俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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バハラタ東の洞窟

 

「……きて、……ちん、起きて!」

 

 誰かが体を揺らしている。その揺れが心地よくて、再び意識がなくなりかけたそのとき。

 

「ミオちん、起きて!」

 

「!!」

 

 シーラの切迫した声に、私はびくりと反応した。

 

 瞼を開けると、目の前には心配そうに覗き込むシーラの姿があった。

 

「シーラ……?」

 

「うあああん!!    よかったよぉ!!    目が覚めて!!」

 

 言うなりシーラは、がばっと私に思い切り抱きついてきた。

 

「ど、どうしたのシーラ?!    何かあったの?!」

 

 彼女の取り乱した様子とは裏腹に、現状が把握できずただおろおろする私。

 

「だって、あいつらに捕まってから、ミオちん全然起きないんだもん!    もしかしたら、このまま一生目が覚めないかもって思って、すっごい心配したんだよ!!」

 

 そう泣きじゃくるシーラの目は、赤く晴れ上がっていた。それほどまでに私はシーラに心配をかけさせてしまったのか。私はいたたまれない気持ちになり、今度は自分から彼女を優しく抱き締めた。

 

「心配かけてごめんね、シーラ。一人でがんばったね」

 

「ううん。あたしは平気。ミオちんが薬で眠らされたあと、ずっとおとなしくしてたから」

 

 シーラの話によると、私が眠ったあと、男たちはシーラを脅し、そのまま町の外へと私たちを連れ出した。町の外には幌馬車が停まっていて、私たちはその中へ押し込まれた。

 

 そこにタニアさんはおらず、見張りとおぼしき男が一人いただけで、あとは私とシーラだけだったという。

 

 ほどなく馬車は動きだし、けして安全とはいえない走り方で、ひたすら東へと向かっていたそうだ。

 

 やがて馬車は蔦が蔓延る苔むした洞窟へとたどり着いた。木々の生い茂った場所に巧妙に馬車を隠し、私たちは男に連れられ(私は担がれたのだが)、洞窟の奥にあるこの牢屋に入れられた、というわけだ。

 

 牢屋と言っても、ここは人が二、三人入れるスペースしかなく、頭上に明かりとり用の小さい壁穴が空いているだけである。

 

「でも、怖かったよね。ごめんね、私がこんな作戦立てちゃったから……」

 

「ミオちん、自分を責めないで。あたしが囮になりたいって言ったんだもん、そのくらいの覚悟は出来てたよ。それに、ミオちんの作戦がなければタニアさんたちは見つけられなかったよ」

 

「タニアさん、たち?」

 

「そう。あのね、タニアさんが拐われてここに連れられたあと、グプタさんもここに拐われてきたんだよ。ここに入る途中、あたし見たの」

 

 グプタさんの方はひどい怪我をしてたみたいだったけど、と悲しそうに思い返しながら、シーラは言った。

 

「それじゃあ、ここに二人がいるのは間違いないんだ」

 

 私は安堵した。グプタさんの状態が心配だが、二人が一緒にいるならひとまず一安心だ。

 

「でも、ユウリちゃんたちがここに来るまでは結構時間がかかるかも」

 

 どうやら、ものすごいスピードで馬車は走っていたらしい。いくら足がつかないためとはいえ、乗っている人には地獄のような状況だったという。

 

 それでも私が起きなかったのは、よっぽど強い薬だったのか、私が鈍いだけだったのか定かではないが、そのせいでシーラに余計な心配をかけてしまったらしい。

 

「ミオちん、体とか痛くない?」

 

「うん。全然平気だよ」

 

 私がガッツポーズをとると、シーラは安心したのか、ようやく笑みをこぼした。

 

 とりあえず、私は現状を把握することにした。

 

 明かり取りの窓からは月の光が差し込んでいるので、夜にしては明るい。だが、狭い洞窟の中は、肩を寄せ合わなければ震えてしまうほどの寒さだった。

 

 牢屋の中には布団用なのか薄い布が数枚、隅の方には用を足すための穴があるだけで、お世辞にも環境が良いとはいえない。

 

 食事は私が寝てる間に来たと言うが、シーラは警戒していたのか口をつけなかったようだ。

 

 ああ、そういえば、お昼も食べ損ねたんだった。そもそもポルトガから今まで、まともな食事も取れていない。

 

 こうなったらその辺に生えている草でもミミズでも食べるしかない、そう心の中で決意表明をしたときだった。

 

「やっとお目覚めか、お嬢ちゃんたち」

 

 低く、ねちりとした声。その聞き覚えのある声に、反射的に顔を上げる。大きな影が鉄格子の前で止まり、その姿が月の光に照らされて露になったその瞬間、私たちは硬直した。

 

