俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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旅の真意

 

「フェリオって……。『疾風のフェリオ』とかって呼ばれてませんでしたか!?」

 

「ええ、たしかそういう通り名があったと言っていたような……」

 

「その人っ、私の師匠だった人です!!」

 

「落ち着け。引いてるぞ」

 

 一気にまくしたてる私を、ユウリが諌める。途端、私の顔は熱湯を浴びたかのように赤くなった。

 

「ご、ごめんなさい。驚かせてしまって」

 

 そう言って、私は慌てて椅子に座り直す。だけど、今の話を聞いて驚かずにはいられなかった。なぜなら、今までそんな話を師匠から一度も聞いたことがなかったからだ。

 

「あなたの師匠なら、オーブのことはご存じだったのかしら?」

「いいえ。オーブどころか師匠がサイモンさんの仲間だったという話すら、一度も聞かされていませんでした。何も言わないまま、師匠は二年前に亡くなったんです」

 

「そうですか……」

 

 カリーナさんは悲しそうに頷く。一方の私は、カリーナさんから明かされた師匠の秘密について、冷静に考えていた。

 

 どうして師匠は自分がサイモンさんの仲間だと言わなかったのか。それはきっと、誰かに話してしまえば、自分が持っているオーブの存在に気づかれてしまうのではないかと危惧していたからに他ならない。ということは、今もまだカザーブのどこかにオーブがあるのだろうか?

 

 けれど師匠のお墓には、彼が生前愛用していたとされる『鉄の爪』の武器一つしかなかった。その存在を知っていたお母さんも、他に何か入っていたということは言ってなかったから、もしかしたら別の場所にあるのかもしれない。

 

 とはいえ、今ここでいくら考えてもわからない。それならあとでユウリに相談してみた方が良さそうだ。

 

「そういえば、ちょうどテドンが襲われる前だったかしら。あなたたちよりは年上だったけど、若い新婚夫婦がここを訪れたの」

 

 話題を変えたカリーナさんの言葉に、ユウリの眉がぴくりと上がる。

 

「なるほど。テドンの奴らが反応していたのは、そいつらだったのか」

 

「二人ともとても優しそうで……とくに女性の方は、とてもきれいな長い銀髪をしていたわ。それでその人たちに、いきなりこれを渡されたの」

 

 そう言うとカリーナさんは、近くにある戸棚から、古びたランプのようなものを取り出した。

 

「何ですか? これ……」

 

「私もよく知らなくて……。でもその女性は、もし次に勇者と名乗る人物がここを訪れたら、このランプを渡してほしい、って言っていたの。巡礼者というわけでもなかったから、よく覚えてるわ」

 

「随分具体的な要望だな。どうも怪しい」

 

 確かに怪しい。けれど、テドンでの様子を見る限り、その夫婦が悪い人たちにはどうしても思えなかった。

 

「そもそもこれ、何に使うんだ? 使い方がわからなければどうすることもできないが」

 

「さあ……。私もあの時、あまりにも突然だったので、ただ黙って受け取るぐらいしかできなくて……」

 

 そう言うと、カリーナさんは顔をしかめるユウリにそのランプを手渡した。

 

「? 中に何か入ってるぞ」

 

 ランプのふたを開け、さかさまにすると、中から小さく折りたたんだ紙切れが一枚、ユウリの手のひらに落ちてきた。開いた紙を、私も覗き込んで見てみる。

 

――勇者へ。オーブを手に入れたければ、最後の鍵を手に入れ、テドンの罪人を開放せよ。

 

『??』

 

 その奇妙な一文に、私たちは眉を顰めた。だが、見逃してはならない単語の羅列に、疑心よりも興味の方が湧き起こる。

 

「どういうこと?」

 

「さあな。だが、オーブという存在を知っている以上、これを渡した奴らはただの新婚夫婦ではないってことだな」

 

「ねえ、ユウリ。これって魔王軍か何かの罠かな?」

 

 そうユウリに尋ねると、なぜか彼は感心したように目を見開いた。

 

「お前でも疑うことができるんだな」

 

「……なんかすごく馬鹿にされてるような気がする……」

 

