愛を謳歌する幸せなアイの話   作:京猫

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★シークレット・ギグ 後編

 

 

 

 

「はいオッケー! みんな着席〜、シットダウン〜★」

 

 

 

 私は両手を下にふりふり、みんなに座るよう指示をする。

 

「凄いねみんな! 何だか妙に息揃ってるじゃん。これで「配信者のうた★」の収録、ほぼ一発オッケーだよ★」

 

 速やかなお仕事の完了に気を良くした私は自慢の笑顏をアイ★リスにプレゼントした。ウインク付きのスペシャルいぇい★ をおみまいしてあげる。

 

「そうね〜、みなさんのご協力に感謝しないといけないわね〜。祈織、経験豊富なファンの方が多かったのかしら?」

「う、う〜ん。それもまあ、確かではあるんだけどねぇ。でもこれは…」

「んぅ?」

「これアイ★リスたち…気を呑まれてるんだよ。生アイちゃんの御姿に」

 

 んー、そうなの? 私は祈織さんの言葉に首を傾げた。言ってる意味はわかるけど、どうしてそうなるかがよくわかんない。私の姿なんて配信で沢山見てるよね? なのにそうなるってのは、つまり…どういうことなの?

 

「あっ…なるほどね〜、気持ちはわかるわ〜」

「私は分からないんだけど?」

「ほら、ウチらはまだ児屋様と珠夜様で慣れてたからマシだけど、普通は今のアイちゃん見たらこうなるんだよ」

「そうね〜。初めて会った時でも目を引かれるくらいではあったからね、こうなるのも仕方ないわ〜」

「…そうなの?」

 

 わかんないなぁ。私の何が昔と違うの。いや違うのは勿論そうなんだけど、見た目にそんな違いはないでしょ。年相応に成長はしてるとしても、出逢ってからまだ1年も経ってないんだから。

 

「出逢った頃のアイちゃんでも天下無敵のトップアイドル候補だった。なら今のアイちゃんはさながら地上に舞い降りた太陽の女神だね」

「…ウソだよそれは。だってそしたらマネさんたち、そんな女神様をとんでもない子供扱いしてることになるんだよ?」

「おっと、痛いとこついてくるねぇ。じゃあアイちゃんは女神じゃなかったわ。単なるおっぱいの小さい美少女だったわ」

「違うでしょ!? そうじゃないでしょ〜、もぅ。ここは必要以上に子供扱いしていることを反省するところでしょうに!」

「そうね。アイちゃんのおっぱいは順調に成長してるわ。ゆくゆくはたぷんたぷんね。日々のデータが確かにそれを示しているもの」

「舞さんも真顔で言うことじゃないでしょ、それぇ」

 

 咄嗟に胸を隠したくなるけど…そんなことしたら余計に注視されてしまう。私はむしろ姿勢を正して胸を張った。ウォーキングのレッスン…お散歩じゃなくて、所謂モデル歩きの練習で学んだ姿勢をしっかりと維持する。

 

「おっ、綺麗なモデル立ちだねぇ」

「でしょう? 真面目にレッスン受けてるからね★」

 

 良い機会だからどんなレッスンを受けてるか知ってもらおう。私は横を向いて実演しながら、みんなに綺麗な立ち方というものを説明する。

 

 人って自分で思ってるより猫背になりやすいみたい。だから、こんなに…? と思うくらいにはグイっと胸を張って、顎はやや引いて視線を地面と平行にする。

 

 そしておしり、これがまたちょっと恥ずかしさを覚えるくらい上に持ち上げて付き出す感じなんだよね。実際端から見るとそこまでおかしくはないんだけど、してる本人からするとおしりプリプリしてるみたいで最初は違和感あったっけ。

 

 練習ではまずかかとを壁につけ、ふくらはぎ、太腿、おしりと、下半身から順番に壁へ張り付ける。そして頭頂部を垂直に引っ張られるように身体起こしながら、肩と後頭部を壁にくっつけるんだ。胸は張ってお腹は引っ込める。視線はあくまで平行に。これが正しく美しい姿勢を作るコツとなるわけだねー。

 

 今ではもう馴れたもんだよ。日頃の生活で無意識にそんな姿勢を取れるまで身体に覚えさせた。最初は辛かったけど、その姿勢を維持する為の筋肉が身に付くとむしろこの方が楽に感じるくらいだ。姿勢が悪いと内蔵にまで変な負担かかるらしいしね、気分も良ければ健康にも良い。

 

「なるほどねぇ。やっぱり体幹の筋肉は大事かぁ」

「つまりその健康的な筋肉に支えられているのが、この服の上からでもはっきりと分かるおっぱいなのね〜」

「…えっ? 改めて考えたらアイちゃんの年でこれは凄くない? 今日は踊るんだから当然それ用のブラしてるよね。それでこれ?」

「ヤメテ★ つんつんしないで。もう良いでしょその話はー。何で身内の女子トークみたいな話しちゃってるの」

「あははっ。でも今どきのアイドルはこのぐらいの話、するらしいよ?」

「あら…随分とまあハレンチなのね」

「…ハレンチって自覚あるなら、舞さんもそんな話しないでよ★」

 

 私は両手でがおーっと2人を威嚇した。うーん、サービスショット過ぎる★

 

