俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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危険な盗賊退治2

 

 私は意を決して、カンダタの懐に潜り込もうと突進した。

 

 けれどカンダタは予想していたらしく、あっさりと私の腕を取り、後ろでひねるように手首を返す。

 

「痛っ!!!」

 

 まさに『赤子の手をひねる』とはこのことだ。私は身動きが取れなくなり、体をもぞもぞと動かそうとした。でも体どころか指先まで全く動かすことができない。カンダタは下卑た笑いをしながら言った。

 

「おれも女相手に手を出すのは趣味じゃないんでな。……しかし、よく見るとこっちの女もまあまあだな」

 

 ねちっとした嫌な笑みを浮か べながら、私を見下ろす。その口調のあまりの気持ち悪さに身をこわばらせたが、覆面をしている分まだよかったかもしれない。

 

「ミオちんを放せえぇぇぇっっっ!!!」

 

 シーラが慄きながらもこっちに向かって走ってきた。手にはなぜか巻き髪で使う金属の棒を持っており、それをぶんぶん振り回しながらカンダタにアタックしようとした。

 

 けれどやっぱりというか、振り回していたコテをがしっと掴むと、シーラごとそのコテを扉に向かってぶん投げた。

 

「ひゃああぁぁぁ……」

 

 シーラは頼りない声を上げながら、扉の向こうへと飛ばされた。そして聞こえる衝撃音。

 

「あんまり傷がつくと売り物にならねえからな。おっと、お前も動くなよ。大事な商品なんだからな」

 

 売り物? 商品? いったい何の話をしているの? まさか……。

 

 私は一瞬わけがわからなかったが、すぐに悟った。

 

 察した瞬間、私は言いようのない不安と恐怖に襲われた。こんなところで盗賊にさらわれるなんて、冗談じゃない。私は出そうになる涙をぐっとこらえた。

 

 けれど、ナギは攻撃を食らって倒れたままだし、もう他にカンダタに敵いそうな人なんて誰もいない。思わず目をつぶり、手下の盗賊を倒したくらいで舞い上がっていた自分を死ぬほど後悔した。

 

 ――せっかく旅に出たのに、ユウリにも認めてもらってないのに、こんなところで私の人生終わっちゃうの!?

 

 ふとユウリの姿が浮かんできた。ほんの数日会ってないだけなのに、随分昔のように思える。あの毒舌も、絶対零度の視線も、もう見ることは出来ないんだ。そう思うと、なんだか無性にもう一度会いたくなってくる。

 

 ひょっとしたら会えるかもしれない、ふと思いついて目を開けてみる。でもやっぱり彼はそこにいなかった。

 

 そうだよね。いるわけないもん。現実を目の当たりにして、私はなんだか吹っ切れた。

 

「とりあえず―――しばらく寝ててもらうぜ―――」

 

 拳を構えたカンダタの左手が動く。その瞬間、今まで出会ってきた大切なものがものすごいスピードで頭の中をよぎっていった。

 

 ――嫌だ!! ここで終わりたくない!! 誰か助けて!! 誰か――!!

 

「アストロン!」

 

 急に声が響いて、私はその場に硬直した。ううん、硬直というより、本当に体が動かない、というか……何も……。

 

 

 

 ――――――――――。

 

 気がついたら、地面にカンダタが倒れていた。

 

 代わりに私の目の前には、懐かしい黒髪の勇者が立っていた。

 

「まったく、本当にお前らは使えん奴らだ。こんな雑魚相手に手も足も出ないとは」

 

 わざとらしくため息を吐きながら、ユウリは言った。

 

 ……え、何、どういうこと? なんでユウリがいるの? ていうか、なんでいきなりカンダタが倒れてるの?

 

 私がぽかんとしたままユウリと、うつ伏せで倒れているカンダタを交互に見回していると、私の考えていることがわかるのか、ユウリが状況を説明をしてくれた。

 

「アストロン……自分と仲間を鋼鉄化し、攻撃を無効化する呪文だ。その代わり、こちらから攻撃をすることもできないがな。それを唱えて変態の攻撃を防いだあと、呪文が切れるのを待ってから倒した」

 

 変態というのはカンダタのことだろう。確かにあってる気がする。

 

「とはいえアストロンが切れるのは全員同じタイミングだからな。俺だけ先に効果が切れるようにした。まあ、この程度の応用、勇者の俺には造作もないことだが」

 

 聞いてもないのにそう言うと、ユウリはふんと鼻を鳴らした。

 

「あ、ありがとう、ユウリ」

 

 私はとりあえずお礼を言った。顔を上げると、そこには嘲るように見下ろす彼の姿があった。

 

「やっぱりお前らは俺がいないと変態1人さえ倒せないのか。それでよく盗賊退治なんて大見得切って言えるな」

 

 何も言い返せない。実際、今ここにユウリがいなければ私たちは全滅していた。3人でどうにかできるだなんて、なんて浅はかな考えをしていたんだろう。ただ悔しさが込み上げてくる。

