俺様勇者と武闘家日記   作:星海月

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二人の距離

 

 広場に戻ると、ユウリがいなくなったからか、すでに人だかりはなくなっていた。むしろ今は屋台の方に人が並んでおり、この辺りは人も疎らで先程に比べると大分静かだった。

 

「少し休むか」

 

 ユウリは近くのベンチを見つけると、そこに腰を下ろした。私もおとなしく彼の隣に座る。

 

「……ありがとう。助けてくれて」

 

 自分でも驚くくらい低い声だった。ユウリはいつもと違う私の様子に気づきながらも、視線で返す。

 

「……財布を盗られた以外に、何かあったのか?」

 

 いつになく優しい声をかける彼に、冷えきっていた心が溶かされるような感覚を覚える。いつもの無表情ではあるが、私のことを気にしてくれているのがわかった。

 

 あまり思い出したくないけれど、いつまでも心の中に閉じ込めておくのは私の性分にあわない。私は意を決して、さっき遭ったことを彼に話した。

 

「……」

 

 話し終えると、すでにユウリの表情が険しくなっていた。私が恐る恐る彼の反応を窺っていると、向こうも私の顔を窺っていることに気づいた。

 

「……俺に話すのも、辛かっただろ」

 

 大丈夫、と言いたかったが、そこで虚勢を張れるほど大人ではない。私は素直に大きく頷いた。

 

「きっとお前は財布を盗まれて後悔してると思うが、悪いのはお前じゃない。あのクズだ。だから、これ以上自分を責めるな」

「……っ!!」

 

 その言葉に、今まで我慢していたものが堰を切って溢れ始める。それをきっかけに、一度収まっていた涙が再び溢れだしていった。

 

「うぅ……。怖かったよぉ……!」

 

 今まで張りつめていた気持ちが一気に解放され、私は人目も憚らず泣き出した。開き直るかのようにわんわんと泣くその様子は、まるで駄々をこねた子供のようだ。そしてその間ユウリは、何も言わずただ隣で見守っていた。

 

 やがてひとしきり泣いて落ち着いた私は、涙でぐちゃぐちゃになった顔をハンカチで拭う。

 

「お前……。あとで鏡見てみろ」

「え?」

 

 ユウリの一言が気になってしまった私は、近くにある噴水に近づき、自分の顔を覗き見た。そこには目の辺りが真っ赤に腫れ、濡れた髪が頬に張りついている、不気味な顔が映っていた。

 

「なにこれ……酷い顔だね」

「自分で言う台詞か」

 

 ベンチに座ったままのユウリに間髪いれずツッコミを入れられ、私は思わず笑ってしまう。

 

「やっと笑ったな」

 

 そう言って私のそばにやって来ると、ユウリはどこか安堵した様子で私を見返した。もう彼に心配をかけるのは終わりだと頭を切り替えた私は、若干照れながらも無理のない笑顔を見せた。

 

「へへ。せっかくのお祭りだもん。いつまでも泣いていられないよ」

「そうだな。それに俺なんてまだ屋台を回っていないんだからな」

「う……、それは本当にごめんなさい」

 

 そうだ。ユウリは地球のへその到達者として皆の前で話をしていたが、私を追いかけたせいで途中で話を切り上げたんだった。

 

「だから、お前には責任を取ってもらうぞ。今から俺に屋台を案内しろ」

「うん、もちろん!!」

 

 私は快く返事をした。なにより、ユウリと屋台を回れることをずっと心待ちにしていたので、願ってもないことだったのだ。

 

「そういえば、あそこの屋台に美味しそうなソーセージが売ってたよ」

「さっき食べたばかりだろ」

「泣いたりしたらお腹空いちゃったよ。見るだけ見に行こうよ」

「……やれやれ」

 

 仕方ない、と言わんばかりに私のあとについて行くユウリ。だけどこのときばかりは否定するわけでもなく、黙ってついてきてくれた。

 

 それからお祭りの時間が終わるまで、ユウリは私の我が儘に付き合ってくれた。いろいろなお店を回り、ソーセージはもちろん、屋台で売ってるお菓子や飲み物も二人で買って食べたり飲んだりした。