「まあそんな私の発育観察はこのぐらいとして…どうかな、みんなも力抜けたかなー? いつものアイ★リスはどこに行ったの。固くなってるとこの後のギグ楽しめないよ? 私そんなの望んでない。だからリラックス、リラックス★ 大体みんな、いくら畏まった顔したってうさ耳着けてるんだからさ〜、こっちは笑っちゃうの堪えるので大変なんだよね、アハハっ★」

 

 ほんと、改めて見ると可笑しくて仕方がないんだよ。結局笑っちゃったし。少し申し訳無いから、今は取ってもいいよとみんなに声をかける。

 

「う〜ん。緊張させてるのもうさ耳着けさせてるのもアイちゃんなのに、この言い草。流石だねぇ。みんなもきっと、お前が着けろ言うたんやろがい…! って思ってるよ」

「だって配信じゃアイ★リスだって随分好きにしてるじゃん。あのぐらいで良いんだよ」

「そうね〜。まあでもいつも通りアイちゃんがトークするところを見て、みんなも気持ちほぐれてきたんじゃないかしら。大分笑顏が増えてきたわ」

 

 舞さんの言葉に改めて客席を良く見てみる。視線を左からゆっくり右へ。あっ、青葉君だ。私はササッと小さく手を振った。あんまり目立って関係バレてもマズイしね。

 

 そして最後にその青葉君の前の席、最前列に座る少女と目を合わせた。横に畳まれた車椅子がある。備品の歩行器も貸し出されてるから、どこか身体を悪くしてるんだろうね。でもさっきの収録では歩行器に寄り掛かりながらも、頑張って両腕振ってくれてたっけ。だから覚えてしまった。

 

 嬉しかったからこの機会に右手をパクパク、そのままゆっくり手を振ってみる。するとその少女もペンライトをブンブン振って応えてくれた。隣の付き添いらしい男性も同じことしてて、私は思わず笑みが溢れる。

 

「うん、いいね。その感じだよみんな★」

 

 舞さんの言う通り、ようやくみんな落ち着いてきたようだ。良きかな良きかな。むしろそうじゃなきゃ困るよね。雰囲気を和らげる為とはいえあんな…せせせセンシティブな話まで持ち出されたんだからさっ。

 

 いつも通りのアイ★リスに戻ってくれないとこっちもやりにくい。不安になるでしょうが。そう言えば私が登場した時から少し変な反応してるなー、とは思っていたんだよ。

 

 

 

 

 

 

 ――出番直前、私はこれからコールの収録をする「配信者のうた★」を口遊みながら舞台袖で待機していた。

 

 この曲ってば実にお巫山戯満載な造りになっている。アイドルでごめん★ ならぬ配信者でごめん★ したり、途中で歌枠とか言って恋愛セレブレーション★歌い始めたりで、それはもうめちゃくちゃな内容となっている。

 

 歌詞だってやれ働きたくないだの遊んで稼ぎたいだの、メンシ ギフト スパチャ (ナイスパ!)だの…それはもうひどい有様で、同業者さんが怒らないといいなーと願うばかりだ。それとも逆にネタになって美味しいのかな?

 

 そんなことを考えながら身体をほぐしていると、実演指導が終わって司会を舞さんと交代した巫言さんが私の肩をポンポンと叩いた。どうやらそろそろ出番らしい。気持ち引き締めた私は舞さんと祈織さんからの合図でステージに向かって歩き出した。

 

 せ〜の、アイちゃーん!

 

 2人からの実に恥ずかしい呼び掛けをアイ★リスが復唱する。怒号かと思う声量で呼び出された私が舞台袖から姿を見せると、アイ★リスたちはワァーっと歓声をあげながらサイリウムを揺らした。

 

 …まあ、ここまでは良かったんだよね。

 

 でも私が舞さんと祈織さんの間となる位置について正面を見据えた途端、ピタリとその声が止んだんだ。すかさず祈織さんの、はい拍手ー、との声で周りに配置されたスタッフさんが慌てたように拍手をしだして、ようやくアイ★リスたちも息を吹き返したみたい。割れんばかりの喝采の中、私は満面の笑顏で右に左に手を振ってみせた。ほんの少し、この状況に違和感を覚えながら。

 

 

 ヤネ君…私の恰好どこか変?

 大丈夫。どこもおかしくないよ。大方客はビビったんだろ。ナイ削ー。ここから一旦打開でワンピック狙っていこー。

 う、うん…分かったよ。

 

 

 いやー、思わず不安でヤネ君に確認取っちゃった。念の為にピンマイクとイヤモニを付けてて良かったよ。お陰でハンドマイクのスイッチを切れば、私はいつでもヤネ君とこっそり相談出来るんだ。

 

 だけどさぁ…その肝心のヤネ君がすっかりリスナー気分になってないかな。今は配信してる訳じゃないんだよ? しかもそのセリフ、この前初めてやった突発視聴者参加型のゲーム配信でリスナーに教えて貰った言葉じゃん。あんまり意味分かってないのに無理して使わなくてもいいと思うなぁ。しかもそれ、普通はマリカじゃ使わない言葉も混じってるらしいし。

 

 テキトー過ぎるでしょ。アイなら何があってもラクショーとか思ってないで、もっと真剣に私のこと心配してよ★

 

 ちなみにそのゲーム配信、私はなかなか勝たせて貰えなくてあっという間に不貞た。というかみんな上手すぎてゴールさえさせて貰えなかった。大体私はこのゲーム初めて…というかただリスナーと仲良くおもちゃみたいな車を走らせればいいと思っていたんだよね。競争するなんて知らなかったんだよ。だってタイトルにレースって入ってないじゃん。

 

 …何でみんな同じ方向へ走らなきゃいけないの? 何でコースに穴が空いてるの?