「おれはカンダタ。ま、短い間のつきあいだが、よろしくな」

 

 現れたのは、以前シャンパーニの塔で対峙した、盗賊のカンダタだった。

 

 彼のその言葉にどんな意味が込められているのか、本人を前にしてもそれはきっと誰にもわからない。なぜなら、そいつは目だけが見える覆面を被っており、表情は一切わからないからだ。

 

 おまけに寒い夜にも関わらず、上半身裸のままなのは、その格好がこの男のポリシーなのかと突っ込みたくなる。

 

 そんな半分冗談みたいな出で立ちだが、以前彼に戦いを挑んだとき、私は手も足も出なかった。攻撃を受け、とどめを刺されそうになったとき、運良くユウリに助けられ、彼の一撃によりカンダタから金の冠を取り返すことに成功したのだ。

 

 そのあと彼は逃亡し、行方知れずとなっていたのだが、ここにいるということは、どうやらここでも人身売買を始めていたらしい。

 

 ノルドさんが言っていた黒ずくめの旅の一座というのは、きっとカンダタとその子分のことだったのだろう。

 

 わざわざ変装までして他の国で人身売買を続けるなんて、人として許せない。

 

「短い間の付き合いって、どういうこと?    私たちをさらって、一体どうする気なの!?」

 

 私は頭に血がのぼってつい、カンダタに尋ねてしまった。

 

「ほう、威勢がいいな、嬢ちゃん。そういう女は嫌いじゃないぜ」

 

 そんな話はどうでもいい、という態度で私はカンダタを睨み付ける。

 

「ああ、怖い怖い。でもな、嬢ちゃんがここに連れてこられたってことはな、もう自由はない。おれの所有物になったってことだ。……つまりお前らは、奴隷商人に売るための大事な商品なんだよ!」

 

 カンダタはそう言うと、下卑た笑いを響かせながら、少しでも反抗すれば今にも手を振り下ろさんばかりの殺気を放った。

 

「明日の夕方、奴隷商人がお前たちを買いにやって来る。それまでは変な気を起こさず、おとなしくしてるんだな!」

 

 だめだ、ここで下手に抵抗したら、すぐに目をつけられる。だが幸い、変装しているからか私たちのことは気づかれていない。

 

 私は今にも噴き出そうなくらいの怒りを必死に押さえつけ、カンダタの威圧に怯える普通の女の子を演じることにした。

 

「ご、ごめんなさい……。おとなしくしますから許してください」

 

 先程とは一転、か細い声で伏し目がちに許しを乞う(ふりをする)私。隣にいたシーラも、赤く腫らした目を潤ませ、さらに怯えるポーズをとる。

 

「へっ。そんだけ可愛げがありゃあ、すぐ買い手がつくぜ。安心しな」

 

 そう言い残すと、カンダタは踵を返し、牢屋の入り口で待っていた子分と共にその場から出ていった。

 

 足音が聞こえなくなり、完全に気配がなくなったと確認したと同時に、私はげんなりとため息をついた。

 

「はぁ。まさかとは思ってたけど、やっぱりカンダタだったんだね」

 

「そーだね。全然懲りないね、アイツ」

 

 シーラも呆れたように答える。そして私たちはお互い顔を見合わせ、堪えきれず吹き出した。

 

「ミオちんの演技、上手だったね」

 

「シーラこそ、ホントにカンダタに怯えてたのかと思ったよ」

 

 誰が近くにいるかわからないので、見つからないよう口を押さえて二人してクスクス笑う。

 

 最初は私一人が囮になる予定ではあったが、こんな暗くて狭いところに一人でいたら心細くて辛かったと思う。シーラがいてくれて本当によかったと心から感謝した。

 

「とりあえず、ユウリたちが来てくれるまで待つしかないよね。寒いから二人でこの布にくるまってようか」

 

 私は近くに無造作に置いてあるボロボロの布を全て拾うと、一端を自分の肩に、もう一端をシーラの肩にかけた。

 

「ありがとう、ミオちん」

 

「……?」

 

 俯きながら、小さな声でお礼をいうシーラ。格好もそうだけど、今日はいつになくしおらしく見えるのは、拐われただけが理由だとは思えない。私は意を決して聞いてみた。

 

「ねえ、シーラ。言いたくなかったら別にいいんだけどさ、最近何か思い悩んでることある?」

 

「え?」

 

「砂漠に行ったときから気になってたんだけど、シーラは何でもないって言ってたじゃない? でもさ、最近のシーラ、ちょっと無理してるように見えるんだ」

 

「……」

 

