愛を謳歌する幸せなアイの話   作:京猫

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囲め〜! 追い込め〜! をされる星野アイ系SS


★スカウト 2

 

 

 車に乗ったらあっという間、気が付くと私は春日プロに到着していた。今はちょうど車から降りて、ビル内部だと思われる駐車スペースで身体をほぐしながらエレベーターを待っている。

 

「いや…危機感」

「…んぅ?」

「危機感の欠如…いや欠落かな。アイちゃん、一応私達は初対面でしょ。信頼してくれたんだろうけど、あまり油断しちゃ駄目よ? この春日プロ内では存在さえ許さないけど、芸能界自体には何やってもいいと思ってる人もたくさん存在してるんだから」

「あっ、ハイ…ごめん巫言さん」

 

 どうやら私は車に乗り込んでからすぐ眠ってしまったみたいで。大きくて広くて内装も豪華な車だなーと思いながら乗り込んでから、どこをどう走っていたのか記憶にない。そう言われただけで、ここが本当に春日プロのビルなのかも定かじゃない。巫言さんの言うことはもっともな話だ。

 

 これ、施設の人にバレたら滅茶苦茶怒られそう…

 

 ちなみに巫言さんとは既に名前呼びの仲になっている。この人はきっと良い人、なんせ注意を促す時も声色に優しさが溢れてる。真面目な性格だから人に注意もする、でも自分から見捨てたりしない。だからこそ、私みたいな不真面目な人にも懐かれてしまう苦労タイプとみた。

 

「まあまあ〜、アイちゃんはまだ子供の内…今いくつ?」

「えっと…12才で、今年中学生になります」

「そっか。そのぐらいならまだ身体に無理がきく歳じゃないでしょう? 今回は純粋に気疲れしちゃっただけじゃないかな。見た感じ人に簡単に心開くタイプじゃなさそうだしねー。本来なら危機感のなさもその人見知りな性格がカバーしてくれるでしょ。 …あ、それとも本当は児屋様に一目惚れしちゃったから身を任せたとか? どうどう?」

「…言い方。それこそアイちゃんはまだ子供なの」

 

 この気さくにズケズケ話しかけてくる女性は、今回運転手してた人。この人もカスガさんのマネージャーらしい。名刺貰ったし後で名前覚えよう。多分この人のズケズケな優しさも、私の為になる。私の壊れかけた対人センサーもそう言っている。…多分ね。

 

 

 

 そんな会話を交わしてるうちに、どうやらエレベーターが到着したようだ。ふわふわさんが全身を使って元気にこちらを手招きしている。何だこの人、可愛すぎるでしょ。やっぱこの人もタレントさんなのかな? でもマネージャーさん2人の態度がタレントに対するにしては大仰なんだよね。カスガさんも好きにさせてるし、時に表情緩めて見守ってる感じだし…

 

「じゃ、行こうアイ。取り敢えず俺のプライベートな仕事部屋に案内するから他に見知らぬ人はいないし、気を抜いても大丈夫」

「う、うん…」

 

 な、なちゅらる〜。またナチュラルに肩を抱かれてますナチュラルに名前呼びされてます助けて下さい巫言さん! いや助けなくていいんだけど、でも助けて欲しい、この心境…!

 

「でもアイは12才か。12才っていいんだっけか…」

 

 ――な、何が!? タレントするのが!? でも子役タレントとか存在するし、じゃあ何が!?

 

「いや…倫理が。ダメに決まってますよ児屋様」

「…世の中ままならないかぁ」

「ままなってしまったら面白いわねー、試してみましょうか?」

「やめて」

「世の中の一つや二つ、ままならなしてこそ春日児屋…」

「煽らないで祈織。分かってるでしょ、少なくともアイちゃんには心の成長か安定が必要」

「まあね、身体は12才なら何とでもなるもんね。分かるわ」

「そんなこと言ってないわ!」

「おい、うるさいなお前ら。俺の覇道に口を出すな」

「!?…そんな覇道ないから!? 児屋様も乗らないで!」

「お前が思い込みで過剰な反応するから、冗談にして流そうとしただけだ。真面目に弁解したら逆に生々し過ぎるだろ」

「あははっ、ホント心配し過ぎ。巫言がここまでムキになるって、アイちゃんのことそんなに気に入ったんだ? まあ、私もその気持ちは分かるけど」

「ま、まあ…ね。待望の子だもの。でもだからこそ、アイちゃんの気持ちは大事」

 