 

 そんな状態から始めたもんだから、私はもうボコボコに負かされてしまって。最終ラップ、ゴール前で参加者全員に並んで待たれてた時なんかは――そりゃあもうゲーム打ち切って雑談に移行するよね★ 3回も勝負したら十分だよ。もうリスナーからのお願いなんて聞かない――と固く心に誓った配信であった。少なくても完全初見とかはもう絶対しない。

 

 ナイファイナイファイ★

 ドンマイドンマイ★

 

 そんな書き込みでコメント欄埋めなくていいんだよ。励ましてないでしょそれ! 頭キタから今度やるならベビパ大会にしようと思っている。

 

 

 

 

 

 まあそんなこんなでさり気なく私の傷跡を抉ってきたヤネ君を恨みながらも、私はテンション上げて収録に臨んだ。

 

 流石に新曲の一部を聞けるという興奮からかみんなの調子も少しは戻ってきたみたいなんだけど、何故か私の言葉に妙に従順で。何人かいる子供はそわそわ落ち着きない様子だけど、それでも私が喋ると急に止まって耳を傾けてくれる。

 

 仕事は進めやすいけど…思ってた展開と違うなぁ。むしろ暴走しそうなアイ★リスを宥めていなすイメージで想定してたんだけど。

 

 私はそんな若干の戸惑いを覚えながらタスクをこなした。今になって思うと最初にまとめてトークをした方が良かったのかも知れない。挨拶してから流れるようにみんなの熱気を収録に向けるつもりが、危うく肝心のリスナーが縮こまってしまうところだった。

 

 でもなー。ギグに繋げるここのトークも重要だし、むしろここで時間余ってる現状も悪くはないんだよね。本番のが大事に決まってるもん。それに今回のギグは開始すると間に1回MC挟むだけで、ほぼノンストップで進行する予定だ。1時間の予定に沢山曲詰め込むわけだし、まさに歌と踊りだけで魅せるギグになるわけだ。ならここでファンに語りかけられるのは有り難いことかも知れない。

 

「取り敢えず第一部はこれで終了となるけど、予定より時間余ってるからトークタイムだね★ みんな休憩がてらに聞いてねー」

「そうね〜。公開配信だと思って雑談してみる?」

「あっ…どうせならわっちと舞でアイちゃんにインタビューするのはどう? アイちゃんも軽くとはいえ踊って歌ったわけだしさ、あんまり疲れさせちゃいけないよね」

「わっち、って何? そんな一人称祈織さんから聞いたことないんだけど」

「あ〜いいわね〜。じゃあアイちゃん、今回初めて自らのファンとなるアイ★リスにご対面したわけだけど、ご感想は?」

「うさぎ」

「即答!? あはぁ、アイちゃんのレスポンス面白いよねぇ。変なところで即レスなんだよ」

「見たまんまを口に出しただけじゃないかしら…」

「んー。感想かぁ…女の子のアイ★リスが結構いてくれて嬉しい、かな★」

「前も言ってたねぇ、それ。ウチらとしたらぶっちゃけ反転された時が怖いんだけどね」

「ちょ…祈織さんぶっちゃけ過ぎでしょ、それ!」

「でもそうよね。女の子から嫌われる方がアイちゃんショック受けそうだし…」

「そう、そうなんだよねぇ。ほら男性ファンなら…まあそういうこともあるよねって悲しくても納得は出来るじゃん。それに児屋様がいる時点で元々覚悟した上で推してくれてる人、多いと思うしさ」

「な、何の覚悟!? というか本当にぶっちゃけるんだね!?」

「あははっ。でも実際アイちゃん、ウチらが心配してる通りなんじゃない? ガチ恋男性ファンとガチ恋女性ファン…どちらも大切なファンだけど、どちらかを取るなら女性のガチ恋ファンを取るんでしょ?」

「それはそう。…というか私にガチ恋しない男性とかいるの? 稀少度が違い過ぎて比べる話にならないよ」

「あはっ――あははっ!」

「何…この…何のかしら? アイちゃんってたまにとんでもなく突き抜けちゃってる一面見せるわね。これは惚れる…頭クラクラしてきたわ…」

「さ、最高だよねぇ、あははっ。この明らかに自分より上を行かれてるんだけど、どこかほっとけない感。ホントお世話のしがいがあるよ。マネージャーとして仕えるというよりは、姉としてお世話したくなるんだよねぇ」

「でも祈織はどちらかと言うと、友人ポジじゃないかしら」

「良いじゃん。世話を焼きまくる友人がいたって」

「まあそうだけど…って、じゃあ次。今回のギグの注目点は?」

「それは勿論、Clubカスガならではの音響を活かした生歌に生演奏だよ」

「あと感覚的にアイちゃんが近い」

「あっ、ファンからするとそれもあるかな? まあライブハウスだからね、熱気が伝わりやすいと思うよ。より私と一体感がある、って言えばいいのかな。それと今言った通り今回は音源に生演奏を加えたライブなんだよ。分かりやすく言うと彗星★フープ構成だね。も〜生で聴くと迫力が違うよ。耳が弱い人は注意が必要なくらい。後ろに下がる分には指定位置関係ないからさ、ダメそうならアリーナじゃなくて1階扱いの高さついたエリアで見るのもアリだよ★」

