それは、卒業パーティーを控えた時の事でした。
もうすぐこの学園ともお別れだから、と私はサラさんと学園内を探索していました。
「んふふふ、入学した時の事を思い出しますね!」
「そうですわね……」
穏やかに会話をしながら、学園を歩きます。
折角のゲームの舞台でしたが、一度も目で見れなかったのは残念でした。
「……フランチェスカさん?」
「はい……?」
「なんか……元気、ないですよね?今日は卒業パーティーですよ!テンション上げて行きましょうよ!」
「……いえ、そう、ですわね。貴女には話しておきましょうか」
人気のない廊下で、私は佇まいを正して、サラさんにお話します。
私が今後、どうするか、を。
「私は、アレン様との婚約を解消したいと思っていますわ……」
「な、なんでですか!?」
なんで、と来ましたか……貴女がアレン様の心を奪ったからです、なんて言っても、負け犬の遠吠えでしかないですわね。
それに、その反応から……そもそもわかってはいましたが、やはり自覚はなかったのですね……。
「アレン様のお心が、私から離れてしまったからです。……今や逢瀬も、ほとんどしていません。アレン様を思うなら、私は身を引くべきなんです」
「そんな……フランチェスカさんはそれでいいんですか!?」
「良いも悪いもないですわ。私にはそもそも不相応だっただけの話です。こんな、何の役にも立たない私なんて……」
「……!」
そこで、サラさんは私の両肩に手を置きました。
「アレン様の所に、行きましょう!」
「……え」
「フランチェスカさんは、アレン様の事、本当に大好きなんですよね?それなら婚約破棄なんてする前に、一度ちゃんとぶつかるべきです!」
「も、もういいんですのよ!もうアレン様は私を見ていません……!これ以上は私が惨めになるだけですわ……!」
「私が良くない!」
サラさんの初めて聞く強い言葉に、私は言葉に詰まってしまいました。
「友達を侮辱されたようなものなんだよ?私は納得出来ない!アレン様もアレン様だよ!こんなに可愛い婚約者を見ないなんて!」
そ、それも貴女が言うんですのね。
なんとも言えない複雑な思いを抱く私の手を、サラさんは握りしめました。
「さ、行きましょう!」
「あ、ちょっと……!」
サラさんはそう言うと私の腕を引き、ずんずんと進み始めます。
い、いや、私は許可していませんよ!?
「い、嫌です!もうアレン様にこれ以上冷たくされたくありません!ましてや暴言でも言われでもしたら、私は卒倒してしまうかもしれませんわ!」
「私が一緒にいるから大丈夫!」
「なんの保証にもなりませんわぁ!」
その手を振りほどこうにも、がっちり捕まれた手はなかなか離れません。
「多分こっちにいると思う!ほら、フランチェスカさん、文句の内容考えてて……」
「もうっ……!いい加減にして下さいっ!」
強く言って、その手を漸く振りほどいた時でした。一歩下がった後ろ足がズルリと滑り、お腹が冷えるような浮遊感に包まれました。不意に学園の地図が頭に浮かび、背後が、階段である事に遅れながら気付いたのです。
「あっ…………」
「ッ!フランチェスカさんっ!」
言葉を漏らすしか出来なかった私の体は突然ぐいっと強く引っ張られ、その勢いのまま倒れこみました。
そして、私の背後、階段からは何かが階段を転げ落ちる音がして。
ゴンッ!
そんな鈍い音がして、その音は止み、ました。
「…………サラ、さん……?」
私の声が廊下に響きましたが、サラさんから返事はありません。
あの、天真爛漫な、サラさんが返事しないなんて事、ありません。
「はっ、はっ、はっ、サラさん、サラさん!返事してくださいまし!無事なら、答えて下さい!サラさん!」
私は息が荒げながら叫びます。杖は転んだ拍子に何処か行ってしまっていて、立ち上がる事も出来ません。
廊下に響くその私の声に気付いたのでしょう、何処からか何人かの足音が聞こえてきました。
「なんだ!どうかしたのか?」
「なんか変な音してたよね」
その声は、ラスティ・ランス様と、ノーマン・ナイフ様です……疎遠になりがちな方々でしたが、彼等ならサラさんを!
