俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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船室にて

 

 船での生活を送ること五日。

 

 灯台を離れ、左舷に見える山脈や森林を眺めながら、船はどんどん南下して行く。

 

 やがて大陸に沿うように航路をとると、途中から北上するようになった。 東にはバハラタの町がある大陸まで見えるようになり、どうやらここは二つの大陸の間に挟まれた湾のような地形になっている。

 

 途中まで順風満帆だった船旅だったが、北上するにつれて次第に波は荒れ始め、風も強くなってきた。

 

 海の天気は変わりやすいというけれど、このあたりの海域は特に海が荒れやすい、とヒックスさんは言う。

 

 ずっと客室にいても退屈なので、時折甲板や船長室に行っては手伝いを申し出たが、勇者の仲間ということで気を使われているらしく、丁重に断られていた。

 

 なのでこの五日間、波が穏やかな日は一人で黙々とトレーニングをしたり、ユウリに再び海の魔物講座を受けさせられたりしていたのだが、空に暗雲が垂れ込める今の時間は、高波もあり船体が大きく揺れることがままあるため、仕方なく客室でおとなしく待つことにしている。

 

 食堂で料理長に作ってもらった朝食をぺろりと平らげ、満足になった私は、そのまま自分の部屋に戻り、ベッドに体を預ける。

 

 そして一人でぼんやり考え事をしているうちに、そういえば今日は朝からユウリの姿を見ていないということに気づき、隣のユウリの部屋を訪ねてみることにした。

 

「ねえ、ユウリ。 起きてる?」

 

 ノックをして声をかけるが、返事はない。 どこかに出かけているのかと思い、一応扉を開けて部屋の中ものぞいてみる。 すると、ベッドにくるまり、頭だけ出して寝ているユウリの姿があった。

 

「ど、どうしたの!? 」

 

 私が慌てて駆け寄るが、いつものユウリらしい毒舌は降ってこなかった。 それどころか、私が部屋の中に入っても、何も反応がない。

 

 ベッドに近づいてみると、顔面蒼白のユウリが布団に半分顔を出したまま、私を恨めしそうに見ていた。

 

「朝からうるさい……。 さっさと出てけ……」

 

 いやいや、そんな消え入るような呻き声を聞いて、はいそうですかって出ていけるわけないじゃん!!

 

 そのただならぬ様子に、私は既視感を感じていた。 そういえば、前にもこんなことがあった。

 

 確かあれは、いざないの洞くつで旅の扉を通った時だ。 ナギに落とされてロマリアに着いたとき、こんなふうに青白い顔をしていた。 そして、ひとつの結論に辿り着く。

 

「…… もしかして、船に酔ったの? 」

 

 私の言葉に、びくりと反応するユウリ。 無言だが、どうやら図星らしい。

 

 そう、確かあのあと、旅の扉に酔ったとか言っていた。 きっと今も同じような状況なのだろう。

 

「ちょっと待ってて、今お水持ってくる! 」

 

 私は返事も待たず部屋を飛び出し、大急ぎで厨房からお水をもらってくることにした。だが船の上にとって水は何より貴重なので、料理長には詳しく事情を説明しないと分けてもらえない。そう思っていかに納得してもらえるか言葉を考えながら厨房へと向かったのだが、勇者の体調不良と聞いて心配してくれた料理長は、拒否するどころか普通の水にレモン汁を加えたものをわざわざ出してくれた。

 

 料理長に感謝の言葉を言い残したあと、コップに入った水を手に持ちながら急いで部屋に戻るが、なぜかそこにユウリはいなかった。 辺りを見回すが、人の気配すらない。

 

 外に出たのかと思い、コップを部屋に置いて甲板に出てみる。すると、船首の方に服だけ着替えたユウリと、ヒックスさんがなにやら難しい顔をして話しているではないか。

 

「何かあったの?」

 

「ああ、ミオさん。 ちょうどよかった。 今ユウリさんとも話したんですが、どうもこの先には行けないようです」

 

