シャンパーニの塔での一件もひと段落し、ロマリアを出発してから数日後。カザーブを背にそびえる小高い山々の麓近くまでやってきた一行は、森の奥にあるその場には似つかわしくない人工的な建物に目を留めた。
「なんだ、あれは?」
ユウリの呟きに、私とナギはそろって首を傾げる。地元に近いとはいえ、今までカザーブを囲う山々を越えたことのない私にとっては、ここロマリア周辺はほぼ未知の場所である。それにアリアハン出身のナギも当然わかるはずがなかった。
「ああ、あれはねぇ、『すごろく場』だよ♪」
『すごろく場?』
まるで知っているかのような口ぶりのシーラだが、彼女もウワサに聞いていただけで、実際に行ったことはないらしい。
「そういえば、何かの文献で読んだことがある。この世界のどこかにそんな名前の娯楽施設があると。確か『すごろく券』とかいうものが必要だそうだが」
「そうそう! ユウリちゃん、勉強熱心だね☆ ってことで、早速行ってみる?」
「え!? でもすごろく券がないと行けないんじゃないの?」
私が問うと、シーラはどこからか数枚の紙を取り出した。
「じゃーん! 実はこの前、格闘場にいたおじさんから何枚かもらっちゃったんだよね♪ 人数分あるから、今から行ってみようよ☆」
「おいおい、大丈夫かよそのおっさん!」
「えー? でも『お嬢ちゃん可愛いから何枚でもあげるよ』って言ってくれた親切なおじさんだったよ?」
「それだけ聞くと滅茶苦茶怪しいんだけど……」
「ふん。行ってみればわかることだ。ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行くぞ」
そう言うとユウリは、足早に怪しげな建物の方へ向かった。
「……なんかわかんねえけど、とりあえず行ってみるか」
「うん、そうだね」
リーダーが行ってしまったのだから仕方ない。私とナギは顔を見合わせて頷くと、勇者の後について行ったのだった。
「なんていうか、ものすごいセンスだね……」
「ああ、色んな意味でやべえな……」
山と森に囲まれた大自然の中で、やたらド派手な輝きを放つ奇妙なデザインの銅像。製作者の思考を疑ってしまうような、マニアックな外壁の装飾。ところどころにちりばめられた宝石と、妙に凝った細工を施したサイコロがこの建物の独特な雰囲気をさらに引き出している。
そして、その建物の正面とも言うべきところに、その扉はあった。やたら豪奢な門構えをしており、扉の上には金でできた看板が掲げられていた。そこには大きく『すごろく場』と書かれている。
「中はどうなってるんだろ〜☆ 楽しみ~♪」
ご機嫌な様子で扉の取っ手に手をかけるシーラとは対象的に、私とナギは何があるのかわからず、いまだに彼女の一歩後ろで二の足を踏んでいた。
がちゃり、と扉を開き中へと入ると、いきなり眩い光が目に飛び込んできた。
「うわあ、きれーい!!」
中は原色で彩られたタイル調の壁に、派手な装飾の燭台やら絵画などが飾られている。さらに部屋を囲うように、金でできた見知らぬ人物の像が何本も屹立していた。
「あれ? なんか部屋の真ん中がずいぶんすっきりしてるね?」
壁の隅には前述の像や置物、装飾品が飾られているが、だだっ広い部屋の中央には高級そうなじゅうたんが敷かれているだけで何も置かれていない。別に何もないからっておかしいわけではないのだが、この部屋のアンバランスさに違和感を覚える。
すると、上の方から『ガコン』という奇妙な音が聞こえてきた。
「わああぁぁぁっっっっ!!!!」
と同時に男性の悲鳴が部屋中に響いたではないか。
ドシン!!