 と、ぼそりと文句を呟いてみる。

 

「逆に聞くが、テドンをあんな風に滅ぼした奴らが、こんな手の込んだことをすると思うか?」

 

「……じゃあ、私たちの味方ってこと?」

 

「さあな。だがこのランプを渡したのが二十年近く前、つまり俺が生まれる前なんだ。俺のことを知らないはずなのに、こんな的確な指示を出せるなんて、普通の人間には無理だ。何らかの特殊な力を持った魔物か、あるいは預言者でもない限りな」

 

「あ……!」

 

 そう言えばポルトガで、魔物が人間に化けているかもしれないとの噂を聞いた。もしそれが本当なら、このランプも魔物による罠なのかもしれない。

 

「だったらその手紙をあまり信用しないほうがいいんじゃ……」

 

 私の提案に、しかしユウリは首を横に振った。

 

「いや、もしかしたら魔王やオーブについての手がかりを得られるかもしれない。ここはあえて罠にかかったふりをして、その『最後の鍵』について調べてみるぞ」

 

 そこまで話し終えると、ユウリはカリーナさんの方に向き直った。

 

「それと、ひとつ気になっているんだが、なぜあんたは何年もここに住んでいて無事なんだ? テドンから離れているとはいえ、この辺りは魔物も多い。いつ襲われてもおかしくはないと思うが」

 

「このあたりは昔から神のご加護により魔物が近づきにくくなっているのです。それに、イグノー様がここにいらしたときに魔物避けの結界を張ってくれたおかげで、年々強大化する魔物の脅威に脅えることなく暮らせるのです」

 

「賢者はそういうことも出来るのか」

 

「僧侶と魔法使いの呪文を上手く組み合わせてやったと言ってました」

 

 カリーナさんの話を、ユウリは興味深げに聞いていた。すると、ちょうどいいタイミングで部屋にある柱時計が鳴った。気づけばもう夜を回っている。

 

「あらまあ、もうこんな時間! 疲れたでしょう、今日は泊まっていって下さい。今から食事をご用意しますね」

 

 そう言うとカリーナさんは慌てて席を立ち、再びキッチンへと向かった。

 

「いいのかな、お言葉に甘えちゃって」

 

「お祈りでもすれば大丈夫だろ」

 

 まるでその言葉を待っていたかのように椅子に背中を預けながら、ユウリは言い放った。

 

 とはいえ、ただ待ってるだけというのも落ち着かない。私は何か手伝うことはないかと、キッチンに立つカリーナさんに尋ねてみた。

 

「あの、何かお手伝いすることあります?」

 

 するとカリーナさんは穏やかな笑みを返すと、

 

「ありがとう。でも、大丈夫よ。ミオさんは休んでて」

 

 そう言ってスープにいれる材料を次々と切っていく。けれど時折腰を屈めたり、伸ばしたりしているのを見て無理しているんだと思い、さりげなくお皿を出したり食事を運んだりした。

 

「ありがとう、ミオさん。お陰ですぐに用意をすることが出来たわ。さあ、食べましょう」

 

 にっこりと微笑むと、カリーナさんは私の背中を押しながら、椅子に座るよう勧めた。隣に座って頬杖をついているユウリはといえば、どことなく心ここにあらずといった面持ちで、ぼんやりと視線を巡らせている。

 

「こうして人と話すなんて本当に久しぶりね。それに、こんな若い方たちがここにいらっしゃることなんて巡礼でも滅多にないから、何を話していいかわからないわ」

 

「なら、私たちの旅の話でも聞きますか?」

 

 三人揃ったところで食事の前のお祈りを済ませると、私は今までの旅の出来事を話した。カリーナさんはとても楽しそうに耳を傾けてくれた。そして次第に彼女の方からも色々な話をしてくれるようになった。

 

 テドンのこと、印象に残った巡礼者の話、イグノーさんのこと……。特にイグノーさんのことを話す時のカリーナさんは、こっちまで笑顔になるくらい嬉しそうだった。

 

