俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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港町ポルトガ

 

 暁闇の中、謎の小屋を出発した私たち勇者一行は、港町ポルトガへと続く海岸沿いの街道を歩いていた。するとほどなく東の空がオレンジ色に染まり始め、朝を待つ鳥たちが勢いよく飛び立って行った。やがて果てしなく広がる水平線に太陽が顔を覗かせると、まるでルビーを散りばめたかのように水面がキラキラと輝き始めた。

 

「うわあぁぁ!! キレイ!!」

 

 生まれて初めて水平線からの日の出を見ることが出来た私は、一気に眠気が吹っ飛んだ。

 

 けれどそんなはしゃぐ私を尻目に、ナギが腰をさすりながら顔をしかめている。

 

「はぁぁ、腰痛え……。いくら寒さをしのげるからって、石の床で一晩越すのは地獄だろ……」

 

 そうは言うが、私が朝起きて一番に目にしたのはナギの足だった。私とは反対側の壁の方でで寝ていたはずなのにここまで転がってくるなんて、やはり筋金入りの寝相の悪さである。

 

「海ぐらいで何バカみたいにはしゃいでるんだ」

 

 人が感動で興奮している時に、ユウリが水を差してきた。

 

「ユウリは海は初めてじゃないの?」

 

 てっきりアリアハンから出たことがないのかと思ったのに。

 

「小さい頃からクソジジイに無理やりアリアハンの近くの海に引っ張り出されて、魔物退治の修行をさせられてたからな。むしろトラウマだ」

 

「そ、そうなんだ」

 

 思いがけずユウリの過去を知ることが出来たと同時に、小さい頃からそんな大変な境遇にあっていたということに同情してしまった。そもそもユウリのおじいさんって、いったいどういう人なんだろう。

 

 と同時に、なんで旅に出る前にユウリのレベル30まで上がっていたのか、謎が解けた。そりゃ小さい頃から魔物を実際に退治してれば、強くもなるはずだ。

 

「おーい、いつまでも突っ立ってないで、早くポルトガに行くぞ」

 

「あっ、そうだったね。ごめん」

 

 そうユウリに急かされ、私は我に返った。ボーッとしてるナギや一人遊びをしているシーラに声をかけると、私たちは旅路を急いだ。

 

 

 

 お昼過ぎになってようやくたどり着いたポルトガの町は、昔から港町として栄えており、他国との交易も盛んに行われていた。

 

また造船技術も進んでおり、船に関する職業に就いている人口は、ユウリ曰く、町の四分の一にもなるのだとか。

 

 海岸沿いに作られた港には、通常なら多くの商人や船乗りで賑わっているのだが、鎖国状態の今では閑散としていた。

 

 主に魚介類を売っている市場もアッサラームのような活気は感じられず、寂しい印象を受ける。

 

「本当ならもっと賑やかだったんだろうね」

 

 名残惜しそうに私が言うと、

 

「そうだねえ。でも、酒場があったらきっとここより人はいっぱいいると思うよ♪」

 

 と、横にいたシーラが瞳を輝かせながら答えた。

 

「いや別にそういうところに行きたいわけじゃないから!」

 

 危ない危ない。もう少しでシーラの酒場に行きたい(=お酒飲みたい)アピールに引っ掛かるところだった。

 

 どことなく残念そうなシーラを尻目にしながら私は気を取り直し、お城へと向き直る。

 

 綺麗に整備された並木道を通り抜けると、その先にはレンガ造りの大きな橋がかかっていた。橋の下には海へと続く大きな川が流れており、橋から川までは結構な高さがある。

 

 本来ならこの橋を通る人もたくさんいたんだろうけど、今は私たちを含め数人程度しか往来していない。

 

 橋を渡った先には、左手に定期船の発着場、道を挟んだ右手には私たちの目的地である、ポルトガ城がある。ちらっと発着場の入り口を見たが、やっぱり『当面の間運休中』との看板が掲げてあった。

 