続けて声の主である中年の男性が天井から真下にある絨毯の上に落ちてきた。おしりから落ちてしまった彼はそのまま倒れて動かなくなってしまった。
「え!? だ、大丈夫ですか!?」
私が慌てて駆け寄ると、男性はすぐに起き上がり、両手で顔をうずめてしまった。
「あああ、落とし穴に落ちてしまったあああ!! くそう、もう一回!!」
男性はそう悔しそうに言うと、私たちのことなどまるで無視して立ち上がり、部屋の奥の方へと走って行ってしまった。
「なんなんだ、あいつ?」
「なんか、『落とし穴に落ちた』って言ってたよね?」
不思議そうに眺めている私とナギをよそに、なぜかシーラとユウリは興味深げに天井を見上げている。
「あの上に何かあるんだな」
「ユウリちゃん! あのおじさんが行った先に階段があるよ!!」
何かに気づいた二人は、まるで憑りつかれたかのように男性が言った階段へと向かっていった。
「なんかよくわかんねえけど、行ってみるか」
「うん」
とりあえず二人の後について行けばいいかと言い放つナギに、私は是非もなく頷いたのだった。
「ようこそ、旅のすごろく場へ!! お客様は、すごろくは初めてですか?」
太陽のような笑顔で私たちを迎えてくれたのは、明らかにここのスタッフと思われる中年男性だった。スタッフは早速人数を確認すると、『券はございますか?』とたずねてきた。
「はい、4人分お願いしまーす♪」
元気よくシーラがすごろく券をスタッフに渡すと、スタッフは丁寧に券の枚数を確認した。
「はい、確かに券を4枚お預かりしました。では、順番が回ってきましたら、お一人ずつスタートしてください。サイコロを振って、出た目の数だけ進めます。途中、魔物との戦闘もあるので装備や体力の回復は十分なさって下さいね。なお、ゲームの途中で購入、または入手したアイテムはお客様がお持ち帰りしていただいて結構です。アイテムの購入や休憩する際の料金はお客様ご自身がお支払いください。では、ご健闘を祈ります。ゴール目指してがんばってください!!」
早口で説明を終えたスタッフは、慣れた足取りでその場から去っていった。
「そんじゃあ、トップバッターはミオちんで!」
「えっ、私!?」
いきなり一番手だなんて、どうしたらいいんだろう。だけどなにが起こるかわからない不安とは裏腹に、興味も湧いてきた。とりあえず促されるまま、私はスタート地点まで歩を進める。
「これがすごろく場……。なんかドキドキするな~」
すると、突然空から一抱えほどのサイコロが降ってきた。あわててそれを受け取ると、スタッフがジェスチャーを交えながら使い方を簡略に説明した。どうやらこのサイコロを振るらしい。
ユウリたちやスタッフの皆が見守る中、緊張している私はサイコロをぎこちなく転がした。
「あ、1だ」
先ほど聞いたスタッフの説明を思い出しながら、私は目の前に続いている『マス』という場所に足を一歩踏み出した。止まったマスは、「草原」と呼ばれる何もない場所であった。
「なんだ。何も起こらないや。……ん、下に何かあるのかな」
私は足元を調べようとその場にしゃがんだ。するとその瞬間、突然足元の感覚が消えたように感じた。いや、感じたのではなく実際になくなっていた。
「ひゃああぁぁぁっっ!!??」
どすんっ!!
すごろく場1Fに響き渡る、鈍い衝撃音。あまりに突然の出来事に受け身をとるのも忘れ、地面に腰を打ち付けてしまった。
「いったぁ……。なんであんなところに落とし穴が……?」
そう言えばさっきの男性もこの場所に落ちていた。つまり今の私と同じ状況だったということだ。
スタート地点で見たマスは、かなり奥まで続いていた。それなのに、一回目で落とし穴に落とされるなんて――。
「もしかして、これでもう終わり!?」
自分で言ったその言葉に、私は愕然とした。そしてすぐさま起き上がり、天井を見上げる。
さっき落ちてきた男性の気持ちがよく分かる。あのとき地面を調べようとしなければ、もっと先に進めたかもしれないのに。
「はあ……。とりあえず、皆のところに戻ろう」
ため息をついた私は肩を落とすと、再び階段を登ったのだった。
「ちきしょーっっ!! なんであんなところにバリアゾーンがあるんだよ!! おかげでそのあとの戦闘でやられちまったじゃねーか!!」
すごろく場に戻ると、悔しさを体中で表現しながら喚いているナギの姿が目に入った。マスの外にいるのを見ると、どうやら私と同じように途中で離脱してしまったようだ。
「あっ、ミオちん! 大丈夫だった?」
私に気づいたシーラが心配そうに声を掛けてきた。
「うん、大丈夫。それよりナギももうやったの?」
「うん☆ あそこのマスで魔物と戦って、体力なくて負けちゃった」
なんとこのすごろく場には、魔物も襲いかかってくるという。とはいえ本物の魔物ではなく、良くできた幻ということだが、どうやって生み出せるのかはわからない。なんでも昔、世界中を旅してきた高名な魔法使いだか僧侶だかが興味本位でそういう幻を作る装置を発明してここに設置したそうだが、随分と物好きな人がいたものだ。
なので実際にダメージを受けたわけではなく、あくまであのすごろく場の中での出来事になるらしい。マスから離れれば体力はすごろくをやる前の状態…に戻る、と後でスタッフから聞いた。
「それじゃあ、次は……」
「ふん。俺がやる」
ずい、とスタート地点の前に立ったのはユウリだ。本人は興味なさそうにしていたが、本当はやりたかったのではないか、と勘繰ってしまう。
現れたサイコロをキャッチしたユウリは、無言でサイコロを投げた。出た目は6だ。
「ふっ。お前らと違って、どうやら俺にはサイコロの神がついているようだな」
なんか得意げにサイコロの神とか言っちゃってるけど、たまたまだよね?