 

 次第に滲む視界に、私は再び頭を下げた。けれど私の意思とは裏腹に、涙が頬を伝い床を濡らしていく。ユウリに顔を見られたくなくて必死に涙をこらえるが、一度溢れ出した涙は一向に止まらない。

 

 長い沈黙が続く。すると、床に伸びるユウリの影が僅かに動いた。

 

「ホイミ」

 

 彼の低い声とともに、穏やかな光が私を包む。暖かくて心地よいそれは、今までの戦闘で傷ついた体をみるみるうちに回復させていく。

 

私は思わず顔を上げる。そこにあるのはいつもの無愛想なユウリの顔。私の前に手をかざしているのは、回復呪文のホイミをかけてくれたからだった。

 

「ユウリ……?」

 

「とはいえ、お前らが囮にならなければ、ここまでスムーズに事は進まなかったかもな」

 

 そう言い終わると、彼は手を下ろした。あちこちに出来た傷の痛みがいつのまにか引いていた。

 

「……ありがとう」

 

「あとの二人は……ああ、あそこか」

 

 ユウリは辺りを見回すと、倒れているナギとシーラを見つけ、二人にもホイミをかけた。気絶しているのか、体は回復していても目覚めなかった。

 

「来てくれてありがとう。……でも、どうして?」

 

「……この変態に関して変な噂を聞いたからだ」

 

「変な噂?」

 

「こいつはただの盗賊じゃない。金の冠だけでなく、人身売買にも手を出してるらしい」

 

 やっぱり……!

 

 私やシーラを売ろうとしていたから、そんな気はしていた。

 

 私が腑に落ちた顔をしていたからか、ユウリもなにかを察してくれたようで、小さく安堵の息を漏らす。

 

 ……そうだ。なんだかんだで、ユウリは私たちのことを心配してここまで来てくれたんだ。

 

「ユウリ、あのときは……」

 

「ユウリちゃーん!! ごめんねぇぇ!!!」

 

 抱きつくというより、タックルに近いだろうか。いきなり後ろから衝撃を受けて油断してたのか、ユウリは前のめりになって危うく転びそうになった。

 

「なんだかんだいって、やっぱりあたしたちのこと心配してきてくれたんだね!」

 

 いつの間に目覚めたのか、タックルをした張本人のシーラが、私が今思ったことと同じ台詞をユウリに言いはなった。と、意外や意外、照れたように顔を少し顔を赤らめたではないか。まあでも、ホントに見逃しそうなぐらい一瞬だったけど。

 

「シーラ! 大丈夫?」

 

「うん!! 痛かったけどへーき!! それよりナギちん!! こんなところで寝てる場合じゃないよ、ユウリちゃんが助けに来てくれたんだよ!!」

 

 私も未だ倒れているナギに気づき、あわてて彼のもとへ行き、ゆり起こす。呪文のおかげでダメージが回復したからか、すぐに気がついた。

 

「あれ……? ミオ……? カンダタは……?」

 

「カンダタはね、ユウリが来てやっつけてくれたの!」

 

 私の言葉に、ナギががばっと起き出した。そして不機嫌な顔でユウリを睨み付ける。

 

「なんであんたここにいんの?」

 

「一番先にやられたバカに言われたくない」

 

 火花、復活。私は雰囲気に耐えられず二人をなだめると、ナギも状況を把握したのかこれ以上なにも言わなかった。

 

「そうだ、王冠はどこにあるの?」

 

 大事なことに気づき、私は辺りを見回した。けれど、この部屋はもともとがらんとしており、王冠どころか他に盗んだものさえない。……って、あれ?

 

「ねえ、カンダタが見当たらないんだけど」

 

 さっきまでこの辺に倒れていたのに、いつの間にかいなくなっている。私を含めみんな騒然となり、あわててカンダタを探し始めた。

 

 そのとき、ユウリが何かに気づいたように上を見上げた。

 

「どうやら、上の階に逃げたらしいな」

 

「あの野郎、往生際悪いじゃねーか!!」

 

 そういうとナギは、電光石火のごとく部屋の奥にある階段を上った。私も追いかけようとし たが、ふとユウリが扉の前をじっと見ているのに気がついた。

 

「どうしたの? ユウリ」

 

 けれどユウリは答えず、何を思ったか、私たちが入ってきた扉から部屋を出て行ってしまった。

 

 上の階に逃げたって自分で言ってたのに、なんで階段のない扉の向こうに行っちゃったんだろう?