  落胆しつつも先に進むユウリの後をついていく。ユウリが近くにいたお城の衛兵に声をかけると、その衛兵は慌てた様子でお城の中に入っていった。

 

「どうしたの? なんかあった?」 

 

 私が尋ねるが、ユウリも思い当たる節がないのか、首をかしげた。

 

「知らん。俺が勇者だと言ったら、王様の話を聞いてもらえるかを聞かれた」

 

「え、またそのパターン?!」

 

  この似たような展開は、つい最近ロマリアで起きたことを思い出した。思わず私は苦虫を噛み潰したような顔になる。

 

「まさかまたどっかの盗賊から何かを取り返してくれないか、とか言うんじゃねーだろうな?」

 

 ナギも私と同じことを思ったのか、心底嫌そうな顔で言う。

 

「俺が勇者だと知って皆頼るのはわかるが、こう毎回振り回されると魔王討伐に支障を来すのも時間の問題だな」

 

  ユウリも度重なる頼み事に、いい顔を示してはいないようだ。

 

「でも、逆に船を借りられる絶好のチャンスかもしれないな。条件にもよるが」

 

 確かに、頼み事を引き受ける代わりに船を借りられるように交渉出来るかもしれない。

 

 まあそれは頼み事の内容にもよるけれど、一国の王が困ってるってことは、簡単には解決できない問題なのだろう。交渉次第ではなんとかなるのかもしれない。

 

 ほどなくして、さっきの衛兵が戻ってきた。そして、是非王様にお会いになってくださいといいながら、私たちを城内へ案内した。

 

「よくぞ参られた! 勇者殿!」

 

 そう言って歓迎してくれたのは、王様ではなく隣にいた壮年の男性だった。おそらくこの国の大臣だろう。王様は玉座には座っておらず、この場にいるのは大臣だろう男性と私たち、そして数人の衛兵のみである。

 

「王は今話をできる状況ではないのでな。わしが代わりに話を致そう。わしはこの国の大臣であるが、今は王の代わりに政を行っている。この国に関して聞きたいことがあれば、何なりと聞くがよい」

 

 その話を聞いて、私たちはお互い顔を見合わせた。そしてユウリが一歩前に出て口を開く。

 

「では、早速ですがお聞きしたいことがあります。諸外国との交易を禁止したとの話は聞いております。ですがなぜ今、関所を封鎖したのでしょう? それほどまでに急がれた理由とは?」

 

 ユウリの問いに、大臣は周囲を見渡しつつ、困ったように答えた。

 

「うむ。それはだな。我が国に輸入されてくる『黒胡椒』がここ何日か届かなくなってな。調べたところ、輸入元であるバハラタにその黒胡椒が入荷されていないらしい。そうなると我が国の経済が立ち行かなくなる恐れがあるのでな。一時的だが他国との交易を禁止することにしたのだ。それと、……あまり大きな声では言えぬのだが、最近魔物の動きが活発化してるとの噂でな。どうやらどこかの国に、魔物が人の姿に化けて送り込まれたらしいのだ」

 

「魔物が送り込まれた……?  それは本当なのですか?!」

 

「いや、定かではないが、そういう噂を流している者が複数いるのでな。全くの嘘だとは言い切れぬ。だが急に鎖国状態にしてしまえば諸外国に要らぬ混乱を与えることになるだろう。そこで判断したのが輸出入制限であった」

 

「なるほど。輸出入制限は表向きで、本来の目的は魔物を国に入れないようにするための防衛策というわけですか」

 

「ああ。これが我が国を守る最大限の施策なのだ。おそらく勇者殿にも思うところはあるだろうが、こちらとしても自国のために多少の犠牲はやむを得んと思っている」

 

「その考えはもっともであり、私が口出しするようなことではありません。ただ私どもも関所が封鎖する前にここへ来れたからまだ良かったのですが、あまりにも急すぎて商人たちが暴動などを考えないかが心配です」

 

 さりげなく関所を勝手に通ったことを誤魔化すユウリ。私は一瞬ヒヤヒヤしたが、大臣の様子を見る限りバレてはいないようだ。

 

