「っかーっ!!! すがすがしい朝だぜ!!」
翌朝。結局ユウリはあれから一度も私たちの前に姿を見せることはなかった。一方、一人部屋で一晩を過ごしたナギはというと、言葉通りの朝を迎えたようで、これ以上ないほどのさわやかな顔で部屋から出てきた。
「あいつの顔を半日以上見ないことが、こんなにもすばらしいものだとは知らなかったぜ」
ナギは心底感動した様子で言った。よっぽどユウリと一緒の部屋が嫌だったのか。
「でも、ユウリってば、夕べどこで寝たんだろ。宿屋はこの町では一軒しかないし……」
私の言葉に、ナギが興味なさげな顔で答える。
「気にしなくていーんじゃねーの? レベル30の勇者様のことだから、どうせ城のやつらに歓迎されてふかふかのベッドでくつろいでたんだろうよ」
うーん。全く現実味がないけど、ユウリならありえる気がする。
「さて、朝飯も食ったことだし、さくっと盗賊退治でもするか!」
ナギの能天気な発言に、思わず私はずっこける。
「いやいや、さくっとって簡単に言うけど、魔物退治とは違うんだよ!? 人間が相手なんだよ?」
「だったら言葉が通じる分魔物より簡単じゃねーか」
駄目だ……。なんかナギって世間と少しズレてる気がする。
「ねえ、シーラは盗賊退治なんて出来ると思う?」
私に尋ねられたシーラは、自慢の金髪を特殊な金属の棒のようなもので巻きながらしばし考え込み、
「わかんなーい♪ でも三人でお出掛けするのも楽しそーだよね☆」
そう屈託のない笑顔で返されたので、なんだか私一人だけ悩んでるのがばかばかしくなってしまった。
もう乗りかかった船だ、おとなしくこの二人についていこう。ほとんどヤケだけど。
そんなこんなで私たち3人は、宿を出たあと道具屋に寄り、薬草、毒消し草などのアイテムを補充し、ついでに武器屋にも寄ることにした。武闘家の私には武器はあまり必要ないので買わなかったが、ナギは聖なるナイフ、シーラは(もしかしたら使うかもしれない)くさりがまを購入した。
「シーラが稼いだお金、ほとんどなくなっちゃったね」
私が名残惜しそうに金貨袋に向かってつぶやいていると、シーラがいきなり私の袖を引っ張った。
「ミオちん、お金増やしたいならもう一回行ってみる?」
シーラの指差した先は酒場だった。だが、その入り口の脇に、モンスター格闘場入り口の看板がかかってある。それを見て、私は思い切り首を横に振った。
「だっ、だめだよ!! いくら昨日は稼げたからって、今日も稼げるとは限らないじゃない! 今は盗賊退治の方が大事だよ!」
「む~、今日はもっといっぱいお金増えそうな気がするのに~」
そういうこと言う人に限って、大負けしたりするんだ。私の師匠もたまに村の大人たちと一緒に賭け事をしていたが、大体シーラと同じ事を言っていた。
「なあ! おい、あれ見ろよ!」
ナギが驚いた様子で声を上げた。その視線の先には、見覚えのある青いマントと黒髪。あれってまさか……。
「ユウリ!?」
間違いない、背格好も彼にそっくりだ。残念ながら顔は見えないが、歩いている方向は確かにモンスター格闘場へと向かっている。
「あれー、ユウリちゃんも賭け事やるのかな?」
シーラの一言に、私は目を疑った。だってまさか、ユウリが賭け事なんて全く想像できないんだもの。あの後姿は他人なんじゃないかと思い込んでしまうぐらい。
「あの野郎、オレに散々文句言ったくせに、自分はのんきに賭け事だと!? ふざけんなよ!!」
ガツンッ、と近くにあった建物の壁を拳で叩きつけるナギ。よっぽど腹を立てているのかと顔を覗き込んだら、どうやら今ので拳を痛めたらしく、右手首をさすりながら涙目になっている。
「もしかしたらユウリも旅の資金を増やそうとしてるんじゃない?」
私の言葉に、二人は白けた顔でこちらを見た。……うん、確かに私も言って後悔した。どうしても無理があるよね、この意見は。
「ミオちん。いくらミオちんが人がいいからってそれはちょっとどーかと思うよ?」
「あの性悪勇者がそんな殊勝なことすると思うのか? お前は」
「……うん、ごめん。今のは私が間違ってた」
なんで私が謝らなくちゃいけないんだろう。
ともあれユウリの行動に俄然盗賊退治へのやる気が沸いた3人(特に2人)は、勇者に一泡ふかせてやるという決意を胸に託し、意気揚々とロマリアの町を出た。
そこでふと、ナギがあることに気づく。
「そーいや『シャンパーニの塔』ってどこにあるんだ?」
私はあっと気づいて、急いでいざないの洞窟で拾った世界地図を広げた。点滅しているのが現在地。そこから西って言ってたから、……この辺かな?
