はてしなく遠いアイドル坂をのぼりはじめた斉藤壱護をゴール地点から照らしてあげる星野アイ系SS
「じゃあまずは自己紹介だね。この度、春日芸能プロダクションからデビューすることになった新人アイドル、アイだよ★ 宜しくね〜」
もう何回この配信を見直しただろうか。
未練たらしくて自分が情けなくなる。けれど悔しいとか悲しいといった感情は湧いてこない。何故なら自分は必然的な世の摂理を目の当たりにしただけであり、俺の手が彼女に届かなかったのもある意味当然の結果でしかないのが理解出来るからだ。むしろこの状況を歓迎している節まである。
ただ、それでも忘れられない。目が離せない。
画面越しに見る彼女の輝きは、俺の目を焼き尽くしたあの時よりも更に光度が増しているように思えた――
★★★
気分転換に街で網を張ってくると告げ会社を出た俺は、実際はそんな気になれずただ人混みを避けるよう下を向きながら歩いていた。
正直難題が山積みで、何から手を打べきか考えがまとまらない。
俺の会社はまだまだ吹けば飛ぶような弱小プロダクション、そう多くの失敗には耐えられない。一定以上の成果を上げ続けなければスタッフを養えないし、それがまた会社の成長を縛る大きな妨げにもなっている。ローリスク、ローリターン…勝手にイチかバチかの賭けに出て、会社の命運を左右するなどあってはならないのだ。だから今俺が抱えてる企画も、絶対に成功ラインへ乗せる必要がある。
現在の流行りになりつつある低年齢アイドルグループ。苺プロとしても乗り遅れる訳にはいかず、中学生モデル達でユニットを組ませるつもりでいる。しかしそれには、どうしても売りになる要素が必要なのだ。
リーダーを任せられそうな子はいる。しかし、人気の核となる絶対的センターがいない。
これではいずれ各自が成長しそれぞれの方向性を見出すような時間が稼げない。アイドル戦線では速さも重要になってくる。華の命は短い。先に注目されなければ良いチャンスは回ってこないし、飽きられたらもう碌な仕事も得られないのだから。
果たして彼女達は、無事勝ち上がってくれるだろうか。俺は彼女達を埋れさせずに羽ばたかせることが出来るだろうか。どこぞのアイドルグループでも呼べばいい…ではなく、ぜひ君の所のアイドルグループを使いたいと、あのクソッタレな業界連中に思わせることが出来るだろうか。営業をかけて使って貰うだけでは駄目なのだ。ただ「誰でもいい穴埋め枠」だけでは、いつか彼女達は使い潰されてしまう。
一応、考えた案は2つある。
1つ目はもちろん、カリスマとなれる人物のスカウトだ。才能あるニューフェイスを発掘するのがベストだが、そんな才能が丸見え露天掘り状態で見つかることは稀だ。埋蔵量を測り間違えて互いに不幸となるぐらいなら、既に世で評価されている人物を引き抜くことも考えておくべきだろう。他所の畑出身でも歌とダンスは何とかなる可能性のが高い。程々でいいのだ。飛び抜けた何かがあるならそれで充分カバーできるはずである。むしろ運に頼らずこちらを選択するべきか。
そして2つ目は勝負手気味だが、小中の事務所を巻き込んだアイドル達の自主参加型ユニットにしてしまうことだ。ファンからの認知具合でユニットに参加する才能も増えるはずである。ただこれは予め業界で力を持った連中に上手く話を通さないといけない。その上で優秀で高名な構成作家や作曲陣、及びプロデューサーなどを取り込めねば、機会不足や資金不足で盛り上がり切れぬまま消滅してしまうことだってあるだろう。
どっちにしろ俺の持つ運や実力、或いは人脈の豊富さがはっきり問われることになる。そして失敗すれば俺の会社は緩やかに、或いは無惨に衰退するのだ。マジ、きっついわー。
悪態を漏らした俺はふと、自分の足が完全に止まっていることに気付いた。どうやら思案の渦に飲まれかけていたらしい。我ながら情けないことだ。俺は首を振りノロノロと顔を上げ、ぼんやりと辺りを見回す。
今日は土曜日。まだ日が落ちるには幾許の猶予があり、ターゲットとなる年層の少女達も探せば街にいるはずだ。だがどうしてもその気になれない。自然と目が行くのは人影のない脇道で、結局足が進んだのもメインストリートからやや離れた閑静な一角であった。
目の前には、街の喧騒から逃れる様にひっそり佇む喫茶店がある。
吸い寄せられちまったのかもな。いよいよ自分には気分転換が必要か。そんな考えが頭に浮かんだ俺は、一つ肯いて喫茶店に足を向ける。すると丁度そこで、二人組と思われる女性達が目の前の店から姿を現したのだ。
――み、見〜つ〜け〜た〜ぜ!!