「それに関しては、ルーラかキメラの翼で我が国を訪れる際には問題ないとしている。一度我が国に訪れたことがあるなら、魔物である可能性はないだろうからな」

 

 つまり、初めてポルトガを訪れる人は入れなくて、もとからポルトガを行き来してる人はルーラかキメラの翼で入れるってことだろうか。

 

「なるほど。それなら大丈夫ですね」

 

 ユウリも納得したような顔で頷いていた。

 

「ところで、ここに訪れる際に聞いたのですが、王様の頼みと言うのは一体何のことでしょうか?」

 

 ユウリが尋ねると、大臣の顔がぱっと輝いた。

 

「おお、そうだった!! 実はな、先ほど話に出た『黒胡椒』に関係があるのだ」

 

急に大臣が身を乗り出してきたので、ユウリは思わず後ずさる。小さく咳払いをしたあと気を取り直し、話を進めた。

 

「すいません。その『黒胡椒』と言うのは、どういうものなのですか?」

 

 そうそう、それは私も知りたかった。ユウリも知らないってことは、一般的に出回ってるものじゃないのだろうか?

 

「そうか。お主たちは知らないのか。『黒胡椒』はいわゆる、塩とか砂糖などと同じ、調味料の一種でな、王はこれを使った料理が大層好きなのだ。我が国にこれを輸入することになったのも、もともと王が気に入ったからでな、毎日のように召し上がっていたのだが、先ほど述べた通りそれが入手できなくなり、政務をするどころではなくなったのだよ」

 

 えっと……それってつまり、大好きな食べ物が食べられなくなって、仕事が手につかなくなったってこと?

 

 一国の王様がそんな理由で仕事を投げ出すなんて、そんなんでいいのだろうか?

 

「……」

 

 あのユウリですら、何とも言えない表情になっているではないか。

 

「あの、恐れ入りますが、『黒胡椒』というのは、それほどまでに夢中になれる食べ物なのですか?」

 

「うむ。それはわしも胸を張って言える。一度食べたら病みつきになる、ある意味恐ろしい存在だな」

 

 大臣も食べたことがあるのか、大げさに頷きながら答えた。

 

「だが一般庶民にはまず縁のない話だ。何しろ胡椒一粒で黄金一粒が買えるくらい価値のあるものだからな」

 

「胡椒一粒が、黄金一粒……!?」

 

 ユウリはそれがどのくらいの価値なのか知っているのか、愕然とした表情になった。

 

「ねえ、黄金一粒ってどれくらいの値段なの?」

 

「んなもんオレが知るわけないだろ」

 

 私はナギに耳打ちするが、彼も知らないようだ。

 

「んとね、今だと、金が一粒あれば一月は食べるのに困らないんじゃないかな」

 

『ええっ!!??』

 

 シーラの言葉に、思わず驚きの声をあげる私とナギ。ユウリが煩わしそうにこちらを睨み付けるが、あまりの衝撃にこれ以上言葉が出ない。

 

 王様たちって、そんなものを毎日食べてるの!? 一般庶民の私には信じられない話だ。

 

「おっと、話が逸れてしまったな。それで、黒胡椒が手に入らなくなった原因を調べるために、数組の冒険者に頼んだのだが、音沙汰がなくてな。勇者殿にも、バハラタへ行って黒胡椒を手にいれてきてほしいのだ」

 

 ユウリはしばらく思案したあと、こう言った。

 

「……わかりました。私も黒胡椒とやらに興味があります。ですが、条件があります」

 

「む、何だ?」

 

「もし黒胡椒を王に届けることが出来たなら、そちらで所有している船を一隻貸していただきたいのです」

 

「おお、船の一隻や二隻くらいいつでも貸すぞ! 必要なら船乗りも用意しよう」

 

 随分気前のいいことを言う。それほどまでに黒胡椒が欲しいのだろうか。

 

「ありがとうございます。必ずや黒胡椒を手に入れて見せます」

 

