俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

68 / 204
スー
スー族の大陸


 

 ホビット族のノルドさんの話を聞いたあと再びエジンベアに戻り、ヒックスさんたちと合流してから約半月。

 

 港を出航してからほとんどの時間を船で過ごしていたからか、毎日変わらない海原の景色に、私はすっかり見飽きていた。

 

 初めて船に乗った時、人目も憚らずはしゃぎ続け、ユウリに冷ややかな目で見られていたあの頃が懐かしい。

 

 ただその間ずっと平和なわけではなく、二、三日に一度は海中から魔物が船に乗り上げてくることもあった。最初こそ戦い方がわからず、ユウリにサポートしてもらってばかりだったが、慣れてくると五匹ぐらいを相手でも、なんとか一人で戦えるようになってきた。今ではポルトガでユウリに教えてもらった、海の魔物の特徴や生息状況などを踏まえて、あらかじめどんな魔物がやってくるのか、ある程度予測できるようになっていた。

 

「いつになく成長が早いじゃないか。ということはつまり、俺の教え方が完璧だったからだな」 

 

 ある時、そう自分で言って納得しているユウリを見て、相変わらずだなあと思ったこともある。

 

 そんなことを考えていると、私の視線に気づいたのか、ユウリと目があった。

 

「なんだ?  言いたいことがあるならちゃんと言え」

 

「ううん、別にないよ」

 

 正直に言ったのだが、なぜか気分を損ねたユウリはこちらに歩み寄ると、いつものように私の髪の毛を引っ張った。相変わらず怒りの沸点がよくわからない。

 

「アネキ! おれの修行の邪魔するなよ!!」

 

 ユウリと向かい合わせになるように剣を構えながら私に文句を言っているのは、つい最近同行することになった弟のルカだ。彼は父と同じく世界を渡る行商人になるために、一時的に私たちとともに旅をすることになった。

 

 そもそも行商人というのは、一人で行動するのが基本だ。長距離の移動なんかは馬車や船などを利用するが、特に父の場合は誰も行ったことのないような土地へも赴くことが多い。なので、そんな父を目指すルカもまた、一人で旅ができるよう、今のうちに私たちと行動を共にしようということになったのだ。

 

 彼は現に今も、ユウリに剣術を教えてもらっている。その二人の様子を、私は邪魔にならないよう少し離れたところで眺めていたのだが、なぜかユウリの機嫌を損ねてしまったらしく、修行は中断された。

 

「ごめんごめん、私がいると邪魔になりそうだから、退散するよ」

 

 そう二人に言い残しそそくさとこの場を去ると、私はデッキを降りて食堂へと向かった。

 

「ミオさん、どうしたんですか? お腹でも空いたんですか?」

 

 ユウリが体調を悪くしたあの日以来、料理長とは色々話せる気安い仲になっていた。私は苦笑を浮かべながらも、言われてみれば小腹が空いてきたなとお腹をさする。

 

「はい……、えーと、軽い物でもいいので、何か食べられるものってありますか?」

 

「わかりました、すぐにお作りしましょう」

 

 私の我が儘にも嫌な顔ひとつせず、料理長はあっという間に軽食を提供してくれた。

 

「余り物で申し訳ないですが、良かったらどうぞ」

 

「ありがとうございます!」

 

 船での暮らしにすっかり慣れてしまった私は、すぐに料理が食べられるこの環境がどれほど貴重かを、すっかり失念していた。これから向かう先が、料理どころか食糧すら手に入れるのも苦労することを知らずに――。

 

 そんな穏やかな(?)日常が続いていた、ある日のこと。ちょうど甲板にいた私は、ユウリに武術の相手をしてもらっていた。そんな折、船首にいた船員の一人が大声を上げた。見ると前方に、大きく広がる大陸がうっすらと見えているではないか。

 

「あれってもしかして……」

 

「ああ、次の目的地だ」

 

 次の目的地、つまりスー族のいる大陸。

 

「おい、何間抜け面さらしてるんだ。ルカを呼んで降りる準備をするぞ」

 

 ユウリの言葉に我に返った私は、急いで船室へと向かうことにした。

 