一同が地図を覗き込む中、私は指で塔があると思われる場所を指した。
「うーん、意外に距離あるね。どうする? 海岸沿いに回っていく?」
「そーだな。この距離だと途中で野宿になると思うし、なるべく近道していこうぜ」
近道といっても、その距離は十分あった。地元である私でさえも、その遠さにうんざりした。
なにしろ私の生まれ故郷カザーブからロマリアまでの、2倍以上の距離なんだもの。
森の中の街道をひたすら歩き続ける途中、私がこの近くの村出身だという話を持ち出したら、ナギが興味深げに聞いてきた。
「そういやミオって、ここからどうやってアリアハンまで行ったんだ? 旅の扉を通ってきたわけじゃないだろ?」
「えっと、最初に私の住んでる村に、ロマリアの王様からのお触れが回ってきたの。『勇者とともに魔王と戦う仲間をアリアハンで募集している』って。たぶん私の村だけじゃなくて世界中でそういうお触れがあったと思うんだけど。それでその募集を受けにロマリアの近くにある関所を通ったあとポルトガに行って、ポルトガからアリアハン行きの船に乗ってたどり着いたってわけ」
「へー。あんな最低野郎の仲間になるためにわざわざ海を渡って行ったのか。お前みかけによらずすげーな」
「あー、うん、まあね」
まさかこんな形でナギに感謝されるとは思わなかったので、私はテキトーな返事しか出来なかった。
「あれ? でもお前レベル1だったよな。ポルトガって所まで魔物に襲われなかったのか?」
「ちょうど募集してたときポルトガ行きの馬車があって、それに乗って行ったの」
「へー、馬車とかあったんだ。オレ乗ったことねーからうらやましいな」
「私も初めてだよ。しかもポルトガ王の御厚意で無料で乗せてもらったし」
なんてナギと馬車談義をしていると、後ろにいたシーラが間に入ってきた。
「ミオちん、もしかしたらあたしと同じ船に乗ってたかもよ!?」
「え? どういうこと?」
「だって、あたしもポルトガからアリアハンまで船で行ったもん♪」
なぜか得意満面な笑みを浮かべるシーラ。
「ひょっとしてお前もあいつの仲間になりたかったのか!?」
「んーん。ポルトガでお酒飲んでたら、お金スッカラカンになっちゃって逃げてきちゃった☆」
てへっ、と舌を出しながら言う彼女の顔は、全く悪びれた様子などない。
うーん……。それって無銭飲食だよね。かといって、いまさらそのお店の代金を肩代わりする度胸もお金もないんだけど。
そんな会話を時折しつつ、途中魔物とも戦い、何度か休憩をするうちに、あっという間に日が落ちた。
だが、道のりは思ったより進まなかった。目的地まではあと半分以上ある。それでも、現在地がわかる地図を持っているのが唯一の救いだった。きっとそれがなければ、いつ着くかもわからず延々と歩き続けるはめになっていただろう。
その日は結局野宿をした。交代で見張りをしながらだったので、ある程度睡眠をとったとはいえ完全に眠気が取れたとはいえない。
きっと4人なら見張りの時間ももっと短いんだろうな、と目の前にある魔物避けの焚き火を見ながら、ぼんやりとした頭でそう思った。ふとユウリの顔を思い浮かべて、さらに心が重くなる。
アリアハンで出会ってから今までを振り返って、やっぱり私みたいなレベルの低い足手まといは嫌だったのだろうかと思い込んでしまう。
私を仲間に入れたのも、ルイーダさんに強引に進められたからだし、あの時は他の冒険者たちは帰っちゃったけど、別の日にもう一度声をかけてたら、もしかしたらもっとレベルの高い人たちを仲間に出来たかもしれない。
あー、駄目だ駄目だ、今はそんなことを考えている場合じゃなかった。私は気を取り直して支度を整えた。
「う~、最悪だぜ……」
簡易テントの中からひょっこりと現われたナギの顔は、昨日と打って変わってげんなりとしていた。
「どうしたの?」
