俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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商人としての気質

 

「それじゃあ二人とも、元気でね」

 

 翌朝。アルヴィスの店の前で、私とユウリはビビアンたちと別れの挨拶を交わしていた。

 

「シーラと再会したらよろしく伝えてね」

 

「うん。今度はシーラと一緒に会いに来るよ」

 

「楽しみにしてるわ! 今度は女四人で朝まで語り明かしましょうよ♪」

 

「いいね、それ!」

 

 二人で笑い合っていると、未だ店から出てこないアルヴィスの声が聞こえてきた。

 

「ミオ! 行く前にこれ返しに行ってきて!」

 

 バタバタしながら出てきたアルヴィスが手にしていたのは、コンテスト前にルカが用意してくれたアクセサリーだった。

 

「沢山用意してくれたのよね。結局使わないものはお店に置いていってたから、すっかり忘れてたワ。アタシはこれからお店の準備とかあるから、ミオにお願いしてもいい?」

 

「いいよ。ちょうどお礼を言うつもりだったし。でもコンテストで着けてた髪飾り、一つなくしちゃったんだよね」

 

 そう、あのとき魔物を倒すのに必死で、アクセサリーの一つを途中で落としたことに気づかなかったのだ。他に身に付けていたものは無事だったのだが、その一つだけが足りない状態になっている。

 

「だったら買ったことにして、そのなくした髪飾り分の代金を払えばいいだろ」

 

 私の後ろにいたユウリの提案に、私は納得した。なるほど、それなら大丈夫かもしれない。

 

「それじゃあ、ルカに宜しくネ」

 

「うん、わかった。色々ありがとうね、アルヴィス」

 

「こちらこそ、二人とまた出会えて楽しかったワ★」

 

 そう言うと私とアルヴィスは、互いに握手を交わした。

 

「私も、普段この町を出ることはなかったから、いろんな体験させてもらったわ。それに、ミオやユウリと一緒にいて、とーっても楽しかった!!」

 

 今度はビビアンが私の手を取る。最初に出会った踊り子の彼女が、まさかこんな身近な存在になるとは思いもしなかったと、しみじみ感じた。

 

「私もビビアンと一緒にいられて楽しかった! いろんなことを沢山教えてもらったし、おしゃべり出来て本当に嬉しかったよ」

 

「ミオ……。私ね、シーラがいなくなってから、こんな風に気兼ねなく話せる同年代の子っていなかったの。ま、これもトップダンサーの宿命って諦めてたんだけどさ。……本当はもっとずっとミオといたかったよ」

 

「ビビアン……」

 

 いつも明るい彼女にそんな一面があったなんて、気づかなかった。自分が幼い頃、同年代の子が魔物に襲われて亡くなってしまったときのことを思い出し、私は思わずビビアンを抱き締めた。

 

「私も、住んでた村に同年代の友達なんていなかったから、ビビアンと友達になれて嬉しかったよ。また遊びに来るから! 約束しよう!」

 

「うん!」

 

 お互い涙ぐむ姿を見せないよう、私たちは力強く抱き締めあった。

 

 

 

 その後ビビアン、アルヴィスと別れを告げ、私たちはルカの師匠であるドリスさんの店へと訪れた。

 

「いらっしゃいま……、アネキ!?」

 

 そこで店番をしていたのは、ドリスさんではなくルカだった。

 

「久しぶり! 元気そうで良かった」

 

 突然の姉の訪問に目を丸くしたルカは、すぐにいつもの調子で言い返してきた。

 

「なんだよアネキ! 来るなら来るって前もって言ってくれよ!! 身内に働いてる姿見られるの、すげー恥ずかしいんだぞ!!」

 

「そんなの気にするのルカだけだよ。なかなか様になってたじゃない」

 

 なんていいつつ、私は内心ニヤニヤが止まらなかった。弟が働いてる姿なんて、そうそう見られるものじゃないからだ。

 

「とうとう店を任されることになったのか?」

 

 横からユウリが口を挟むと、ルカは急にかしこまった態度になった。

 

