ほかの船員たちを船に残し、私たち三人は船を降り、そのすぐそばの灯台へとやってきた。
円柱状で真っ白な石造りの灯台は、海の青によく映えていた。時折建物の上空から降りてくるカモメが、水面を弾き魚をくわえてまた空へ飛び立っていく。
灯台の入り口まで来ると、扉は閉ざされていた。ヒックスさんは扉の横にある鐘を鳴らすと、ほどなく上の方から足音が聞こえてきた。
「なんだ、こんなところに何の用だ?」
扉越しに尋ねてきたのは、少し声枯れした男性の声だった。ヒックスさん曰く、海の男特有の声らしい。
「聞こえるか、おれだ、ヒックスだ。実はお前に聞きたいことがあってここに来た。開けてくれるか?」
ヒックスさんの声に、すぐにがちゃがちゃと鍵の開く音が聞こえる。勢いよく扉が開かれると、中から白髪交じりの長い黒髪を後ろに束ねた一人の男の人が現れた。
「おお!! ヒックスじゃねーか!! 久しぶりだな!! なんだ、仕事は再開したのか?」
見たところヒックスさんと同年代ではあるが、がっしりとした体つきとヒックスさんよりも日に焼けた肌は、長年海に出て活躍してきたのだろうとうかがえる。
「いや、まだ定期船は運休中だ。それより、お前はアリアハンの勇者を知っているか?」
ヒックスさんのくだけた話し方で、二人の関係性が知り合い以上なのだとわかる。
「ん? ああ、確か十年ぐらい前に魔王と戦って行方知れずになった、オルテガの息子だろ? そりゃあお前、オルテガとは一時とはいえ一緒に旅をしてきたんだ。その息子が魔王を倒すために最近旅に出たことぐらいは知ってるさ」
「その勇者様が、お前に聞きたいことがあるっていうんでお連れしたんだ。ユウリさん、こいつがここの灯台守で、バングと言います」
ヒックスさんの紹介に、ユウリはいつもの無愛想な態度でバングさんの前に出た。
一瞬何のことかとキョトンとしたバングさんは、急な客人に驚いて声が出ないのか、無言でヒックスさんとユウリの顔を交互に見る。
「おい、お前。今俺の親父と旅をしたというのは本当か?」
「へ?」
「なら、魔王の城がどこにあるか知っていたら教えてくれ」
「え!? あ、はい」
突然勇者が目の前に現れ、混乱するバングさん。いや、ただ単にユウリの尋ね方が唐突すぎて面食らったからなのかもしれない。
バングさんの気が変わらないうちに、まずはこちらの事情を明らかにしなければ。すぐさま私は二人の間に立ち、ここに来た理由を説明した。
「えっと、彼はオルテガさんの息子で、ユウリと言います。私たちは今、魔王の城がどこにあるか探してる最中でして、もしそこについて知っていることがあればお聞きしたいと思って伺いました」
「そうか……。本当に、オルテガの息子が旅に出たのか……」
一呼吸ついたおかげでバングさんは冷静さを取り戻したのか、ユウリの顔をまじまじと見た。
「あれからもう十年か……。そりゃあおれも年を取るわけだ、オルテガの息子がこんな大きくなっちまうんだもんなぁ」
そう呟くと、感慨深げに息を吐く。
「なあ、本当にお前はあの英雄オルテガと一緒に旅をしていたのか?」
ヒックスさんがユウリと同じ問いを投げ掛けると、バングさんは目を瞬かせた。
「あれ、言ってなかったか? そうだよ。オルテガが消息を絶った一年くらい前までは一緒にいたんだ。当時おれは、ちょっとは名の知れた海賊でな、自分で言うのもなんだが、この辺じゃ知らないやつはいないほどだったんだよ。そんなときある町で、あの男はいきなり一人でおれの船に乗り込んできたんだ。そしたらあいつ、海賊のおれに対して、魔王の城に連れてってくれと頼み込んできたんだ」
オルテガさんとの昔の思い出を語るバングさんはなんだか楽しそうだ。それにしても、一人で海賊の船に乗り込んで、さらに魔王の城に連れてってくれだなんて、オルテガさんてずいぶん破天荒な人だったんだな。
「で、結局魔王の城まで連れてったのか?」
「いや、流石のおれでもそんな恐ろしいところまでは行けなかったさ。魔王の城に向かう途中の山の麓で船を降りてもらったよ」
「そうか。なら場所だけでもいい。教えてくれないか?」
なんとなくだが、ユウリを見ていると魔王の城の場所ばかりを聞いていて、父親であるオルテガさんの話にはあまり興味がないように思える。
「……オルテガの息子の頼みだってんなら、仕方ねえ。ちょっと待ってな。今世界地図を持ってくる」
「世界地図ならここにある」
地図を取りに行こうとしたバングさんを呼び止めたユウリは、鞄の中から世界地図を取り出し、皆の前で広げて見せた。
「こりゃ珍しい。三賢者が作った世界地図だな」
感心しながらバングさんが呟く。所有者の位置がリアルタイムでわかるこの地図は、やっぱり珍しいものだったらしい。それよりも私は『三賢者』というのが気になったが、知ってか知らずか、ユウリはわざわざ私に説明などせずスルーした。
