愛を謳歌する幸せなアイの話   作:京猫

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ダークストロベリーチップフラペティーノ

 

 

 

 

 連れてきたのは間違いだったのか…?

 

 

 

 そんな後悔が胸に押し寄せてくる。焦燥を抑えようと唇を強く噛んだ。そして深く静かに、息を吐く。

 

 俺はサングラスに本心を隠し改めてメンバー達に視線を向けた。呆然としている者、俯いている者、顔を上気させている者、上を向いて何か考えている者、手と手を組んで震えている者…それぞれが何かしら強いショックを受けたように見える。

 

 

 これがアイドル…? こんなのもう、スーパースターじゃん…

 

 

 そう口にしたのは誰だったのか。言い得て妙だとその時は流してしまったが、その認識は俺達とアイの立ち位置を実によく捉えていたんだな。

 

 ステージに立つアイを前にしては、誰しもが凡人へと成り下がる。

 

 明確な一線を引かれてしまった。こいつらが淡く抱いていた芸能人仲間、アイドル仲間だなんて思いは物の見事に消し飛んでしまったのだろう。自分達は凡人側であった…そんな哀しくて無情なる認識を、俺達は心に刻み込まれてしまったというわけだ。

 

「戻るぞ」

 

 俺は皆に撤収の声をかけた。取り敢えずこの夢のようなシークレット・ギグは終わったのだ。それぞれが余韻に浸る時間も十分に取ったことし、もう潮時だろう。

 

 先頭に立って与えられた控室に向かう。ただちゃんとメンバーがついてきているかを振り返って確認する余裕は無かった。俺にとっても想像を超えたアイのパフォーマンスは衝撃だったんだ。一先ずは落ち着いて自分の考えを整理したい。

 

 

 俺の夢は、まだ終わっちゃいない。こいつらの夢だってまだ始まったばかり。

 

 

 ならこんな所で立ち止まってはいられない。アイから受けた衝撃を上手く昇華させなければいけない。俺は気合いを込めて強く一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

「お前達のデビュー、済まないが遅れることになった」

 

 長く続いた沈黙を破って、俺は何とか言葉を絞り出した。

 

「順を追って説明するからよく聞いてくれ。状況は最悪に近いが、辛うじて進むべき道は残されている。いや与えられたというべきか…って、これじゃ堅苦しいか? とにかく俺はお前達の味方だ。目一杯支えるつもりだ。その覚悟があるから、今こうして面と向かって話をしている」

 

 苺プロの会議室には俺とテーブルを挟んで3人の少女達が席についている。ウチに所属する中学生モデルで、まもなくB小町というグループ名でアイドルデビューすることが決まっていた子達だ。出来れば初期組として5人は集めてから売り出したいという会社の事情で待機していたのだが、その分レッスンは十分に積んでいる。

 

 その3人を呼び出してから、もう10分ほど経ったか。ダンスレッスンの帰り際にこの部屋に集まるよう伝えたのだが、尋常ではなかっただろう俺の様子に気圧されたのか大人しく席に着いた。今だって文句も漏らさずじっと俺の話を聞いている。

 

「作曲家も振付師も掴まえてはいた。準備だけは順調で何なら3人だけでも前倒ししてデビューさせることさえ可能ではあったんだが…その全てを覆す出来事があったんだ」

 

 センター候補の確保という俺の意思はさておき、進み始めた話はそう簡単に止められないもので。もう少しでデビュー場所まで確保してしまうところだった。先方に又の機会に宜しく頼むと丁重に謝罪して事なきを得たが、気持ちとして幾らか包むことになった。作曲家にも振付師にも頼んだ作品を今直ぐには発表出来なくなったことを詫びて回った。ついでに他、関係者にもだ。まったく銀座よりマシだとは言え、麻布もそう変わらねーじゃねーか。酒を奢っただけとは言えない、地味に痛い出費になっちまったぜ。

 

 

 

 そんな訳でまあ、俺はここ1ヶ月程忙しかったのだ。先日なんかは春日プロにまで顔を出したからな。枚岡マネージャーとの初となる打ち合わせは実に緊張させられたわ。

 

 

 …というよりあれは、明確に俺のことを脅してきたんだろうな。春日を決して怒らせるな、と。

 

 

