俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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唐突な別れ

 

 人が一人いなくなっただけで、どうしてこんなに静かなのだろう。

 

 少し前まではユウリと二人旅だったのに、心にぽっかり穴が空いている気分だ。

 

 最後の鍵も手に入れ、意気揚々としていたはずなのに、私の心は頭上にある曇り空のようにどんよりとしている。

 

「いつまで落ち込んでるんだ」

 

 甲板の端でぼんやりと水面を眺めているところに、しかめっ面をしたユウリが声をかけてきた。

 

「もうすぐテドンに着く。着き次第すぐに出発するから準備しろ」

 

「……」

 

 ルカと別れてから船に戻った私たちは、オーブを手に入れるため、再びテドンへと向かっていた。

 

 だが、テドンという町はすでに魔王軍によって滅ぼされており、日中訪れても障気にまみれた廃墟しかなく、生きている人間が足を踏み入れるには相当の覚悟が必要だ。かといって以前と同じように夜に訪れても、話の通じない町の人の幽霊がたくさんいる中でオーブを探さなければならない。幽霊嫌いの私にとって、そこを訪れることは恐怖でしかなく、オーブがなければもう二度と足を踏み入れたくはない場所でもあった。

 

 だけどそれは建前で、本音は別のところにあった。

 

「お前がそんなんじゃ、ルカに笑われるぞ」

 

 本気で言ってるのか、真顔で言い放つユウリ。ルカの名前が出る度に一緒に冒険をしたときの思い出が蘇り、涙腺が緩む。冗談でも、今はそんな風に私とルカを比較して欲しくなかった。

 

「弟のいないユウリにはわからないよね」

 

 ぶっきらぼうにそう言ってから、私はハッとなる。ユウリは私を気遣っていってくれてるのに、これではただの八つ当たりだ。私はすぐに後悔し、ユウリを見返す。

 

「ごめん、ユウリ……」

 

「なら勝手にしろ」

 

 私の一言に気分を害したのか、短くそう言い残すと、さっさとその場から立ち去ってしまった。

 

 絶対今ので彼を怒らせてしまった。なんて私はバカなんだろう。テドンに到着するまでの間、私はずっと頭を抱えて後悔し続けた。

 

 やがて、船はテドンの近くの入り江に静かに錨を下ろした。

 

 私は急いで仕度を済ませ、ヒックスさんと話をしているユウリのところへと向かう。

 

「結局行くのか?」

 

「……うん。さっきはごめん」

 

「足を引っ張るようならすぐに置いていくからな」

 

 そう言うと、一人ですたすたと行ってしまった。うう、まだ怒ってるのかな。

 

 私が再び落ち込んだ顔をしているのを見てとったのか、ヒックスさんが声をかけてきた。

 

「ミオさん。ユウリさんはミオさんのことをとても心配されてましたよ」

 

「え、ユウリが!?」

 

「さっきも、ミオさんが調子悪そうだから自分一人で行くと私に話してくださったんですよ。だから、あまり無理をしないでください」

 

 ユウリが、私を心配してくれてる……?

 

 ああ、私は本当にバカだ。結局自分のことしか考えてないではないか。

 

「大丈夫です。心配してくださって、ありがとうございます」

 

 私は笑顔で答えると、ユウリに置いてかれないよう急ぎ足で彼のあとを追ったのだった。

 

 

 

 二度目に訪れたテドンの町は、とても町だったと言えるような景色ではなく、風化された瓦礫と無数の骸骨があちこちに転がる、まるで地獄のような様相だった。

 

 空を仰げば今にも泣きそうな曇り空。まるで魔王軍によって滅ぼされた町の人たちの悲しみが反映されているかのようだった。

 

「一応、あれを使ってみるか」

 

 そう言うと、ユウリは鞄からこの前手に入れたばかりの『山彦の笛』を取り出した。三賢者の一人エド(今は馬に姿を変えられている)が作ったアイテムで、吹くとオーブが近くにあるかどうかを教えてくれるらしい。

 

 早速山彦の笛を吹いてみると、どこからか同じ音色がこだました。これこそが、山彦の笛と呼ばれる所以なのだろう。

 

「ここにオーブがあるのは間違いないようだ」

 

 オーブがここにあると確信したところで、私とユウリは、足早に例の牢屋のところへと向かった。

 

 何度見ても慣れることのない、町の中でも極めて凄惨な場所。目の前にある鉄格子の向こう側には、一体の骸骨が横たわっている。魔王軍が何を思ってここまで徹底的に攻撃したのか、今となっては分かりたくもなかった。

