俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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戦う乙女たち

 

「遅いね……」

 

「うん、どうしたんだろ」

 

 一夜明け、おそらく今は例えるなら、ブランチの時間。思いの外眠りこけていた私は、先に起きていたシーラの物音で目が覚めた。

 

 彼女は未だ来ないユウリとナギを心配してか、大分早くから起きていたようだ。

 

 私がぼんやりと意識を取り戻すと、シーラは懐に隠してあった非常食を私にくれた。

 

「シーラ偉いね。私そこまで頭が回らなかったよ」

 

「ううん。バハラタに着くまでに食べきれなかった分だったから。あたしも気づいてたらもっとたくさん用意してたよ」

 

 ほんの少しの非常食をさらに半分こしながら、私たちは黙々とそれを食べ始めた。

 

 私自身、まさかユウリたちが私たちを助けに来るのにこんなに時間がかかるとは想定外だった。   

 けれど物事は常に最悪のことを考えて行動しなければならない。私は昔師匠に言われた言葉を今更ながら反芻していた。

 

 さらに日が上り始め、私の心中も騒ぎ出す。このままでは、本当に人買いに売られてしまう。

 

「よし、このまま待っても仕方ないから、脱出しよう」

 

「!」

 

 私の決断に、シーラは目を丸くしながらも、その言葉を待ってたと言わんばかりに頷いた。

 

「あたしもその方がいいと思う。でも、どうやってここから抜け出す?」

 

 狭い洞窟の中、目の前にあるのは鉄格子のみ。人一人が入れる扉には、きっちりと鍵がかけられている。

 

「まずはあの鍵を開けなきゃね」

 

 だが、基本的にここに見張り番はおらず、鍵も見当たらない。誰が鍵を持っているかもわからないのだ。こういう場合に盗賊の鍵があれば開けられるのかもしれないが、鍵はナギが持っている。

 

 かといって、今から土壁を掘り進めて外側へ穴を開けるなんて、気の遠くなるような作業なんか出来るわけもない。

 

 誰かが鍵をもってここに来れば……。

 

「そうだ! もうすぐお昼だよね? もしかしたら食事とか持ってくるかな?」

 

 私はぽんと手を叩きながら、シーラが夕べ、盗賊が持ってきた食事に手をつけなかったことを思い出した。

 

「朝は来なかったけど、きっと売りに出す前だし持ってくると思うよ!」

 

 シーラも確信めいた言葉で同意する。今までの話は全部小声なので、周りには気づかれてないはずだ。

 

 そうと決まれば作戦会議。私とシーラは、それぞれ意見を出しあい、食事が来るギリギリまで打ち合わせを続けた。

 

 

 

「おい、飯の時間だ」

 

 無愛想な声とともに、一人の男が食事を持ってやってきた。

 

 男は鉄格子の前に食事を置くと、ポケットから小さな鍵を取り出した。

 

 その鍵を牢の扉の鍵穴に差し、軽く捻ってガチャ、という金属音を響かせた。

 

 そして、再び男が食事を手に持とうとしたその瞬間、私は素早く牢の扉から外に出ると、全神経を集中させ男の後頭部を蹴り上げた。

 

「ぐはっ!?」

 

 男の悲鳴と共に、続けざまに私はよろめいた男の背中めがけて、回し蹴りを放つ。

 

 男は次の悲鳴も上げないまま、地面に倒れ伏した。

 

「ミオちん、すごーい!」

 

 シーラが、小さく手を叩きながら感嘆の声を上げた。

 

「ロズさんにもらった『星降る腕輪』のお陰だよ」

 

 そう、こんなにうまくいったのは、素早さが格段に上がるというこの『星降る腕輪』のお陰だった。

 

 この腕輪を使えば、日常生活においてはいつもと変わらないが、自分が意識すれば戦闘で普段よりも素早く動ける。

 

 バハラタに着く間、私はずっとこの腕輪を身に付けていた。すると、自分でも驚くくらい周りの動きが遅く感じるのだ。

 

 攻撃力などは変わらないが、敵の攻撃を避けたり、自分の攻撃をいつもより多く叩き込めたり出来るのは、この装備品の最大の強みであった。

 

 そんなこんなで牢から出ることに成功した私たちは、男に気づかれないよう静かに横を通りすぎ、急いで部屋を出ようとした。

 