階段下から聞こえる声に、私は声をあげようと口を開きました。
「あ、あの」
「サラ!?」
「ひゅっ……」
その声、アレン様の声に、私は息を吸ったまま固まってしまいます。……そして、それが間違いであったと後に気付くのです。
サラさんの状態を確かめる声、ざわざわと複数の人の声がして、判別はしづらいですが、恐らく他の七家の方々が勢揃いしているようでした。
私は息を荒げたまま、その場で座り込んでいるままで、何も出来ません。やがて、皆様の視線が、恐らく階段の上に向かい、私を視認したように、感じます。
「……!君は!君がやったのか!自分が何をしたのか、わかっているのか!?」
声を荒げ、アレン様が階段を荒々しく登ってきて私の前に立って。
「アレンざっ―」
バシン!
カツン、カラカラカラ……
頬を強く叩かれ、私は上体を起こしていた体制から倒れこんでしまいました。私の目元を隠す仮面はその拍子にはずれ、床へに落ちたよう、です。
アレン様が、私を、叩いた……?
その拍子に口の中を切ったようで、口内に血の味が広がりますが、それ以上に、アレン様に叩かれた事が、とても、衝撃的で……。
私は、痛む頬を抑えて呆然としてしまいました。
「ふー……!君は!なんて恥知らずな!こんな、直接手を出すなんて!ラスティ!ノーマン!こいつを取り押さえろ!レオナルドとフィリップ、リリアンナはサラを治癒室へ!」
「「「は、はい!」」」
戸惑ったような返事の後、それぞれが動き出したようで、やがて私は手を後ろ手に捕まれ、肩を抑え込まれます。
そうやって床に押し付けられた私に、リリアちゃんの、今まで聞いた事もないような、温度のない言葉が投げ掛けられました。
「……フラン、ちゃん。サラちゃんを、突き落とすなんて……そんな事する人だったなんて、ショックだよ……」
そこで私は、自分がサラさんを突き落としたのだと皆様に思われていた事に、今更に気付いてしまったのです。
対応に失敗してしまった、そう思って弁明する間もないうちに、私の上半身は無理矢理起こされました。
そして、頭上からアレン様の冷たい一言が降ってきたのです。
「……君には失望したよ、フラン」
――――――――――――――――――――――――――
「はっ」
何者かの気配を感じ、私は意識を取り戻しました。……先程までの事を夢見ていたようですわ……。
それより、反省室の前に気配を感じます……朝、ではないように思います。床に倒れたまま意識を失っていましたが、なんとなく、そんな気がします。
ガチャリ
やがて反省室の扉の鍵が開きました。誰、でしょうか。
……まさか誰かが私を始末にでも来たので……。
「フランチェスカさんっ……!」
「その声、サラさん……?」
どうやら違ったらしい、けれど別の意味で驚きました。そこにいたのは、先程階段を落ちて意識不明だったらしいサラさんだったからです。
体を起こすと、直ぐにサラさんは私に抱き付いてきました。
「ちょっ、またですの?はしたないと、何度も―」
「ひっく……フランチェスカさん……!」
そこで私は気付きます、サラさんが私にしがみついて震えている事を。血の匂いがしている事を。
そっとサラさんの頭に手をやれば、がさりと包帯のような感触。
「……頭、ごめんなさい、私を庇って……」
「ううん……!ううん……!こんなのどうって事ないよ!それより、フランチェスカさんが、フランチェスカさんがぁ……!」
サラさんの頭には包帯が巻かれています……あれからまだそう時間が経っていない今、まだ痛むでしょうに……。
彼女の口から出るのは私への心配の言葉です。きっと、アレン様達が話したのでしょう、わたしが婚約破棄された事、学園を追い出される事……。それをまるで自分のせいのように謝るサラさんに、私は首を振ります。