「私じゃあ解決できないかもしれないけど、誰かにちょっと悩みを話すだけでも気持ちが楽になることって、結構あると思うよ?」

 

 私なんか実家にいたときしょっちゅうエマやお母さんに愚痴を溢してたし、とおどけながら言う。

 

「……本当にいいの?」

 

 すると、今まで沈黙していたシーラの口が開いた。

 

「あたし、今まで人に悩みを打ち明けたことってほとんどなくてさ。どうやって話したらいいのか、本当にこんな話を人にしていいのか、迷惑にならないかとか考えてたんだ」

 

 シーラの言葉は衝撃的だった。天真爛漫で誰とでもすぐ打ち解けられるような子が、こんな風に悩むなんて思っても見なかった。

 

「迷惑とか、考えないで。私はシーラのこと、もっと知りたい」

 

 きっぱりとそう言い放つと、シーラは吹っ切れたような表情になった。

 

「……じゃあ、聞いてもらってもいい?」

 

「もちろん!」

 

 私が肯定すると、シーラは安堵したように話を切り出した。

 

「あたしね、昔から弟と比べて出来も悪かったし、愛想もなくて可愛げのない子供だったからか、いつも一人だったの」

 

「ええっ!?    嘘!?」

 

 私は思わず驚愕した。今のシーラからは全く想像もつかない。

 

 そんな私の反応を尻目に、暗い表情で俯きながらも、ぽつぽつと語り始めるシーラ。

 

「お父さんが偉い人でね。自分に厳しかったから、あたしたち子供にも甘やかすことはしなかったんだ。それがイヤでさ、12歳のときに家出したの」

 

「家出!?」

 

 12歳なんて、まだ武術の腕も未熟で、一日中師匠に怒られてばっかりのときだ。

 

「相談する相手とかは、いなかったの?」

 

 そう尋ねると、彼女は静かに頷く。

 

「周りは皆大人ばっかりで、あたしのちっぽけな悩みなんか聞くどころか、相手にもしなかったよ。お母さんもお父さんの言いなりだったし。でも今振り返ると、本当に些細な悩みだったのかもね」

 

 まるで自分を卑下するような言い方に、私は首を横に振る。

 

「それなら私なんか、いつもルカにイタズラばっかりされて、その度にお母さんに愚痴を聞いてもらっていたよ。それこそなんて下らないことで悩んでいたんだろうって今なら思うよ」

 

 家事や子育てで忙しい中、お母さんは私の話に耳を傾けてくれた。呆れたり、厳しい言葉も返ってきたけど、無視したり怒ったりすることはけしてなかった。

 

「でも、シーラは一人で家出をしたの? 心細くはなかった?」

 

「ううん。そのときは色んな『しがらみ』から抜け出せて、やったー!って思ってたよ」

 

 すごいなあ。私だったら一人で家を出るなんて、寂しすぎて耐えられない。

 

「いろいろ転々として、やっと落ち着いたのがアッサラームだったの。そこでアルヴィスと出会ったんだ」

 

「そうなんだ。じゃあ、同居人って……」

 

「住むあてのないあたしを理由も聞かず家にいれてくれたの。アルヴィスってば、昔っからそう。あんなおっきい体しててさ、人一倍お人好しなんだよね。おまけに、あたしのために仕事を探してくれたんだけど、今まで仕事なんてしたことないって言ったら、アルヴィスったら、自分の仕事わざわざやめて、あたしが出来そうな仕事を一緒にやってくれたんだ」

 

「アルヴィスさん、すごい……。ってことは、もしかしてその仕事ってバニーガール?」

 

「ううん。最初は劇場のお掃除とか、劇団員の料理作ったりとか、裏方が多かったよ。世間知らずなあたしに気を使ってくれたんだと思う。でも、結局みんなうまくいかなくて、最後にたどり着いたのが、バニーガール姿で給仕をする仕事だったの」

 

「……」

 

「でも、そのころからかな。もともと暗い性格だったあたしが変われたのは。今思えばバニーガールは天職だと思ってるし、アルヴィスもサポートしてくれたから、本当に助かったよ。まさかアルヴィスも一緒にバニーガールをやるとは思わなかったけれど」

 

「あはは、アルヴィスさんも元々バニーガールやりたかったんじゃない?」

 

「うん、そうかも」

 

 そう言って、二人で笑いあう。だって、シーラがいなくなってもバニーガールをやってるんだもん、絶対自分の趣味も入ってるはず。

 

 まあ、それはさておき、それを抜きにしてもアルヴィスさんはシーラを救ってくれたんだ。そしてシーラも、アルヴィスさんを恩人として慕っている。

 