「あっ、待ってミオちん!」

 

 後ろを振り向くと、シーラは倒れている男のポケットからもう一つ鍵を取り出した。

 

「あ、そっか! タニアさんたちの牢屋の鍵か!」

 

 さすがシーラ! 気づかず忘れるところだった。

 

  鍵を手に入れ、再び部屋の出口へと向かう私たち。牢屋のあった部屋を出ると、そこは狭い通路で入り組んでおり、少し進むと二手に分かれた道に出た。

 

「待って。確かここに来る途中、どっちかの道からタニアさんたちの声を聞いた気がする」

 

「ホント?!」

 

 シーラの記憶力を頼りに、タニアさんたちがいると思われる場所へと向かう。

 

 敵がいるかもしれない中、細心の注意を払いながら奥へと進む。ほどなくして、少し開けた場所が見えてきた。

 

「あれは……」

 

 私が呟くと、シーラもそれに反応した。

 

「あたしたちが入れられたのとおんなじ場所だね」

 

 ということは、きっとこの中に……。

 

「あっ、あなたたちは!?」

 

『しーっ!!』

 

 出会い頭に大声を上げられたので、慌てた私とシーラは、咄嗟に人差し指を口にあてた。

 

 その注意された張本人のグプタさんは、はっと気付き、手で口元を押さえた。

 

「すっ、すいません。まさかあなた方がいるとは思わず、つい……」

 

「グプタさん、怪我の方は大丈夫ですか?」

 

「あっ、はい! 幸い大したことなかったんで、平気です。タニアを探している途中で奴らに捕まってしまい……、勝手に飛び出していってすみません」

 

 ぺこぺこと頭を下げるグプタさんの横で、私たちを凝視しているのは、おそらくタニアさんだろう。

 

 艶やかな青い髪を揺らしながら気丈に振る舞うその姿は、私たちとそう変わらない年齢にも関わらず、とても落ち着いて見えた。

 

「あの、初めまして、タニアさん。私はミオ。こっちはシーラです。あなたのおじいさんに頼まれて、あなたたちを助けに来ました」

 

「まあ、おじいちゃんが?!」

 

 マーリーさんの名前を出したとたん、タニアさんの警戒心が薄らいでいく。

 

 私たちは、他の仲間が自分たちを助けに来てくれることと、今日の夕方に人買いが来ることを伝えた。

 

「それじゃあ、勇者さんたちが助けに来てくれるんですね!」

 

 グプタさんは歓喜の声を上げた。だが、予定よりもかなり時間がたっていることに不安を感じている私たちは、素直に頷くことが出来なかった。

 

「なら、その勇者さんたちがやって来るまで、私たちはここから動かない方がいいと思うわ」

 

 タニアさんの冷静な判断に、私は一瞬言葉に詰まる。確かにそうなのだが、もし人買いが予定よりも早く来たら一貫の終わりなのだ。

 

「万が一を考えて、ここの牢屋の鍵を手にいれました。もし夕方近くになっても彼らが来なければ、これを使って逃げてください」

 

 私は動揺を隠しつつ、淡々と二人に伝えた。グプタさんも今がけして喜んでいる場合ではないと察したのか、緊張した面持ちで私から鍵を受けとる。

 

「わかりました。ありがとうございます」

 

「今私たちが様子を見ます。脱出経路を確認したらまたここに戻りますので、待っててください」

 

「はい。あなたたちもどうか気を付けて」

 

    グプタさんの言葉に頷くと、私たちは足早に彼らのもとを去った。

 

 

 

 それから何事もなく、先程の二股のところまで戻ることができた。

 

「それじゃあ、行ってない道に行こうか」

 

 私が促すと、シーラは突然歩みを止めた。

 

「待って、ミオちん。何か聞こえない?」

 

「えっ?」

 

 そう聞き返した瞬間、複数の足音がこちらに向かって近づいてきた。

 

「まずい!」

 

 こんなところで鉢合わせになったら、間違いなく捕まってしまう。どこか隠れるところがないか探してみるが、狭い洞窟の通路にそんな都合のいい場所があるはずもない。

 

 かといってグプタさんたちがいる方に逃げ込むわけにもいかない。私たちがいた部屋に戻っても、倒れている男を目撃されれば、不審に思われてしまう。

 