「そうね〜。あと現在左右手前のブロックに席がある子供連れの方とお身体を悪くしてる方は、特別に2階席から見ることも可能よ。後でスタッフから声をかけるから考えておいてね」

「所謂VIP席だねぇ。ここからアイちゃんのライブを見れるのは…ファンでも貴重な体験かもね。生半可な関係者じゃ入れないところだし」

「むしろウチの撮影班とか設営関係者くらいじゃないかしら。相手が誰であろうと、ゲスト扱いなんて児屋様がそう受け入れるわけないし」

「あははっ★ そう言えば今回あっさり断られそうになってた某春日フェス企画代表者さんがいたね!」

「まあ、結局その人は上手く泣き落としたみたいだけどねぇ。アイちゃんのライブを知らないことには、春日フェスでそれに相応しい最高の環境が作れない…ってさ」

「あら、結構やるわね」

「ヤネ君苦い顔してた! 宥めるのが大変だったよ★」

「あら…だからこの前、アイちゃんがいそいそと児屋様のお世話してたのね」

「児屋様ったら役得だよねぇ。私もたまにはアイちゃんにお風呂でサービスされ…」

「ハイハ〜イ、やめやめ。この話はやめ★ そろそろいい時間になるんじゃないかな? 舞さん改めてみんなにこの後のスケジュールやら注意点話した方がいいよ再確認は大事だからさ」

「うふふっ。そうね〜」

「う〜ん、良いところだけど仕方ないね。じゃあ〜ひとまずアイちゃんはお先に退場しまーす。みんなー、練習したお見送りだよー!」

「またねー★」

 

 

 私がふわっと一歩飛び引いて手を振ると、ファンたちは今度こそ反応良くワァーっとサイリウムを振ってみせた。やたら上手い指笛も聞こえるし…これはスタッフさんかな? 取り敢えず私は観客席に手を振り続けながらゆっくりと歩き出す。

 

 アイちゃーん、頑張ってー、応援してるよー、大好きー、愛してるー!

 

 そんな声に見送られながら舞台袖に戻った私は、ようやく肩の荷が降りた気がして身体から力が抜けてしまう。

 

 

 

 ――お疲れ様。早く帰っておいで。

 うん。

 

 

 

 ヤネ君に労われた私はもうひと踏ん張り、大股でズンズン控室に向かって歩く。途中何人かのスタッフさんに声をかけられたけど笑顏が返答だ、足は決して止まらない。我が家の如くノックもしないで部屋の扉を開けると、立ち上がって出迎えてくれたヤネ君の胸に飛び込んだ。

 

 

「良く頑張ったね」

「うん…今頃になって、足が震えてる」

「なんせ初めてとなるファンとの触れ合いだからね。緊張して当たり前なんだよ。むしろアイより緊張しやがったアイ★リスが不甲斐ないわ」

「あはは…」

「腹立たしいよ。生まれて初めて人を煽ってやりたくなった」

「…ウソつかないでね。あと、程々にね…」

「冗談だよ。所詮プロレスだからほんの致命傷で済むさ」

「あはっ、全然大丈夫じゃなさそう…★」

 

 うふふ、何だかいつも通りのヤネ君に安心する。そのままキスしたくなるけど…それには私の身長が足らないんだよねぇ。爪先立ちでも届かないこの距離が酷くもどかしいけど、まあ焦って大きくなれるわけじゃないし。

 

 私はひとまずヤネ君の腕をとってソファに腰をかける。そしてホっと一息。

 

 人前に出るのに緊張したってことは、つまり私はファンの反応をどこか恐れていたんだと思う。嫌われるのがイヤだったんだ。これって一見心が弱くなったようで、実は成長してると言っていいんじゃないかな。――アイ★リスはどうでもいい他人ではない。そう思う自分を、素直に認められたということなんだから。

 

 嫌われることが悲しくて、悔しくて、結局うんざりして。もうどうでもいいと心凍らせたあの頃の私はもういない。

 

 私は戸を開けたんだ。――ちょっと開けたらヤネ君に捕まって、全開にされたあげく引っ張り出されたようなものなんだけど、それでも確かに自分の意思で一歩踏み出したんだ。

 

 

 ならもう止まれないよね。せっかくだからこの後のギグでは、最高に光り輝く姿をファンに見せつけてあげよう。

 

 

 そんな野望を胸に抱きながら、私はヤネ君と激しく唇を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――私を指し示すうさぎマークが描かれた緞帳幕が、今ゆっくりと上がっていく。

 

 

 

 私は真っ暗なステージ中央で下を向き、静止したままヤネ君から出される開始の合図を待っていた。呼吸を整え、気を整え。ギラッとした瞳を隠すように瞼を閉じている。

 

 やがて幕が上がりきると、ステージ左右にある幾つものスポットライトが暗い会場内を縦横無尽に走り回る。ファンのボルテージはいよいよ最高潮。私を囃し立てるコールが巻き起こっているけど、ヤネ君による完璧なバズロールが始まるとそれも次第に鳴りを潜めていく。

 

 

 ――高まりきった無言の期待が弾けそう。シンバルが大きく4回鳴らされた。私は動かない。

 

 