 思わず意気込み過ぎて約束の30分前に春日プロに着いてしまった俺は、ロビーで待たせて貰おうかと一先ず受付に声をかけた。すると先方は既に応接室で待っているという。そして案内された先でまず俺が目にしたのが――自力で立ち上がれないほど憔悴した初老の女性と、それを泣きながら何とか助け起こそうとしている男だったのだ。

 

 すわ何事かと思わず手を貸したんだが、そこに相手を打ちのめす様な冷徹なる声が浴びせられた。

 

 

 …ああ、まだ居たんですか。次の約束があると伝えたでしょう。速やかに退出しなさい。

 

 

 それは確かに枚岡マネージャーからの声がけだった。ただそのガラス玉の様な目、その酷薄な口元がどこか人間離れしていて…

 

 いや、思い出すのはもう止めよう。とにかく俺は乗りかかった船、まだ時間前の訪問であることを謝罪しまた改めて時間ぴったりに顔を出させて頂くとの断りを入れてから、男と協力して女性の肩を担いで退出した。

 

 とても詳しい事情が聞ける状況ではなかったが、これも何かの縁だろう。タクシーを呼んでやって、2人を座席に押し込んでから名刺と金を押し付けた。これで病院に行くでも療養させるでもしろと。落ち着いたら無事を知らせてこい、なんて格好つけてしまった。

 

 またなけなしの金が…こんなことしてるから俺は常に懐が寒々しいのでは…いや別に今回は後悔するような使い道じゃねぇからいいんだけどな。

 

 翌日、男から連絡が入り聞いた話では…とある方に無礼を働いてしまった、春日を怒らせてしまった、とのことであった。…うん、いかにも俺が聞いたらマズそうな話だな。まあ今度パッと呑みにでも行こうぜと精一杯元気づけておいた。

 

 

 

 

 まあそんなこんなで諸々のごたつきがようやく片付き、目の前の少女達にも事情を説明出来るようになったわけだ。

 

 ただどうしても先日の出来事から春日プロとの関係を意識せざるを得ない。アイの存在、そして俺が進むと決めた困難な道…どうしたって力が入ってしまう。なかなか口を開くことが出来なかったのだ。

 

「近々…と言ってもまだ何ヶ月か先の話ではあるみたいだが、とある女性アイドルがソロデビューする」

 

 具体的にいつになるかは、カスガコヤネの判断次第らしい。

 

「アイドル界を一変させる超大物だ。少なくても女性アイドルグループは根こそぎ大打撃だな。グループにはグループの良さがあるが…そもそもグループを組むしか活躍の目がなかった者達なんかだと、てんで相手にならないな。久々に現れた…そして最後になるであろう、完璧な女性ソロアイドルの誕生だ。他のアイドルはみな転身を迫られることになる。女優になるか、アナウンサーになるか、お笑いに挑戦するか、それこそ地下に潜り込むか…少なくても自分がメジャーなアイドルだなんて名乗れなくなるな、恥ずかしくて。だって本物が現れてしまったのだから。あの子がデビューした時点で、アイドルという呼び名はただ1人のものになる。――あの子のみを讃える、称号となる」

 

 …し、しまった。熱く語り過ぎた。これじゃ未練タラタラ過ぎてこいつらも気を悪くするだろうに!

 

「ははっ…すまない。喋り過ぎた。実はなぁ、俺もその子のことをスカウトしようとしたんだよ。声をかけるのが一歩遅くて逃してしまったんだが…今となってはそれで良かったんじゃないかとも思っている。その分お前らを大切に出来るしな」

 

 もしアイが加入していたらB小町は完全にワンマングループになっていたことだろう。センターという役割を越えて…下手したらB小町という名さえ霞んでただアイのグループ、と呼ばれていたかもしれない。

 

 いや、それは前提が違う話か? カスガコヤネの元にいないアイはあそこまで傑出した存在では無かったんだろうし、そもそもやる気になってくれるとも思えないしなぁ。俺だとアイドルを続けさせるのにも苦労の連続、かもな。

 

 

 

 とにかく俺は話を進めた。その子は天下の春日プロ所属であり、あのカスガコヤネが自ら声を掛けてスカウトする程の逸材だと。

 

 …そう、流石に知ってるか。あのカスガコヤネだよ。はははっ、ファンなのか? うん、あいつがアイドルをスカウトするとか想像もつかないかも知れないが、確かな話だ。なんせ俺は本人から聞いたからな。…い、いや、違うんだ。羨ましくなんて全然ないぞ。俺はむしろ怪しまれて尋問されたんだよカスガコヤネに。俺の秘蔵っ子に何のようだ、ってな。まったくもって生きた心地がしなかったんだぜ? 下手したら俺はそのまま東京湾だったからな!