俺は一目でその少女に心奪われていた。年もドンピシャと思える頃合い、幼さの内側にこれから芽吹くだろう女の性が見え隠れしている。俺が作るユニットどうこうではなく、純粋にアイドルとして世に出るにベストなタイミングとさえ思えるのだ。
そして何よりその瞳…その笑顔…その仕草…
完璧だ。俺が観てきた誰よりも周りから視線を集める力が強い。自然と注目を集める容姿に、それを自然と活かす振舞い方まで身に付いている。自然過ぎるわ。もはや現象となったカリスマだ。彼女が一つ瞬きをするだけで、ファンは感嘆のため息を溢すことだろう。
俺は気付くと彼女の前を塞ぐ様に立ち尽くしていた。
「なんです〜?」
半ば呆然自失していた俺は、少女の隣にいた女性からの声がけで何とか我に返る。
「――は、はぁ!? こっちもすんげー容姿じゃねぇか! 劣らねーぞ!?」
我に返れなかった。それどころか驚愕のあまり思わず本音で叫び声を上げてしまったのだが…これ俺が悪いのか? こんなの奇跡だろ。2人揃って神クラスだぞ、ありえねーだろうが…!
い、いや、今はそんな言い訳考えてる場合じゃない。俺は慌てて胸ポケットから名刺を取り出し、2人に見えるような形で差し出した。不審に思われて当然な現状、何よりこちらの身元を証明することが大切だ。
「あー、済まない。つい我を忘れて粗相をした。俺は苺プロダクションという芸能事務所で社長をやっている、斉藤壱護という者だ」
「…ほほーん?」
2人が見やすいかとネームプレートの様に提示した俺の名刺は、一瞬で関西系女子に奪われていた。…姉、なのだろうか。どこか俺から少女を守る様な雰囲気を滲ませている。
「…えぇ? どういうこと? こんなことってあるぅ?」
その少女の方は、何故か訝しげに眉を顰めながら首を傾げていた。…何だ? 何か腑に落ちない体験をしたような言い草だが…芸能事務所の人間から声をかけられるのがそんなに不思議な体験だろうか。
「今、俺の事務所では中学生モデル達でアイドルユニットを作ろうとしているんだ。そのスカウトの為に声をかけさせて貰った」
取り敢えず俺の目的を簡潔に伝えて、彼女達の不審を取り除きたい。話に興味をもって貰えればなおオーケーだ。残念なことにこの2人はたった今喫茶店から出てきた。どこかでお茶しながらお話を…という移動を含んだアプローチが効かない可能性がある。とするならば今この場所で出来る限り印象を良くするのが肝要だ。一旦日を改めて…となっても確実に会って貰えるような信用を得ておきたい。
「ふはぁー。あんたはん、怖いもの知らずやわー」
「あははっ、そうだねぇ。ヤネ君が聞いたらキレそう」
しかし俺の誠意を込めたつもりの言葉は、2人にあまり届いていないようだった。これは…う〜む、どうなんだ? …よくよく様子を伺えば、一応は俺の言葉を受け止めている…? なら、それはいい。それは助かる。だがそもそも俺の提案がおかし過ぎる…お話しにならない…そういった反応をされている。…何故だ?