 ユウリの快い返事に、大臣は膝を打った。

 

「良く言ってくれた!! もし手にいれることができれば、代金はあとで別の使いの者に届けさせるつもりだから安心してくれ。あと、店の者にこれも渡してくれ。宜しく頼むぞ、勇者殿!!」

 

 大臣から何やら書状のようなものを受けとると、四人は深々と頭を下げた。そして挨拶を済ませ帰ろうとするのを、大臣が何かを思い出したかのようにあわてて止めた。

 

「おっと、すまん! 大事なことを忘れておった。バハラタに行くには、アッサラームの北にあるバーンの抜け道を通らなくてはならんのだ。バーンの抜け道はホビット族のノルドが管理しておってな、彼の承諾がないと通れんのだよ」

 

「どうすれば承諾を得られるのですか?」

 

「ノルドは人間嫌いではあるが、我が王にだけは信頼を置いていてな。王の頼みとあれば、喜んで通らせてくれるだろう。暫し待っておれ。今から王に直筆の手紙を書いていただく」

 

 そう言うと大臣は、自ら王の部屋に向かっていった。そしてしばらく経ったころ、大臣は封筒を手にしながら小走りに戻って来た。

 

「こっ、これを、ノルドに渡して、もらえんか? きっと、許しを、得られるだろう」

 

 大臣はぜえはあ言いながら、呼吸を整える。そんなになってまで急がなくても……。大臣の体調が心配になってくる。

 

「わかりました。吉報を届けられるよう、全力を尽くします」

 

「うむ、待っておるぞ!」

 

 期待に満ちた目で私たちを見送る大臣だったが、ひょっとして彼も黒胡椒の虜になっているのだろうか? 玉座の間を出るまで思い切り手を振っていた彼の姿を見て、私はそう思わずにはいられなかった。

 

 

 

「でもさ、意外と簡単に船が借りられそうでよかったね」

 

 お城を出たあと、再び大通りへと続く大きな橋を渡りながら、私は前を歩くユウリの背中に向かってそう言った。

 

 すると、彼は重い空気を放ちながら陰鬱な表情でこちらを振り向く。

 

「どこが簡単なんだ?! これならあのクズ盗賊を倒しに行く方が何倍も楽だろ!」

 

 クズ盗賊というのは、おそらくシャンパーニの塔にいたカンダタのことだろう。

 

 確かにレベルの高いユウリなら盗賊を倒すくらい造作もないだろうけど、凡人の私にとっては多少遠くてもおつかいに行く方が遥かにマシだ。

 

「……もしかしてユウリ、機嫌悪い?」

 

「当たり前だろ。いつ入荷するかわからん物を買いに行かせるなんて、無茶を言うにも程があるぞ」

 

 うん、ユウリの言うことは一理ある。勇者とはいえ初対面の人にそんなことを頼むなんて、ロマリアといい、ここの国といい、王様っていうのは多少個性的でないと務まらないのだろうか。

 

「まあまあ、もうお昼になるし、ユウリもお腹すいてるからイライラしちゃうんだよ。どこかで食事でもして、一休みでもしようよ」

 

「お前に言われなくてもそのつもりだ! 食事が済んだらアッサラームに行くぞ!」

 

 ああ、どうやら火に油を注いでしまったらしい。激昂したユウリは私に散々文句をいうと、勝手についてこいと言わんばかりの態度で近くにあった食堂に入っていった。

 

「相変わらず感情と理性のバランスがおかしいよな、あいつ」

 

 ユウリに聞こえない程の声で、ぼそりと呟くナギ。思わずそれに私も同調する。

 

「ミオちん、どうしよう。ここでお酒飲んだら、アッサラームで飲む分のお酒が入らないかも」

 

「そんな心配しなくていいから。ていうかノルドさんのとこに行くためにアッサラームに行くだけだから、町には寄らないと思うよ?」

 

 三人がそれぞれ思い思いのことを話す中、私は一人まだ見ぬ土地に思いを馳せるのであった。

 

 

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