「あっ、お久しぶりです、ユウリさん! 違うんです。今日はたまたま師匠が出掛けてまして、その間店番してるだけなんです。もうすぐ帰ってくるとは思うんですけど……、あの、よかったらゆっくりしてってください!!」

 

 ルカは緊張しているのか、早口で捲し立てた。どうやらユウリ相手だと大分性格が変わるようだ。

 

「あのさ、ルカ。これ、ありがとうね」

 

 落ち着いたところで、本題に入る。私はおもむろに鞄からアクセサリーを取り出すと、ルカは思い出したかのように目を留めた。

 

「ああ、それか。役に立った?」

 

「うん、いくつか使わせてもらったよ。それであの……ちょっと言いにくいんだけど……」

 

 口ごもる私に、何事かと訝しむ我が弟。いや、ここであれこれ考えても仕方ない。私は意を決して打ち明けた。

 

「私が身に付けてた髪飾りが一つ、なくなっちゃったの。それで、その髪飾り分の代金を、払おうかと思って……」

 

「髪飾り? それってどんな……」

 

 ルカの言葉が途中で途切れる。ふと彼を見ると、わなわなと体を震わせながら、青い顔をしてアクセサリーを凝視しているではないか。そのただならぬ様子に、私の額にも汗が浮かび上がる。

 

「マジか……。ヤバい、師匠に殺される……」

 

 そう言うと、頭を抱えてうつむいてしまった。もしかして私、とんでもないことしちゃった!?

 

「そ……そんなに大事なものだったの?」

 

 恐る恐る尋ねると、ルカはゆっくりと顔を上げた。

 

「よりによってその髪飾り、師匠のアクセサリー箱からこっそり取ってきたやつだったんだよ……」

 

「ええっ!?」

 

 てことはつまり、あの髪飾りはドリスさんの私物で、本人に黙って借りたってこと!?

 

「なんでそんなことしたの!?」

 

「前に師匠に見せてもらったとき、アネキに似合うかなと思って……。まさかなくすなんて思わないじゃん……」

 

 そりゃ普通にコンテストで身に付けるくらいなら、なくしようがない。普通なら。

 

 でも今ルカに『コンテストの最中に魔物が出て倒してる内になくした』と言ったところで、事態が変わるわけもない。

 

「ごめんルカ……。ルカは悪くないよ。なくした私が悪かったんだ。ドリスさんには私から謝るよ」

 

「アネキ……」

 

 だが、ドリスさんは今外出中なので、帰ってくるまで待つしかない。

 

「ごめんユウリ。もうちょっとだけ待ってもらってもいい?」

 

「ああ」

 

 普段は口うるさく言う彼だが、今回に限っては了承してくれた。

 

 重い沈黙が続く中、ドリスさんが戻ってくるまでの時間はとてつもなく長く感じる。

 

 やがて、店のドアが開くと、沢山の荷物を抱えたドリスさんが入ってきた。

 

「おや、誰かと思えば勇者じゃないかい」

 

 前に会ったときと違い、今の彼女はモノクルをつけず、白髪交じりの髪を髪止めできっちり後ろに束ねている。あんなに沢山荷物を持っているのにも関わらず、腰が曲がらずぴんしゃんとしたその佇まいは、かっこよささえ感じる。

 

 だが今は、そんなことを考えてる場合ではない。私は事情を説明し、ドリスさんに髪飾りのことを正直に話した。

 

「……という訳で、魔物と戦っていた最中に、ドリスさんが大切にしていた髪飾りをなくしてしまったんです。本当にごめんなさい」

 

 そこまで伝えると、私は深く頭を下げた。

 

「……まあ、魔物がいたんじゃ、仕方ないね。それに、黙って持っていったルカにも落ち度はある。あれはあたしの趣味に合わないから、そこまで思い入れはなかったけれど、それでも市場価値はそこそこあったんだよ。もし買い取るとしたら、この店一軒分より高い金を払ってもらうしかないけど、それでもいいかい?」

 

「そっ、そんなにですか!?」

 

 どうしよう。さすがにそんな大金は持ってない。店一軒分だなんて、一体誰が買えると……。

 

「あ!!」

 