「あーちょっといいか。君達のその反応を、俺はどう捉えればいいか分らないんだが」
「ん、そだね。じゃあお返しにこれ、あげるよ。できたてホヤホヤのやつ〜。多分私が部外者の人に直接渡すとかほぼ無いことだから、丁重に扱ってね★」
「お? 何だお前名刺持ってんのか? …ああ、もしかして仲間内の遊…び!?」
春日芸能プロダクション
カスガコヤネ専属アイドル
★ アイ ★
――か、春日芸能プロダクション!? カスガコヤネ!?
何を馬鹿な! と言いたいところだが、この名刺…春日プロのマークがそのまんまだし、住所も電話番号も確かに合っている。基本レイアウトさえもほぼ一致しているように見える。俺の伝手に1人春日プロの社員がいるから間違いない。もしこれがタチの悪い偽物としても、ここまで似せるとなると本物を知ってないと出来ない筈だ…!
「…」
驚き過ぎて声も出なかったわ。しかしこれ仮に本物だとするとこの少女はカスガコヤネの専属アイドル…専属アイドルってなんだ? まあカスガコヤネがプロデュースするアイドルだとふわっと解釈しとけばいいのか?
「…マジで?」
「マジだよ★」
「ふふーっ」
…マジなの?
「し、しかし、俺は君のこと見たことも聞いたことも無いんだが…」
「アハハっ★ それはそうだよ。だって私まだデビュー前だし。声、かけるの1ヶ月遅かったね★」
「…」
――あっ、マジで凹むぞこれ。
この子…アイの言うことが本当なら…俺はカスガコヤネも認めるスーパーアイドルをタッチの差で逃したってことになる。もう何もかも投げ出して釣りでもしてぇ気分だわ、おい。
ミヤコ…俺はもう、頑張れないよ…
正直まだ半信半疑な気持ちではある。だがそれは素直に受け入れたら俺の心が壊れてしまうからなのでは…
「お待たせしました…って、これは一体…? この方はどちら様で?」
「ああ、巫言さん。この人はね…えーと?」
「これに書いてはるよー」
「…苺プロダクション。あぁ、聞いたことはありますね。ウチとはほぼ接点無かった筈ですが、何用でしょうか」
「ふふっ。何とね、私をアイドルにスカウトしたくて声かけて来たんだって★」
「あ、アイドル、ですかぁ。…それはその、また何という巡り合わせでしょうか」
俺が現実逃避してる間に、何やらまた1人女性が増えている。ハタチ過ぎ辺りのどえらいべっぴんさんだが…まあ、関係者なんだろうな。
「えー取り敢えず宜しければこちらも名刺お渡ししますが、どうなさります?」
「あ、あぁ…頂けるならぜひ」
ここは貰うに越したことない。あのただのタレント事務所ではない春日プロの関係者なのだからな。いい加減頭が死にかけだが、社長としてせめて成果をあげなければ…
春日芸能プロダクション
カスガコヤネ専属ゼネラルマネージャー
枚岡巫言 (ひらおか みこと)
「…!!」
ぜ、ゼネラルマネージャーだとぉ!? 何だっけか、確か部長クラス…いや外資系なんかだと限りなく経営陣に近い権限持った役職だよな? …っていうかまたカスガコヤネ専属かよ! ゼネラルマネージャーが個人の専属って何!?