 

 相変わらず素っ気ない態度のユウリではあったが、一つ違ったのは、いつもより私を気に掛けてくれたことだった。そんないつもと違う彼の行動に、私は胸が温かくなるのを感じたのだった。

 

 

 

「もう出立されるのですか?」

 

 神殿でもう一泊した私たちは、翌朝には荷物の支度を終わらせ、エドガンさんに最後の挨拶をしていた。

 

 神殿での宿泊料として夕べのお祭りのお手伝いをしたわけなのだが、用事が済んだらさっさと去るユウリの信条(?)に則り、すぐに出発できるよう準備するようにしている。

 

「ああ。もう用は済んだからな」

「そうですか。もっとゆっくりしていって欲しいと言いたいところですが、ユウリさんたちには大事な使命がありますものね」

 

 そう言うと、エドガンさんは何やら一抱えほどの荷物をユウリに手渡した。

 

「何だこれは?」

「私たちランシールの人々からのせめてものお礼です。大したものではありませんが、どうぞお受け取りください」

 

 エドガンさんのご厚意に、私はすかさずお礼を言う。

 

「ありがとうございます、エドガンさん」

 

 何が入っているんだろう? ランシールを出たら早速開けてみようかな。

 

 すると、神殿の入口から、勢いよく扉が開かれる音が響いた。皆一斉に振り向くと、入ってきたのはさらさらの美しい金髪を揺らしながらこちらに向かってくる一人の男性だった。その容貌はまるで絵本に出てくる王子様のような見目麗しい姿をしており、この町で初めて見る顔だった。

 

「誰だあいつは?」

「さあ……。でもすっごく綺麗な人だね」

 

 ユウリも見覚えがないらしい。けれどこんな時間にここに入って来たと言うことは、エドガンさんと知り合いのはずだ。

 

「すいません、エドガンさん!! 寝坊してしまいました!!」

「遅いぞワーグナー!! もうユウリさんたちは出発するそうだぞ!!」

 

 ワーグナー……。何だか聞いたことのある名前のような……。それにこの声はかなり耳慣れている。私は過去の記憶を思い返し、そして気づいた。

 

「あっ! もしかして、へそにゃん!?」

 

 確か一度エドガンさんがへそにゃんのことをワーグナーと呼んでいたことがあった。つまりこの人はへそにゃんの中の人、と言うことになる。

 

 あまりのギャップに、私だけでなくユウリも戸惑っている。

 

「あっ、すいません! この姿でお会いするのは初めてでしたね。へそにゃん改めワーグナーと申します。もともと私はここで神官見習いとして働いてたんです。まあ、今はほとんど観光招致と雑用のアルバイトばかりなんですが」

 

 へそにゃんことワーグナーさんは、着ぐるみを脱いでもさほど変わらない態度で、私とユウリに挨拶をした。

 

「さっきエドガンさんがうちに来て、ユウリさんたちが出発すると伝えてくれたんです。非番だったんですが、最後にユウリさんたちに是非お礼を伝えたくて慌てて来ました」

「お礼を言われるほどのことはしてないはずだが?」

 

 身に覚えがない、と言う顔でユウリは眉をひそめる。

 

「いえいえ、地球のへそを到達したユウリさんのおかげでこの町の知名度も上がり、町に活気が戻りました。昨日のお祭りをきっかけに、他の町からここに引っ越そうと思った人もいたみたいですし。それだけでなく、この町の改善点も上げてくださり、今町の人たちともユウリさんが提案してくれた件について協議しているところなんです。それもこれもお二人のお陰です。是非お礼を言わせてください。本当にありがとうございます!」

 

 そう言うとワーグナーさんは、ユウリと私、両方の手を握りしめた。いや、ユウリはともかく私は何もしてないんだけど。

 

「それはいいが、この町には一部ガラの悪い連中もいるようだぞ。まずは治安の方を良くしたらどうだ?」

「ええっ!? そうなんですか!? さすがユウリさん、そんなところまで心配してくださるとは!!」

「わかりました、今度町長に申し伝えておきましょう。またいつでもユウリさんたちに来ていただきたいですからな」

 