「やだ、ごめんなさい。すっかり話し込んじゃったわね。もう夜も更けてきたし、ベッドの準備をしておくわ。お豆のスープ、まだあるからおかわりしたかったら遠慮なく言ってちょうだいね」

「ありがとうございます!」

 

 私がお礼を言ったあと、カリーナさんが席を離れた瞬間、私たちの間に沈黙が広がる。気まずさを感じつつもこちらから話しかけるような雰囲気でもないので、仕方なく口を閉ざす。

 

 静寂の中、私は黙々と干しブドウを練りこんだパンをかじりながら、テドンにいた町の人たちのことを考えていた。

 

 テドンの人は皆私たち……というより新婚夫婦に対してとても優しかった。気さくに話しかけてくれた男性、あどけない笑顔の子供と母親、相手を気遣い部屋をあてがってくれた宿のおかみさん……。そんな新婚夫婦を快く迎えてくれた町の人たちは、無惨にも魔王の手によって命を奪われた。

 

 それほどまでに、魔王というのは脅威的なのか。かつての勇者サイモンやその仲間たちさえも太刀打ちできないなんて、魔王の配下というのはいったいどれほどの強さなのか、想像するだけで身震いしてしまう。

 

 そう考えているうちに、先程まで美味しく食べていた料理をこれ以上食べ進めることが出来ず、私はぼんやりと冷めてしまったスープを眺めていた。すると、

 

「おい。いつもの食い意地はどうした」

 

 隣に座っているユウリが横から口を挟んできた。いつもそんなに食い意地張ってるわけじゃない、と思いつつも彼のお皿に視線を移すと、珍しい光景が目に入った。

 

「ユウリこそ、スープほとんど飲んでないじゃない」

 

「別に、これから飲もうとしてるだけだ」

 

 横目でテーブルを見ると、ユウリの前に出されたスープは、ほとんど手を付けていなかった。見かけによらず大食漢のユウリが食事を残すなんて、珍しい。

 

 ……何か悩み事でもあるのかな?

 

 変に尋ねて気を悪くするかもしれない。けど、もし何かに悩んでいるのだとしたら、見過ごすことは出来ない。私は意を決して聞いてみることにした。

 

「ユウリ、何か悩んでる?」

 

 すると、彼はわずかに目を見開いた。そしてすぐに視線を落とす。

 

「……どうして、そんなことを聞く」

 

 彼のことだ、うるさい、お前に関係ない、とでも言い返されるかと覚悟していたのだが、意外な返答だった。

 

「いや、なんとなく……。それともまだ体調悪い?」

 

 だが彼は、言いにくそうに俯いたままだ。何か言えない理由でもあるのだろうか?

 

「別に無理に言わなくてもいいけど……。でも、話ぐらいなら聞くよ?」

 

 ユウリの悩みを聞いて解決できるかはわからないが、話を聞くだけでも力になりたい。

 

 すると、しばらくしてようやくユウリが口を開いた。

 

「……アッサラームのアルヴィスを覚えているか?」

 

「え?」

 

 突然、予想外の人物の名前を言い出した。

 

「もちろん、覚えてるよ。シーラがお世話になった人でしょ?」

 

 バニースーツ姿の男性なんて、早々忘れられるわけがない。

 

「この前話をしたときに、あいつのレベルを聞いたんだ。……親父と旅をしていた時点で、俺の今のレベルを超えていた」

 

「えぇっ!!??」

 

 私が驚いた声をあげると、ユウリは大きくため息をつく。

 

「そんな奴でも、魔王の城にたどり着く前に、戦線離脱したんだ。親父との関係もあったらしいが、自分の弱さが原因とも言っていた」

 

「嘘!? そんなにレベルが高いのに!?」

 

「そのときに、親父が魔王に挑む前のレベルも教えてもらった。……レベル35だったそうだ」

 

「……!」

 

 私は乾いた声をあげた。

 

「アリアハンに旅立つ前、俺は自力で限界までレベルを上げてきた。だから、他のやつらより劣っているとは思わなかったし、旅立ってからも俺は誰よりも強いと思っていた。だが、旅をして分かった。世界は俺が考えているより甘くないんだと」

 

 そう語り始める彼は、いつもの強気な態度とは違い、自嘲めいていた。

 