「貴女のせいじゃ、ありませんわ……」
「うぅううううー!」
サラさんの流す涙が私の肩を濡らすのを感じながら、私は彼女の背中を優しく擦ります。貴女のせいじゃありません、と。
……結局、私はこの子を恨みきれませんでしたわ。こんなに、純粋に慕ってくれて……今も心から私を心配してくれています。
そんな子に、感情のまま、醜い嫉妬心で嫌い、罵り、憎むなんて出来ませんわ。……そう考えると、それが一番私にとって辛い事なのかもしれませんわね。
皆様の事もそうですが……サラさんは、なんとも罪深い子ですわね。
「ほら、サラさんは皆様の所に戻りなさい。私のような者に構っていてはいけませんわ」
「……ねえ、フランチェスカさん」
私はある程度彼女が落ち着いた所で、優しく声をかけます。しかし彼女は答えずに鼻をすすると、静かな声で言葉を紡ぎました。
「私と、逃げよう?」
「……は?」
私は言われた言葉が一瞬理解出来ませんでした。
呆ける私を気にせず、彼女は続けます。
「だって……なんだか七家の皆様、目が怖いんです。鬼気迫るというか、なんというか。私は好きな人がいるから、彼等の誰ともそういう関係になる気はないのに」
なんとも初耳な話でした。いえ、七家の方々がサラさんに惹かれている、というのは知っていましたが、サラさんが好きな人がいるというのは、初めて聞きました。
この口振りだと、七家ではなさそうですね。……いや、そんな事があるのですか?「瞳の中の恋人」は七家の中の男性キャラ5人が攻略対象のゲームで……。
「それに、私の好きな人の心をこんなに傷付けた人達なんて嫌いです!」
「え……?」
いつの間にか肩に手を置かれた私は……じっとりとした視線に、真正面から見つめられている気配に気付きました。
え?……私?いや、そんなバカな!ゲームじゃ、こ、こんなルートないですわ!なかったですわよ!?
そ、それに学園生活で、そんな素振り一度も……!抱き付く時も胸を揉む時も厭らしさなんて感じませんでしたのに!
「……そう。私、フランチェスカさんが好きなの。ずっと好きだった。だから今、自分から終わろうとしてる貴女を見過ごせない」
突然の大胆な告白に、私は戸惑ってしまいます……。
「そ、そんな事を、いきなり、言われましても……」
そう言いながらも、私の気持ちは、何処か高揚していました。
……現金なもの、ですね。アレン様からあれだけ扱き下ろされ、それでも好きだと思っていたのに……。
同性の仲の良い友達に言われただけで、これです。浅ましい……。
「別にフランチェスカさんに、今すぐ私を好きになって貰いたいなんて思ってないよ。貴女が不幸になるのを見過ごせないだけ……だから、これからの事は全部私が責任を持つから、一緒に、逃げよう?……嫌って言っても、無理矢理連れていくけどね!」
堂々とした誘拐宣言に、私は小さく笑ってしまいました。
「……ふふっ……なんですのそれ。私に、拒否権なんてないじゃないですの」
「でもー、ちょーっとだけ、先払いでこぼーび貰ってもいいよね?」
「え?ご褒美?んむっ!」
柔らかな物が私の唇に押し当てられて、ふわりと甘い匂いと血の匂いがしました。
同性の友達にキスされてる、それに気付いても、不思議と嫌悪感はなく、抵抗する気も起きなくて……。
むしろ、それを心地好く感じてしまって……。
「んっ……はぁ……」
サラさんの気配が離れると同時に、私の口からは甘い吐息が漏れてしまいました……。
不覚、です。アレン様とのキスと、そう変わらない反応をしてしまって……まるで私がヘンタイみたいですわ!