 ――な、何だかよく分からないこと話してるなぁ。

 

 私は意味不明な会話を聞き流してエレベーターに乗り込む。ふわふわさんがえいえいえいと喜んで一番上のボタン連打してたけど、行き先あってるのかな? …あってたらしい。最上階に到着後、廊下で2回カードパスを抜けた先の部屋に私達は入室した。

 

「あっ、この部屋…」

「あれ、気付いた? もしかして俺の配信見たことある?」

「MVで…テレビ番組で紹介されてたMVで見たよ…」

「うん? …あー確かにMVでも1回使ったな。良く分ったね、あの頃と少しレイアウト違うでしょ」

「…気付くよ」

 

 当たり前だよ。

 

「でも、そうか…あの曲聞いたことあるなら話が早いか」

「早くはないです…児屋様。むしろ戸惑ってしまうと思いますよ。だからちゃんとアイちゃんが納得するよう、話してあげて下さいね?」

「巫言、お前が変に心配すると…見ろ、アイが固くなってる。余計な緊張させるな」

「いやー、アイちゃんが固いのは間違いなく児屋様の言動が原因だと思うんだけどねぇ。私達の声なんてこの子の耳に届いてるだけましな方。今はまだ、そういう子でしょうに」

 

 う、う〜ん…何だか私、みんなに寄ってたかって分析されてない? イヤじゃないんだけど不思議な気分だ。今まで誰かにここまで構われるなんて経験無かったし。

 

 でも、だからこそようやく、今になって肩の力が抜けてきたかも。

 

 

 

 ――どうやら私は、ここに居てもいいらしい。

 

 

 

 ここにいる皆に受け容れられてる。不安に思うことない、安心していいんだ。…私は今、そんな気分になっているのかも知れないね。

 

 

 

 

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

 

 

 

 

「私、人を愛した記憶も愛された記憶もないんだ」

 

 

 

 

 

 言ってしまった。語ってしまった自分の心を。人を煙に巻いて追い払う為じゃなく、自分を知って欲しくて言ってしまった。だって歌うだけならこれから頑張れるけど、いくら何でもアイドルは無理なんだもん。

 

 自分の過去から現況まで簡単に説明し終えて、私はそれ以上喋ることを思いつかず帽子を脱いで口元を隠した。

 

「なるほど…ね」

 

 コヤネさん…本名は春日児屋と書くらしい。彼の呟きがシンとした部屋に溶けて消える。少し肌寒さを覚える空気が、逆に私の右腕を覆うぬくもりの存在を思い出させた。

 

 仕事に関わる話し合いということで、児屋さんは私とテーブルを挟んで正面のソファに腰を掛けている。マネージャーさんもその両脇に。私の腕を取り隣に座っているのはふわふわさん…実は児屋さんの実姉になる春日珠夜さんだった。20才になる児屋さんの3つ上で、既に既婚者で子持ち…最初は信じられなかったけど、児屋さんにたま姉と呼ばれているのを聞いて何とか納得した。

 

 その珠夜さんが、私の右腕を抱きしめたまま淡く微笑む。

 

「だんない…大丈夫だよ、アイちゃん。ウチがいるし、児屋が全部何とかしてくれはるよ」

「まあ、そうだね。――そう言ってくれるってことは、たま姉もいいんだよね?」

「もちろんや」

「祈織?」

「最速で処理させます。春日の弁護士達なら何とか出来る範囲だと思いますよ。…あぁ、アイちゃん。施設の名前と電話番号聞いていいかな? 今アイちゃん預かってますって、連絡入れとかないといけないからね」

「私は珠夜様のご家族に報せを入れます。家で待機してる舞にも連絡取りますね。先に部屋の用意をして貰いましょう」

「あの…みんな一体何を…?」

 

 マネさん2人が慌ただしく席を立つ。その突然の機敏な行動に面食らっていると、児屋さんが私の左側に席を移してきた。

 