「…ああ、アイちゃんがデビューしたらアイちゃんの専属でもありますね。まあ役職名は些細な事です。見た通りの若造ですし。私のことは春日プロというより、カスガコヤネとアイちゃんの個人秘書であり日常から2人の世話を焼く普通のマネージャーである、と認識して頂ければと」
「…あぁ、そうなんですか。しかしそれはある意味最も重要な役割ではないですか」
「あは、分かってるねぇ社長さん」
「まあそれはそう、なんですけどね。でも少し前までは普通に第一秘書とか単にマネージャーとかでしたから。肩書き自体は本当にいい加減です」
いや、そうは言ってもですね。芸能を司るとまで謂われる集団であり、財閥級の母体を持つ春日プロとウチとじゃそりゃ格が違うわけですよ。ちょっと小突かれたら致命傷なんですよ。本家跡取りと言われるカスガコヤネの個人秘書なら、それはもう未来の春日ホールディングス社長秘書と同じじゃね? 政治家の秘書と同じような意味で権力握ってる可能性だってあるだろうよ。このべっぴんさん、丁寧な物腰ではあるが決して謙ったりはしないしな。
「あ…丁度迎えが来たみたい★」
「児屋もおるん?」
「はい。一緒に来るって言ってました」
事の大きさに焦って言葉が出ない俺を傍目に、彼女達3人はこちらへ近付いてくる車に手を振っている。迎えか…ってまてよ? 今、コヤネも来るとか言ってなかったか? マジで? 確かに今カスガコヤネは日本に居る筈だから姿を見せてもおかしくないが…やべぇ、俺初めて見るぞ。何とか挨拶出来ないだろうか。
「お待たせ〜」
「祈織ー、児屋も出してくれはる?」
「どうしたの、たま姉」
最初に助手席から降りてきたのは陽気な美人さん…これまた秘書なのだろうか。少し着崩してはいるがそう感じさせる装いだ。
そしてもう1人、後部席からゆっくりと姿を現したのが――あっ、これ本物だろ。
白く輝く淡い金髪に、整い過ぎてこの世にあってはいけないような気さえしてくる美顔。何だったか、左右対称が完璧なんだっけか。とにかくこんなの人では生み出せないだろうとまで思える男が、今俺の目の前に居た。
ついでにアイの肩を抱き寄せてもいた。
「――何だ、こいつ。チンピラか?」
「アハァ★ ち、チンピラ扱いされてるよ社長さん!」
「うーん、私からもカタギには見えないなぁ。巫言、どなたなの」
「ああ、では私からご紹介させて頂きますね。こちらは苺プロダクションという芸能事務所の、取締役社長であられる斉藤壱護様です。そしてこれがウチのカスガコヤネです」
「…なるほど? 経緯が分らないけど、はじめまして?」
「あ、あぁ。お初にお目にかかる、苺プロの斉藤…あぁぁぁぁああ…」
俺はそこでとうとう、全身から力が抜け膝から崩れ落ちた。
今まで信じきれなかった、アイという少女を逃してしまったという事実が俺の心に襲いかかってくる。もう駄目だぁ、おしまいだぁ…俺のドームが、全国ドームツアーが…
掴めた筈の栄光の日々が――輝かしい未来の光景が、俺の頭の中を無数によぎる。
もちろん実現には様々な艱難辛苦があることだろう。そこまで伸し上がるには、それこそ春日プロの伝手が必要だったかも知れない。しかし、それでもこの少女となら時に二人三脚で…やがては事務所一丸となって夢に突き進めた筈なのだ。
「だ、大丈夫ですか。急病とかではないですよね?」
「何か、えらいショックを受けているように見えるわねぇ」
「んー。ウチのアイと天下はん取る夢に敗れなさったんよ」
「アハハっ★ 実はさっきスカウトされちゃったんだ。びっくりしたよ〜」
「――何、だっ、て?」
「ボス、始末しますか?」
「ハイハイ。わざとらしく怒らないで、ノらないで。目立ちますよ」
「――まあ、いいか。ちょっとお前さん、こっちこい」
俺はいきなり襟根っこ掴まれて、車内に連れ込まれていた。…おいおい、こんなこと実際にされたの初めてなんだが? 力つぇーな、おい。足元覚束ない俺を引き摺り上げ、長ソファの奥に投げるように座らされてしまった。
車内の内装は豪華の一言で、まるでハリウッド映画でしか見たことないようなVIP仕様に見える。向かい合ってシャンパンとか開けそうなイメージだ。色合いがシックなものだからまだマシだが、それでも気もそぞろで落ち着けない。俺もこんな車乗りてぇ。
「さて、取り敢えず事情聴取の時間だな。身元も怪しければ、所作も怪しい男が近付いてきた。ウチも長いこと芸能界に居据わる会社だ、油断はしない。故にもう少し話を聞いて俺を納得させてもらおうか」
「ボス、クスリの準備はできております」
「おりま、せんっ。祈織、あまり冗談が過ぎると春日プロに妙な噂が立ちます。本当に始末するのは手間ですから、貴女がやって下さいね」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。そこは止めてくれよぉ」
「これが春日のゼネラルマネージャー・ジョークというやつです」
「あははっ★ 巫言さん、どうしてたまに話にノっちゃうの! あははっ…お腹イタイ!」
ツボった様に笑い転げそうなアイを、カスガコヤネが優しく…いや、何故かうっとり受け止めている。
…俺、もしかして本当にマズいものを見せられてねーか?