 二人が視線を進行方向へ向ける。 私もそれに倣うと、ここから数キロほど離れた先に、雪をかぶった山々が連なっているのが見える。 道理で寒いはずだ。 しかも上を見上げてみると、ここでも雪がちらついている。

 

「もしかして、あれがネクロゴンド山脈? 」

 

「はい。 私もここまで来るのは初めてなのですが、まさかこんなことになってるとは……」

 

 どういうことなんだろう? と首をかしげながら目の前の景色をじっと見る。 そして、あっと気が付いた。

 

「何あれ……? 火山? 」

 

 海はそこで行き止まりになっており、海岸を経てすぐに山脈が広がっている。 だが、その山脈の一番高い山のてっぺんからは噴煙が上がっており、つい先ほど噴火が起こったのか、噴火口の周りには、鮮やかに赤く光るマグマが伝い流れている。

 

 ここからでもわかる。 これ以上近づくのは危険だ。

 

 よく見ると、降っているのは雪ではなく、火山灰だ。 風が強いわけでもないのに、ここまで飛んできているということは、相当大規模な噴火なのだろう。

 

「ここ数年で、地形がだいぶ変わったみたいですね。バングの言った通りだ」

 

「……あの火山がある限り、俺たちはここから先には進めないようだな」

 

 三人の間に、暗雲が立ち込める。まるで、鬱々とした今の天気のように。

 

「仕方ない。 それならほかのルートを探し、同時進行で六つのオーブの行方も探すことにする。 とりあえず、情報を集めるために近くの町にでも泊めてくれ」

 

「それなんですが、ユウリさん、このあたりには、人が住める家や町は見当たりません」

 

「……なんだって? 」

 

「一応『鷹の目』を持つ船員の一人にこのあたりの町の場所を調べさせたんですが、どこも昔、魔王軍に滅ぼされたり、一斉に逃げ出して無人となった町しかなくて……」

 

「……」

 

 ショックを受けたのか、船酔いが悪化したのか、沈黙するユウリ。 だがすぐに我に返り、

 

「……なら、とりあえず一度停泊できるところを探してくれ。 俺は部屋で休むから、あとはお前に任せる」

 

 そう言うと、顔を上げずに甲板を出て行った。 その様子をヒックスさんが心配そうに見つめる。

 

「ユウリさん、どうしたんでしょう? 具合が悪いように見えましたが……」

 

「えっと、実は、船酔いしてるみたいで……」

 

 私が説明すると、ヒックスさんは物凄く驚いた顔をした。

 

「なんと、それは大変! ならなるべく長時間停泊できる場所をすぐに探します! 」

 

 ヒックスさんは慌てて船長室に駆け込んだ。おそらく中にいる航海士さんに相談しに行ったようだ。 ヒックスさんのことだ、きっと急いで探してくれるはずだろう。

 

 その間に私も船内に入り、ユウリの部屋に戻ってみる。すると、部屋の前で心配そうにこちらを待つ料理長の姿があった。

 

「あの、勇者さんは大丈夫なんでしょうか? 」

 

 船員の中でも最も年長だというその人は、料理人としても何十年勤めてきた大ベテランではあるが、優しく穏やかな性格だからなのか、わざわざ様子を見に来てくれたようだ。

 

「ええ、なんとか。 それであの……、もし可能でしたら、消化のいい食べ物を用意してくれませんか? 」

 

「はい、もちろん! すぐ用意致します! 」

 

 張りのある返事と共に、弾かれるように厨房へ向かう料理長。 年のわりにすごくシャキッとした人だ。

 

 ノックをし、再び部屋に入ると、今度は布団を頭から被っていた。 ベッドの横のテーブルに置いてあったレモン水には、どうやら手をつけていないようだ。

 

「お水、飲まないの? 」

 

「…… いちいち余計なことをするな。 ボケ女」

 

「余計なことじゃないよ。 こんなに具合が悪いんだもん。 心配になるよ。 ねえ、本当に船酔いなの? 」

 

