Monster Hunter:Wind Ark 作:カリオロス亜種
「ッ……!ドゥンクラープ!!!」
事態は一刻を争う。ものの数秒で助からない高度にまで上昇してしまう……!
シウニに取り付き、引き剥がそうと試みるも、脚の指によって強固に保持され爪がくい込んでいる。
例え死の間際だとしても竜種の力、猟虫にはどうする事も叶わない……
「クソ……ぁぁッ!!!ハァッハァッ……!」
そしてそれは、人間にとっても同じ事が言えた。
幾ら足掻こうとも引き剥がせず、爪が食い込むばかり。既に地面との距離がかなり空いている為、引き剥がせたとしても無事では済まない。
自らの咆哮によって喉が完全に潰れたのか、呼吸の代わりに血を吐き出し続ける黒狼鳥は、ふらふらと不安定な軌道を描きながら渓谷の真上に向かって一心不乱に上昇し続ける。
何処に向かっているかなど考える意味も無いだろう。満身創痍の彼が向かう先はどう足掻いても死でしかない。
落下死という単純明白な数秒後の未来を回避する為、心拍数が跳ね上がり思考が回り続ける。
「渓谷の下、ダメだ、単なる岩肌に落ちても助かる見込みはほぼ無い……!」
何か、何か無いか。
何もあるはずがない周りを見渡す。
ふと、今まで遥か遠くの建造物であった巨大な遺跡がすぐそこまで近づいている事に気がつく。
永い間手付かずだった影響か、遺跡上部には蔦のような植物が張り巡らされているのが見えた。
「──どの道、あそこに落ちない限り生きる道は無い……!」
でこぼことした岩のような建造物に、どれだけクッションの役割を担ってくれるかわからない植物、加えて間もなく遺跡の上部を通過するであろう黒狼鳥が直前で事切れる可能性すらある。
雲を掴むような希望でしかないが、最早それ以外に手立ては無い。まずは兎に角、この脚をどうにかしなくては……
「音響弾、これはまだ撃ってない!」
もう彼にどれ程の聴覚が残っているかわからないが、運が良ければ狙ったタイミングで脚を離してくれるかもしれない。
いつの間にか脚を伝って流れてきた大量の血液のおかげで、右腕を滑らせ解放させることに成功した。盾は、恐らく鎧と爪の間で押し潰されてしまっている。
先程のサマーソルトによる痺れで震える右腕で何とか狙いを定め、その時を待つ……
「頼む、離してくれ……!」
黒狼鳥の咆哮に比べてしまうとひどく頼りなく聴こえる快音が、およそ耳元と呼べるであろう位置の近くで炸裂する。
結果としては、反応は示している……
際限ない上昇は食い止められたが、身体を掴む力が一層強まったように感じる。
ギギギギと金属が悲鳴を上げる音が鳴り、このままでは鎧が壊れかねない。
刺し違えてでも殺す、ということか。
何故、俺だけに殺意を向ける……?
死への恐怖とは別に、なにか得体の知れないものに対する恐れのような感覚が同居し、焦りを加速させる。
「まずい、鎧がもう……!」
既に鎧には亀裂が入り、壊れるのは時間の問題だ。だが、それならば──
覚悟を決め、割れかけの鎧を自ら叩き、壊す。当然、浅くではあるが爪が生身に傷をつける結果となった。
吐きそうな程痛い……だけど、その代わりに……!!
爪と鎧の間に生まれた隙間、そこから頼みの綱、ハイドラナイフを取り出す。
「いい加減に…… 離せ!!!」
すかさず脚の爪の付け根付近に突き刺す。
一回で駄目なら更にもう一回、離すまで刺し続ける──
死に物狂いの傷つけ合いの末、ようやく拘束が解ける。
当然、落下だ。すかさず掴んでくれた猟虫のおかげで多少速度は緩やかだが、それでも十分、死ねる……!
このままでは蔦まみれの壁面に思い切り擦り付けられて終わる、この速度では蔦に掴まることも不可能、他の選択肢なんて悠長な事を考えている余裕は最早どこにもない。
「すまない、ハイドラナイフ……!!!」
逆手持ちで、全身全霊の力を込め、ハイドラナイフをツタ壁に突き刺す……!