何だか頭の中で考えるだけでもアウト判定くらいそうな情報を見せられている気がする。…わざとじゃねーだろうな? そんな試すようなことする意味も無い筈だが…まあいい、それよりも本題だ。俺は可能な限り身の丈心情を語り、信頼を勝ち取らねばならない。
春日プロというのは歴史ある事務所だ。故に人材の層が極めて厚い。タレントのみならずあの凄腕ダンスコーチも、高名なボイトレ講師も、あの名物映画監督だって春日プロで育ったとすすんで自負する程だ。人脈の裾は網の様に、芸能各所へ隈なく広がっている。
つまり春日プロを怒らすと、俺の所みたいな弱小事務所ではレッスンコーチを捕まえることさえ難しくなる。誰も春日を裏切らないし、敵対したくないのだ。ウチだけで雇えるならともかく、コーチとは幾つかの事務所と1日いくらの契約を交す個人事業主みたいな奴も多いからな。…いや、仮にウチが充分な給料払って専属社員にしたいと言った所で、それに何の魅力があるんだって話だ。生活の為にコーチはするが、まだまだ本人だってチャンスがあれば芸能の世界で輝きたいと思っている奴らは多いんだ。歌だって踊りだって演劇だって、年相応の役どころというものは存在するのだから。いい年したおっさんの熟練演技コーチが、こないだ劇団繁忙期の第5次面接で落ちたーなんて嘆いていたのを見たことがある。
ライバルとなれるくらい大規模な事務所だって敵対は無理だろう。どこかで必ず春日と繋がってしまうし、スポンサーだってそんな危険思想を持つ事務所のタレントは使ってくれない。10年程前に一度、春日があるテレビ局から一斉にタレントを引き上げさせた事件があった。そしてそのたった一度で、春日は全てのメディアを従えたという…
まあとは言っても10年経てば今は昔な御伽噺。芸能界が闇の世界で、春日が見てなきゃやりたい放題な現状は変わらない。しかし、だからこそ春日と繋がりを持てるのは大きいのだ。春日に付けばウチのタレント達を守ってくれる可能性が高いのだから。
俺はミヤコにだってこんな誠実なとこ見せたことあるか…と思うぐらいには真剣に、身の潔白を訴えた。
「ふーん。まあ分かった」
幾つかの質疑応答の末、どうやら俺は無事無罪を勝ち取れたようだ。まあ実際何もマズいことしてないからな。デビュー前のアイを見て声をかけるのは仕方がないことだし、俺が絶望に身を堕とすのも致し方ないことだった筈…である。
「しかし、苺プロダクションね…運があるのか無いのか微妙なところだな」
「そうですねぇ。でもアイちゃんがウチに居るのは変わらない事実ですし、早めにアイちゃんの存在を知れたのだから、挽回できるのでは?」
「でもその中学生モデル達は既に事務所に在籍しているのでしょう。…アイドル、諦められますかね?」
「それはまあ、ほら、アイちゃんという天下のお膝元で生きていく気なら…ドームの、端の方に立てる…かも」
「自力でドーム…夢のまた夢ね」
何だか俺の夢と事務所をけちょんけちょんに言われた気もするが、実際そうなのだ。アイという存在は必ず他のアイドルを駆逐する。頑張って解決とか出来る話じゃなくなってしまったのだから、俺は絶望したのだ。
「んー。まあ一応それでもいいなら、だな。巫言」
「あっ、はい…分かりました。実はですね斉藤さん。春日プロは御社を、並びに斉藤さんの案を受け入れる意向があります。具体的には苺プロ所属タレントのレッスンをウチのスタジオで受け持つ契約を用意すること。そして貴方主催の自主参加型アイドルユニットの後援をすること。これは先と同じくレッスンについての援助。及び仕事の斡旋、そして流石にカスガコヤネを除きますが、それ以外の作曲家、プロデューサー等優秀なスタッフとなる人物の紹介、などになります」
――なんじゃそら!? 破格の提案じゃないか!