「…… だったらなんだ」

 

「お水飲めば、少しはすっきりすると思うよ。 起きられる?」

 

「……」

 

 私の少し強引な看護に、抵抗する気も失せたのか、無言で起き上がるユウリ。

 

 鬱陶しげに見るが、私がお水の入ったコップを手にしたとたん、ぎょっと目を見開いた。

 

「なんでお前がそれを持つんだ?! 」

 

「え、いや、今から飲んでもらおうと……」

 

「そのくらい一人で出来る!!  老人扱いするな!! 」

 

 そう言うと、私の手から強引にコップを奪い、一気に中身を飲み干したではないか。

 

「えーっ!!  貴重なお水なのに!! 」

 

「うるさい!  俺に構うな!! 」

 

 顔を真っ赤にしながら怒鳴り散らすユウリ。それを見て、もしや熱でもあるんじゃないかと思った私は、彼の顔を覗き込んだ。

 

「なっ……!? 」

 

「なんか顔が赤いよ?  熱あるんじゃない?」

 

 こんなところで具合が悪くなったら大変だ。そう思い、どれだけ熱があるか確かめようと、自分の額をユウリの額にくっつけようとしたのだが、寸前で思い切り突き飛ばされた。

 

「おっ、お前は……!! もう少し異性との距離感を考えろ!! 」

 

「??」

 

 急に意味不明なことを言いだしたので、これ以上どうすることもできなかった。 結局無理強いしても、ユウリの熱が上がるだけだと判断した私は、諦めて部屋に戻ることにした。

 

「……ごめん。けど、なんかあったら言ってね。 部屋にいるから」

 

 扉の前でそう伝えるが、ユウリからの返事はない。 仕方なく私は彼の部屋をあとにすることにしたのだった。

 

 

 

 それから、どれくらい経っただろうか。 ベッドに横になってるうちに、いつの間にか寝てしまったらしい。

 

 陸での移動とは違い、目的地まで自分の足で歩くことがないのはいいのだが、その分やることがないと退屈で仕方ない。 今までの道のりを考えたら随分贅沢な悩みなのだが、そういう立場にならないとわからない悩みもあることを痛感した。

 

 船窓を覗くと、日が傾いているのか、すでに空は薄暗くなっていた。 未だ雲間から日差しは見えず、遠くに広がっている黒雲が、今にもこの船を覆い尽くそうと、虎視眈々と狙っているように見える。

 

 依然として波は荒れているが、ネクロゴンドに近づいたときよりは幾分マシになってきた。

 もうすぐ夕飯だろうか。 半日寝ていたので、空腹感は最高潮に達していた。

 

 ちなみに食事は時間によって決まっており、料理長が呼びにくるわけではなく、食堂で食べることになっている。 私たちと船員では食事の時間が違うため、はち会うことはない。

 

 そういえば、ユウリはちゃんとご飯を食べたのだろうか?

 

 なんとなく彼の部屋に入るのがためらわれるので、部屋を出てから一旦食堂に向かうことにした。 今から食事を作り始めるのか、厨房では料理長が調理の準備をしていた。

 

「あっ、ミオさん! ユウリさんの具合は大丈夫ですか? 」

 

「いや、まだ様子は見てなくて……」

 

「そうですか。 実は、先ほどミオさんがおっしゃっていた、消化のよい食べ物を作ったんです。実はお昼過ぎにもユウリさんの部屋の前に食事を持って行きまして、あとで様子を見たらどうやら食べてくれたらしく、食器が空になって置いてありました。 私は今から夕食の支度があって手が離せないので、もしよければミオさんに持っていっていただこうと思いまして……。 厚かましいとは思いますが、頼んでもよろしいですか? 」

 

 願ってもない申し出に、私は快諾した。

 

「わかりました!   わざわざありがとうございます」

 

 私は料理長にお礼をいうと、ユウリのもとへ運ぶ食事を受け取り、すぐさま彼の部屋へと向かった。

 