今まで聴いたことの無い音を発しながら、風化した壁に突き刺さり、ギャリギャリと火花を散らす。
壁に衝突した反動で体が離れそうになるのを無理やり堪え、凄まじい振動に耐え続ける。
尋常ではない勢いで摩耗する相棒に全力で縋り付く数秒間、他の何よりも生きた心地がしなかった。
相棒は程なくして擦り切れ、根元から崩れて、為す術なく落下。
どうやら、生きているらしい。
「嘘だろ……」
爪に抉られた傷が痛み、凄まじい程の負荷がかかった両腕が悲鳴を上げているが、逆に言えばそれだけだ。やるだけやった結果とはいえ、奇跡と言わざるを得ない。
「……」
肉体以上に精神が憔悴しきった。今になって汗がどっと吹き出す。
死にかけの竜に掴まれて渓谷を飛び越えるなんて、悪い冗談が過ぎる。二度と経験したくない……
立ち上がろうと力を入れてみるが、上手くバランスが取れない。
正直このまま救助が来る事を期待して休んでしまいたい程度には疲弊してしまっているが、ハンターとしての責任は果たさなくては。
「死体の位置だけでも……」
戦う為の剣も身を守る為の盾も失ってしまった以上、交戦は避ける必要がある。
狩猟前に服用した千里眼の薬の効果で認識できる範囲では、他の大型モンスターが近くに居る気配は無い。そして、そう遠くない場所に居るはずのモンスターの気配もまた曖昧だ。
生きていたとしても、もう戦闘にはならないだろう。
僅かな感覚を頼りに、薄暗い廃墟を歩く。
自身が落ちてきた場所は、かつては広い部屋のような場所だったのだろう。天井が朽ちていなければ助からなかったかもしれない。
──あの一瞬、俺は判断が遅れた。
恐らく、あの大咆哮から即座に立ち直り行動に移れたのは上位ハンターの二人だけだったと思う。
俺達、特に自分は、圧倒的に経験が足りていない。
それは判りきっていた事ではあり、その差を埋める為に色々と考えている。
乗りかかった船とはいえ、彷徨する彼らに干渉する選択を取り、その過程で命を背負う覚悟も、初めて四人で狩ったあの時に済ませている。既に調査隊として、そこに迷いは無いつもりだ。
「その筈、だけどな」
ハンターを目指したその日から一度も肌身離さずに背負っていた、狩人としての牙を失い、軽くなってしまった身体で狩場を歩く。
積み上げてきた象徴を失い、今一度考えてしまう。
調査隊である以前に、ハンターとして、根本の部分が曖昧なのだ。
──俺は、何故ハンターを目指した?
それだけが、いつまでも靄がかかったように思い出せない。しかし、思い出さなければ、俺はきっと竜の前に立つ資格がない。
そんな想いを抱えているから、今こんなにも足が重いのだ。
「馬鹿野郎、責任を果たせ……!」
黒狼鳥と思しき気配は、今も弱まり続けている。早く向かわなければ、見失ってしまう。
責任を、果たさねば。
陽の当たらない通路を抜け、開けた場所へ。
恐らくここだ。ここに居る。
狩りを行う為の武器は無い、だが、ハンターとしてギルドに登録された人間にはこれが支給されている。
片手剣よりも一回り小さい刃物を取り出し、気配の主に接近する。
力なく地面に横たわっているが、まだ息がある。
程なくして力尽きる、一目見ただけでそれは察せられた。ただ、こちらに向けるその視線だけは、邂逅したその時から全く変わらない。
「……すまない、わからない。」
その視線が何を意味するのか、それを知る術は無い。
もしかすると、本来は狩場にあってはならない己の心を見透かされていたのかもしれない。ただ、それも単なる憶測に過ぎない。
右手を差し伸べ、竜と心を交わす。小さな頃に読んだおとぎ話は、あくまでもおとぎ話だ。
この期に及んでも。否、最初から狩人として出せる方の手は決まっている。
幻想を抱いた右手ではなく、刃を握った左手で──
──その瞬間を、或いはずっと、見ていたのかもしれない。
大自然の中、摂理から外れたように佇む遺跡の上で、それぞれが抱いた届く筈のない想いを。
白が弾けた。そう形容する事しか出来ない。
何が起こった……?視界が、いや、身体の感覚が無い。
刃を突き出すその瞬間に、刃を握る感覚が消えた……?
「……!!!」
気付けば、左手には何も握っていなかった。
代わりに、何も手にしていなかった筈の右手に握られていた何かから、肉を穿つ感触が伝わる。
それは、左手で握っていた刃ではない。
「龍を象った、祀導器……?」
黒狼鳥の血が滴り、金属音が響く。
何処にも届く筈のない幻想は、何かに届いてしまった。