そのままユウリは6マス進んだ。止まったマスは『森』とかかれていた。
ガコンッ!
「!?」
ひゅうううう……。
『…………』
突然の状況に、唖然とする私たち。一体何が起こったのかと言うと、ユウリが『森』のマスに止まった途端、足元の地面がなくなり、先程の私同様下に落ちてしまったというわけだ。
「え……、こういうことってあるの?」
「いやあ、足元を調べない限り落とし穴が起動することはないんですが、不具合ですかね……?」
私が近くにいた男性スタッフに尋ねると、彼は冷や汗をかきながら答えた。
心配になった私は下に降りようと階段へ向かおうとしたが、それより先にユウリが戻ってきた。
「おい! 何だ今のは!? なんで俺が落とし穴なんぞに落ちなきゃなならないんだ!!」
「すっ、すみません!! なにか不具合があったみたいで……、今回は特別にもう一度プレイしてくださって結構ですので」
「当たり前だ!」
怒り心頭のユウリは、スタッフの言葉も聞き終わらぬうちに再びスタート地点へと戻った。
一方私の横では、お腹を抱えて笑いをこらえているナギの姿があった。
「ぶはは……、やべえ、マジで腹痛え……。サイコロの神とか言ってたやつが一回目でいきなり落とし穴とか……、サイコロじゃなくて笑いの神だろ」
彼の呟きに、思わず私まで吹き出しそうになった。いや、ここで笑ったら、後でユウリに何を言われるかわからない。私は必死で平静を装った。
しかしその後もユウリは、途中のマスで魔物との戦闘になり、通常なら倒せるはずの魔物にあっさりと敗北。再びスタート地点に戻された。
「すみません、どうやら魔物のレベル設定に不具合が生じたみたいでして……」
「ふざけるな!! もう一度だ!!」
さらに再びやり直すが、出た目の先にはナギも被害にあったダメージ床。普通なら致命傷に至るほどのダメージは受けないはずなのだが、ユウリが床に乗った途端、物凄い電撃が彼の身体に直撃し、なんと気絶してしまった。
その後スタッフに担ぎ込まれ、ユウリはそのまま別室で治療することになってしまった。
「あらら……。ユウリちゃん、不運だね」
不運の一言で片付けて良いものか考えたが、レベル30超えの彼ならばきっと大丈夫だろう。……たぶん。
「そんじゃあ、最後はあたしだね!」
一番楽しみにしていた(と思われる)シーラが意気揚々とスタート地点に立ち、現れたサイコロを勢いよく振った。
出た目は先程のユウリと同じ、6だ。
「わーい、やったあ♪」
すいすいとマスを歩くシーラ。そして問題の『森』のマスの上に乗るが、特に何も起こらなかった。どうやらこのすごろく場、どのマスに止まっても、結局は運が左右するらしい。
「じゃあ次……、えいっ!」
次の目も6。『草原』のマスだが、今回も何も起こらず。そして三回目のサイコロだが。
「また6だあ!!」
「すごーい、シーラ!! 3回連続で6だなんて!!」
半ば興奮した様子で声を上げている私に、シーラはピースサインを見せる。気づけばあと1マスでゴールの所まで来ている。
「ゴールするから見ててね〜☆」
周囲の期待が集まる中、4回目のサイコロが宙に舞う。出た目は――。
「1だ!!!」
その瞬間、場内に割れんばかりの拍手が沸き起こった。シーラが一歩前に進むと、どこからともなくファンファーレが高らかに鳴った。また、彼女の頭上からは薬玉が割れ、色とりどりの紙ふぶきが花びらのように舞い落ちる。ゴール周辺には、いつの間に現れたのか、すごろく場のスタッフたちが、ゴールに立ったシーラを羨望のまなざしで見ながら手を叩いていた。
「おめでとうございます!!」
「すごいじゃないか、君!! 歴代最短記録だよ!!」
「よくがんばったわね」
「君はすごろく界の革命者だ!!」
皆が口々に激励の言葉をかける中、シーラは皆に注目され照れながらも、満面の笑みを浮かべていた。
「さあ皆、胴上げだ!!」
スタッフの一人の声を合図に、なぜか全員が賛同し、あれよあれよと言う間にシーラを担ぎ上げ、ワーッショイ!! ワーッショイ!! といいながら、胴上げを始めた。
「おいおい、何なんだよこの雰囲気……」
周りの反応の異常さに冷ややかな目を向けるナギと同様、私も周りのノリについていけずただ傍観するしかなかった。
その間にもシーラは(どこから出してきたのか)豪華な台車に乗せられたり、花束を渡されたりと、周りの雰囲気に流されるままになっている。
するとそこへ、タキシード姿の一人の男性がニコニコしながらシーラに近づいてきた。
「おめでとうございます、シーラさん!! この感激を誰に伝えたいですか!?」
「えっとねえ、仲間の皆もそうだけど、ここにいる皆にありがとうって伝えたい!」
その言葉に、さらに場の空気が感動に満ち溢れた。歓喜する人や、咽び泣く人まで現れる始末だ。いや、さすがにこれは演技だよね?
