『はぁ、はぁ、やっと着いた…』
囚人たちの様子を見に行く目的でビルから出たはいいものの、明らかに向かう順番を間違えた。まさか彼女の向かった学校の自治区がこんな迷路みたいに入り組んでて、馬鹿みたいに広い街だなんて想定していなかった。あとで囚人の誰かから地図の視方を教えてもらった方がいいだろうか。
『ふぅ、ようやく落ち着いた…。というかここであってるよね?学校って言うには随分、砂だらけだけど。』
長い長い廃墟で出来た迷路を抜けた先にあったのは、太陽に照らされ白く輝く小さな校舎。私が知っている学校がK社の道中で見た『巣』の学校ぐらいしかないからか、ずいぶんこう…こぢんまりしているように思える。
敷地内は砂塗れで、風が吹けば地面の砂が煙となり舞い上がった。道中も結構砂埃が多かったけど、まさか中心部たる学園の校舎がこの有様だとは思わなかった。そういえば、地図の奥にかなり広い砂漠が広がっていた気がする。砂の発生源はそこだろうか。
『取り敢えず、ここに彼女が居るんだよね。』
【先生】と名乗る男から貰ったスケジュールマップを見ると、確かに彼女はここ…【アビドス高等学校】にいるらしい。学校で、しかも教師って言うからには十中八九授業をするっていう事になるんだろうけど…彼女に本当に務まるものなんだろうか。まぁ、それを言ったらイサンとイシュメール、シンクレア以外も結構不安なんだけど。
じゃりじゃりと音を立て、砂色の地面を踏み締めながら校舎へと向かう。が、その時。
ダダダダッ!!!!!
『!?』
連続する発砲音に続けて、私の足元に数発の金属の塊が煙を立てて突き刺さる。記憶をほぼ失った私でも、今何が起こったのかぐらいはわかる。
ーー撃たれかけたのだ。何処からか飛んできた『弾丸』によって。
「止まって。」
背中に走る嫌な汗を感じながら声のした方向へと振り向くと、目の前には水色のマフラーを巻いた銀髪の少女が一人。こちらに白い銃口を向け立っていた。彼女は私の時計頭に違和感を抱いていているようで、その目つきから私への警戒心が強いことがうかがえる。というか…
(この世界、子供が当然の様に銃を持ってるのか!?)
とある人格の囚人に聞いただけだけど、私たちが元居た世界である『都市』では銃に関する規制がかなり厳しく、R社の様な『翼』などたくさんの金のある組織でもないとそうそう手が出せない代物らしい。それに弾丸一発の値段も馬鹿にならないし、銃自体の構造についても色々規制があるしで、とにかく面倒くさい…とのことだった。
だが、R社人格のヒースクリフなどを見ればその威力と殺傷の手軽さが桁違いなのは理解できるし、私も掠っただけで致命傷になり得るだろう。兎に角、どうにかしてここを切り抜けないと…
『ちょ、ちょっと待ってくれ!!』
私は咄嗟に両手を前に突き出し、彼女と意思の疎通を図ろうと必死に思いつく限りの静止のジェスチャーをする。
彼女からしてみれば赤色の時計頭がいやにデカい音を出しながら奇怪な踊りをしている風に視えるかもしれないが、普通の人間と会話ができないという辛すぎる制約がある以上もうこうするしかない。幸い困惑している彼女の銃口は既に地面に向いていた。あとは私の思いが通じることを祈るだけだ。
(頼む…!!伝わってくれ…!!)
「…………?」
「………敵意は…ない…のかな?」
彼女の口からその言葉が出た瞬間、今まで大げさに振っていた手足を制止し今度は代わりに折れるんじゃないかってぐらいの速度で首を上下に振る。誰かの理解を得ることがこんなにもうれしいことだってのは知らなかった。
「ん…ごめん、いきなり銃を向けて。最近変な奴らがいっぱい来るから、仲間かと思った。」
彼女はそう言って銃を肩にかけた。取り敢えず、最初のミッションは完了だろうか。あとはどうやってコミュニケーションを取るかだけど…取り敢えず友好的だと言うのを示すために握手を求めてみよう。握手っていう行為は友好の証だって、誰かが言ってた気がする。
「……握手?よろしくってこと?」
返答できない口の代わりに、首を縦に振った。
どうやら素直な子らしく、少し警戒した態度を見せながらもこちらに手を伸ばす。
人肌の温盛と共に私と銀狼の少女の手が触れあったその瞬間。
いつか感じたような違和感が、私の胸を貫いた。
パリンッ!!