 

 私はどちらに行けばいいのかわからず、ただそこでじっと立ち往生するしかなかった。

 

 やがて、上の階でなにやらドタバタと物音が聞こえてきた。

 

「……おい、待て!!」

 

 ナギがカンダタを呼び止める声が聞こえる。そして沈黙。捕まえたのかな、と思ったが、焦った様子でナギが降りてきた。

 

「駄目だ!! あいつ、塔の上から飛び降りやがった!!」

 

「えぇ!?」

 

 飛び降りたって、この部屋自体かなり高いところにあったはず。 さらにその上の階から飛び降りたなんて、想像もつかない。

 

「ま、まさか飛び降り自殺とか!?」

 

 すると、私の言葉に答えるように、部屋の外から小さな爆発音が聞こえてきた。

 

 みんな急いで部屋の外に出ると、そこにはユウリの後姿と、黒焦げになっている覆面男……もとい、カンダタの哀れな姿があった。

 

「なんだ、ここに落ちてきたんだ」

 

 私は自殺したんじゃないことがわかって、安心した。いや、敵の心配してる場合じゃないんだけども。

 

「おい変態。王冠を持ってるだろう。さっさと渡せ」

 

「ち……ちくしょう……」

 

 声も絶え絶えな様子で、カンダタは観念したとばかりにズボンのポケットから光り輝く王冠を取り出した。そしてそれを無造作にユウリに放り投げる。光る弧を描きながら、それはユウリの手にしっかりと握られた。

 

「頼む!!  それは返す!! 返すから、どうかおれを見逃してくれ!! もう二度としないから、お願いだ!!」

 

 さっき私たちが対峙した時とは全く違う態度で勇者に懇願するカンダタ。さっきまでの威圧感は微塵も残っていない。

 

 だが、そんな言葉を鵜呑みにする勇者ではなかった。ユウリはカンダタを薄目で見下ろすと、呪文を放つ態勢に入った。

 

「誰がそんなたわごとを信じろと? どうせ盗みをやめたとしても、人身売買はやめないんだろ? だったら今ここで人生を終わらせてやる」

 

 どす黒いオーラを放ちながら、全然勇者らしくない台詞を吐くユウリ。カンダタの体が激しく震えている。

 

「な、なんでそのことを……!? い、いやそれは出まかせだ!! おれはそんなことやってねえ!!」

 

 言葉が言い終わると同時に、カンダタはユウリに向かって何かを投げた。それをユウリは眉一つ動かさず剣の柄で打ち払うが、その衝撃で煙だか灰だかよくわからないものが撒き散らされた。それは煙幕だった。

 

 それは当然私たちの視界も遮り、塔内部はたちまち真っ白な空気に包まれる。

 

「くそ、油断した……ゲホゲホッ!!」

 

 皆して、咳き込んだりむせたりした。いったいどんな成分なのかわからなかったが、幸い目とのどを痛めただけで、煙が薄らいだときにはもう治まっていた。

 

 けれど、煙とともにカンダタもいつの間にか消えてしまっていた。

 

「完全に逃げられたな……」

 

 ナギが、苦虫を噛み潰したような顔でつぶやく。剣を納めたユウリも憤然としていた。

 

「元はといえばお前らがぼんやりしてたからだ」

 

「ま、まあまあ、王冠は取り返したんだからいいじゃん」

 

 私は場を和ませるために言ったのだが、直後に浴びたユウリの視線が、それが場違いなのだということを意味していることに気がついた。

 

「……まあいい。こんなところでいつまでも突っ立っても仕方ないからな。……リレミト」

 

 ユウリが短く呪文を唱えると、一瞬にして塔の入り口に戻った。そして息をつく間もなく、また別の呪文を唱える。

 

「ルーラ」

 

 体が一瞬ふわっと浮かんだかと思うと、次に視界に映ったのはロマリアの町並みだった。

 

「も、もうロマリアについたの?」

 

 行きは一週間以上かかったというのに、この差は何なんだろう。やっぱり呪文って便利なんだな。

 

「あれ? ってことは、ユウリがシャンパーニの塔に行ったときもその呪文使ったの?」

 

 瞬時に気の乗らない表情に変わるユウリ。こういうときは大体くだらない質問をしてしまったときだと気づき、私は後悔した。

 

「ルーラの呪文はああいう塔やダンジョンを行き来することは出来ない。どちらにしろ一度も行っていない土地に移動することも出来ないがな」

 

「へえ、そうなんだ」

 

 自分から質問しといてなんだけど、曖昧な返事しかできなかった。

 

 ということは、ユウリもあの塔まで歩いて行ったってことだ。しかもあの魔物の蔓延る荒野の中を1人で。

 

 一体どんなことをすれば、ユウリみたいに強くなれるんだろうか。私が目指す道は、どれほど遠く険しいのかを考えて、自然とため息を落とす。

 

 空を見ると、青とオレンジが綺麗なグラデーションを映し出していた。風は少し肌寒く、町を歩く人は早く家路に着きたいのか足早に通り過ぎていく。

 

 今こうやって悩んでても、仕方ないか。

 

 とにかく私たちは一刻も早く王様に王冠を渡すため、日が沈む前に急いでお城に向かうことにした。

 

 

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