一体全体どうなったらそんな提案が出てくるんだ? 俺個人にそんな期待する何かがあるわけじゃないだろうし、俺が期待していた繋がりやお情けを遥かに上回っている。春日プロが抱えるコーチ陣からの教えを熱望している大手所属のタレントとか山程いるんだぞ!
「つまりこれは、貴方には苺プロの社長という肩書きの他に、企画者兼総合プロデューサーとして実質春日プロへ出向しているような立場になってもらうということです。最初は誰が見てもそう見えてしまうでしょうからね。無論、貴方の考える参加型ユニット案が軌道に乗れば、春日プロに依存する割合は減っていくことでしょう。うーん…これはそもそも斉藤企画…なんて名の会社を起ち上げてから始めた方が良い話でしょうかね」
…い、いや、だから何でそんなにしてくれるんだ? 今日会ったばかりの怪しい男に…
「アイを見つけた運と目を評価して、の提案だな」
カスガコヤネからの圧が凄い。俺の胸の内を読み取ったかのように見据えてくる。これでハタチかよ。
「俺はアイにしか興味がないからいいんだけど、それでは困る人もいるだろう。アイに憧れてアイドル目指す女の子とか、仕事が無くなる関係者とかな。そもそもアイがアイドル辞めたらその後どうするんだ? アイドルは一旦芸能界から全滅して終わりか? それもいいかもな。アイが残す伝説を語り継いでいけばいいもんな。せっかくだから曲と映像はたくさん残してやるかぁ。…なぁ、祈織?」
「…ウス」
やべぇなカスガコヤネ、他のアイドルとかクッソどうでもいいとか思ってそう…
ま、まあそれはともかく、ようやく彼等の言いたいことは分かった。つまり俺に、他のアイドル達の受け皿になれということだな。正直アイが現役の内は負けっぱなしの日陰者となりそうだが、人は比較対象を欲しがるしな。需要を一点に集中すれば…それなりになら戦えるかもな。ドームはきついが。
ドームはもう大人しく前座やバックダンサーを務めることで我慢して貰おう。ただ出来ればアリーナ規模には手を届かせてやりたいが…
身体が段々と熱くなってきた気がする。前途多難に違いないのに、口元が歪むのを抑えきれない。
――やってやろうじゃねーか。
素直に負けてなんかやるわけにはいかねえ。俺の夢、俺の始めた物語だ。最後まで気張って駆け抜けなきゃ男じゃねーだろ!