「どーしたもこーしたも、すっげー不快な夢見ちまったぜ……。せっかく昨日はさわやかな目覚めだったのによぉ……」
「いったいどんな夢見たの?」
「聞くな。口に出したくもない……」
まあ他人が見た夢にあれこれ言っても仕方ない。私は苦笑しながら、話を切り上げ出発の準備を始めた。
二日目、三日目と、日を重ねるごとに魔物と遭遇する回数は多くなっていった。けれど戦ってきたおかげで低かった私のレベルもいくつか上がることができた。ナギはもちろん、シーラも同じように経験値が増えたようだ。そんな中――。
「危ないシーラ!!」
バシッ!!
シーラに降りかかる無数の石つぶてをかばったのだが、その時左腕に衝撃が走った。
私は急いで薬草を取り出したが、なかなか痛みは治まらない。
「大丈夫、シーラ?」
「ごめん、ごめんねミオちん……! あたし、ミオちんを助けるつもりだったのに……」
実はその石つぶてを放ったのは、シーラだった。だが、コントロールが悪かったらしく、味方のほうへ全部飛んでしまったのだ。
「気にしないで、ありがとう」
「おい! こっちは大体片付いたぞ!!」
汗だくになりながらも目の前の魔物を全て片付けたナギがこちらに向かってくる。
「よかった! まだこっち3体いるの!! お願い!!」
私の返事を待たずに、ナギが一体のキャタピラーをナイフで突き刺した。
「うわぁぁん、ミオちん~~~!!」
「あーもーうっせえ!! もう大丈夫だから泣くんじゃねえ!!」
こういうパターンが何回かあって。
……やっぱりユウリがいないと大変だっていうのは、この旅路で少なからず感じてしまった。
毎日野宿をし、町を出る前にあんなに買いだめした携帯食料も底をつき始めた6日目の朝、ようやく目的地であるシャンパーニの塔に到着することが出来た。
「ふあ~、長かった~」
私が疲労困憊で思わずため息をつくと、ナギがあきれたように言った。
「何言ってんだ。本題はこれからだろ」
「あ、うん、そうだよね」
私は照れ笑いをしながら、塔を見上げる。目の前にそそり立つその建物は、外壁がところどころはがれていたりヒビが入ってたりして、とても人が住んでいるという感じではない。ナジミの塔に比べてだいぶ老朽化が進んでいるように見えた。
「この塔のどこに盗賊がいるんだろ?」
「ま、オレの勘が正しければ一番上だろうな」
自信ありげに推理するナギの姿は、なんとなくユウリに似ていた。ユウリの代わりにリーダーになってくれてるのだろうか。
そしてナギは、真剣な面持ちで皆を振り返った。
「よし、じゃあ早速今から中に入るけど、みんな、気を引き締めていけよ! きっと塔の中にも魔物がいると思うし……っておい!!」
「わ~い、いっちば~ん♪」
ナギの言葉を無視して、さっさと中に入るシーラ。シーラにとっては誰がリーダーだろうと関係ないらしい。
ナギは出鼻をくじかれたような様子で、しぶしぶシーラの後に続いていった。そのあとを私が追いかける。
中は薄暗く、カビ臭い匂いも漂っていて、その独特の空気は魔物が棲んでるぞ、とでもいわんばかりだった。だが、下を見ると、埃だらけの床に真新しい足跡がいくつも残っている。おそらく盗賊たちのものだろう。私とナギは周りに注意しながら探索した。
「あそこに階段があるな」
ナギの言うとおり、曲がり角の向こうに階段が見えている。辺りに人の気配を感じないのを確認した私たちは、慎重に階段を上り始めた。
「きゃうっ!?」
私の後ろにいたシーラが、いきなり奇妙な声を上げた。私はすぐに振り向き、同時に目を丸くして叫んだ。
「な、ナギ!! 魔物!!」
それは暗がりでも目立つブルーの皮膚を持ち、大きな金色の目をぎらつかせた巨大なカエルだった。確か名前は……ポイズントードだったっけ。
あろうことかその魔物は、シーラの足首に長い舌を巻きつけている。そういえばぬらぬらと光るその舌には、毒腺があるって聞いたことがある!