「シーラは後ろに下がってて。ここは私がなんとかするから」

 

「!!」

 

 私が攻撃の構えをすると、シーラは悲痛な表情で私を見据える。

 

「ミオちんだけに任せるわけにはいかないよ! あたしも戦う!」

 

 

「ありがとう。でも大丈夫だよ。私にはこの腕輪もあるし」

 

 余計な心配をかけさせないよう優しく言ったつもりだったが、彼女の顔から不安の色は消えなかった。

 

 やがて、足音と共に数人の盗賊姿の男たちの声が聞こえてきた。話の内容から察するに、食事係の人が戻ってこないから気になって来たようだ。

 

 やって来たのは三人。男たちは目の前にたたずむ私たちを目にすると、カンダタと同じように下卑た笑いを浮かべた。

 

「今度の商品は、随分じゃじゃ馬なんだな。こりゃ買い手も見つからねえわ」

 

「別に売れ残ってもいいさ。俺たちが買い取ってやればいい」

 

「おとなしく牢に入ってろ。さもなければ少し痛い目を見ることになる」

 

 三人は口々に言いたいことを言うと、携えた武器をこちらに向けた。どうやら向こうもその気のようだ。

 

「あんたたちの思い通りには行かないんだかりゃ!」

 

 あ、やばい、舌噛んじゃった。

 

 慣れない口上を言うもんじゃない。私は羞恥で顔が沸騰するくらい赤くなる。

 

「ぶはははは!! 威勢のいいこった!!」

 

「可愛いじゃないか。おれはこういう子は嫌いじゃないぜ」

 

「どうでもいい。抵抗するならこちらも容赦はしない」

 

 言うや否や、一番好戦的な盗賊が曲刀を振りかざしながら、私に向かって突っ込んできた。狭い通路なので、三人が一斉に襲いかかってくることはないが、それでも驚異であることは変わりない。

 

 私は全神経を集中させると、盗賊Aの放つ大振りの一撃を難なくかわす。その隙を突き、体を捻りながら盗賊Aのこめかみを拳で叩きつけた。

 

「ぎゃああああっ!!」

 

「こ、この女……!?」

 

「ただの町娘ってわけではなさそうだな」

 

 盗賊Aはたまらず地面に転がるように倒れる。おそらく脅しのつもりで攻撃を仕掛けたつもりだったのだろうが、思いもよらぬ反撃に、へらへらしていた表情が瞬時に硬くなった。

 

 向こうも私の殺気を感じ取ったのだろう。頭を切り替えたのか、倒れている盗賊Aを飛び越えた盗賊Bが、私に向かって駆け出し、短剣を左右に薙ぐ。だが、腕輪の効果なのか、相手の動きがまるでスローモーションのように見える。

 

 剣擊をかわしながら数歩下がり、利き足に重心をかける。相手の攻撃が止んだ瞬間、足を思い切り上に蹴り上げると、盗賊Bの顎にクリーンヒットした。

 

「ぐああああっ!」

 

「くそっ!」

 

 盗賊Bがのけぞったその背後から、盗賊Cがこちらを目掛けて石を投げてきた。私は間一髪それを避け、石はすぐそばの岩壁に跳ね返る。

 

「痛っ!!」

 

 突如、左腕に鋭い痛みが走る。見ると小さいながらも刀傷がついている。一体いつ?

 

 前に向き直ると、盗賊Cがにやりとした笑みを浮かべる。さっきの石はフェイクだったようだ。

 

 しまった、油断した……!   

 

「ミオちん!!」

 

 金切り声とともに、シーラが盗賊Cの投げた石を拾って投げつける。盗賊Cは最小限の動きでこれを避け、その流れで腰に隠してあった何本もの小さい針のようなものを両手で持てるだけ持ち、再びこちらに放ってきた。

 

 まずい、避けたらシーラにも当たる……!