 

 よく見ると、白骨遺体には立派なローブが着せられており、傍らには人の背丈ほどもある立派な杖が転がっていた。

 

 早速ユウリは、魔法の鍵でも開かなかった鉄格子の扉の前に立ち、最後の鍵を手にした。鍵穴に鍵を差したとたん、鍵の先端が小さく光り、次の瞬間形状がみるみる変わる。

 

 鍵を回すとともに、カチャリ、と小気味良い音が鳴った。ここに来るまであんなに苦労した割に、開錠するときは拍子抜けするくらいあっさりとしていた。

 

 ボロボロの鉄格子の扉を開けたユウリは、ためらうことなく中に入る。

 

「テドンの罪人……。ランプの預言だとオーブを手に入れるには、罪人を解放しろと書いてあったが……」

 

 ユウリは預言が書いてあったランプを鞄から出した。カリーナさんと話し合い、結局このランプは私たちがもらうことになったのだ。

 

「他に何か書いてないのかな?」

 

 鉄格子越しに私がそう言うと(骸骨がこわいのでこれ以上近寄れない)、ユウリはランプをいろんな方に向けて眺め回した。すると、何かに触れたのか、突然ランプの口から黒い煙のようなものが吹き出してきたではないか。

 

「なんだ!?」

 

 驚くユウリの顔が黒い煙によってみるみるうちに隠れていく。煙は牢屋全体まで行き渡り、さらに外まで広がっていた。

 

「なっ、なにこれ!?」

 

 黒い煙は空に向かって垂直に高く昇っていき、やがてそれは黒い雲となって空一面を覆い始めた。 いや、黒い雲というより、明らかに夜の空模様だ。

 

「ユウリ、上!! 」

 

 空を見上げると、煙で覆われていたはずの太陽はすでになく、代わりに煌々と照らし出された月が顔を出していた。

 

 と同時に、天井がなく剥き出しだった牢屋が、四方を圧迫感のあるレンガに囲まれた狭い部屋と変わっていく。それは夜のテドンで見た牢屋の外観によく似ていた。

 

そしていつのまにか鉄格子の向こう側にあった骸骨は消え、代わりにそこには一人の人間が立っていた。

 

「……ようやく、私の声を聴いてくれる人間が現れたか」

 

 目の前の人物に、私たちは目を見張る。今までこの町に私たちに話しかけてくる人間はいなかったはずなのに、この人は明らかに私たちを認識している。しかし普通の人間と明らかに違うのは、彼の体がうっすらと透き通っており、僅かに光り輝いていることだ。

 

「ゆ、ユウリ、もしかしてこの人って……」

 

「ああ。間違いなくイグノーだ」

 

 あああああ、やっぱり!

 

 この人がイグノーさんということは、つまり生きている人間ではないってことで……。

 

「はうっ」

 

 幽霊と判断した瞬間、私の恐怖は限界に達した。

 

「おい! 呑気に気絶してる場合か!」

 

 倒れる寸前ユウリに呼び戻され、なんとか意識を取り戻す。

 

 そんな私たちのやりとりを、イグノーさんは心配そうに眺めていた。

 

《お嬢さんは、幽霊を見るのは初めてか?》

 

「あ、いえ……。単にそういう類が苦手なだけでして……」

 

 くらくらしながらも、私は鉄格子に手を掛けてなんとか身体を支える。

 

「幽霊に気遣われるとか、情けないにもほどがあるだろ」

 

 至極まっとうなことを言われ、ぐうの音も出ない。

 

 恐怖をこらえ、その人物をまじまじと見てみる。くすんだ金髪に空色の瞳。優しそうな印象の中年男性だ。一見しただけでわかる、位の高そうな神官の衣服を身にまとっているのは、彼が三賢者の一人だからだろう。先ほど傍らに置いてあった杖をついて立っているイグノーさんは、私たち……いや、ユウリの方に視線を向けた。

 

《自己紹介が遅れた、私の名はイグノー。こうして魂の姿となって話すのは、君たちが初めてだ》

 

「俺はユウリ。魔王を倒すためにオーブを探している。あんたは、俺たちがここにやってくるのを知っていたのか?」

 

 ユウリがそう言うと、イグノーさんは首を横に振った。

 

《いや、私に未来を予知する力はない。この町が襲われる直前、銀髪の女性からの伝言を聞いただけだ。『黒髪の青年があなたのもとを訪れたら、あなたが大事にしていたものを預けなさい』と》

 

「それって……、カリーナさんの言っていた新婚夫婦!?」

 

《!! 君は、カリーナのことを知っているのか?》

 

「あ、いや、その……」

 

 しまった! むやみに彼女の名前を出すべきではなかった!?