「えへへ、ひっぱたかれるのも覚悟してたけど、フランチェスカさんも、嫌がってなくて良かった」
「……わざわざ言わないでくださいまし……」
羞恥心から私は口元を抑えて顔を反らしてしまいます。
「じゃあ、もう一回!次は舌入れちゃおっかなぁ」
「はしたないですわ!……というか、しませんわ!ひっぱたきますわよ!」
「えへへへへ!冗談冗談、よっと」
「え、あっ」
そんな風にわちゃわちゃとしていると、膝裏と背中に素早く手を回され、あっという間に抱き上げられてしまいました。
「い、意外と力ありますわね……!」
「んふふー、フランチェスカさんをこうする為に鍛えてたんだー。まぁ、フランチェスカさんはアレン様にゾッコンだったから正直諦めてたんだけど……こんな事になるなんてね」
その言葉に色んな感情が沸き上がってしまって、私は何も返す事が出来ませんでした。
「よし、じゃあ逃げよっか、フランチェスカさん」
「……フラン、でいいですわ」
正直自分でもチョロいと、なんとも簡単に絆され過ぎだと思いますが……。でも、もう、私は、私にはサラさんにすがるしか、ないのですわ……。
どうせ後私は何処かで野垂れ死にするしかない身です。
私をここまで本当に想ってくれてる彼女と、共に生きるのも……悪くない。
先程まで、全てどうでもいいと思っていたのに……サラさんに、失意の底から引き上げて貰った気分です。
「えへ、えっへへへへ。うん。行こっか、フランさん。私達の物語はこれからだよ」
笑いながら歩きだすサラさんの腕の中で、私はこれからに思いを馳せました。
私が一度妄想した、穏やかな生活が頭を過ります。
……長閑な場所で、小さな畑があって、小物でも作って、簡単な料理して、穏やかに暮らす。
サラさんと、二人で。
「ん……!」
途端に先程の唇の感触と甘い匂いを思い出してしまい、顔が熱くなってしまいます……!もう、サラさんって、本当に人たらしですわ……!
――――――――――――――――――――――――――
「どういう事ですか?アレハンドロ様」
卒業パーティーを控えているからと自室で休憩をしていると、来客があった。
先程まで婚約者だったフランチェスカ嬢のメイドだ。何の用……等とわざわざ聞く意味もないか。
「どういう事も何も、伝令の通りだ。フランチェスカ嬢との婚約は破棄、彼女は翌朝学園から追放だ。荷物をまとめておくといい」
「……自分が何を仰っているかわかっているのですか?」
「わかっているとも。彼女には心から失望したよ。とてもではないが、共にいたいとは思わない。シールド家には後で謝罪の文を……」
「貴方がどれだけお嬢様の生きる意味になっていたか、わからなかったのですか?」
……僕の罪悪感にでも訴えるつもりか?だが僕はもう彼女をなんとも思って……いない。
「知らないな、それは僕ではなく、彼女の問題だ。僕にとっては彼女は若気の至りで好きになっただけの過去の女だ」
「本気で仰っているのですか?あの時、貴方はあれだけお嬢様を愛していたというのに……」
「過去は過去、だろう。もう僕は子供じゃない。学園に入り、視野が広がったんだ」
彼女のメイドは眉を少しだけ動かしただけで、冷静に対応している。だが、その奥底では不愉快そうにしているな。僕が以前フランの嫌な事を知らずにしてしまった時に、あのような反応を……ん?
「いや、それに彼女は学園に入って変わったらしいじゃないか。僕の耳にも入っていたよ、彼女がサラを苛めていたと」
……そう、だな。彼女はもう僕の知る彼女ではなくなって……?
「……違いますよ、お嬢様はサラ様を苛めなどしていません。むしろ苛めをやめさせたせいで、標的にされていました」
僕はいつからそのように思っていた……?