 

「――ま、まあそんなスカウト騒動があったわけだ。で、俺の寿命が幾らか縮んだのと引き換えにお前達の将来を担保してきたんだよ。このままでは先程言った通り、アイドルとして歩む道は相当険しくなる。お前らだってせっかくデビューしても地下アイドル止まりじゃ嫌だろ? それは春日プロとしても同じらしくてな、女性アイドルを全滅に追い込むのは本意ではないらしい。だからその子の対抗馬としてでも、他のアイドル達を支援することも考えていたんだよ。そこで変な形ではあるが丁度縁が出来た俺に、白羽の矢が立ったんだ」

 

 まあ、物は言いようか。カスガコヤネの意思と相当温度差がある気もするが、俺の事務所に支援があるのは本当だからな。

 

 俺はその内容を詳しく説明する。

 

「これはある意味チャンスでもあるな。春日プロのレッスンなんてどの大手事務所でも簡単には受けられない。その道で名を残す名コーチばかりだぞ? おまけに幅広いジャンルの教えを受けれる。映画だって舞台だって時代劇だって学べるんだ。ライブにしたって、自前の音響会社を持ってる事務所なんて他に無いからな。より現実的なアドバイスを貰えるぞ」

 

 実際その教えは生かされるはずだ。アイはテレビ関係への露出は少ない予定らしいし、他のアイドルが失意のまま沈んで空いた隙間にいずれこいつらを捩じ込んでやる。その時にはこいつらも大分成長していることだろう。むしろバラドルとしてなら引っ張りだこになってくれるかも知れない。

 

 あくまでアイドルとして生き残る為の戦術…それがB小町24構想を考えた理由なのだ。テレビを点ければどの時間帯でも、B小町のメンバーの誰かが画面に映っている。24時間いつでも、24人の内の誰かが貴方の「今日のアイドル」――になれたら嬉しいな、ってところだな。

 

 俺の今日のアイドルは頑張ってリポーターしてたこの子に決まりだ! とか、俺は笑わせて貰ったこの子が今日のアイドルだな!なんてSNSで盛り上がってくれたらなお嬉しいんだが。そんな日々のちょっとした喜びや支えになった子がいっぱいいるグループなら、ライブにだって興味持ってくれるかも知れないだろ?

 

「お前達には今の内に実力を磨いておいて、B小町改め、B小町24の中核になって貰いたい。他の事務所から合流する奴に負けないくらいの力を着けて貰いたいんだ。その為なら俺は何でもしてやる」

 

 でも春日プロに移籍するのだけは勘弁な! まあ正直言うと一芸や途方も無い才が無い者は相手にされないんだろうが…そんなことまだ幼いこいつらでは分からんだろうしな。

 

「戸惑いもあるだろうしショックでもあるだろうが、まずは春日のレッスンを受けてみないか。何にせよ貴重な財産になるはずだ。この特権は苺プロだけのものだぞ?」

 

 

 

 

 

 

 

 ――こうして俺達苺プロは夢に向かって歩み始めた。多少の苦労もあったもんだか、それでも生え抜きとなる人材も2人増え、忙しくも順調と言ってもいい日々を各自過ごしていた。

 

「これが、アイ…」

「おい、アイちゃんと呼ぶ癖付けとけよ。本人に面と向かって言うならともかく、近しい関係者に聞かれたらレッスン出禁にされるぞ」

「わ、分かったわよ、もうっ」

「でも本当にこれが、初配信なんだ…」

「ああ。芸能界にはまるで関わったことないし、こんな活動も初めてとのことだ。何ならSNSさえ触れたこと無かったらしい」

「これは凄いよねぇ…」

「私達がこの子の対抗馬かぁ。いやはや厳しいなぁ」

「でも同じグループにいたら尚更厳しかったでしょ。絶対埋もれてたって私達。幸いそうじゃないんだから、もうやるしかないでしょ」

「その通りだ」

 

 アイの初配信も一緒に見て、決意を固めた。

 