 

 本能的に避けるのはまずいと判断した私は、できる限り手で打ち払うが、目では追えてもすべてを処理できるほどの技術もなく、二、三本打ち損じてしまった。

 

「う……ぐっ……!!」

 

 さらに右頬と左足に切り傷が増え、たたらを踏む。幸い殺傷能力は大したことないので、痛みを我慢すればなんとかなるだろう。あとは気合いだ。私はなんとか踏みとどまり、盗賊Cを見据えた。

 

 そのときの私の表情に鬼気迫るものがあったのか、有利であるはずの盗賊Cの表情に余裕はなかった。

 

「さっさと倒れろ!」

 

 ナイフをかざし、私に向かって突っ込んでくる盗賊C。あまり接近戦は得意ではないのか、他の二人よりは隙がある。男のやや粗っぽい攻撃を易々とかわした私は体勢を極限まで低くし、油断してがら空きになった鳩尾目掛けて、渾身の正拳突きを放った。

 

「ぐはっ!!」

 

 男の体は放物線を描くと、岩壁に勢いよく叩きつけられた。こんなに自分には力があったのかと、つい疑ってしまう。

 

 取り敢えず、三人は倒せた。けど、もし気づいてタニアさんたちのところに行ってしまったら、今度はタニアさんたちが危ない。

 

「シーラ、タニアさんたちを連れていこう。ここにいたら危険だと思う」

 

「で、でもミオちん、大丈夫?」

 

「うん。この程度の怪我なら、薬草使えば大丈夫だよ。ほら、こんなこともあろうかといくつか持ってきてるから」

 

 私はカーディガンの裏に縫い付けてある薬草を彼女に見せた。そしてそれを剥がし、そのまま口にいれた。

 

 なんとなく体力が回復したのを感じながら、タニアさんのところへ向かおうとしたのだが――。

 

「待って、ミオちん。あたしが急いで行ってくるからミオちんはそこで休んでて」

 

 私の返答も待たず、シーラは早足でタニアさんのもとへと駆けていった。

 

 薬草を使ったとはいえ、一人で三人相手に戦ったのは想像以上に体力を消費するので、正直ありがたかった。

 

 そのまま壁に背を預け、体力を回復しつつシーラたちがくるのを待つ。

 

――いくら星降る腕輪の力を借りたとしても、二人でここを脱出しようとしたのは無謀だったのだろうか。

 

 人買いがやって来るのは夕方だし、おとなしくユウリたちが来るのを待っていればよかったのではないか?

 

 でも、脱出のチャンスはきっとあのときが最後だったはず。もし万が一ユウリたちが間に合わなければ、結局手も足も出ず人買いに売られ、最悪ユウリたちと離ればなれになってしまう。

 

 どう決断すればよかったのだろう。私にもっと力があれば、カンダタを余裕で倒せるくらい強ければ、こんな悩むこともなかったのに。

 

 そんなことを一人で考え込むうちに、どんどん心細くなってきた。早く戻ってきて、シーラ。

 

 すると、願いが届いたのか、こちらに向かう足音が聞こえてきた。良かった、早く戻って――。

 

――違う、シーラじゃない!!

 

 音が聞こえてくるのは、タニアさんたちのいる方じゃない。盗賊たちがやって来た方向だ。

 

 音が近づくにつれ、私の心臓の鼓動も早くなる。新手の盗賊か? もしくはユウリたちが来てくれたのだろうか?

 

 だが――。

 

「ほう。随分暴れてくれたじゃねえか」

 

 結果は、そのどちらでもなかった。その投げ掛けられた言葉に、はっと息を飲む。

 

「おれの仲間をこんな目に遭わせるなんて、大した嬢ちゃんだぜ」

 

 じゃらり、と鎖が揺れる音が鳴る。鎖の先には人の顔の大きさくらいの鉄球が繋がれており、もう一方には柄がついている。

 

 その柄を持って鉄球を引きずっている『そいつ』は、私を視認すると、ゆっくりと歩みを止めた。

 

 覆面の下から垣間見えるその表情は、昨日のように軽侮した目ではなく、明らかに殺意を持っている。

 

 ここでカンダタを倒さなければ、私たちが殺される――。

 

 そう察した私は、ごくりと唾を飲み込む。

 

 彼の放つプレッシャーに圧され、未だ身動きが取れないでいると、

 

「前にも似たようなことがあったな。確かその時も、お前と同じ黒髪で……」

 

 そう言って途中で言葉を止め、カンダタは私をじっと見た。

 