 

「ああ。つい最近、彼女の家で世話になった」

 

 ところが、ユウリはあっさりと本当のことを話した。

 

《そうか……。まだ生きていたんだな……。よかった》

 

 その表情は、心の底から安堵した様子であった。

 

《私のせいで彼女まで冥府に堕ちたのではないかと、ずっと気がかりだったのだ。教えてくれてありがとう》

 

 イグノーさんは、わずかに涙をにじませながら私たちにお礼を告げた。

 

 これほどまでに彼女のことを心配しているということは、きっとイグノーさんもカリーナさんのことを大切に想っていたのだろう。

 

「話を戻すが、その『黒髪の青年』というのは、俺のことで間違いないんだな?」

 

《ああ……。そしておそらくこれが君たちとの最初で最後の会話だろう》

 

「どういうことだ?」

 

《私の未練は今この瞬間になくなった。故に私はもうじき天に召される。それと同時に、私の力によって留まざるを得なかった町の人たちの魂も、解放されるだろう》

 

 すると、イグノーさんの体がさらに光り始めた。

 

《サイモンと同じ道を歩む者よ。その道は極めて長く、過酷だ。私たちと同じ過ちを繰り返さぬよう、永遠の世界から君たちを見守るとしよう。さあ、これを受け取ってくれ》

 

 イグノーさんは懐から、緑色に輝く宝玉のようなものを取り出した。

 

《この『グリーンオーブ』は、魔王の城へと導く不死鳥ラーミアを復活させるための大事な宝玉。このオーブをあと五つ集めるのだ。ただし、このオーブを奪おうとする魔の者たちも動き出すだろう。君たちの未来に幸多からんことを願っている》

 

 イグノーさんの手からユウリの手にグリーンオーブが渡った途端、目映い光が部屋の中を埋め尽くす。それは以前カザーブで、幽霊として現れた私の師匠が消えたときと同じような現象だった。

 

《もし、カリーナに会うことがあったら、伝えてくれ。『君を愛している』と。そして、『私の分まで生きていてくれ』と》

 

 そう言うと、イグノーさんの体は完全に光と共に消えた。と同時に、辺りの景色がもとの瓦礫の牢屋へと戻る。

 

 真っ暗な夜空は重く垂れ込めた曇り空へと戻り、ユウリの足元には最初に見た骸骨と杖が転がっている。

 

 まるで、夢でも見ていたかのようだった。

 

「去り際にずいぶんと重大な情報を残していってくれたな」

 

 一方で、余韻に浸る気分を台無しにするセリフを吐くユウリ。でも確かに、不死鳥ラーミアを甦らせるには、あと五つのオーブが必要だという、私たちにとって大事な情報を手に入れた。そして、そのオーブを狙う魔の者――おそらく魔王軍のことだろう――の存在も。

 

「最後の伝言、カリーナさんに伝えなきゃね」

 

 無実の罪で牢に入れられたことを嘆くどころか、彼女の安否をただ心配していたイグノーさん。想い合う二人の気持ちを考えると、胸が苦しくなる。彼が残したあの言葉だけは、どうしても伝えなければならない。

 

「そういえばユウリ、あのランプはどうしたの?」

 

「!!」

 

 私に言われて、今まで手にしていたランプがいつの間にかなくなっていることに気づく。

 

「あのランプも、役目を果たしたから消えちゃったのかな」

 

「……そうかもしれないな。それにしても、預言をした銀髪の女が気になるな」

 

 結局彼女の残した預言のおかげで、オーブも手に入ることができたし、イグノーさんやテドンの町の人の魂も天に還ることができた。今は生きているかも分からないが、もし彼女に会うことが出来たら、お礼を言わなければならない。

 

 けれどユウリは、手のひらで踊らされた感じがして気に入らん、と独り言ちながら、オーブを鞄にしまい込んでいた。

 

 そういえば、確かオーブを集めたら不死鳥ラーミアが復活するとか言ってたっけ。あれ? そう言えば不死鳥ラーミアって……。

 

「そういえばさ、ラーミアって名前、『勇者物語』の中に書いてなかった?」

 