「春日のレッスンはどんな感じだ? 俺も見学はさせて貰ったが、実際受けた感想が聞きたい」

「厳しいですよ、やり甲斐はありますけどねぇ」

「ダンスの先生がぶっ飛んでたわね!」

「…ちょ、ちょっとテンション高いよね」

「ああ、あいつか。あいつとは俺も少し縁があってな。その分お前達の為に気合い入れて教えてくれてるんだろさ」

「でも歌うこととダンスのバランスまで考えてくれてたし、いい先生だよね」

「何故か歌も上手いんだよね、あの先生」

 

 レッスンも順調のようだ。

 

「バックダンサーの件、考えてくれたか」

「出るわよ。春日フェスなんて大きいイベント逃せるわけないでしょ! ねぇ、みんな」

「う、うん…私もそう思う」

「まあねぇ」

「ウチらも自信がないわけじゃないしね」

「私は純粋に楽しみだな」

「良し。なら絶対にカスガコヤネから約束を取り付けてやる」

 

 それぞれ自信だって付け始めている。

 

「社長メンシまで入ってるの…? メン限まで見てるなんてちょっと引くんだけど」

「や、やかましいわっ。仕事に関係するんだから仕方ないだろうが。そんな関係者も多いはずだぞ」

「わ、私も親に入れて貰ったよ、社長」

「まあ、私もだけど」

「じゃあ文句つけんなよ…」

「あははっ、まあまあ」

「でもアイちゃん、苦労してたんだね。ちょっと腑に落ちたよ」

「その分今は幸せとしても…やっぱり自分がそうなってたら嫌だな」

「まあアイも人の子だったってことね! 今度慰めてあげようかしら」

「だからちゃんを付けろと。会ったこと無いのによくそんな口訊けるな、お前…」

 

 アイを、ライバルとして捉えることが出来そうな所まできていた。

 

 

 

 ――そんな充実した時間を過ごしていた最中に、俺達にとって大打撃となるアイのシークレット・ギグの日を迎えてしまったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

☆☆☆

 

 

 

 

 控室は重苦しい雰囲気に包まれていた。誰も口を開くことなく、ただ自分が受けた衝撃に呑まれてしまっている。やたら飲み物を口にしたり、下を向いたまま微動だにしなかったり、逆に髪をずっと弄って落ち着かない様子であったり。俺も一度高揚した脳が上手く働かず、そんな彼女達を眺めることしか出来ていない。

 

 

 ――やっぱり俺、憎まれても仕方の無いことしてるよなぁ。

 

 

 そんな中でようやく頭に浮かんできたのは、懺悔を含んだ気持ちの吐露だった。

 

 年若き少女に現実を突き付け、夢と希望を失わせようとしている。それでも尚、折れずに立ち向かってくれ…なんて実に都合が良すぎる話だったな。

 

 才能と実力と、運と伝手。その全てを持ち合わせた者は冗談みたいにあっさりと頭角を現し、何かが足りなかった者はどれ程足掻いてもやがては消え去る運命だ。これが芸能界、これぞ芸能界の慣わしとはいえ、自分がそれを強要するのはやはり気持ちいいものではない。

 

 

 ――お前らだって実力は伸びているんだぞ! 伝手だって俺に任せろよ。なんせカスガコヤネと直接コンタクトを取れるんだぜ俺は。いつかお前達の為に専用楽曲の1つや2つ、もぎ取ってきてやるよ!

 

 

 いや〜苦しい。第一、カスガコヤネを説得出来る見込みが乏しい。アイツはアイ以外のアイドルを本当にどうでもいい存在だと思っている。むしろ根拠の無い自信と我に満ちた年頃の少女など、狂犬か何かと思っているのかも知れない。

 

 へー。ちゃんと芸を仕込ませているんだな、やるじゃん。

 

 そのぐらいの認識でしかない恐れがあるんだよなぁ。――言い過ぎだろうか?

 

 悪気がなさそうなところもまた厄介な話だ。あいつはそもそも人の持つ才能などに期待していない。これはアイドルに限った話ではなく、芸能という分野全般に言えることだと思う。春日プロの才能があるとされる役者の名を上げても首を傾げるばかりで、まるで評価していないことに俺は素で引いてしまった。辛うじて頷いたのは実力派と呼ばれる、長年頑張って替えの効かないキャラクターを作り上げた者の名だけであった。

 

「どの人間も似たりよったりなんだから評価することに意味なんてないだろ。だからまあ、それならより真っ当に頑張っている者が報われるといいよな。そういう世界にしたいよな、芸能界も」

 