「……そうか。お前、あのとき勇者と一緒にいた仲間か!! はっ、わざわざおれを追いかけて来たってことか!」

 

 皮肉めいた口調で、私の正体を見破るカンダタ。

 

「残念だったな! 勇者だったら来ないぜ! 今ごろおれたちが張った罠にかかってるだろうよ!」

 

「えっ……!?」

 

 私は言葉を失う。そんなまさか。ユウリが、盗賊なんかのしかけた罠にあっさりと引っ掛かるわけがない。

 

「うっ、嘘!! ユウリたちがあんたたちなんかの仕掛けた罠に引っ掛かるはずないもん!!」

 

 カンダタを責め立てるが、私は動揺を抑えきれなかった。

 

「そうか? じゃあなんで、あいつらはここに来ない? それとも、もうお前たちを見捨てたんじゃないのか?」

 

 そういうとカンダタは、下品な笑いを響かせる。

 

 違う。ユウリは、ナギは、私たちを見捨てたりなんかしない。こんな奴の虚言に惑わされてはいけない。

 

「そっちこそ、一人でここに来たってことは、もう他に仲間がいないんじゃないの!?」

 

「生憎だが、外のやつらは所用で出掛けてるだけだ。それに、もうすぐ人買いの奴らがやって来る。お前らを逃がさないようにするための人員なんて、おれ一人で充分だ」

 

 そう言い終わると、手にしていた鉄球を振り回し始めた。

 

 まずい、戦闘体勢に入らなきゃ……!

 

 そう体を動かした瞬間、全身に稲妻が走るような痛みが襲った。

 

「っっ!!」

 

 何……!? この痛みは……?

 

 一瞬意識を失いかけたが、それどころではない。カンダタの攻撃が来る前に、避けなきゃ……。

 

「お前、おれの仲間の毒針に当たったな? その毒針には、おれの仲間が独自に配合した特殊な毒が塗られていてな、その辺で売ってる毒消し草じゃ消えねえ毒なのさ。最初は気づかねえが、段々痛みと痺れが全身に行き渡り、しまいにゃ激痛でのたうち回るが声も出なくなる。もともと拷問用に開発したみたいだが、お前みたいな小娘には少しばかり酷だったな」

 

 言葉とは裏腹に、少しも憐れむ様子を見せないまま、カンダタは私を見下した目で眺める。

 

 まずい、このままじゃ、本当に、死……。

 

 意識までもが途切れ途切れになる。痛みがあるからか完全に意識を失うことはなく、それがかえって苦痛となっていた。

 

「今度こそお別れだ。残念だったな。お前が勇者の仲間でなければ、お前はおれの――」

 

 もう、カンダタの声も聞き取れない。目も口も手も足も、少しでも動かせば激痛が走る。

 

 もういっそ、楽になりたい。そう天に願いながら、私は膝をついた。

 

 鉄球がビュンビュンと空を切る。その音が消えた瞬間、私はここで生涯を終えるんだ。

 

 次に思い浮かぶのは、共に旅をしてきた仲間の顔。旅の途中で出会った人たち。そして、家族。

 

 もう会えないのかと思うと、涙が込み上げてきた。

 

――嫌だ、死にたくない。

 

 こんなところで、こんな奴に負けたくない。

 

 鉄球がこちらに向かって降ってくる。スローモーションのように見えたその攻撃は、頭ではわかっていても避けきれない。

 

 抵抗する間もなく自分の身体が粉々になる、はずだった。

 

「??」

 

 なぜか鉄球は私の目前で宙を舞い、主の手を離れ明後日の方向へ飛んでいく。

 

――これは、風?

 

 私の目の前で、突然強風が吹き荒れる。洞窟という密閉空間で、なぜ強風など吹くのだろう。

 

 風も収まり、主の方へ目をやると、そこには全身血まみれで立っているカンダタの姿があった。   

 先ほどと違うのはカンダタだけではない。彼の周囲の地面や壁も、所々引き剥がしたかのように大きく抉られていた。

 

「てめえ……。何をしやがった!!」

 

 それは、私に向けられた怒声ではなかった。彼の視線の先には、私の背後にいる者の存在があった。

 

 私は可能な限り後ろを振り向く。

 

 そこには、怒りを露にしたシーラが、両手を前にかざしながら立っていたのだった。

 

 

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