「アイを迎え入れるにあたっての、取るべき手続きとか…いろいろかな。全部説明すると長くなるから後でゆっくり話してあげる。それより今は、俺がアイに話すことがある」

 

 児屋さんは半身をこちらに向けて、私の髪をそっと撫でてくる。私はちょっとびっくりしてその拍子に帽子をテーブルに落としてしまったのだけれど、それを何故か珠夜さんが拾い被った。そしてそのまま席を立ち、入れ替わるように元々児屋さんが居た席に移る。相変わらず優しい笑みを浮かべたまま、珠夜さんはこちらを楽しそうに見つめていた。

 

「まず…そうだな、俺は勝手ながらアイの心に寄り沿えることが多いと思う。何故なら俺も親の愛とやらを知らずに育ったからだ。これは姉も同じで、やや特殊な家系の生まれということもあり真っ当な親子関係が築けなかったからだ」

 

 児屋さんはほんの少し顔を歪めて、嫌悪感の様なものを滲ませる。

 

「俺と姉の家は歴史あるでかい神社の本家でさ、他に一族の分家やら仕える立場の…昔は侍臣なんて呼ばれた家が多数ある。まあ財閥程では無いけど、同じようなイメージをして貰えばいいかな。例えばこの春日芸能プロダクションなんかも、古くは神事の際に必要な舞やら演奏やらに関わる家…雅楽や舞楽、または猿楽とか…アイに分かりやすく言えば歌舞伎座みたいな芸能に携わる家を主体とさせて出来たんだよ」

 

 …聞いたこと、あるかも知れない。テレビでは御曹司みたいな扱いをされていたのを見た記憶がある。

 

「そんな家系の本家となる家でね、俺と姉は神子…神の力を与えられた子供だと崇められた」

 

 神子…

 

「まだ喋り始めたぐらいの幼子に、その両親が謙って仕えてくるんだ。この現代に巫女と呼ばれる神に仕える立場の者まで用意された。一族が集まれば当然一番上座に俺や姉が座る。年配者達が腰を曲げ頭を下げ、孫より幼いだろう俺達から声を掛けられるのを身を正して待つ。…そんな家、まともじゃないよな」

 

 まあ、俺と姉が生まれてからすぐ色々やらかした…少なくとも周りはそう解釈したのが原因らしいんだけど。

 

 児屋さんはそう言って苦渋の表情を見せる。

 

「俺が今曲がりなりにも真っ当に生きているのは、姉が居たからだ。姉から十二分に愛を受け取ることが出来たからだ。姉がいなければ俺は愛を理解することもなく、誰かを愛そうとすることも無かっただろう。実際俺にとっての家族は姉だけであり、愛するのも姉だけ。…精々心許したのは小さいころから側に置かれた、今日アイにマネージャーとして紹介した奴らだけだった」

 

 あ…ということは、巫言さん達は巫女さんだったのか。

 

 神に仕える人…それは児屋さんや珠夜さん2人を敬うだろうし、大切にすることだろう。

 

 そして悲しいことに、2人はそんなこと少しも望んでいなかったんだと思う。だから側にいることは許しても、対等な存在として愛することは無かった…

 

「絆されたー」

 

 珠夜さんがそう言って少し困った顔して小首を傾げている。やっぱり残念だとは思っているみたい。巫女としての生き方を選んだマネさん達は、一体どう思っているのかな。後悔はないのかな…

 

「まあ…彼奴等のことは今はいい。このままアイの面倒も見させる予定だから、気が向いたら仲良くしたらいいさ」

 

 悪い奴等ではない。というか一族郎党の連中も純粋に崇拝してくるから困るだけで、逆に言えば信じられない程善性の持ち主だらけだ。…まあそこがまた一族に課せられた、強いられた性っぽくて気に入らないわけだが。

 

 児屋さんはそう言葉を続けて首を振った。そしてそんな憂鬱を振り払うかのように私の髪を撫で回し、改めて私と目を合わせ微笑んだ。

 

「今日、アイの姿を一目見て驚いた。鳥肌が立つほどの深い情念、全身から愛を求める心の叫びが迸っているのに、その激情はとても静かな音調を奏でていた。そう聞き取れたんだ。その思いの強さ、ひたむきな心に魅せられて、俺は堪らず声をかけたんだよ。君と一緒に愛を育みたいと思ったんだ」