 だからこそ、余計にアルヴィスさんに迷惑をかけたくないという思いもあったのではないだろうか。

 

 二人は心を許しあっているように見えるけど、おそらくシーラのほうから壁を作っているのかもしれない。

 

「でも、本当はアルヴィス、あたしのこと迷惑だったのかなとか、思ってさ。だって何もできない私をずっと面倒見てくれたんだよ? 普通だったら追い出すじゃない? でもアルヴィスは優しいから、そういうこと言わないでいてくれてたんだと思うと、申し訳なくて……」

 

「シーラ……」

 

「ミオちんだって、こんな足手まといのあたしをいつも気遣ってくれるし、ユウリちゃんもナギちんも、あたしのこと見捨てたりしないし、皆優しすぎるから、余計あたし、肩身が狭くて……」

 

 話しているうちにどんどん涙が溢れだし、泣きじゃくるシーラ。ここまで聞いて、やっとシーラの本音がわかった気がした。

 

 私はシーラの背中をポンと優しくたたく。

 

「私も皆も、シーラが足手まといだなんて思ってないよ。ユウリも口ではああ言ってるけど、本当はそんなこと思ってないんじゃないかな。もしそうなら、シーラだけじゃなく、私もルイーダさんのところで仲間にしてなかったと思うよ」

 

「……!」

 

「シーラはシーラの魅力がある。一緒にいて楽しいし、いつもこっちまで元気になれる。だから、迷惑だとか思わないでほしいな。だって、シーラがいなくなるなんて、考えるだけでも嫌だもん。……きっと、アルヴィスさんもそう思ってるよ」

 

「ミオちん……」

 

 泣き止むシーラの涙を、私はそっと拭ってあげた。

 

「ねえ、もしかして、アルヴィスさんにもホントのこととか言えなかった?」

 

 私の言葉に、シーラの体がぴくりと反応する。そして無言で頷いた。

 

「でも、それはそれでいいんじゃない? そのときは言えなかったんでしょ? きっとそういうところも全部、アルヴィスさんはわかってくれてると思うよ」

 

「そう……かな?」

 

「そうだよ! でなかったら、あんなにシーラのこと心配してないもん! アルヴィスさんの人のよさは、シーラが一番よくわかってるんじゃないの?」

 

 そこまで言って、つい強い調子で声を発していることに気がついた。

 

「ご、ごめん。つい調子に乗っちゃって。責めてる訳じゃないんだ」

 

「ううん、あたしのほうこそ、言いたいことベラベラ言っちゃってごめんね」

 

「それこそ謝らないで。シーラが色々話してくれたから、嬉しかったよ」

 

「嬉しい? どうして?」

 

「だって、アルヴィスさんにも言えなかったことを私に言ってくれたじゃない。なんか私だけ特別って気がして」

 

 ふと、カザーブでユウリに自分のことを話したときのことを思い出した。今ならあのときユウリが言った言葉が少しわかる。

 

「なんでかな、ミオちんになら話してもいいかなって思ったんだ」

 

「話してみてどう?    ちょっとはスッキリした?」

 

「うん、なんか心のモヤモヤがちょっとなくなったかも」

 

「また何かモヤモヤしたら私、いつでも話聞くからさ。いっぱい愚痴を聞かせてよ。それにさ、困ったことがあったら、いつでも力になるから、遠慮なんかしなくていいからね」

 

「ありがとう♪ あたしもミオちんの悩みとか聞くよ。例えば……ユウリちゃんのこととか」

 

「ユウリのこと? 何の話?」

 

「んー、ミオちんいっつもユウリちゃんに意地悪されてるよね? 嫌じゃないの?」

 

「いや別に……。最初は確かに嫌だったけど、今はあんまり気にならなくなったというか……」

 

「ダメだよミオちん! それってただ慣れただけだから! 嫌なら嫌って言わないと!」

 

 なんだか異様にシーラが興奮している。うーん、言われてみれば、髪の毛引っ張られたり頬をつねられたりと、割と今のほうがひどい目にあってる気がする。

 

「シーラの言うとおりかも。一度リセットして考えてみるよ」

 

 私の答えに、うんうんと力強く頷くシーラ。なんだか私も客観的な答えを得られたことで、環境に慣れた自分を見直すきっかけができた気がする。

 

「話してたら随分遅くなっちゃった。いつ二人が来るかわからないし、ちょっと一眠りしようか」

 

「そうだね、おやすみミオちん☆」

 

「おやすみ、シーラ」

 

 空腹と眠気が激しくせめぎあう中、先に勝ったのは眠気の方だった。私たちはお互い寄り添いながら、いくらもたたないうちに夢の世界へと旅立ったのだった。

 

 

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