「大変素晴らしいお言葉を頂きました! それではただいま賞品をお持ちいたしますので、少々お待ちいただけますでしょうかぁ!?」
言葉の途中でいきなり男の鼻っ柱を掠め灼いたのは、治療のため別室に搬送されていたはずの勇者だった。彼はこれ以上ないくらいの不機嫌オーラをその背にまとい、シーラと男を交互ににらみつけた。
「おい、お前」
「は、はい、なんでしょうか!?」
びくびくしながら男は答える。ユウリの目が鋭く光った。
「こんな茶番はどうでもいい。次は俺の番だ」
「……は?」
男の口から間の抜けた声が出た。
「ユウリちゃん、もうすごろく券はないんだけど……」
「ふん。さっきのも明らかに運営側の設計ミスだろうが。それともお前はここのスタッフでありながら客を待たせるのか?」
先ほどよりも半音低いユウリの声に、男の心臓はノミのように跳ね上がった。
「すすす、すみません!! い、今すぐ仕切り直させていただきます!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! あたしの賞品は……」
シーラの言葉を無視し、ユウリは恐怖で縮み上がった男を引きずりながらスタート地点へと戻っていった。
「さあ、やらせろ!!」
「は、はい、かしこまりました!! おい、急いで準備だ!!」
脅された男性スタッフは慌てて他のスタッフを呼ぶと、急いで準備に取り掛かった。
「あたしの賞品……」
「シーラ。今は無理だ。諦めろ」
ナギの無情な一言に、さっきまでお祭り気分だったシーラはがっくりと項垂れたのだった。
その後も事あるごとに不運なことが重なり、何度かやり直しをしたユウリだったが、最後の最後でサイコロの残り回数が1回というところまで進むことが出来た。
「がんばって!! あと1マスだよユウリ!!」
とりあえず声援を送るが、私の声など届いてないのか、はたまたサイコロに集中しているのか、微動だにしない。やがて隣にいたナギがくしゃみをすると、その音に反応したのかユウリの手からサイコロが落ちた。
「なっ……!?」
ユウリ自身も落とす気はなかったのか、サイコロを手にした状態のまま固まっていた。非情にもサイコロはコロコロと転がり、ゆっくりと止まる。
その数字は――。
「2……」
その瞬間、すごろく場にベギラマの雨が降り注いだ。その標的がナギであることは言うまでもない。
「せっかくゴールしたのにぃ……」
結局すごろく場は半壊状態となり、破壊した張本人であるユウリは身銭を切って修繕費を支払い、ナギはベギラマを受けて黒焦げ状態。そして唯一の到達者であるシーラもこのドサクサで商品をもらい損ねたのだった。
おしまい
これで第一部の番外編は終わりです。
この話はこの小説が生まれる前のプロトタイプ的な小説を書いていたものを一部変更、修正したもので、ここのサイトでの公開が初となります。
このまま埋めるにはもったいないので復活させました。
元の内容だとシーラがエルフの僧侶でユウリとは犬猿の仲だったり、ナギが無類の女好きだったりしてるので、内容が今と矛盾してるところがあるかもしれませんがご了承ください。
次からは第二部に入ります。
第二部はさらにオリジナル要素が増えますので、あくまでゲーム準処を期待している方は他の作家さんの作品をおすすめします。
勇者と武闘家の今後が気になる方は今後もよろしくお願いします。