「ふん、口ではなんとでも言えるさ。そもそも君は学園にすら来ていないのに、そんな事わかるわけが!」
「お嬢様の身の回りのお世話は私の仕事です、そんな私がお嬢様の異変に気付かない、そんな事ある訳ないでしょう。お嬢様の持つ小物のほとんどは、学園から帰って来ません。お嬢様はあげたと申していましたが……私には嘘だとわかります」
「っ……!それが、どうしたというのだ?彼女がサラに強く当たっていたのは事実……!」
なんだ……?頭が痛い……!
「そのくらい、友達同士のじゃれあいかもしれないじゃないですか?決定的な所を見たのですか……?」
「見て……はいないが……」
そう、だな、見てない。サラから直接言われた訳でもない。先程の事だって……づぅっ……!
「約束は、どうしたのですか……?アレハンドロ様……。お嬢様を幸せにしてくれると、約束していたじゃないですか……。いつから、そのような……」
ミラは、フランのメイドのミラは泣きそうな顔で、此方を心配するような顔で真っ直ぐ見つめてきた。
頭が、割れそうだ。
「いつ、から……?」
ズキン、ズキン、ズキン!
頭が酷く痛む……約束……?いつから……?
机に倒れこむように強く手をついた。
その拍子に胸ポケットからひらりと落ちる、蒼い花の、しおり。
初めて彼女と会った時に貰った、花。
翠色のフランの瞳……。失われた光、約束。
思い出をかき消す、翠色の光。
噴水の音……!
「あぁああああああああ!!!」
ダンッ!
テーブルを強く叩いた手が痛い。だが、そんな事、どうでもいい、今の僕に言う資格はない!
「……アレハンドロ様?」
突然叫び出した僕に怪訝な表情を浮かべるミラ。
そんなミラに、僕は苦い顔を向ける。
「すまない……ミラ。ずっと、夢を見ていたような気分だ」
「アレハンドロ様……!」
ああ、そう、悪夢だ。僕がした事は全て覚えている、あの噴水の後、3年間……!フランにした心無い態度、先程フランに言った最悪な言葉……!
今すぐ叫びだしたい!だが、それよりも先に彼女を解放するのが先決だ。
ミラの期待に満ちた顔に頷き、僕は立ち上がった。
バンッ!
「アレン!大変だ!」
それとほぼ同時に、自室の扉が勢いよく開き、ラスティが顔を出す。その表情には焦りの色が強く浮かび、何事かが起こった事を知らせている。
「サラがいない!フランチェスカもだ!もしかすると」
「なんだと?」
その後の言葉はフランを貶す言葉故に僕の耳には入らなかった。
いや、だが、僕がこうなっていたという事は、まさか七家全員が……!?いや、それは今はいい!今大事なのはフランとサラが同時に消えた事。
くそ、遅かった……!まさか突然、ここまで大胆に動きだすとは……!
「あの……魔女め……!伝令!直ぐに捜索隊を編成せよ!僕も直接動く」
僕の予想が正しければ、サラはヤバイ!3年生だったあの時、見せられた翠色の光のせいで、僕はフランへの好意を封じられていた……のだろう。詳細はよくわからない。
だが、数年間も続く精神干渉など聞いた事もない!それに、あの翠色の光……。まさかとは思うが、もしそうなら、フランが危ないかもしれない……!
「捜索対象は学園の生徒、サラ!ショートの茶色の髪と深紅の瞳の女!必ず見つけろ!」
僕は自室で剣を手に取る。使わない事、それが一番だが……念には念をいれよう。
相手は数年間僕達を欺ききった女……正気に戻った今でも記憶の中の彼女は完璧だ。邪気すら感じない、それが逆に怖い。
「……よし、ミラ、君も僕とフランを探しに行こう」
「行きます。後……」
「?なんだ?」
「一段落ついたら殴らせて頂きます」
「ふっ、仕方ないな……君にはその権利が……殴り?グーかい?」
「グーです」
「……仕方ないな」
やれやれ、自業自得だが、一段落ついた時が怖いな。
僕は肩をグルリと回し、気持ちを切り換えて駆け出す。
待っていてくれフラン、そして、どうか謝らせてくれ……!
