世にも珍しい愛を一方的に押し付けられる星野アイ系SS
「かすがげーのープロダクション…? …芸能人? 私が? …笑っちゃう話だね。スカウトって言うから何かと思――!?」
私は思わず目を見開いていた。目の前の席で今ちょうどサングラスを取ってみせた男の顔に、息をするのも忘れるぐらいの衝撃を受ける。
――だってこの顔、見たことあるよ。何度もテレビで、見たことあるもん。
思い出すのは何度もテレビで紹介されていた1本のミュージックビデオ。まるで走馬燈のように頭をよぎるは、夢中で憶えたあの歌の歌詞。
私は改めて目の前の男に視線を向けた。スーツ姿に人間離れした綺麗なお顔が妙に映える。そして一際目に付くその瞳には、金色に輝く星の姿が宿って見えた――
★★★
私がいきなり声をかけられたのはとある昼下がりの街中だった。何か飲み物が欲しいなと周辺の店に目をやっていたところ、数人の男女が急に視界へ割り込んできたのだ。
「…え?」
「ごめん、ちょっといいかな?」
それはまるで俳優と秘書の様なスーツ姿の男女のペアに、ガーリーな長袖シャツワンピ姿のふわふわ女子が加わった3人組だった。
あ…なんか厄介な事に巻き込まれそう。
声をかけてきた男性はやや白に近い金髪サングラスで人相不詳だし、年齢不詳のガーリー女子はその幼い美顔にニヨニヨとした不思議な笑みを浮かべている。安心出来るのは秘書風のお姉さんだけに思えた。
「どうしても君が欲しいから話を聞いてもらいたい。それと、スカウトもしたい」
「ス、スカウト? …いやその前に、その声のかけ方はおかしくない? スカウトはおまけなの?」
「ちょっとストップ! 彼女の言う通り、それじゃナンパかスカウトか分かりませんよ」
「ナンパなんて軽い気持ちじゃないけど」
「あー、ハイハイ。このままじゃ変に目立っちゃいますので、ここは私に 」
う、うーん。やっぱりまともなのはこのお姉さんだけだと思うなー。
「まずはこれ、私の名刺だから受け取ってくれるかな」
だから私は思わずお姉さんの差し出す名刺を手に取ってしまった。なんとなく親近感を持ってしまったゆえに気が緩んでいたのかもしれない。
「えーと」
マネージャー 枚岡巫言 (ひらおか みこと)
まず目に入ってくる大きな文字、どうやらこれがお姉さんの名前らしい。何だか珍しい苗字に名前だね?
「巫言。とりあえず、はよお店行きおし〜」
私がまだ名前しか確認出来てないところで、ガーリーふわふわ女子が京都弁みたいなイントネーションで何か急かしている。…何? どこの店に行くって?
「あ〜そうですね、分かりました。とりあえずそちらのお嬢さんも…この目の前のお店でいいですか? こちらで何かお飲み物でもいかがでしょう。 何でも頼んで下さい。お代は出させて頂きますので」
「そうだな。ここなら他の人の目もあるし、君も安心なんじゃない?」
どうやらみな、目の前のカフェに入りたいらしい。私も好きなチェーン店ではあるし、奢りなのは施設住みのしがない小学生には確かに嬉しいことなんだけど――
ま、いっか★
何だか急に現われたくせに話の展開まで持ってかれてる現状に疲れてしまった。もう流れに任せて、とにかく甘い物が飲みたい。
どうせなんともならないよ。
――つまり私は、見事に抹茶ラテの誘惑に負けてしまったのである。
★★★
――視界が霞む。けど目を逸らせない。飲み物を持とうとしていた手が一度痙攣したみたいに大きく跳ねて、空を切った。頭の中では何度もあの歌がリフレインしている。
アイとは思いやる 暖かな執着
湧き立つ優しさに 身を包まれること
貴女にそう 教わったんだよ
ただそこにあるわけじゃなくて
見つけるものでもないんだって
知り合うことでは 始まらないし
知り合わなければ 生まれない
アイとは求め合う 緩やかな束縛
香り立つぬくもりに 身を委ねること
貴女はそう 笑ったんだよ
ただ思えばいいわけじゃなくて
認めるものでもないんだって
掴まえなければ 得られないし
掴まえてみても 感じない
何を成しても 不幸せで
貴女しか知らない 他はいらない
そんな生き方しか出来はしないのに
今動かなくちゃ 不正解で
間違いしかない 理解できない
そんな生き方しか出来はしないのに
心の岩戸を壊しながら
アイを叫ぶよアナタの為に
自分だけのアイが欲しい
アナタの為に星になるよ
もうどうにもならなくて叫んだんだよ
アナタの星が見つからないんだよ
千の言葉で語れる思いを
今街中に投げ捨ててみたら
アナタのその手に 届くだろうか
アナタのこころに 生まれるのだろうか
もうどうにも辛くて生きてたくないんだよ
アナタがいなくちゃ死んだ身なんだよ
万の言葉で紡いだ祝詞を
夜空に向かって謳ってみれば
アナタの瞳に 宿るのだろうか
アナタの星を アイせるだろうか
タイトルは「アイノリト」
私が施設のリビングにしかないテレビで夢中になって聞いていた曲、カスガコヤネが3年程前に作った狂おしい程に愛を求める情念の歌だ。