「何、急にカッコつけてんだ? 死ねよ」
「あ…す、すいません…」
えぇ…うそぉ。何故かいきなり罵倒されたんだが? あまりの圧に俺も思わず謝っちまったし…
「す、すいません斉藤さん。この人、基本的に人嫌いなんで…これでも記録的に保った方なんです。なんの慰めにもなりませんが…」
「それは本当にぃ、そう」
「冗談だぞ」
「嘘付かないでください。あの圧をかけてから嘘は無理です」
本当だよ。マジで一瞬息が詰まったぜ。
「――ふふっ。ふふふっ…ヤネ君って、そうなんだね★」
「うん? どうしたアイ」
「えーとね、ヤネ君の一面を知れて嬉しいなぁって」
「ふふっ、アイちゃんが来てから今まで他人が側にいたことなかったしね〜」
「別に人が嫌いなつもりはないんだけどな。ただ、好きじゃないだけ」
「つまり、どうでもいいからたまに罵倒もしてしまう…と。害悪ですね」
「あははっ、でも私はそんなヤネ君も受け入れるよ★」
「…まあ、アイちゃんが良いならいいですけどね。耐えきれない何かがあれば相談して下さい。具体的には耐えきれない愛の重さとか」
「へいき、へいきー★ だって私もかなり重いしさぁ。本当なら事故物件だよ、ふふふっ」
「そんなことはない。俺は余計なモノを持たない主義だからな。この手の中にあるのはアイだけだから、軽いもんだよ」
「な、ナチュラル〜! 巫言さーん、さっそく耐えきれないナチュラルが出たよっ、助けて★」
――暫くの間、俺は一度息を詰まらせたせいか何となく言葉が紡げずにただ会話を聞いているだけのオブジェとなっていた。
ぼーっとしながらも改めて今日1日の出来事に想いを馳せようとするが、やはりどうしても思い浮かぶのはアイという存在になる。何故か対抗する立ち場に祭り上げられてしまったから、尚更注目してしまうのだろうか。
――やっぱり、いいアイドルになるよなぁ。
今もころころ顔色を変えながら喋っているが、どの表情も完璧な完成度で魅せてくる。それは例えばステージで、ドラマで、バラエティーで。ありとあらゆる場所で輝く姿を俺に幻視させるのだ。やはり未練か、この僅かに感じる焦燥は。
「あげないぜ。アイは俺の女だから」
――いやね、もう流石に狙ってはねーよ。元々俺と重なる道は無かったんだろうさ。それで良いと思える。未練はあっても絶望は無くなったことだしな。
「ふふふっ…」
アイは何も言わずに微笑んでいる。一見今まで通りの完璧さだ。だがその頬は紅潮を抑え切れてないし、口元もゆるゆるだ。瞳からはとろけるような淡い輝きが満ち溢れている。それは今日一番の、俺が見たことのない輝きで――
俺はそんなアイの瞳に改めて目が焼き尽くされそうになる。
――ああ、そりゃそうだよな。
それでようやく、分かった。腑に落ちた。ここに来てようやく、俺はやっとアイという存在を僅かに理解した。馬鹿だな俺は。これでスカウトしたいとか自惚れが過ぎるよな。
よくよく考えれば、アイという宝石は既に磨かれ始めていたのだろう。あの自然な完成度は、逆に自然ではあり得ない類であったのだ。作られた表情に、作られた仕草、完璧な演技…
だが今こうして心から浮かんできたアイの表情を見ると、完璧な演技だけに魅入られた自分が情けなくなる。絶対にこの心が滲み出た姿の方が魅力的だろう。
完璧な嘘に、完璧な真心。
これが天下を取るアイドルだ。その2つが合わさってこそ、世の中はアイで満たされるのだ。
そしてそんなアイに最も必要とされるのが、カスガコヤネなのだろう。どう見たってお似合いの2人だ。既に離れ難き2人だ。あいつロリコンじゃね? この2人が揃っているなら何があってもその輝きを失うことはないだろう。
だから俺は、そんな2人を追いかけるのだ。決して走るのを止めないのだ。例えどれだけ置いていかれたとしても、空を見上げて駆け抜けるのだ。
何故ならこの地上には、まだ見ぬ明日へ往く者にとっての道標となるべく、星の輝きが届いているのだから――