 全てのスポットライトが私を包み込むように集まって、一斉に消える。私が顔を持ち上げながら開いた目を観客席に向けた――その刹那、ドラムスティックを4回打ち合わせる音が鳴り響く。ステージの照明が勢い良く立ち上がって辺りを照らしだした。

 

 ――私のシークレット・ギグ、開演のお知らせである。

 

 

 

 

 

「ここに大事なアイが、育つまで」

 

 オープニングとなるのはこの曲、彗星★フープ。私の重力に捕まったアイ★リス達の視点から語られる、ちょっぴり切なくも幸せな物語。

 

 僕は大事なアイを 守るだけ

 

 遠い場所にいた彗星達がもう決して逃れられない周期軌道を歓迎する。例えどんな超楕円軌道になっても、私との距離が一瞬しか縮まらなったとしても、その身燃え尽きて消えるまで私を守ってくれるんだ。

 

 ――流石ヤネ君、ちょっと私に都合良過ぎじゃないかな★

 

 私はせめてアイ★リス達がうかばれるよう、心を込めてはにかんで魅せた。

 

 

 

「互いを思うこの気持ちを、隠さなくたっていいんじゃないの★」

 

 2曲目、ハッピー★エレクトロニカ。ギターを外したたままちゃんがちょこちょこっと私の隣に駆け寄ってきた。ダブルセンターで時に向き合い語りかけ合い、一緒に踊って超ハッピーな空間を構築する。

 

 この幸せな電子音が 私達のアイを祝福するよ

 

 紛うことなく美しい親子愛である。もうウチ惚れてまいそうやわぁ…堪忍しておくれやすぅ。

 

 普段はどこか浮世離れしてるたままちゃんにバチンとアイドルウインク向けられると、何だか物の弾みで新しい関係が…ってこれ前も似たようなこと思ったよ。危ない危ない。

 

 私達は堪らずニヨニヨ緩んでしまった顏を観客席に向けて難を逃れた。

 

 

 

「サンキュー! ごめん! アイ★してるっ! いぇい★」

 

 このアイドルでごめん★、いつもより気合いの入った いぇい★ でお送りしております! 恒例の「アイしてるJump!」だって絶好調! 両膝を女の子座り風に畳んで、全身のバネを活かした滞空時間長めのご提供と相成っておりますご了承下さいませ〜。

 

 とっておきの アイ★言葉

 

 このいくら動いてもジャンプしても軸がブレないハンドマイク捌き、流石でしょう?

 

 アイドルとしての基礎能力をこれでもかと見せつけて、ミリのズレも許さないこの仕草、この笑顏。私は完璧なお仕事にありったけの真心を込めて、アイの言葉を紡いで魅せた。

 

 

 

「アナタの気持ちを、まとめてキャッチ!」

 

 4曲目はアイ★キャッチ。イントロや間奏のダンスでキャッチ、キャッチ、キャッチ♡ と両手でハートマークを数多く作るこの曲はそれこそハンドマイクの扱いが大変なんだけど、それも無事何とかクリア。

 

 アナタの瞳を釘付けに 狙った獲物は逃さない

 

 私のアイキャッチにまんまと気を取られたファンは恍惚とした表情でサイリウムを振っている。…そこの人、ナチュラルに涎垂れてるよ?

 

 距離が近いとファンのそんな姿まで見れるんだね〜。…別に見たくはなかったな★

 

 私はダメ押しにグイっと顔を近づけてウインクしてあげた。

 

 

 

「寝坊も寝落ちも、責めないみんなが私は大好きー!」

 

 何…この…何なの? 人として終わってる様をこれでもかと見せつける5曲目「配信者のうた★」

 

 何だかこの甘やかされぶりが身につまされるとこあるけど…私はここまで駄目人間ではないと思ひたい★

 

「みんなー、今日はこの辺りでおしまいにしていーかなぁ?」

 

 ――ええ〜っ、アイちゃん!?

 

「あははっ、上手い上手い! そのノリだよ、いいねー。ごめんごめん、勿論うそだよ。仕方ないから次の曲ではサービスするね★」

 

 曲が終わってから改めて歌詞にあるセリフを振ってみると、アイ★リスはすかさず気付いてノリの良い反応を返してくれた。今のええ〜アイちゃんは収録した時よりリアリティあって良かったなぁ。

 

 

 

 ここで丁度セトリも折返し。私はちょっと休憩がてらにMC入れつつ辺りを見渡してみた。少し照明を戻したみたいで、意外と遠くの観客席まではっきり見える。

 

 おっ。あの2Fの目立つ集団、あれ例の社長さんじゃないかな。他にぞろぞろ女の子達を連れて来てるみたい。

 

  おっと、続けて青葉君も発見! 隣に収録の際に目が合った女の子と連れのお兄さんもいるなぁ。仲良くなったのかな。それともお医者さんである御祖母さんが体調気にかけてあげてるのかな?

