉はオレが記憶していたよりもずっと軽く開いた。――いや、オレが開けると同時に、内側から誰かが扉を開けたんだ。
「おお、坊っちゃん!! おかえりなさい!!」
出迎えてくれたのはタリオだった。二年ぶりだと言うのにほとんど変わらない。少しシワが増えたくらいか。昔じいちゃんがどこかから連れてきたらしいが、詳しいことは分からない。だからタリオとオレは赤の他人のはずだが、オレが幼い頃からよく一緒に遊んだり、盗賊の修行に付き合ってくれた。なのでオレにとっては家族同然の人である。
「タリオ!! 元気そうだな!!」
「いやいや、坊っちゃんがいつ帰ってくるかとずっと心配してましたよ! それにしても、魔王を倒されたそうで、本当にお疲れ様でした!!」
身内のこういう言葉が一番嬉しい。オレは口元の緩みを隠すことなく、塔の中へと入った。塔の中も二年前と変わらない。さすがタリオ、相変わらずきれい好きみたいだな。
「アトレーさんも、坊っちゃんが帰ってくるのを今か今かと待ち望んでおりましたよ! さあ、早く顔を見せに行ってあげてください!」
タリオに急かされるように、階段へといざなわれる。一段一段上るごとに、少しずつ緊張が高まっていく。いやいや、実の祖父に再会するのに、なんでこんなに緊張してるんだ?
上に上がり、赤い扉の前まで来た。扉は閉ざされている。ははあ、そういうことか。
オレはユウリからもらった(つっても最後の鍵があるからって在庫処分扱いで受け取っただけだが)盗賊の鍵を使い、扉を開けた。
ゆっくりと開かれた扉の向こうには、2年前と変わらない姿のじいちゃんが立っていた。
「じ、じいちゃん……」
「おかえり、ナギ。ところでその鍵は、勇者殿の『お下がり』かのう?」
「なっ……!?」
開口一番放たれた一言に、オレはこめかみに血管を浮き上がらせる。
「お下がりなんかじゃねえ!! この鍵はオレがあの勇者から奪い取ったんだ!」
「下手な嘘はやめんか、ナギ」
「う……」
ちくしょう、お見通しかよ。こういうところがあるから気にしちまうんだよな。さっきの扉だって、オレを試すためにわざわざ鍵をかけていたに違いない。
「まあまあ、とにもかくにも坊っちゃんが帰ってきたお祝いということで、さっそくパーティーを始めましょう!」
「パーティー?」
オレは思わず首を傾げる。そこで初めて、部屋の中の違和感に気がついた。
「ふっふっふ。タリオ特製スペシャルジャンボいちごショートケーキです!」
「うおおおおっ!!?? なんだこれすげー!!」
部屋の中央にあるテーブルには、所狭しと並べられた料理の数々、さらにそのど真ん中にはオレの身長ほどもある巨大なケーキが乗っていた。
「坊っちゃんの好きないちごをふんだんに使って作りました! 他にも坊っちゃんが好きな料理を沢山拵えたので、沢山食べてください」
冒険者向けに宿屋を運営しているだけあって、タリオの料理の腕は一級品だ。魔王との戦いからずっと空腹だったオレは、我先にとテーブルに飛びついた。
「良かったですねえ、アトレーさん。誰よりも坊っちゃんの帰りを待ってましたもんね」
「え?」
「……むう。本人の前で言うでない」
あの、いつもオレの鼻っ柱を折ってくるじいちゃんが、ガラにもなく照れている。
うっすら気持ち悪いなと思いながらも、同時にオレは、ルザミでの母親との出会いを思い出す。今オレがここにいられるのは、オレをじいちゃんに預けた母さんと、盗賊としての技術を教えてくれたじいちゃんのおかげだ。加えて言うなら、母さんがじいちゃんに預けることを決めたのは、父さんが視た予知夢がきっかけだ。
人とのつながりで、弱かったオレは魔王を倒し、ここに帰ってくることができた。今なら、オレの思いを、二人に伝えることが出来るかもしれない。
「二人とも。オレを育ててくれて、本当にありがとう」
自然に口から滑り出た。今までだったら照れくさくて言えなかっただろうけど、今なら言える。何ならここに母さんや父さんがいても、同じことが言える気がする。
オレの意外な一言に、二人は一瞬目を丸くした。けれどすぐに破顔して、二人揃ってオレの頭を雑に撫でた。
「ほほう。お前も少しは素直になったようじゃな。やはりあの勇者殿とともに旅をしてきた甲斐があったというわけじゃのう」
「坊っちゃん! タリオは今、痛烈に感動しています! まさかあの坊っちゃんが、我々に礼を言うなど……」
「んだよ、大袈裟すぎるって」
だけど悪い気はしない。二人だって、今まで見たことがないくらいの笑顔を見せている。二人がオレの家族で、心から良かったと思った。
「さあ、坊っちゃん。腕によりをかけて作ったケーキ、是非お召し上がりください!」
「これ、タリオ! デザートは食事の後じゃろうが」
「固いこと言うなよ、じいちゃん。今日だけは特別だろ? それにさ、じいちゃんたちに聞いてほしい話があるんだ」
三人での幸せなひとときを噛み締めながら、あっという間に夜は更けていった――。
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「いやあ、昔を思い出しましたね」
「うむ。何より元気そうでよかったわい」
宴が終わり、東の空がうっすらと明るくなりだした頃。ようやくナギが自室で眠りにつき、わしはタリオに後片付けを任せ、愛用のロッキングチェアに腰を下ろしていた。
「……それで、あれから他の『夢』は視ましたか?」
「……」
テーブルを拭きながら、神妙な顔でタリオが問うが、わしには答える術がなかった。
「前にも話したが、わしが未来のナギの姿を視たのは、今日のこの宴のみじゃった」
「ということは、その後は……」
「わからん。ただ単に必要がないから視ていないのかもしれないし、その前にわしが天に召されるのかもしれん」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ!」
「じゃが、あの子がこのままこの塔に留まるとは思えん。まあ、それはわしの勘じゃがな」
「それってつまり……」
「ああ。あの子はまた旅に出る。それも、長い長い旅にな」
「……その運命を変えることは出来ないんですかね?」
薄闇に、タリオの顔が悲痛に歪むのが見える。わしはため息を一つついた。
「それがナギの意思じゃ。わしらには止められん」
「ですが……」
「よいか。これが今生の別れと思うな。予知夢はあくまで予知夢。その結果をどう思うかはお前次第じゃ」
「……はい」
「じゃが、フィオナに
「アトレーさんの義理の娘さん、でしたっけ?」
「うむ。あの子が実の母親に会って何か変わったというのなら、それもまた運命なのじゃろうて」
「アトレーさん……?」
「タリオ、わしは今から寝る。後片付けの方、よろしくのう」
「は、はい」
すべてをタリオに任せ、目を閉じる。あの子が旅に出てから、何度眠る前に願ったことだろう。
――願わくばもう一度、成長したあの子の姿を視させて欲しい。
そうでなければこの
浅い眠りにまた一つ息を吐くと、わしは朝焼けの光から逃れるように目を閉じた。
おわり