鏡が割れる音と共に私の全身に焼き切れるような痛みが走り、視界が幾戦幾万の色彩を連続的に瞬かせる。
熱く、寒く、暗く明るくモノクロでカラフルな世界。
私がその刹那に覗き見たのは、そんな
『ーーーーーーっ!!』
いつの間にか大きく吸い込んでいた息と共に、私の世界が再び元の砂色に戻った。一体、なんだったんだ。今の。
「…大丈夫?具合、悪そうだけど…。」
いつの間にか膝をついていた私を、少女はそう言って心配そうにのぞき込んだ。幸い、精神的なダメージは大きいけど似たような経験をダンジョンでしてきたからか思ってるよりも回復が早かった。
「取り敢えず、中に入ろう。酔い止めとかも、中なら色々ある。」
『あ、ありがとう。じゃあちょっとお邪魔しようかな。』
「うん。ついてきて。」
そんな簡素な返事をして、彼女は私に踵を返した。きっと、この校舎に彼女…が……
ーーちょっと待て。
返事を、した?私の言葉は囚人以外には聞こえないはずだ。事実、先程まで彼女も私の声は聞こえていなかった。
偶然か?それとも…
『…もしかして、私の言葉がわかるのか?』
「………え?わかるけど、それがどうかしたの?」
そんな驚愕の事実を平然と言い放って、彼女はなぜそんなことを聞くのかとでも言う様な、困惑したような様子で私を見つめた。
気まずい雰囲気が流れる前に私が少しの謝罪と共に『なんでもない』とだけ伝えると、彼女は再び私に背を向け校舎へ足を進めた。
…なにかきっかけがあるとすれば、恐らくあの握手の時に視た世界だ。
あれが何なのか、私の知る物と関連があるのかはわからないけど、取り敢えずは現在を消化しよう。
ーー
「ん、ただいま。」
少女が帰還の挨拶と共に勢いよく扉を開けると、中から多様な返事が次々に返ってくる。
そして、その中からよく聞き覚えのある声が一つ、聞こえてきた。
「おかえりーシロコちゃん。ってあれ!?ダンテ!?なんでこんなとこいるの!?」
私が部屋に入ると同時に、薄茶色の髪を持つ女性がカード片手に目を丸くした。
「うわっ!?シロコ先輩その後ろにいる変な時計何!?誰!?」
「あれ~?時計頭って…もしかしてさっき言ってた先生の知り合い~?」
「せいかーい。まぁ、一応上司ってやつかな?」
自慢げにそう言って、カードを握っていない方の手をひらひらさせる彼女の名は『ロージャ』。
本名『ロージャ=ロジオン=ロジオンロマノヴィッチ』
Limbuscompanyの保有する9番目の囚人であり、根っからの
囚人たちの中でも常識がそれなりに備わっており、面倒見のいい彼女は先生という立場は結構あっているように思える。
「なんだ、先生の知り合いだったんだ。言ってくれればよかったのに。」
彼女のその言葉に対し、意思疎通が可能になるのが完全に予想外だった。なんて言えず、私はもう存在しない口をつぐんだ
「はいフォーカード!!私の勝ちぃ!!」
「だぁあもうまた負けた!!先生ポーカー強すぎ!!!」
ロージャが嬉しそうに四枚の9を卓上に投げると同時に、黒猫の様な少女が癇癪気味にそう叫んで立ち上がった。この様子だと、私が来るまでにそれなりに勝負を繰り返していたようだ。ロージャの隣に座っていたピンク髪の少女とおっとりした雰囲気を放つ翠眼の少女も、その様子をトランプ両手に楽しげに眺めている。彼女がここに来てからどれだけ立ったかはわからないが、短期間の間にこれほど打ち解けられているのは彼女の一種の才能だろう。
「ごめんねセリカ…私、ギャンブルの神様に愛されてるの。」
「っっーーーー!!も、もう一回!!次こそは勝つから!!」
客人をほったらかしたまま2回戦がはじまりそうになってるのを見て、私がどうすればいいんだろう…と迷っていると
「み、みなさん。そろそろお客さんの対応を…。」
ホワイトボードの近くに立っていた赤いメガネをかけた真面目そうな少女が、困ったような様子で口を開いた。
「アヤネちゃんの言う通りですよ~。ゲームは楽しいですけど、こういうのは節度を守ってやらないといけませんからね~☆」
「こらこら~ゲームは一日一時間っておじさん言ってるでしょ~?」
「そんな事一回も言われたことないけど!?というか、ホシノ先輩もやってたでしょ!!」
「何のことかなー?」
子供らしい無邪気な言い争いの横で撤収されていくポーカー大会を見て、ロージャが残念そうに小さくため息を吐き、如何にも不服そうな表情を浮かべる。
『すまないロージャ。少しの間ゲームは我慢してくれ、ここには様子を見に来ただけだからすぐに帰るよ。』
「あー、まぁ私たち放っておいたら何しでかすかわからないもんねー。グレッグとかシンクレアとかは大丈夫だと思うけど…」
そこで彼女は言葉を斬った。私たちが危惧している人物として頭に浮かべている顔は、きっと私も彼女もそう変わらないだろうから。
「それじゃあ、お客さんにまずは自己紹介をしましょう。」
ーー私たちは、アビドス対策委員会です。
『ーーつまり君たちは、五人だけで廃校寸前のこの学校を守ってるって事?』
「そうなります。ですから、私たちはシャーレに支援を要請したのですが…思ったより先生が早くいらしてくれたことで弾薬などの援助も得られそうですし、本当に良かったです。」