――――――――――――――――――――――――――
うふ、うふふふふ……!
嬉しい、嬉しい嬉しい嬉しい!
「あはは……!」
長年の夢が遂に叶った!
「んぅ……」
私の腕の中で、フランチェスカさんが、フランさんが身動ぎした。長い銀の睫毛が麗しい……。
「うふふふ……」
目の所には火傷の跡……痛かった、よね。可哀想に……。
頭を撫で、傷痕を撫で、そこにキスを落とした。
ここは、とある小さな山小屋。小さなベッドもあり、私達はそこで一夜を過ごすべく、二人で抱き合って眠っていた。
無防備な様子のフランさんの顔を、笑みを浮かべて見つめる。
そして、あまり成長しなかった胸、そのポケットから筒を取り出す。その筒は、翠色に光っていて……液体で満たされた透明な筒の中で、翠色の目玉が私を見つめる……。
「はぁああん……なんて美しいの……目が潰れちゃいそう……」
かつて……フランさんの眼窩に嵌まっていたお目めだよ……?
フランさんをこうやって手に入れる事が出来たのも、このお目めのおかげ……七家の方々に私への好感を持たせ、フランさんに悪感情を持ちやすくした。触媒としての適性が凄かったね……まだまだ使えそうだし。
まぁでも、その程度でこんなに上手く行くとは思わなかったけどね。精々卒業後にフランさんがフリーになったら嬉しいなーってくらいだったのに。
王子様は頼りないね……?可哀想なフランさん。
「後は……うふふ、どうしよう、本当はすぐにするつもりだったのに……」
ほどけた銀の髪に指を通し、少しギスギスとした感触になってしまってる事に残念な思いとなる。
朝になったら、水浴びでもしようかな?フランさんの裸……んん、興奮してきた。今も私とフランさんの間で形を変えるおっぱいを生で見れる機会……見逃せないね!
「あはっ、楽しみだな」
ごめんねアレン様、可愛い可愛い婚約者を奪って。でも、貴方も悪いんだよ?
あそこまでフランさんを傷付けるとは思わなかったもん。
意外と目が見えないフランさんを煩わしく思ってたんだね?
自分が見た物を共有出来ないのがもどかしかったんだね?
んふふ、思い出を封じるだけで、貴方にフランさんに対して義務感しか残ってなかったのが良くないよ。結局貴方は思い出のフランさんしか見てなかったんだもん。
貴方の代わりに私がフランさんを独り占めして愛してあげる。
二度と貴方の元には返さないよ。
「もし返す時は……」
「んん……」
「おっと……」
フランさんがまた身動ぎしたね。起こしても悪いし、うん、明日に備えて寝ますかね。明日も歩くからね。
背中に手を回し、ぎゅうと体を密着させる。むにゅりと形を変える胸の感触を楽しみ、臀部に手を伸ばし、手のひらで包むように撫で回す。ああ、お尻もハリがあって柔らかい……最高。
フランさんと唇を重ねながら、私はゆっくりと目を閉じた。
いずれくる終わりまで、フランさんを愛し続けようと心に決めて。
―――――――――――――――――――――――――
サラ、という少女は重い宿命を背負わされて誕生した。
その体に魔王の遺した力の欠片を宿し、邪気によって母親を殺して産まれたのだ。
「ふんふふんふーん」
更にはその瞳は両親のどちらにも似てない深紅で、父親は即座にサラを捨てた。
そして、悪辣な孤児院に預けられる事となる。
「聞きました?王国の兵士がこの村に来るんですって」
「…………」
それらを全て知りながらも、サラは明るく天真爛漫な子として育った。
内心全てをバカにして生き、とある日シールド家の近くを通った。
「まぁ、何かあったのかしら?」
「なんでも指名手配犯を探しているだとか」
サラはそこで銀色の妖精を見た。一目惚れだった。
その子が誰か知りたかった、欲しかった。