「魔王の城は、ここからちょうど南東だな。未到達の場所は表示されないから現在の地形がどうなってるかはわからないが、この辺りはネクロゴンド山脈と呼ばれていて、活火山が多い。現にオルテガが消息不明なのも、火山に巻き込まれたからだという噂が立つくらいだ」
オルテガさんが消息不明、というバングさんの言葉に、なんとなくユウリの方をちらっと見るが、当人はさして気にする素振りは見せていない。
そしてバングさんは、今いる位置から魔王の城までを指でなぞった。
「おれたちが通ったのは、南にずっと行ったところにあるテドンの岬をぐるっと回り込んで行ったルートだ。おれが知る限り、船で行くにはこのルートしか行くすべはないだろう。だが、実はもうひとつ魔王の城に行く方法がある」
その言葉に、地図から目を離したユウリは、訝しげにバングさんを見た。
「? 今の話、矛盾してるじゃないか」
確かに、船で行けるルートは一つしかないといってるのに、それ以外にも道があるという。これは一体どういうことなんだろう。
するとバングさんは鼻を鳴らした。
「船で、と言っただろう。おれが得た情報だと、世界のどこかに、オーブと呼ばれるものが全部で六つ存在しているらしい。確か、赤、青、黄色に緑と……、まあとにかく、それぞれ何かを象徴してるみたいだが、詳しいことはわからねえ。そのオーブをすべて集めることが出来れば、船を必要としないで魔王の城に行けるんだそうだ」
「その話は本当か?」
にわかには信じがたい顔でユウリはバングさんを見返した。
「ああ。おれはこの地方の生まれだからな。そういう伝承はガキの頃から聞いていた。なんでもこの地には、オーブを生み出した大地の精霊が眠っていると言われていてな、年寄り連中なら皆知ってる話さ」
「……それなら少しは信憑性がありそうだな」
バングさんの説得力ある話に、どうやらユウリは納得したようだ。
「ちなみに、全く同じ話をあんたの親父にも伝えたんだ。けれど結局、六つ全てを集めることは出来なかったみたいだぜ」
「ふん。集められなかったんじゃなくて、集めなかっただけだろ」
どこか皮肉めいたユウリの物言いに、バングさんは口笛を吹いた。
「言うねえ。どっちにしろオルテガさんが手に入らなかったものを、あんたは手に入れるってわけかい?」
そう言い放つバングさんの目は、どこか品定めをしているようにも見えた。そしてそれはユウリ自身も薄々感じているのかもしれない。
「ああ。俺はあの男とは違う。もし必要になるとしたら、俺の力で全て見つけてみせる」
きっぱりと良い放つユウリの目に、迷いの色は見えなかった。そんなユウリの気概に、バングさんの口角が上がる。
「ははっ、言うじゃねえか。面白い、気に入ったぜ。でもな、せっかく船があるんだ。まずは船でネクロゴンドに行ってみな。テドンの岬を陸づたいに行けば魔王の城が見えるはずだ」
「……わかった」
バングさんに魔王の城への行き方を教えてもらい、ユウリは素直に頭を下げた。
「じゃあな、道中気を付けろよ。……それとヒックス、ちゃんと勇者を魔王の城まで乗せてってやれよ」
「ああ、お前に言われなくてもわかってる」
「あれ? お前、昔と違って、ずいぶん丸くなっちまったじゃねえか」
「うるせえ。勇者さんの前で変なこというんじゃねえよ」
そう笑いながら熟練の海の男二人が別れの挨拶を済ませると、バングさんは仕事に戻ると言い、扉を閉めた。
帰りの道中、ヒックスさんは早速ユウリに尋ねた。
「どうでしたか?」
「なかなか有益な情報だった。おかげでこれからの方向性がある程度定まった」
「それはよかったです」
そう頷くと、二人は今後の針路について話し始めた。そのまた後ろで私は、ユウリに借りた世界地図を黙って眺めながら歩いている。
確か、ここがテドン。そこをぐるっと迂回して、突き当たった先がネクロゴンド山脈。そこから魔王の城までの道程は行ってみないとわからないけれど、ようやく目的に一歩近づいたような気がして、無意識に胸が高鳴る。
「とりあえず、ネクロゴンドに向かおう。城には行けなくても、その近辺がどういう状況なのかをある程度は把握しておきたい」
「わかりました。すぐに船員に指示を出し出航します」
そう言うと、一足先にヒックスさんは船へと戻っていった。灯台から船までは目と鼻の先なので物の数分も歩けば船に到着するのだが、ヒックスさんにとっては数分の時間も惜しいらしい。
「おいボケ女。お前が見てもわからないだろ。早くその地図を返せ」
私の返事を待たず、せっかく見ていた世界地図を取り上げるユウリ。私がぶうたれた顔を向けると、いつものごとく私の右の三つ編みを引っ張ってきた。今回はそれほど痛くない。
「なに不細工な顔してるんだ。置いてくぞ」
地図を鞄にしまいながら、あきれた様子でユウリが歩みを早める。
うん、やっぱりこの状態で二人で旅をするのは無理があるよ、絶対。
私は諦めにも似た感情を無理やり心の端に追いやりながら、先を行く二人を追いかけたのだった。