 あの物語の内容も、世界を滅ぼそうとする魔王が現れ、勇気ある若者が伝説の生き物ラーミアの力を借り、魔王を倒すという話だったはずだ。この前エジンベアでマギーと話していたときも度々勇者物語の話は出てきていたから、よく覚えている。

 

 あのときは何も気にせずただ主人公の勇者がかっこいい、自分も魔王を倒せるくらい強くなれたらいいのに、そんな程度しか思っていなかったんだけど。

 

「あれってもしかして、実話だったのかな?」

 

 イグノーさんの言うラーミアが、『勇者物語』にでてくるラーミアと同一であるのなら、あのお話自体が本当にあったことに違いない。

 

「さあな。ただ、現実に『魔王』という存在がいて、『勇者』と呼ばれる俺がここにいるのなら、大昔に同じようなことがあってもおかしくはない」

 

 と、人ごとのように話すユウリ。むしろ自分が物語の主役みたいな存在だというのに、ずいぶんと今の状況に関して淡白だ。

 

「とりあえず、もうここに用はない。船に戻るぞ」

 

「う、うん」

 

 ユウリの意見に同意し、牢屋を出ることにしたのだが、すぐにユウリの足が止まった。

 

「どうしたの?」

 

 彼の足元には、イグノーさんが手にしていた杖がある。それを拾い上げると、

 

「イグノーの形見をこんなところに放置するのも忍びないからな。一応拾っておこう」

 

 そう言ってユウリはそのまま持って帰ることにした。

 

 その後テドンの町をあとにした私たちは、彼の遺志を伝えるべく再びカリーナさんの家へと足を運んだ。

 

 快く出迎えてくれたカリーナさんは、イグノーさんの伝言を伝え聞いた途端、泣き崩れてしまった。

 

 その様子を、私たちは見守ることしか出来なかったが、しばらくしてカリーナさんは涙を拭き、気丈に振る舞った。

 

「彼の言葉を届けてくださって、ありがとう。あなたたちの旅に、神のご加護があらんことを」

 

 どこか吹っ切れた様子のカリーナさんは、私たちのためにお祈りをしてくれた。

 

「そうだ、イグノーが持っていた杖を拾ったんだが、必要ならあんたにやる」

 

 そう言うとユウリは、持っていたイグノーさんの杖をカリーナさんに渡した。

 

「ああ……。これはまさしくあの人が持っていたもの……。けれど、これは私が持つにはあまりに分不相応だわ。よろしければユウリさん、あなたが持っていてくれないかしら?」

 

「別に構わんが、俺たちは装備することは出来ないぞ?」

 

「それでも、きっと魔王との戦いにきっと役に立つことがあるはず。イグノー様の使った杖だもの」

 

 そう言ってカリーナさんはユウリに杖を返した。ユウリもまた、もらっておいて損はないだろう、という表情で杖を眺めていた。

 

 その後カリーナさんは、帰る前に私たちに再び美味しいスープをご馳走してくれた。案の定、私もユウリも、おかわりするくらいたくさん食べてしまったのは言うまでもない。

 

 カリーナさんに別れを告げて船へと向かう道中、私たちは次の目的地であるランシールのことを考えていた。

 

「次はランシールだな。サイモンが挑んだという修行場に挑戦するぞ」

 

「うん!!」

 

 ランシールには、勇者サイモンが挑んだとされる修行場があるという。魔王に対抗する力をつけるため、私たちはそこでレベルアップを図る予定だ。

 

 先を歩くユウリの言葉に意気揚々と返事をすると、ぴたりと彼の足が止まる。そして、私の方を振り返り、

 

「すっかり元気になったみたいだな」

 

 そう安堵したように話しかけると、いつになく優しげな表情で私を見返した。

 

 普段とは違うその表情にドキッとしてしまった私は、柄にもなく照れてしまい、しどろもどろになりながらもお礼を伝える。

 

「あ、うん。ユウリも、心配してくれたみたいで、その……ありがとう」

 

「別に、お互い様だろ」

 

 背中越しに答えると、それきりユウリは何も言わなかった。

 

 このふわふわした気持ちがなんなのかは分からないが、ちゃんとユウリにお礼が言えたことにホッとする。

 

ともあれ、無事にグリーンオーブを手に入れ、魔王の城へと一歩前進した私たちは、次の目的地であるランシールに向かうのだった。

 

 




これで一応一区切り、スー編終わりです!
ゲームだと消え去り草を手に入れるために早めにランシールに向かうと思いますが、話の都合上行ったり来たりが面倒なので後回しになりました。その代わりエジンベアの話が面倒になりましたが。

次はランシールです。
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