「……そろそろ潮時かぁ」
自らの中に潜む魔王が語る。彼女はシールド家の息女だと。
彼女を生け贄にすれば、我は完全に復活が出来ると。
「……楽しかったなぁ」
サラは本能的に知っていた、いずれ魔王は内側から自分という存在を喰らい尽くすのだと。
ならそれまでは好きに生きようと。だから彼女が欲しいと。
「いい、人生だった」
魔王はそれに感心し、気紛れで好きに生きる為のアドバイスをするようになった。
そこで、互いの考えが一致し……先ずはシールド家の息女の目を狙う事となった。
「フランさん、ただいまー」
「おかえりなさい、サラさん」
サラは少し歪んだ価値観を持っていた。
好きな人程傷付けたいと、悲鳴を聞きたいと。
「はーい、ただいまーのぎゅ!」
「おかえりなさい、のぎゅですわ」
シールド家の息女の悲鳴はその嗜好を満たしてくれた。
サラは元々好きな彼女が、もっと大好きになった。
「ねえ、フランさん」
「なんですの、サラさん」
手に入れた瞳を触媒に様々な人に精神魔法を使って「学園」に通うように仕込んで貰った。
そうして入った「学園」で彼女と同じクラスだった時、サラは運命を信じた。きっと自分の運命と彼女は繋がっているのだと。
「王国の兵士が来たみたい」
「……!そう、ですか。……居心地良かったのですけどね」
邪魔な王子を、七家の者達を排除し、サラは学園生活で更に更に大好きになったフランチェスカを手に入れた。
この数年、サラは毎日が幸せだった。性的な事も恥ずかしそうにしつつも受け入れる彼女との日々は最高だった。
「……ねえ、フランさん」
「?」
けれど、終わりは来る。自分の中の魔王は大人しくしてくれているけど……自分という器に限界が来ている事に気付いていた。
だから、そろそろ終わらせようと、思っていた。
「一緒に、死のう……?」
疲れきった言葉だった。これまでも数ヶ月間隔で逃げていて、それに疲れていた事も、ある。
実際は、サラの体の時間切れ……だが、それを知ってか知らずか。
昏い笑みを浮かべて、フランチェスカは柔らかく微笑んだ。
「貴女と一緒なら、何処にでも」
サラはたまらず、微笑むフランチェスカをベッドに押し倒した。
二人はその日、体を重ねた。
互いに互いを求めあった。
激しい息遣いが互いの生きてる証明、その温もりが生きてる証拠。
やがて、お互いが自然とそれぞれの首に手を伸ばす。
外が騒がしい……タイムリミットなのだろう。
ぎゅっと絞められていく首に、二人は喉を鳴らす。
「はぁっ、はぁっ……愛してる、フラン……」
「あっ、……はぁっ……私も、あいし、て、ます……サラ」
その言葉の後、二人は首を絞めあいながら、笑みを浮かべた。
死後の世界があれば……もし転生したら……。
そんな他愛ない話をした記憶がよみがえって。
甘い吐息を漏らして達しながら、サラとフランチェスカは、首を絞める手に力を込める。
「また、ね、フラン……」
サラの言葉に、ひくりと喉を鳴らしたフランチェスカは最後の力を振り絞った。
「……しあわせ、でした……わ……」
ゴキッ
その言葉を最後に、二人の暮らしていた小さな家は弱々しい吐息のみが響き……それすらも間も無く止まった。
静寂が支配する家の中で、唯一暖炉の薪だけがパチリと音を鳴らした。
暫く時間が経ってから、王国の兵士がその家に飛び込んだ。
そこには、二人の女性がベッドの上で折り重なった状態で倒れていた。
幸せそうな笑顔を浮かべたその二人の体は、二度と動く事はなかった。
『……発見された二人は心臓と瞳がなく、触媒を求めた強盗の可能性も……。
何者かが立ち去った形跡があり、その人物の捜索を中心に調査中……』
『第一王子、継承権放棄か?』
『魔王城跡地に人?』
『魔物の活性化……』