 

 

「今回は、何日くらいの滞在になりますかね?」

 

「そうだな。今までと違って、目的地が特定できないからな。とりあえず二週間後には戻ってくる予定だ」

 

 いつものようにヒックスさんと今後の滞在時間を話し合うユウリ。

 

 普段は港町か、なるべく町に近い船着き場に船を停めるのだが、これから向かう大陸は未開の地なので、スー族の里と言うのも、地図には載っていない。

 

 ひとまずヒックスさんと地図を確認して話し合った結果、大陸の中央付近にある入り江に停泊することにした。海に面した場所の方が、人里がある可能性が高いと予想したからだ。

 

 操舵がかなり難しい複雑な地形ではあるが、ヒックスさんたちにかかれば大したことはないという。ここは彼らに任せ、私たちはスー族の里を目指す。

 

「わかりました。では、くれぐれもお気をつけて」

 

 船を進め、ようやく停泊できる入り江に到着したのは、お昼を少し過ぎた辺りだった。

 

 接岸できないので途中から小舟に乗りしばらく進むと、ようやく小さな海岸に上陸した。

 

 舟を降りてしばらく歩くと、無造作に生えた私の腰ほどもある雑草や、太陽を目指して伸びているのかというくらい背の高い木々が取り囲んでおり、もはや自然に支配されたかのような無法地帯となっている。

 

「……どこに進めばいいかわからないですね」

 

 初めての大陸に、ルカもただキョロキョロと辺りを見回すばかり。

 

 ユウリは方角を確認すると、地図を広げながら先へと進んだ。

 

 行けども行けども人が暮らすような気配はない。見たことのない草木が生い茂ったけもの道を通ると、聞いたことのない動物の鳴き声が聞こえてきた。魔物かと思ったが、どうやら小動物のようだ。

 

 その生き物は私たち人間を見た途端、瞬時に逃げ出した。見慣れない生き物に警戒したのだろう。

 

 やがて鬱蒼と生い茂った林を抜け、開けた場所に出ると、澄み切った青空が視界に広がり、さわやかな風が吹き渡った。

 

 目の前にはやはり丈の高い雑草が一面に広がっており、街道らしき道は一切ない。それは同時に、進むべき道が示されていないことを意味していた。

 

「ユウリ、あれ見て!」

 

 私が指差した方を二人が見ると、山脈を背にしたはるか遠くに、人の家らしき建物が見える。それも一つではない。あきらかに集落だ。

 

「意外に早く見つかってよかったね」

 

「何呑気なことを言ってるんだ。ここからあそこまで、どのくらい距離があると思ってる」

 

「えーと……半日ぐらい?」

 

 私の答えに、ユウリはあからさまにため息をついた。

 

「今日中に着くわけないだろ、間抜け女。少なくとも二日はかかる。途中で野宿できる場所を探すぞ」

 

 距離的に半日ぐらいで着くのかと思っていたのだが、違うのだろうか。そう疑問に思っていた私だったが、歩いて行くうちにだんだんその理由がわかってきた。

 

 街道がないのでほとんど草むらの中をかき分けながら進んでいく。それは予想以上に時間と体力を削っていった。ユウリが先頭で目の前の草や枝を切ったりしながら進んでいるおかげで、後ろにいる私やルカはそれほどでもないのだが、一番大変なのはユウリだ。途中私が先頭を代ろうかと提案したのだが、

 

「お前が先頭に行ったら確実に迷うだろ」

 

 と身も蓋もないことを言われてしまったので、あえなく引き下がった。正直、即座に否定できるほど方向感覚に自信があるわけでもない。

 

 せめてユウリの負担を軽くしようと、渇きの壺は私が持ち歩くことにした。一抱えほどの大きさの壺はそれほど重くはないが、ずっと持ち歩くには不便である。

 

 さらにそんな視界の悪い草むらの中、突然魔物が現れることもあった。私やユウリは気配で魔物を察知できるから良いが、ルカはまだ魔物との戦闘経験が浅く、気配だけでは魔物との戦闘に備えることができない。

 