 家一軒買えるくらいの価値のあるもの。確かシーラも言っていたが、あれなら……。

 

「ドリスさん、それならこれを買い取ってもらえますか?」

 

 私が鞄から取り出したのは、バハラタでタニアからもらった黒胡椒だった。その黒い小さな粒が入った小瓶に目が留まった途端、ドリスさんの表情が一変する。

 

「こりゃあ珍しい……! 黒胡椒なんてこの辺じゃほとんど見かけない貴重なものじゃないか! 一体どこで手に入れたんだい??」

 

「ここから東にあるバハラタという町に、黒胡椒を売っているお店があるんです。そこで頂きました」

 

 私がドリスさんに説明していると、突然背後からものすごい圧を感じた。振り向くと、ユウリが恨めしそうな目でこちらを睨んでいた。

 

「……本当にその黒胡椒、売る気か?」

 

 その殺気交じりの声色に、思わず私は身を竦ませる。そういえば、ユウリは黒胡椒を使った料理が好きだったっけ。この黒胡椒はタニアさんからお礼にもらったものだし、もしこれを売ってしまったら、もう黒胡椒の料理は食べられなくなってしまう。確かに私も好きだが、そんなに恨みがましい目で見るほどユウリは手放したくないのだろうか。

 

「で、でも、これ以上に売れそうなものなんてないし……」

 

「他にないのか?」

 

 そんなことを言われても、鞄の中を掻き回して探してみるが、どれも黒胡椒並みに高値で売れそうなものはない。ちらりとユウリを見上げるが、無言の圧力が黒胡椒を手放す気はないのだと語っている。どうしたらいいかと峻巡していると、

 

「……どうしても黒胡椒を売る気がないなら、こっちの頼みを聞いてもらってもいいかい?」

 

 みかねたドリスさんが、真剣な面持ちで私たちを見据えてそう言った。

 

「生憎だが俺たちには時間がない。条件によっては考えなくもないが」

 

 そう言い放つユウリに、ドリスさんは鼻で笑った。

 

「そんな偉そうなことを言える立場かい。頼みというのは他でもない。あたしの弟子のルカを、少しの間預かってもらえないかい?」

 

「!?」

 

「どういうことだ?」

 

 ドリスさんの言葉に、私たちだけでなく、ルカまでも驚いた顔をした。

 

「もうここでの商人としての修行はこなした。このままずっとここで働いてもらうのも構わないが、この子はいずれ父親と同じ道を歩みたいと言っている。父親がどういう仕事をしているか、姉のあんたならわかるだろ?」

 

「……はい」

 

 私たちの父親ドワイト・ファブエルは、世界各地を飛び回る行商人だ。実家のカザーブに帰ってくるのは半年に一回ほど。それ以外はあちこちの国や町を渡り歩き、その地域の人に商品を売っている。だが、彼の仕入れる商品は一風変わったものばかりで、本当に売れるのか子供ながら疑問に思っていたが、なぜかいつも全ての商品を売りきって帰ってくるのだ。

 

「行商人になるなら一度でも世界を見て回った方がいい。ちょうど世界中を旅しているあんたたちと一緒に行動すれば、少しは勉強になるんじゃないかと思ったのさ。そうだね、とりあえずその髪飾り代分、この子の授業料だと思って面倒を見てもらえないかい?」

 

 確かに私たちと一緒なら、いろんな町に行くことになる。でも、本来私たちの目的は魔王を倒すこと。エジンベアでも遭ったが、その辺にいるよりも強い魔物と対峙することだってあるのだ。

 

 それはユウリも同じように考えていたようで、渋面を作っている。

 

「さすがにそれは無理だな。魔王を倒すために行動するのならともかく、商人としての修行のために俺たちを利用するつもりなら、断る」

 

 申し訳ないけど、ユウリの言うとおりだ。それに、お世辞にもルカが魔物と渡り合えるほどの戦闘経験があるとはいえない。

 

 けれどそんな私たちの思惑をはねのけるかのように、ドリスさんは鼻を鳴らした。

 