 

「何歌うか分かる人いるー? お、その通り〜。恋愛セレブレーション★ だねー。大体みんな当たりかな。サービス曲らしいじゃんこれ、だから丁度良いって思ってさ。…あははっ、この曲可愛い? 私が特に可愛い? ありがとう。みんなもうさ耳可愛いよー、あははっ★」

 

 ホント撮影の為とはいえよくみんなうさ耳着けてくれてるなぁ。公開されても大丈夫なのかな? 社会的地位とか家庭内地位とか。自尊心は問題ないんだろうけどさ★

 

「まあ今の持ち曲だと他にゆっくり語り掛けるようなテンポの…例えばバラードみたいな曲ってないからね。ならそのまま勢いつけて突っ走るのもいいんじゃないかな」

 

 やっぱり今は若さがウリなのか。基本明るい曲になるんだよね。

 

「だって私がみんなを想ってバラードなんか歌ったらガチ恋勢がショック死しちゃうでしょ、尊すぎて。アハハっ★」

 

 あぁ、みんな笑ってくれている。死んでもいいー! それでも聞きたーい! なんて声があがって更に笑い声が増えた。良い雰囲気だね。

 

 まあ、待ってなよアイ★リスたち。バラードじゃないけど私がファンに語り掛ける…感謝を伝える曲はいずれ用意されるからさ。まだ収録してないけど遠くない未来にUPされる予定だから…フェスを楽しみにしておくことだね★

 

「それじゃあ〜そろそろ再開のお時間だ! ここから最後までノンストップで盛り上がって行くよ〜、アイ★リスたち!!」

 

 恋愛セレブレーション★

 アイ★Limit

 バニー★バニー

 スーパーノヴァ★

 Radio Star★

 

 残るはこのラインナップ。…覚悟しなよみんな。もう私がいない暗い世界には帰れないようにしてあげる。ここから先は一方通行だよ、振り返ったら黄泉の国に身を堕とすだけなんだから。

 

 だから教えてあげる、私に恋するとどうなるかを。私を推すという本当の意味を、みんなに解らせてやる。

 

 

 

 私がみんなを――真のアイ★リスとして産まれ変わらせてあげる。

 

 

 

 瞳から火花が飛び散りそう。灼熱の願望が零れ落ちそう。もうみんなを貪欲に喰らい尽くしてしまいたい。

 

 私は込み上げるそんな思いを胸に――ファンに向かってゆっくりと口角を上げてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダンダンダンダン! ダンダンダンダン!

 

 Radio Star★ でファンの網膜と心に鮮烈なまでの輝きを焼き付け、見事クライマックスを迎えたはずの今日のギグ。なれど観客席は未だ冷めやらず。幕が降りてもアンコールを求めて激しい足踏みが舞台袖に響いてくる。

 

 マジかー★

 

 最初はポツポツとアンコールという掛け声が上がって、やがてそれが足踏みとなりみんなに伝染しだした。休憩に入る前の説明で舞さんが曲数に余裕ないからアンコールは無し、と宣言してたのにね。ならその言葉を使わずに催促してやるよみたいな、まるでオーケストラやロックバンドのライブみたいなことをされてしまった。

 

 う〜ん。曲、あるにはあるけど…

 

 私はチラッと隣にいるヤネ君に視線を送った。

 

「まあ…アイ次第かな。大分体力付いたね。ワンマンライブの練習にもなるからやっても良いよ。まだ声は大丈夫」

「分かったー」

 

 マネさん達にもお願いを…って、マネさん?

 

「ふぅ…技量はまだ伸び代あるにせよ、求心力は児屋様に並んで来てますね。さほど変わらない魅力を感じますよ」

「全くだねぇ。身体が自然と動かされちゃうよこれは」

「はぁ…はぁ。す、凄いわアイちゃん…夢心地だったわ…」

「あ、あの…みんな?」

「あぁ、アイちゃん。勿論良いよぉ。何曲やろっか…むしろ何曲でも良いわ」

「はぁ…まずはアイちゃんだけでも…着替えを…」

「まさに今、珠夜様が着替えさせてますよ。舞は相変わらず影響を受けやすいですね…巫女としては良い面でもありますけど」

 

 うん。何故か元気なたままちゃんが私を舞台袖で素っ裸にして着替えさせてるんだ。まあスタッフさん全員女性だから別にいいんだけど…何かこう、幼子だからここでササッと着替えさせてもええんちゃいますぅ? みたいなノリを感じる。…まさかだよね、たままちゃん。

 

 ちなみに舞さんは言葉の通り、まさに夢心地みたいな顔を宙に向けて惚けている。早く帰ってきてー。

 

 結局私は白いブラウスに赤を基調としたチェックのネクタイとスカートを合わせた衣装から、アイちゃんTシャツにピンクのうさ耳付きパーカー(秋冬アウターボア仕様)を羽織り、下はホットパンツという季節感が良くわからない姿になっている。

 

 何だろ、販促かな? それとも一度汗かいた上半身を冷やさないようにする為なのか。

 

 まあそんなこんなで各自水分補給等の休憩を速やかに終え、私達はまたステージの上に戻ることになった。

 

「もう〜、最初にアンコールはしないって言ったでしよー?」

 

 せっかくだから幕を上げて姿見せる前に、ちょっとしたマイクパフォーマンスをファンにしてみる。

 

「仕方ないなぁ。せっかくだからこの箱に合う曲ならやってあげるよ。疲れるダンスは無し〜。全部未発表曲だからモニターの歌詞見ながらテキトーにノッてよね、アイ★リス!!」

 

 未だ解散のアナウンスもなく、落ちたままの照明に一筋の希望を抱いていたファンたちが絶叫を上げる。先程までの足踏みと同じくらい、まるで地響きかと思う音の衝撃が叩きつけられた。

 

 うわー。これイヤモニしてなかったら私の鼓膜がヤバかったんじゃない? ちょっとみんな正気とは思えないんだけど…まあ、いっか★

 