「シーラ、じっとしてて!!」
私はとっさに渾身の力をこめて蹴り上げた。ポイズントードは不意を衝かれたのか、放った私が驚くぐらい勢いよく吹っ飛んだ。幸い魔物はそれきり動かなくなる。
だが、その後ろから、続々と見たこともない魔物がやってきた。その数はざっと数えても10体以上。
「こ、これってヤバイよね」
「もちろん!! 逃げるぞ!!」
そういってナギは盗賊さながらの瞬発力で階段を駆け上った。私は事態をまだ良く飲み込めていないシーラの手を引っ張りながら、夢中で階段を上りきった。
「よし、まだ魔物は来てないな? ……よっと」
階段の手前でナギがおもむろに懐から何か細い糸のようなものを取り出す。そしてそれをまた懐から出したものにぐるぐると巻きつけ、それをすばやい動作で天井にくくりつける。その一連の早業に、思わず私は見入ってしまった。
「なにぼーっとしてんだよ。お前らは先に行ってその辺りの様子を見てきてくれ」
私はあわててうなずき、シーラと一緒に奥に進んだ。ややあって、ナギが遅れてやってきた。さらにしばらくして、遥か遠くの方で小さな爆発音が聞こえた。
「ひょっとしてナギ、罠張ってたの?」
「まーな。つっても単なる時間稼ぎぐらいにしかならねーけど。その間に盗賊どものいる場所、探そうぜ」
さすがナギ。あの状況であんなすばやく罠を作るなんて。伊達に何年もおじいちゃんとの修行をやってるわけじゃない。
時折襲い掛かってくる塔の魔物を追い払ったり罠で足止めしながら2階、3階と上っていくうちに、だんだん外の景色が変わってきた。どうやらいつの間にかずいぶん高いところまで上っていたらしい。
けれど、盗賊はおろか人間の姿すら発見できずにいた。
「くっそー!! 一体どこにいるんだよ、カンダタとか言う盗賊はー!!」
ナギは走りながら、誰にともなく盗賊の名前を呼んだ。そういえば私たち、カンダタって言う盗賊の顔すら知らないんじゃなかったっけ?