「忘れてもらっちゃ困るね。あんたらはあたしのモノをなくしたんだ。当然それ相応の対価を払わなければならない。それが駄目ならその黒胡椒を売るしかないさ」

 

 その言葉にさすがのユウリもたじろぐ。

 

「くっ……なんて卑怯な……」

 

 いや、なら黒胡椒を売ればいいのに。ユウリの黒胡椒に対する熱意がこれほどのものとは思わず、私は黙って見ていることしかできなかった。

 

 それよりも私は、ルカの本心が聞きたかった。

 

「ねえルカ。お父さんみたいな商人になりたいって、本当なの?」

「……」

 

 彼はしばらく言い淀んだが、やがて決意したように顔を上げた。

 

「そうだよ。もともと家のためにお金を稼ぎたいって気持ちはあったけど、師匠に弟子入りするようになってから、だんだん父さんの凄さに気づいたんだ。アネキや他の姉弟は知らないだろうけどさ、父さんの商売としての腕はすごいんだ。仕入れたものはどんなことがあっても全部売りきる。それがどれだけすごいことか、アネキにわかるか? おれの目標は父さんみたいな……いや、それ以上の商人になりたいと思ってるんだ」

 

 ルカの主張に、私は内心舌を巻いた。

 

 昔は弟妹の誰よりも手のかかる子だったルカが、こんなことを言うなんて夢にも思わなかった。けれど確かに今、彼は自分の足で自分が目指す道を歩んでいる。しかも、誰一人身内もいない遠くの地で。そんな彼の思いを、蔑ろにする権利は私にはなかった。

 

「ユウリ……」

 

 私は無意識にユウリに目を向けた。いくら私が納得しても、結局はパーティーのリーダーであるユウリに判断を委ねるしかない。黒胡椒を売るかルカを同行させるか、ユウリはどちらを選ぶのだろうか。

 

「……わかった。ならルカを預かる」

 

 その意外な答えに、私は目を丸くした。ユウリの性格なら、きっと黒胡椒を売るかと思ったのに。

 

「ただし、俺とともに行動するからには、俺の指示にしたがってもらう。出来なければすぐに置いていくからな」

 

「ふむ……。まあ、それはこの子の心がけ次第だよ。コミュニケーションを学ぶのも修行のひとつだしね。とにかく商談成立だ。ルカをあんたらに預ける代わりに、髪飾りの件はチャラにしてやるよ」

 

 そして「必要なら誓約書でも書くかい?」とドリスさんは聞いてきたが、ユウリは面倒くさそうに断った。

 

「さっきも言ったが、俺たちは急いでいる。これからノルドというホビット族に会いに行くから、今日中に準備をしておけ。できなければとっとと置いていくからな」

 

「はっ、はい!! 今から仕度してきます!!」

 

 にべもなく言い放つと、ルカは身を縮こませながらも頷いた。そしてすぐさま店の奥へと引っ込む。

 

「全く、次から次へと面倒事を持ってくるな、お前は……」

 

 ちらりと私の方を見ながら、はあ、とわざとらしく息を吐くユウリ。うう、確かに髪飾りを失くしたのは私だけど、そんなに次から次へと面倒事は持ち込んでないはず……たぶん。

 

 自信はないので下手に反論できず、私が口ごもっていると、ドリスさんと目があった。

 

「短い間だったけど、あんたの弟と一緒に仕事が出来て良かったよ。あんたも含めて、周りの環境が良かったんだね」

 

 そう言うと、ドリスさんの目尻の皺が一層深く刻まれた。

 

「私も、ドリスさんがルカの師匠で本当に良かったです。あのやんちゃな弟があんなに変わるなんて、未だに信じられないですもん」

 

 私は幼い頃の弟の姿を思い浮かべ、つい苦笑してしまった。きっとドリスさん以外の人だったら、あそこまでしっかりした商人になれなかっただろう。

 

「改めて、お礼を言わせてください。ルカを一人前の商人にしてくださって、ありがとうございました」

 

「……ふん。あんまり柄にもないことを言うもんじゃないね、全く」

 

 少し照れたように鼻の頭を掻くドリスさんの姿は、少しだけユウリに似ていた。

 

 

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