 

 児屋さんの口調が、段々と熱を帯びてくる。私は彼から目を離せない。

 

「俺は歪かもしれないけど、一応愛し方というものを知ってはいる。だから君を心から愛することが出来る。保護者のような…まあ謂わば一般的に父親と呼ばれる立場から君を慈しむことも出来るだろうし、兄のように君を守り導くことも出来る自信がある。母代わりまでもしてくれた手本となる姉がいるからね。…ただ、今の俺はね、それでは済まない狂おしいまでの情念をアイに抱いているんだ。アイも聞いていてくれたあの歌、そのまんまな心境なんだよ。今なら分かるかもしれないけど、あの歌は姉から受け取った愛を胸に巣立つ歌…自分が愛するべき存在を探したい、といった歌だから」

 

 ――まあ問題はアイがまだ12才で、俺と8才差もあるということなんだけど。

 

 児屋さんはそう呟いて笑みを乾いたものに変えた。私から視線を外して、一度自身のおでこに手を当てる。

 

「流石に12才の子を口説いては問題だ、という常識は俺も理解している。備えてはいないが。だからどうしても、こんな言い方になってしまう。アイ、俺は君を堪らなく愛したい。そして君からの愛が堪らなく欲しい。だから、俺の側にいてくれないか」

 

 それは祈りにも似た愛の吐露、なんだろう。流石の私もここまでされて、勘違いとは思わない。

 

「それ…口説いてるのと一緒じゃない?」

「かもね。でもいいだろこのぐらい言っても。これでも控えめに言葉を修飾してるんだから」

「えー? 犯罪はどう綺麗に取り繕っても犯罪じゃなーい?」

 

 何となくお互いそっぽを向いたまま軽口を叩く。

 

「あのねー。返事の前に、児屋さんにお願いしたいことがあるよ」

 

 何となく浮ついた、何となくくすぐったいこの気持ち。このやりとりを終わらせたくはないけれど、でもここで私は、正直にならなきゃいけないんだとも思う。本当の私を、今はっきりと児屋さんに見てもらわなきゃいけないんだって。

 

 

 

「アイノリト、いま目の前で歌ってみせて欲しい」

 

 

 

 ――例えそれが、私の醜く薄汚い心を見せつけることになっても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「 ――私、待ってたんだよ! 3年間、ずっと待ってたんだよ! 何で! 何で今まで見つけてくれなかったの…!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 助けて欲しいって。迎えに来てって。毎日祈ったんだよ。最初は切実に、1年前は諦めと共に、最近では見苦しい自嘲と共に。それでも私は1日たりとも願わない日はなかったんだ! 信じてた! 信じていたのに! 遅過ぎるよ! 何してたのよ!こんなのってないよ! 何で今になって急に…!!

 

 私はそれ以上言葉に成らず下を向いた。飲みかけの抹茶ラテは倒れて床を汚す。身体の震えは止まらず、聞くに堪えない嗚咽が漏れるのも止められない。

 

 

 

 ――彼の歌を聞いたら、もう心が溢れ出るのを止められなかった。

 

 

 

 児屋さんはそんな私を何も言わずに抱きしめている。私の滅茶苦茶な言い分におかしな謝罪など勿論しない。気休めの、取り敢えず泣いてる女子の機嫌をとるかのような謝罪などするはずもない。ただ、強く掻き抱くように身体を合わせてくれている。本当にいい人だ。何とも魅力的な人だと今なら分かる。私が求めていることを読み取ってくれる。――本当に私を思ってくれているんだということが、改めて実感できたような気がする。

 

「ねぇ、お願い」

 

 

 

 だから私は、生まれて初めて――心から欲するものを口にした。

 

 

 

「…貴方に私が何を望んでいるのか、よく分からない。まだ愛が分からないから。自分がどうしたいのかさえよく分からない。まだ人を愛する自信がないから。――ただそれでも、私は貴方のことがどうしても欲しい。私も貴方を逃したくない。貴方の全てを――私に、ください」

 

 

 

 

 

 

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