 

「――Ai★ first, the rest nowhere!」

 

 

 私はポスターどころか春日プロタレント図鑑に宣材写真として載せられてしまった例のポーズを取って、幕が上がりきるのを待つ。

 

 これで正真正銘クライマックスだ。

 

 

 

 

 

 

「Sweet★Darlin」

 

 アンコールは4曲、まずは一発目の曲名を短く叫ぶ。マイクスタンドを用意してあるからまるでバンドの女性ボーカルになった気分だよ。悪くないね、これ。いずれ…16才だっけ。そのぐらいにはこんなライブもやるかもしれないからねー。その為の練習としても…いやその前から出来るのかな? カスガアイ名義の曲も結構すぐ増えそうだしさ。

 

 ねぇ Darlin Darlin!

 ほら Darlin Darlin!

 捕まえたんだよ 貴方のその背を

 その右腕を

 私を狂わす 貴方の音色を

 その金色を

 

 …これぇ、ヤネ君一体どんな顔して私に歌わせるんだ。良く自分でこんな歌詞書けるなぁ。羞恥心欠如にも程がある。突っ込むのも悔しいからお澄まし顔で対応しよう★

 

 この曲は完全に振り付けがない為、私は今までに身に付けた声…というか音の出し方を最大限意識して歌い上げる。その辺りのシンガーには負けないくらい歌えるんだよ。だって私はヤネ君の愛弟子ぞー。歌唱力でも覇権をとって、みせようじゃないの。

 

 

 

「オツメガミサマ★」

 

 激情を感じさせるラブソングから一転、今度はコミカルポップでノリの良い曲だ。これもダンスというよりはマイクスタンドの前で可愛く身体をフリフリ、手をフリフリする程度の軽い動きでノる曲で。コールする箇所は左右にあるモニターで分かるから、アイ★リスもノリノリでサイリウムを振っている。

 

 甘えてナイナイ

 面倒なんじゃナイ

 甘やかされてるんだ

 怖がりなんだ

 

 その歌詞も引き籠もって堕落した女神様が、そのダメダメな生活をお世話されながら何とか社会に…

 

 これまさか、私のことを暗示してるわけじゃないよね? 流石に女神様とか自意識過剰だよね?

 

 信じてるよ、ヤネ君。でも私は怖がりだからコヤネお客様センターに問い合わはしないでおこう。知らない方が幸せな真実は、この世に幾らでも転がっているんだから。

 

 

 

「モーニング★スター」

 

 棘付きメイスじゃないよ。明けの明星だよ。ネットで意味調べたら物騒な武器が出てきてびっくりしたよ。

 

 この曲は私が頭の上に両腕を上げてクラップを要求しまくるポップロックで、アイ★リスたちはサイリウムを2本揃えて前へ振ったり、交差させたり、はたまた私の真似して縦揺れしながら手拍子したり。

 

 泣いて笑って その先へ行くよ

 朝を迎えた 私はシンデレラ

 明星の瞳を瞬かせたら

 確かなアイを 今捧げに行こう

 

 ふーん。結構良い曲じゃないベイビー? 希望の塊みたいな歌詞は歌ってても実に清々しい気分になる。しかもノリノリだし。アイ★リスも歓喜のあまり泣きながら…ワケ解んない呻き声とか上げ出した人いるんだけど、本当に大丈夫なのかなこれ? 衛生兵〜! 救護班ー!

 

 あと一曲なんだから、みんなもう少し頑張ってよー★

 

 

 

「ファンサービス★」

 

 そしてとうとう、このギグ最後となるこの曲。これこそ私がアイドルとしてファンに語り掛ける曲で、踊るというよりみんなに呼び掛けるポーズが多め。ステージ中動き回ってみんなを乗せるパフォーマンスを取って、一緒になって盛り上がる曲だ。

 

 推してくれるよね

 きっと!

 誰より好きだよね

 ホント?

 アイする気持ちはもう 止まらないよね

 ずっとずっと!!

 

 歌っちゃったよ。この曲多分、春日フェスでのとっておきに近い扱いだったのにね。でも良いんだ。まずはアイ★リスにだけ披露するのも素敵なことだと思うしさ。

 

 You have my word.

 また逢う日まで 忘れないでね

 Ai★ first, the rest nowhere!

 それが約束 みんなと私で

 誓い合った アイ★の言葉

 

 

 私だけがアイドルだって忘れないでねー、と押しつけがましいお願いをみんなに強要する。うーん、最高に私じゃん★

 

 まあその替わりにとびっきりの役得が与えられるんだから、アイ★リスだって幸せだよね。

 

「みんなー、大好きー!!」

 

 ほらぁ、どうなの? 私が感情込めてこんなこと言うって中々無いよ。少なくても配信じゃ滅多にないよ。思う存分アイドルしてる自分の有様に、私は堪らず笑いが込み上げてくる。

 

 

 ファンサービス、ここに極まれり〜だね。あははっ★

 

 

 もうホント可笑しくて、私が心から笑いそうになった――その時。ふと2FのVIP席にいるあの女の子とまた目が合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――さりなちゃん?