 なので私が最後尾、ルカが真ん中に並ぶことで、安全面も考慮する形となった。それでも私たちだけで倒すのではなく、ルカにも魔物と戦う経験をさせてあげていたけれど。

 

 そのおかげか、ルカのレベルが格段に上がった。私はと言えば……。

 

「やったあ! レベルが上がった!!」

 

 一つだけだが、レベルが上がった嬉しさに歓喜の声を上げた。案の定、ユウリが白い目でこちらを見ている。

 

「レベルが一つ上がったくらいで騒ぎすぎだ」

 

「ご、ごめん」

 

「すいません、姉って昔からああいうところがあって……」

 

 って、なんでルカまでため息ついて、ユウリの味方してるの!? なんか私だけ仲間外れにされた気分なんだけど?

 

 ああ、ビビアンとアルヴィスがいてくれたらなあ。

 

 私が遠い目をしながら先に歩くと、側に木があったのか、垂れ下がった枝の葉が私の目の前に現れ、危うく当たりそうになった。

 

「危ない!!」

 

 突然ユウリに腕を掴まれ、葉に触れそうだった私の体は後ろに引っ張られた。

 

「な、何!?」

 

 一体何が危なかったんだろう。目の前には見たことのない葉っぱがあるだけだったのに。

 

「むやみに得体の知れないものにさわるな。毒があるかもしれないだろ」

 

 そうか。植物にはそういう危険性もあるんだった。確かによく見ると、毒々しい色をしている。毒かどうかはわからないが、下手に触って体調を悪くしたら大変なことになる。

 

「ごめん、次からは気を付ける」

 

 うう、弟がいるのにこんな醜態ばかりさらして情けない。

 

 そうこうしている間に、もう日が傾き始めている。まだ全体の半分も進んでない事態に、ユウリの予想どおり、今日は野宿となりそうだ。

 

 だが、この辺りに野宿できるような場所は見当たらない。

 

 何もない草原で野宿するには危険なので、近くの木に登り、川のある場所を探すが、ここから歩いていける距離にはなかった。

 

「しょうがない。水に関しては今持っている分でなんとかするしかないな」

 

 仕方なくユウリは、ここから少し歩いたところにある見通しの悪い草むらを切り開いて、野宿が出来る場所を作った。

 

「ルカ、大丈夫?」

 

「う、うん……」

 

 今まで野宿なんてほとんどしたことがない彼にとっては、とても辛い状況だろう。

 

 それでなくても舟を降りてからずっと歩き通しだったのだ。疲れた表情を滲ませながら、ルカは力なく頷いた。

 

 ほどなく日が暮れ始めたので、夜営の準備をする。今夜は私とユウリで交代しながら見張りを行うことにした。

 

 この大陸の気候はそれほど寒くはない。夜はさすがに外套を羽織らないといけないが、それでもテドンのときのような寒さとはほど遠かった。

 

 近くの木の枝を使って簡易テントを作り、 一足先にルカを休ませることにした。焚き火に当たりながら、私はあくびを噛み殺す。

 

「先に寝てろ。時間が来たら起こす」

 

「え、でもユウリの方が大変だったでしょ。先にユウリが休んでよ」

 

「お前に心配される筋合いはない。いいから寝ろ」

 

 突き放すような言い方だが、ユウリなりの気遣いだというのがわかる。

 

 ここはお言葉に甘えて、先に休ませてもらおうかな。

 

「わかった、ありがとう。じゃあ時間になったら必ず起こしてね」

 

「当たり前だろ。俺だって疲れてるんだ」

 

 その言葉に思わず苦笑すると、ユウリは不思議なものを見るような目で私を見返した。

 

「なんで笑ってるんだ?」

 

「いや、だって、ユウリがそんな風に言うなんて、今まであんまりなかったから」

 

「……そうだったか?」

 

 どうやら無自覚だったようだ。少なくとも、最初に会ったときの刺々しさはあまりなくなった気がするのだが。

 

 私はテントに入り、ルカの隣で休むことにした。ルカはよっぽど疲れたのか、私の気配にも気づかず、ぐっすりと眠っている。

 

 そんな彼の寝顔を眺めながら、私はゆっくりと瞼を閉じたのだった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。