――愛を讃えよ、愛を捧げよ。
そんな啓示を受けた気分にさえさせるこの歌に、私は人生生まれ変わるぐらいの衝撃を受けたことを憶えている。私の心の奥底にひびが入り、何か大切な物が生まれそうな気がして一人、ベッドで涙をこぼした夜のことを今も鮮明に憶えている。
私の特別。私が知り得たホンモノ。
天上の美声、またそれに見合う歌唱力も相まってその歌は私の大切な宝物となり、また私が生きていく上で唯一の、そして最後の希望となっていたんだ。
――だってズルいんだよ、この歌詞は。
何故か「星」だの「アイ」だの私に馴染み深い言葉が多用されてるんだよ。私が気になっても仕方ないと思うんだ。――まだ9才だった私が、まるで私を救う為の歌なのかと、勘違いしてもおかしくはないと思うんだよ…
そして今、そんな歌をこの世に生み出した人が目の前にいる。だから私は、両目から涙が溢れるのを抑えきれなくて。
「大丈夫…か?」
金色の星を瞳に宿した存在が、私を貪欲に取り込もうとしてくる。心配を滲ませたその声色で、こんな私を優しく貪ろうとする姿を幻視して――
――ありえないよ
そこで私はようやく落ち着きを取り戻して、一つ肯いてみせることが出来た。
「だ、大丈夫です…」
それはいつもの余所行きの声とは似ても似つかないか細い呟きになっちゃったけど、問題ないのは伝わったと思う。
「巫言、この子かわええわ〜」
「いや珠夜様…そんなニコニコ笑って良い状況じゃなかったでしよ、今…」
常識ある素晴らしい女性な枚岡さんにますます好感を覚える。私も巫言さんって呼んでいいかな? 名前覚えたよ、これ。
「まあ、ひとまず落ち着けたようで安心した」
金髪男性…もう正体分ったから名前でいいのかな。とりあえずカスガさんから差し出されたハンカチを遠慮なく受け取って目を覆う。何だかヤケになったような気分だ。やっぱりこの、実質いきなり知らない3人組に拐われたというワケの分からない状況に、気持ちはだいぶ戸惑っていたみたい。いくら衝撃的な出逢いをしたからって、私が人前で泣くとは思わなかったよ。
「あーっと。それでね、星野さん。一応これでこちらの事情は伝わったと思うのだけど、良かったら場所を変えない? 車を近くに待たせてあるから、ウチの会社に移動しながらこの…児屋様の話を聞いてあげてくれないかな? って」
「何だその、くれないかな? って…俺は子供か?」
巫言さんに片眉だけ上げて不満を示すカスガ…さん。流し目がかっこいいとは思うんだけど、滲み出る雰囲気はちょっと子供っぽい…かな?
「うんうん。そうしよそうしよ」
ふわふわ女子はまんま子供だ。
「――わかった。行くよ」
私も泣いた影響か言葉が足りない喋り方になってしまって少し気まずいし、出来たら身も休めたい。
巫言さんは私の返事にすぐさま頷いてスマホで連絡を取り始めた。時折周りに視線をやって、辺りを気にしている。考えてみればあのカスガコヤネがここにいるのだ、幸い店内に人は少ないがバレれば途端に囲まれてしまってもおかしくない。
「はい、じゃあみなさん行きましょう」
どうやら店の前まで車が来たらしい。ホントすぐなんだね。巫言さん達3人はそれぞれ飲み物片手に立ち上がった。私もこの、もう返すつもりなど微塵もないハンカチをいそいそとポッケにしまいながら席を立つ。ふわふわさんに横目で見られてたのはちょっと恥ずかしかったけど、まあ、おーけー。
「ん? ふらついてないか? 無理しないでくれよ」
お、おぉーっと。
ちょっと疑似走馬燈体験が負担になっていたのか、私が一歩二歩とよたよたしてしまった所でカスガさんに肩を抱かれた。
うはぁ、初めての経験かも。
さも自然にこういうことするんだねぇ。私の警戒心が足りないのかな? 男性のこういう行動を許してるといつか破滅しそうだけどまあ私が破滅したところで何だって話だしそもそもが人として壊れちゃってるしでも本来の私はこんないきなり肩を抱かれる距離まで人に近寄らないわけでむしろ迂闊に触れられたくないわけで何と言ったかパーソナルホニャララが広いと思ってたんだけど広いだけで大事じゃなかったってことかな終わってるね私最悪サイアク最悪なバカだね私だって喜んでるよ私守られて喜んでるよ私嬉しくて頬が熱くて私やっぱりこれ相手が特別な人だから私はそう思っ――
…あっ。
私はチラッと顔を上げて周りの様子を伺う。相変わらず客は疎らに居るだけだったけど、ちょうど店の出口で待っていた巫言さんと目があってしまった。
――うーん、何だか目が死んでる気がするなぁ。
「お願い、目立つことしないでね――」
大変だね、巫言さん★
…話を進める気あるのか系SSかな?
あと歌詞をまた自作するはめになりました。
…歌詞なんて載せなくてもいいような話の展開にするべきでしたか。
恥ずかしくて頭がフットーしそうだよぉ状態だよぉ…
どうせこれが最後の作詞もどきと、自分を励ましながら書きました。