 

 

 

 

 

 何故か頭に浮かんだその名前を、私は声に出さずに呟いていた。

 

 そんな訳がない。たまたま名前を覚えたファンがこのイベントに来ているなんて、そんな偶然あるわけがない。そう思いながらも何故だか、どうしても目が離れてくれない。見つめ合うことを止められない。

 

 彼女は将来の旦那さんと相筆で月に1,2回…どころか私の休養中には心配して何枚もファンレターを送ってくれた女の子。

 

 私を目一杯に愛してくれる、可愛らしい女の子で…

 

 

 ――さりなちゃん。

 

 

 もう一度声にならない呟きが私の口から漏れる。すると女の子の方も身を乗り出すように手摺りに掴まりながら、力一杯何かを叫んだ。

 

 

 

 

 

 ――さりなだよっ、アイちゃん!

 

 

 

 

 

 確かにそう、聞こえた気がする。いや絶対にそう聞こえた。カクテルパーティー効果かな…いやそんなの関係ないか。取り敢えずこの音楽と歓声の中、あの子は絶対に私の呼び掛けに応えてくれたんだ。そう私は確信したんだ。

 

 ――だからもう、私は心からの笑顏が溢れるのを止められなかった。

 

 

 

 

「うふふ…あははっ。みんなー! ありがと〜♥」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――いやぁ、見事な大団円だったね。本当に良いライブだった。私も一皮剥けたんじゃないかな。アイドルとして身を入れて頑張る決意が固まったよね、これは。

 

 

 

 イベント終了後、私はコヤネスペシャルな控室に当然のように設置されているお風呂に入っていた。汗を流してからヤネ君と一緒に仲良く浴槽に浸かっている。その丁度良いお湯加減に、私は思わず満足気に目を細めてしまう。

 

「そんなにギグ良かったか」

「うん。最高だった」

 

 ヤネ君は私の肩や背中の張りをほぐす為に揉み揉みしている。…揉みほぐす必要があるのはドラムをやったヤネ君の方じゃないかなとも思ったけど、素晴らしく心地良いので私はされるがままとなっていた。

 

 ヤネ君のしたいことはなるべく受け入れるに限るんだ。特に今なんかはもし悪戯されたら私は疲れていて抵抗出来ない。変なこと考えられる前に受け入れた方が、私もヤネ君も満足な結果を得られて幸せになれると思うんだ。

 

「…ま、いいけどね」

「!? う、うん…そ、そうだよね。ヤネ君も私がアイドルして嬉しい…よね?」

「はははっ」

「ちょ…」

「冗談だって。これでアイに当たるようなことしたら俺、最低過ぎるでしょ。暴君じゃあるまいし」

 

 そ、そうだよね〜。ヤネ君は暴君じゃない。流石に私がその魅力全開放した笑顏をファンに見せたぐらいじゃ、機嫌損ねないよね。嫉妬しないよね?

 

 …前回はどうだったんだろう。確か配信で1回、同じような笑みを――

 

「ほらほら。あまり考え込まないで、身体休めて。…いや実際ね、無意識にでもここまで好き勝手に力を開放されると、そのケアは念入りに行うに越したこと無いんだよ。まだ人の国にいたいなら」

「んん?」

「こっちの話だから、気にしなくて大丈夫。それより今日はこっから家に帰らなきゃいけない訳だし、サクッと身体ケアして上がろう。お腹も減ったんじゃない?」

「あーそうだね、そんな気もする」

 

 予定より頑張ったんだもんね私、お腹もすくか。

 

「イタリアン夫婦が煩くてさ。初ライブしたなら祝いするから店に顔出せって」

「あ〜、あの人達かぁ。ちょっと久しぶりかも? 楽しみだねそれは」

 

 舞さんもお疲れだから流石に今日はご飯作ってられないよね。丁度顔を出すに良い機会なんだ。

 

「じゃあもう上がろうかヤ…ってその手は何かな? ヤネ君」

「まだサクッと、もしてないんだよねぇ。これが」

「…え?」

「言ったでしよ? サクッと調律してから上がろう、って。クールダウンの処置は絶対必要だよ」

「――ウソでしょう!?」

 

 

 

 

 

 

 

 ――とまあ、そんなこんなもありまして。私の初めてとなるファンイベントは概ね…中々…いやリトル…?

 

 ま、まあそこはかとなく大団円、と言って良い結果を迎えられたのであった。いぇい★

 

 

 

 

 

アイ★
@ai_kasuga・2分

みんなー! 大好きだよ〜♥♥♥

 

他意はないけど、突然意味有り気に愛を振りまいてみるテスト★

こ  り  い   き   

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「せんせ…今回はとんでもない無茶言ってごめんね」

「このぐらいは何てことないさ。せっかく確率の低い抽選に当たったんだ、さりなちゃんを無事に連れ出せて良かったよ。こんなラッキーなかなかないだろうし」

「うん! 私もまさかこんな形でアイちゃんを見れるなんて…ましてや実際に視線を交わせるなんて夢にも思わなかった」

「そうだな。しかも最後はあれ、きっとさりなちゃんって気付いてくれたよな」

「私もそう思う!」

「つくづく感激だよなぁ。ライブもホント良かったし…ああ、でもどうせなら春日フェスのチケットも当たってくれればな。またさりなちゃんを連れ出せたんだけど」

「あはは、それは贅沢だよ。私には贅沢すぎる…生放送見れるだけでも十分満足だよ」

「…まあ、元気になったらな。ライブに連れて行くぐらい、幾らでもしてやるさ」

「うん。ありがとう、せんせ…」

 

 

 

 

 

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