「もともと俺は世界を救う気などなかった。ジジイの妄言に付き合わされて自身を鍛えてきただけで、あいつの……親父の意志を継ぐために魔王を倒したいと思って旅に出たわけじゃない。ただ、自分の力がどの程度の実力なのか、試してみたかっただけだったんだ」

 

「……そうだったんだ」

 

 頷く言葉とは裏腹に、私は少なからず衝撃を受けていた。

 

 勇者であるユウリがオルテガさんの遺志を継いで魔王を倒す旅に出た、というのが世間一般の常識であったし、私もそう伝え聞いていた。だが実際は、そんな理由でユウリが旅に出たなんて、誰が想像していただろうか。

 

 けれど確かに一緒にいて、違和感を覚えることは時々あった。自分が勇者だと言い張るわりには、英雄であるお父さんの話を一切しない。英雄の息子という肩書きを、自ら避けているようにも見えた。

 

 さっきカリーナさんから本当に勇者かと問われたときも、仕方なくオルテガさんの名前を出したようだった。

 

「だが世界には、俺より強い奴なんていくらでもいるし、そんな奴らでも魔王を倒すどころか、城にたどり着くことさえできない。このまま俺は、旅を続けていいのだろうか」

 

 彼がこんな弱気な姿を見せるのは、初めてだった。全てが完璧で、魔王を倒すことにも絶対の自信を持っていたあの勇者が、カリーナさんの話を聞いて自分の信念に疑いを持ち始めている。そんな私が思い描いていた勇者とは程遠い発言をする彼に、私は何も言えずにいた。

 

 でも、今隣にいるのは私の理想の勇者ではない。アリアハンから一緒に旅をしてきた、一人の青年だ。

 

「他の人のレベルなんて関係ない。ユウリはユウリだよ」

 

「……?」

 

 私の言っている意味がわからないのか、訝しげな視線で返すユウリ。

 

「きっかけはどうであれ、私はユウリとならきっと魔王を倒せるって信じてる」

 

 でも、と私は一呼吸置く。

 

「それでも、もしみんなの期待に応えるのが辛かったり迷ったりしたら、今みたいに弱音を吐いて欲しい。私だけじゃない、きっとナギやシーラも聞いてくれるよ」

 

 ユウリだって一人の人間だ。私たちと同じように迷うことだってある。そういうときだからこそ、仲間という存在は必要なんだと思う。

 

「それに私も、今のままじゃユウリの足手まといにしかならないし、これからユウリに心配かけさせないくらい頑張って強くなるよ。だから、皆で一緒に魔王を倒そう!」

 

「……」

 

 そこまで言ってはっと気づく。つい、でしゃばったことを言いすぎてしまったことに。

 

 現に目の前にいる彼は、「何言ってんだこいつ」といわんばかりにじっと睨み付けてきてるではないか。

 

 するとユウリは、不機嫌な顔のまま私の右頬をつねってきた。

 

「いははは!!」

 

「そういう台詞はもっとレベルを上げてから言え」

 

 ぱっと手を離すと、痛くて涙目になっている私を見て、ふっと笑った。

 

「確かに、いくら動機が不純でも、魔王を倒すと言った以上、成し遂げなければならないな。俺はまだ、覚悟が足りなかったのかもしれない」

 

 そう言って、ユウリはこちらを見つめ返した。

 

「お前のお陰で目が覚めた。ありがとうな」

 

 あれ? もしかしてそんなに怒ってない?

 

 穏やかな眼差しを見せるユウリに、一瞬鼓動が早くなるのを感じたが、ふと冷静になって考える。

 

「いやちょっと待って? 何で今私ほっぺつねられたの?」

 

 感謝されながら頬をつねられるという訳のわからない事態に、私は思わず声を上げる。

 

「お前のくせに生意気なことを言うからだ。いいから早く食べろ。明日も朝早く出発しないと行けないからな」

 

 とんでもない言われようである。だが、彼がスプーンを手にしてスープを飲み始めたのを見て、まあいいかと安心した私は、自分も再びパンを口に放り込むことにしたのだった。

 

 

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