やがて、上り階段も見当たらなくなり、ここが最上階だと思わせるような一枚の大きな扉が、私たちの行く手を阻んでいた。
「もしかしてこの奥……?」
「だろうな。相手はどんな武器を持ってるかわかんねーし、油断すんじゃねえぞ」
いつになく真剣な面持ちで聖なるナイフを構えるナギは、なんだか急に頼もしく見えた。
私も負けじと身構える。シーラは相変わらずにこにこしながらお手玉とかやったりしてるけど、私たちと扉の間には張り詰めた空気に包まれていた。
観音扉の片方の取っ手に手をかけたナギがゆっくりと口を開いた。
「じゃあ、開けるぞ」
私は小さくうなずく。同時にナギの手が動いた。
が、扉は動かない。
「あれ?」
押せども引けども、扉は一向に開く様子はない。さっきまでの緊張感が一気に霧散した。
「何で開かないんだ?」
言いながら、扉を何とかあけようと鍵穴らしき場所を弄るナギ。私はこの光景を、前にもどこかで見たような気がした。
「ひょっとして、その扉も『盗賊の鍵』を使うんじゃない?」
「へ……、あ、そうか! そういうことか!!」
ナギもその存在を思い出したらしく、ぱっと手を離す。
そこにお手玉をやり終えたシーラが横から口を挟んだ。
「えー、でもそれってユウリちゃんが持ってなかったっけ?」
『え』
しーん。
「どっ、どうしよう!! ユウリがいなきゃこの扉開けられないよ!!」
慌てふためく私に、ナギは人差し指を口元に当てて静かにしろと制した。
「まあ待て。一応オレだって盗賊の端くれだ。そんな道具なんぞに頼らなくてもこんな扉の一枚や二枚、盛大に開けて見せるぜ」
そういって、座り込んで懐から道具を取り出し鍵穴を覗き込もうとしたときだ。
ばぁんっ!!
ナギがしゃがんでいる反対側の扉が勢いよく開け放たれ、中から一人の男が現われた。
「さっきからガチャガチャうるせーんだよ!!」
私たちに怒鳴り散らすその男は、ボロボロのシャツに動きやすいズボン、腰には短剣と、いかにも盗賊と思わせるような格好をしていた。
もしかして、この人が王冠を盗んだ盗賊なんだろうか? けれどどちらかというと、盗賊の下っ端っていう感じに見える。
「あんたがカンダタか?」
「なんだこのクソ生意気なガキは」
「いーから質問に答えろよ!!」
ナギの言葉に、盗賊らしき男はうっとうしげに答えた。
「お前らみたいなクソガキがおかしらに何の用だ? ひょっとしておれたちを倒しにでも来たのか?」
そういって男は馬鹿にしたように笑う。その態度にナギは眉を吊り上げ、私も相手をにらみ返した。ということは、この人のおかしらがカンダタだということだ。
部屋の奥にいたのか、他の盗賊たちも続々と男の背後から現われた。盗賊たちは私とナギを小ばかにしたような目で見ているし、ある盗賊はシーラを見てにやにやしている。
「ま、そこのバニーガールは置いていってもいいけどな。それ以外は帰った方が身のためだぜ。嫌だってんなら……」
すっと、盗賊たちの表情が変わる。そして静かに短剣やナイフを抜き、一瞬にして殺伐とした雰囲気を生み出した。
「おれたちが相手になるぜ!!」
一斉に、盗賊たちは襲い掛かってきた。私は戦慄を覚えながらも、なぜか冷静に敵の人数を確認できた。ざっと見て5人。数はけして少なくなかった。
でもここにたどり着くまで私たちは何度も魔物と戦って、レベルもいくつか上がっている。だから、アリアハンを出たときよりも戦闘に関して確実にレベルアップしているのが、自分でもわかっていた。
私のところに来たのは二人。二人は左右から同時に斬りかかってきた。動きはそんなに早くない。魔物と違って人間の動きは大体決まっているから、攻撃の先がどこに来るのかなんとなくわかる。
私は二人の初撃を一歩退いて避け、体勢を立て直そうとした盗賊の頭めがけて回し蹴りを放った。
「ぐあっ!」
どさっと左側の盗賊が後ろに倒れる。右側の盗賊は「てめえ!!」といいながら返す刃で私に斬りつけてきた。それを私はかがんで避け、がら空きになった男のわき腹めがけて正拳突きを放った。
「ぎゃっ!!」
さらにもう一発叩き込む。それでもう一人の盗賊は完全にのびた。