 これで彼の部屋に入る口実が出来た。 さすがに食事を持ってくる人間に無下に追い返すなんてことはしないだろう。

 

 今朝と同じように声をかけてノックをし、反応をうかがう。 何も返事はないが、ひょっとしたら寝ているのかもしれない。

 

 私は静かにドアノブを回す。 ところが、鍵がかかっているのか、扉は開かなかった。

 

 仕方なく、昼に料理長が行ったように食事を扉の前に置き、再び食堂に戻ることにした。

 

「お帰りなさい。 ユウリさんの様子はどうでした? 」

 

 料理長が心配した様子で声をかけてきたが、私は曖昧な表情を作る。

 

「それが鍵がかかっていて……。 まだ元気になってないのかも」

 

「それは心配ですね。 一旦船酔いすると、なかなか治りませんし」

 

 そういうものなのか。 何かに酔うということが今までなかったので、どの程度辛いのか良くわかってなかったのだが、何時間も辛いままなのは相当体に負担がかかるだろう。

 

「早く上陸できるところが見つかればいいんですけどね」

 

 最悪町がなくてもいい。 船が停泊できるような場所であれば、一度船から降りてそこで休めばいい。 魔物も蔓延っているかもしれないが、もしものときに買っておいた魔物避けの聖水もあるし、なんとかなるだろう。

 

「そうだ、何なら先に夕食でも召し上がりますか?  もうしばらく待っていただければ用意できますので」

 

「ホントですか!?  是非お願いします!」

 

 料理長の心遣いに素直に感謝しつつ、カウンター席に座り待つことにした。

 

 ほどなくして、あたりにいい香りが立ち込めて来たと同時に、料理が運ばれてきた。

 

「今日は海が荒れてまして、あまりいい魚は釣れなかったんですよね」

 

 そういうが、料理長の作る料理はどれもとても美味しい。今回は塩味の効いた保存用の魚をオリーブ油で焼いたものと、乾パンにべーコンを挟んで焼いたサンドイッチ。その横には、レーズンと調味料であえたマッシュポテトが添えられている。

 

 これまで五日間船での食事を頂いてきたが、メニューはそれぞれ違っていた。 食材は同じでも調理法や味付けを変えたりしてくれてるので、食事に飽きると言うことは今のところ感じられなかった。 皆が飽きないように、色々工夫をしてくれているのが感じ取れる。

 

「ミオさんの食べる姿をみると、作りがいがありますね」

 

 カウンターの向かいに立っている料理長が、柔らかな笑みを浮かべるので、つられて私もつい、にへらっ、と笑顔で返す。

 

 確かに食べることは好きだが、これは誉められているのだろうか?

 

 あっという間に食べ終えると、一気に満腹感と幸福感が増した。 しばらくそこで寛いでいると、食堂の入り口から足音が聞こえてきた。 反射的に振り向くと、そこにはいつもの旅装束を身に纏ったユウリが、食べ終わった食器を持ってこちらに向かって歩いてくるではないか。

 

「おい、ボケ女。 行くぞ」

 

「え? どこに? 」

 

 私の至って普通の反応に、ユウリは明らかな侮蔑の表情を向けた。 いや、今のは私悪くないよね?

 

 食器をカウンターに置くと、彼は私の腕を掴み、強引に引っ張った。

 

「いたたた!!  何々!?  どこに行くの? 」

 

「船長が町を見つけた。 そこに向かう」

 

「町?! 」

 

 私のすっとんきょうな声にも反応せず、私を引きずるように食堂を出るユウリ。

 

「もう体は大丈夫なの? 」

 

「ああ。 お陰様でな」

 

 何だか刺のある言い方だ。

 

「外は暗いが町はまだ明るい。 情報を集めるだけ集めるぞ」

 

 そう言うと、私の返事も待たず、すぐに下船の準備を始めた。

 

 私も急いで支度を整えると、彼の言う『夜でも明るい町』を目指し、上陸することにしたのだった。

 

 

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