 横から割って入ったエドガンさんも、ユウリの言葉に首肯する。

 

「今度はもっと観光地らしくなってるといいな」

「いやはや、精進します」

 

 そのあと、ユウリはさらにこの町について気になるところをいくつかエドガンさんに教えてあげていた。エドガンさんは目から鱗が落ちたかのように感激しながらユウリの話に耳を傾けていた。ランシールの町が観光地として生まれ変わるのもそう遠くない話だろう。

 

「あ、そうだ、ミオさん。ちょっといいですか?」

 

 ユウリたちが話している間、ワーグナーさんは私に向き直ると、小声でこっそり耳打ちしてきた。

 

「地球のへそが一部破壊されたかもしれないということ、エドガンさんには言ってませんよね?」

 

 ワーグナーさんは、ユウリがあの不気味な仮面を壊したことによって、地球のへその一部が崩れた可能性があったことを危惧しているようだ。

 

「は、はい。私もユウリも言ってないですよ?」

「良かった……。神聖なる修行場が崩落の危険があるなんて知ったら、それこそ観光地として成り立たないですからね。どうせこの先も、ユウリさん以外に地球のへその奥まで到達できる人なんていないと思いますし、くれぐれも他言しないで下さい。ユウリさんにもあとでそう伝えてくれませんか?」

「わ、わかりました」

 

 戸惑いながらも了承すると、ワーグナーさんはほっと胸を撫で下ろす仕草をした。

 

 その動作ですら絵になるのだから、つい見とれてしまいそうになる。さっきも人形のように整った顔が耳元まで近づいたとき、私の胸はドキドキが収まらなかった。

 

「話は終わったのか? さっさと行くぞ」

「痛っ!!」

 

 いつの間に話が終わったのか、私たちの目の前までやって来たユウリは、いきなり私の髪の毛を思いきり引っ張った。

 

「いきなり何するの!?」

 

 思いの外強く引っ張られてつい声を上げたが、何故かユウリはいつになく不機嫌な顔をしている。

 

「お前が着ぐるみ男相手に惚けた顔してるからだ」

 

 それだけ言うと、彼は一人ですたすたと行ってしまった。なんて理不尽な理由なんだろう。

 

「待ってよ、ユウリ!! あ、二人とも、お世話になりました!!」

「またいつでも寄ってください!」

「道中お気をつけて!」

 

 二人に見送られながら、私とユウリは慌ただしくもランシールをあとにしたのだった。

 

 

 

 余談だが、ランシールを出たあと、私たちはエドガンさんにもらったあの荷物を開けてみた。中身はというと……。

 

「なんか……滅茶苦茶見たことあるものばかりなんだけど……」

「あのジジイ、在庫処分品なんか持たせやがって」

 

 ユウリの言うとおり、エドガンさんがくれたのは、昨日のお祭りの屋台で売っていた商品だった。

 

 中には髪飾りなどの手作りアクセサリーや、売れ残りであろうジャムや香り袋、手編みの帽子や手袋などが入っていた。けれど、薬草詰め合わせセットなど実用的なものもあるので、全く要らないものでもない。

 

「まあまあ、せっかくくれたんだからいいじゃない。船に戻ったらヒックスさんたちにプレゼントしようよ」

「……ふん、そうだな」

 

 そんなわけで、数日後船に戻った私たちは、待っていたヒックスさんたちにいろんな民芸品……いやエドガンさんたちからのお土産をプレゼントした。経緯はどうあれ、皆すごく喜んでくれたのは言うまでもない。

 

「次はどこへ行きます?」

 

 お土産をもらってご機嫌な様子のヒックスさんに、ユウリはきっぱりと次の目的地を告げた。

 

「バハラタまで頼む」

 

 そう、あのときの約束から、もうすぐ半年が経つ。

 

 二人は元気にしているだろうか。半年ぶりの再会に、胸が躍る。

 

「やっと、シーラとナギに会えるんだね」

 

 船はバハラタへ向けて、大海原へと漕ぎ出した。

 

 




ランシール編、そして二人旅が終わりです。
次からはいよいよあの2人が合流します。
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