一息ついてナギの方を見てみると、一人で三人相手に苦戦しながらも、無駄のない動きで攻撃をかわし続けている。ちなみにシーラはノーマーク。一人でままごとなんかしちゃってる。
やがて痺れを切らしたのか、盗賊の一人がナギに向かってがむしゃらに突っ込んできた。
「はっ!!」
それを難なく避けながら、ナギはナイフではなく素手で盗賊の顔面をグーで殴った。
他の二人も同じような攻撃で沈黙させ、あたりはすっかり静かになった。
「すごいね、ナギ。一度に3人相手にするなんて」
ナギは得意そうにこちらを向いた。
「まーな。でも、お前だってすげーじゃん」
そういわれて、私は思わず顔が赤くなった。誰かに戦いのことでほめられるなんて随分久しぶりだったからだ。
「へへ。でもなんか、自信出てきた。ここに来るまで盗賊退治なんて無理だって不安に思ってたけど、今ならなんかいけそうな気がする」
「だろ? 人間なんでもやってみなきゃ、わかんねーもんなんだって。この勢いで、カンダタもやっつけてやろーぜ!」
ナギの意気込みに、離れていたシーラも「おー!!」と掛け声を上げる。私も思わず右手を上げて同じように声を出した。
「誰がおれをやっつけるって?」
突如、部屋に低く響く声。戦慄が走ったとはこのことだろうか。無意識に全身が総毛立つ。
直感でわかる。できるなら戦いを避けたい相手だということが。
部屋の奥にある階段を、ゆっくりと降りていく音が聞こえた。その足音が近づくたびに、私の足は震えを増していく。
チラッとナギを見たが、私のように足が震えてたりはしなかった。けれど、表情はさっきまでの余裕はないように見える。
シーラはいつものおちゃらけた様子ではなく、おびえたように階段の方をじっと見つめている。
私の頬に一筋の汗が伝い落ちた時、階段に歪んだ人影が見え、それはやがて実体を連れて私たちの前に現われた。
その男は、他の盗賊とは一線を画していた。部屋を圧倒するほどの威圧感や殺気はもちろんなのだけれど、なんというか風貌がだいぶ変わっていた。
他の盗賊が着ていた服もシャツ一枚とズボンいうシンプルな格好だったが、この人はそれを上回っていた。というかシャツすらない。つまり、上半身裸。
その上、頭には個性的な覆面を被っており、顔は全く見えない。二つの穴のむこうにある両の目が、彼の表情をうかがい知ることの出来る唯一のパーツだった。
その奇妙な出で立ちが逆に、得たいのしれない恐怖を醸し出していた。
「おれがそのカンダタだが、お前らは一体何者だ?」
カンダタと名乗る男が、唸るような声で聞いた。右手には、大振りの斧が握られている。
ナギが一歩前に出て、カンダタに言った。
「お前がロマリアの城から王冠を奪ったって言う話を聞いて、オレたちはそれを取り返しに来た。おとなしく返してくれれば、見逃してやる」
すると、カンダタは肩を大きく震わせ、豪快に笑い始めた。覆面をしているので表情は良くわからない。
「はっ。おれの手下を倒したからって、いい気になるんじゃねえぞ!! 王冠は渡さねえ。返してほしかったら力づくで奪いな!!」
そういうと、手にしていた斧を壁に向かって思い切りぶん回した。壁は風圧で獣の爪あとのように抉られていた。
ど、どうしよう……!!
カンダタが私たち相手では太刀打ちできないことがいまさらながらわかった。たぶん、他の二人も同じように思っていただろう。それほどに、カンダタの今の一撃は私たちの精神にダメージを与えてくれた。
「そ、そんなもんでビビるかよっ!!」
ナギはしまっていたナイフを出し、カンダタに向かって攻撃した。だが、あっさりとかわされてしまう。
「くだらねぇな」
言い放ちざまに、蹴りを一発。鳩尾にもろに当たり、ナギはその場に崩れ落ちた。
「おいおい、もうお終いかよ」
あのナギが、一発で倒れるなんて……! 私の歯はガチガチと鳴り、体の震えも一層増した。
でも、私が倒れれば、今度はシーラが標的にされる。いや、それどころかひょっとしたらシーラだけさらってどこかに逃げるかもしれない。私はさっきの盗賊の顔が脳裏をよぎり、恐ろしい想像をしてしまった。
ああ、もう、こうなったら行くしかない!!
私は玉砕覚悟で、カンダタの懐めがけて突っ込んだ!!