援助?アヤネと名乗った彼女の口から出てきたその言葉に、私は首をかしげる。
そんな話が何処から出てきたのかはわからないが、生憎私はこの学校を援助する方法なんて知らない。
一応ロージャに何か言ったのかと耳打ちをしたが、彼女は困ったように首を振るだけだった。
なんと返事をしようかと困っていたその時、私の持っていたLCB-PDAが甲高い通知音を鳴らした。確認すると、どうやらファウストからのメッセージの様だった。これをどうやって送っているのかはわからないが、少なくともこのタイミングでのメッセージが意図的なものだというのは簡単に理解できた。
【ダンテ。言い忘れていましたが、あなたは現在、【連邦捜査部シャーレ】の総括顧問として一時的ではありますが、このキヴォトスにおいて強大な権限が付与されています。各学校に対しての支援を許可することもできますし、あらゆる学区で無制限に戦闘活動を行うことも可能です。詳しくは今日の夜、連邦生徒会に顔を出す時間があるのでその時に。】
メッセージをスクロールし終わるのと同時に、PDAの画面上に幾つかの機能が追加されたことを示す表示が現れる。
だから毎度毎度私の知らないうちに私の手に余る権力を与えてくるのはやめてくれ。本当に困る。
困惑しながらも、追加された機能の一覧に目を通す。
その中の「支援申請」という機能を起動すると、学校名、部活名、支援の規模と動機、など様々な情報を入力するページが出てきた。恐らく申請書類のようなものだろう。
適当に知っている限りの情報を打ち込み、申請許可と書かれたボタンを指で押すと、三十秒ほどで画面に支援承諾という文字が現れた。これで完了したんだろうか?よくわからないが、一先ず彼女達に伝えるのが良いだろう。
『……多分だけど支援の許可が降りた。これで少しは君たちも楽になると思う。』
「わぁー☆ありがとうございます先生!!!」
「ん、これであいつらが来ても返り討ちにできる。」
『あいつら?』
「えぇ、先程も話した通り、今私たちは...」
ドォォーンッ!!!
アヤネが説明をしようと口を開いたところで、外から何やら物騒な爆発音が聞こえてくる。
「……あ。」
その爆発音の正体は、目の前の彼女たちがそれぞれの武器を手に立ち上がったことで容易に想像がついた。これが彼女たちの言っていたテロ組織…【ヘルメット団】か。
ーー「攻撃!!攻撃だ!!奴らは既に弾薬の補給を絶たれている!!襲撃しろ!!学校を占領するのだ!!」
外に出ると、赤と黒のヘルメットをかぶった少女たちが校舎に向かってやたらめったらに発砲を繰り返していた。
「あいつら…性懲りもなく!!」
「ほーらホシノ起きて~。学校守らないといけないでしょ。」
背中で寝ているホシノに声をかけるロージャ。ホシノは背中に銃を背負ったまま、「うへぇ?」と情けない声を出しながら彼女の背中から降りる。
「あ!!アビドスの奴らだ!!補給もないあいつらなんて敵じゃねえ!!」
「なんか変な大人がいるけど?」
「関係ないね!!ほらいけえ!!」
こちらに気づくや否や発砲してくるヘルメット団の少女達。
慌てて近くの柱に隠れると、頭につけた無線機(まぁもう耳もないけど…)からアヤネの声が聞こえてきた。
「私はここでオペレーターをします。先生は指揮をされるという事でしたが…本当に室内でなくて大丈夫なんですか?」
『うん。実際にこの目で見てた方がやりやすいからね。それに…』
私はPDAを操作して、硝子窓から『囚人』の画面を開く。
(ロージャ、行ける?)
ーーえぇもちろん!!
囚人との同意が取れた。
この条件を以て、私はPDAに映っている人格牌、『南部ディエーチ協会4課』を彼女へと重ねる。
パリンッ
鏡の割れる音と共に、彼女の周囲の空間がまるで割れたガラスのように屈折し、彼女の存在が曖昧な虚像へと偏移する。
曖昧なガラスを通して彼女の見える姿も変化しそうして、完全に同期が進行した。
「知識は、力なり。」
目を開いた彼女のその言葉と共に、黒い司教服が薄黄色の世界で艶やかに舞う。
知識を力とし無知を絶つ。
数多の可能性の世界にある『囚人の別人格』を抽出し、それを重ねることで別の可能性の力を得る。それこそがリンバスカンパニーが保有する技術、「硝子窓」だった。
「姿が…変わった?」
驚くシロコを横目に、私は敵を見据える。
銃の種類などはあとで勉強するとして、見た感じK社で見たような大型兵器は無い。まぁ、勝てない戦いではないだろう。
『説明はあとにしよう。今は、目の前の事から片づけていかないと。アヤネ、開始の合図を頼んでいいかな。』
「え、私ですか!?そ、それじゃあ...ごほん。」
「――戦闘開始します!!」
というわけで一人目の囚人はロージャさんでしたー!!うぉでっか。
ノノミと同じぐらいのものを持ってるロージャさんが顧問になっておっぱい星人の星野さん(非公式)も大喜びです。良かったねホシノ。
それじゃあ次回も気が向いたら更新します。
追記
5章まじでよかった。私の羅針盤は好奇心。