 そんな言葉をあっけらかんと口にしていたのを思い出す。これ、俺はどうすればいいんだよ? あいつの基準ぶっ飛び過ぎだろ。

 

 このままでは楽曲提供を打診したところで、普通の人には普通の人が作った曲のが合ってないか…? なんて善意あるつもりでの言葉が返ってきそうだ。殴ってやりたい。だがアイツやアイの才能、実績を前にすると正論のように思えなくもない。正直に言い過ぎだろとは思うのだが、明確な反論が出来ないのもまた確かなわけで…

 

 

 

 

 

 

 

 結局、俺はあいつらに何も出来なかった。この世からはみ出してたんじゃないかと思えるギグの光景を前に、上手く励ますなんて白々しいことが出来なかったのだ。俺はまだお前達を諦めていない…そんな言葉しか掛けられなかった。

 

 その様を後日カスガコヤネに伝えてみると、それはもう大層呆れた顔で見据えられた。

 

「当たり前だろ。アイは歌い踊ることに特化させたアイドルだ。ステージ上でこそ真骨頂が発揮されるんだよ。MCや配信での話し回し、場回しの巧みさ何かはオマケだな。あれは努力したというより今の生活の中で自然と形成されたアイの内面、性格から生み出されたものだからな」

 

 

 ――ステージ上に降臨する天下無双の女神様は、配信で見せる素顔をもまた格別に魅力的な女の子であった。

 

 

「これが俺達が育てたアイだよ。配信見てるなら分かるだろ? 初期にはアイの内面を引き出す為に多少無理にでも弄っていたが、今では何もしなくても素顔が垣間見れるようになった。キャラクターとして多少誇張する演技はあるが、それもアイドルとして茶目っ気を出す為のものだしな」

 

 確かにそうかも知れない。

 

「自信がついたんだよ。俺達にありのままの自分を愛されて、心の奥底に潜んでいた明るさが全面に出てきた。ファンにもそんな自分を認められて、支えられた。これが配信を活動の中心とした理由だな。ファンとより多くのやり取りを交わせばどうしたって本心が滲み出る。ましてや喋っている場所がステージでもテレビ局なんかでもない慣れ親しんだホームだからな、そりゃ気も緩むだろ。実際ポロポロ本心が溢れてるしな。でもそんな正直な反応をもファンは喜び、笑って受け入れてくれた。とんでもない言動を取ってしまっても、それも個性だと面白がってくれた」

 

 まあ…それには俺も驚いたよ。やっぱり本物が見たいんだろうな。ファンとは想像以上に、応援する対象をよく見ている。

 

「なら、もうアイは止まらないよな。お前のところの少女達が追いつける訳がない。仲間や友人になるのも今は難しいだろうな。アイドルとして生きる以上、嫉妬や恨みを抱かないはずがないわけだし。それを飲み込んで昇華出来る年齢じゃないだろ彼女達は。今は萎れているのかもしれないが、まだまだ無敵感溢れる年頃なんだからな。余計に反発される恐れだってある」

 

 人の悪意に苦しんできたアイに、わざわざ近づかせたくない。そいつらにアイドルを続けさせるなら最低限の関わりで十分だろう。実際、アイからもそういう要求はないんだよ。話題にはなっても会ってみたいとかは口に出したことも無いんだ。…怖さが残っているんだろうな。俺としてはアイの気持ちを尊重して見守るだけだよ。友人候補なんて他にも居るしな。フェス練では顔を合わすのだから、これ以上敢えてきっかけを作るものではないと思っている。

 

 そう続けられた言葉に俺も思わず同意してしまう。そうだよな…まだ上のヤツでも15才の少女なんだもんな。芸能人として大人扱いする前に、より考慮してやらないといけねーよな。俺もせめて自分の所のタレントぐらいは守ってやらないと。じゃないと散々に少年少女を食い荒らして使い潰すクソみたいな業界人と同じになっちまう。

 

「あのギグはアイにとっても大変満足いくものだったが、それは個人的に嬉しいことがあったラストの曲ぐらいのもんで、他はいい汗かいたー的な喜びだ。抹茶ラテを飲んだ時と同じ顔してたな。別に元々が渾身の何かを込めたギグだった訳じゃない、あれくらいのデキが普通なんだよ。――どうだ? 対抗出来るか?」

 

 

 ――出来ない。

 

 

 もしあの領域に届くとするならば、それはもうアイドルとして最大限上手く成長した上でピークに到達した一瞬の出来事であろう。将来、もしかしたら涙の解散ライブでそんなシーンを目撃出来るかも…と言ったところだ。今のままではな。

 

 だから、お前さんに縋ってるんだ。

 

「…取り敢えず声変わりが一段落するまで頑張らせてみれば? 一般的には15才が目安だが、俺からするとまだ誰も終わってないな。だから定期的に軽く喋ってる動画でも撮って持ってこい。終わった子から、俺が声の調律をしてやるよ」

 

 あ〜、噂の神技ってやつか。

 

「アイに施しているものとは全然違うけどな。グイッと耳と喉を弄るだけだし、30分も掛からない。ただ効果はあるな。アイドルの後はシンガーを目指す道も拓ける子が出てくるんじゃないか? 後は春日から紹介された人材掴まえて自分で何とかしろよ。何とかできた後なら曲の1つや2つ提供してもいいが、今やったら比べられて潰れるぞ。俺に曲を貰っておきながら、これか…? みたいにな」

 

 …確かに。それはマズイな。あまり実力に見合わないことさせるのも問題か。

 

 まあ今回はもう破格な約束をして貰ったからな、後は俺が踏ん張ってみるか。あいつらを上手く乗せて、萎みかけた俺達の夢を何とか取り戻して見せるぜ!

 

 

 

 俺はそんな決意を胸に、勢いつけてダークモカチップフラペティーノを飲み干した。コーヒーが入ってるのは実に結構な話だが、それでもあめぇ。今の俺には甘過ぎるっ。

 

 どこかほろ苦い香りだ、騙されたぞこれ!

 

 

 

「まあ、頑張れよ」

「頑張ってー、社長さん★」

「…お前、さっきからずっと黙っていたが、何か言いたいことはなかったのか? かなり恥ずかしいこと喋られてた気がするんだが」

「あははっ、特にないよ★ だってその通りだし」

「その割には耳が真っ赤だなぁ? 一丁前に照れてんのか、お前」

「う、うるさいなー。社長さんは早く自分の会社に顔出したら。みんな不安になってるんじゃない?」

「まあな。これ以上2人の仲を邪魔するのも悪いしな」

「全くだ。今日は1日かけてアイを開発しようと思っていたのに」

「ヤ、ヤネ君!? 初耳なんだけど、それ!…っていうか、考えてみれば今日は元々付きっきりでボイトレする日だったじゃん。それを開発っていうのは良くないなー★」

 

 

 

 

 俺はそんなイチャイチャを繰り広げている2人を余所に、席を立つ。甘ったるいのはもう十分だよ。片手を上げて挨拶を済ますと、何かおかしい目をしてこちらを伺う店員を無視して店を出た。

 

 辺りはまだ夏の名残りを色濃く感じさせる日差しに照らされている。昼下りのオフィス街、どこか忙しくもゆったりとした時の流れを漂わせていた。

 

 しかし時間的にはもう夕方に近いのだ。そろそろB小町のメンバーも会社に集まっていることだろう。俺は小走りになりそうな気持ちを抑えつつ、それでも確実に早足でパーキングに向かっていた。

 

 

 

 みんなっ、今日は良い知らせをもぎ取ってきてぞ。してやったりだぜ! やっぱりアイを連れてた方があいつも判断、あめぇんだよなぁ!

 

 

 

 ヒャッハー! 俺は喜びのあまり叫び声を上げそうになる自分を必死に抑えた。危ねぇ、叫ぶのは車に乗ってからだ。

 

 アイに騙されて甘ったるいドリンク飲まされたのも帳消しにしてやる。どうせ経費で落ちるんだから3人分の飲み物代なんて安いものさ!

 

「ヒャッハー!!」

 

 もういい。もはや叫んだって構わない! だってカスガコヤネに専用の曲貰えるなんて快挙だぞ。勿論作曲料はたっぷり払ってやるさ。なんせその頃のB小町24はアイのライバルなんだからなぁ。それなりに売れてなきゃおかしいんだから金ならあるぜ、きっとな!

 

 

 

 

 俺は浮かれ気分で軽快に車を転がした。今夜はミヤコでも誘って祝杯を上げるか。そんな甘い話を想像して思わず顔がニヤけた。

 

 

 ――高額な交際費も大概にして下さい。経費だって結局会社のお金には違いないんですよ!

 

 

 経理にそう言われて顔を歪めたのは、後の苦い話だ。

 

 

 

 

 

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